魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


乙女さん

「よし、それじゃあ奥に行くぞ」

 

「ま、待ってソウジくん!先に光輝くんの治療をしないと……」

 

 

白目を向いて気絶している天之河を無視して、ソウジは先へ促そうとするも、駆けつけてきた香織が慌てながら引き止めた。治療には少し時間が欲しいようである。

 

確かに、天之河は“覇潰”を長時間使った挙げ句、虚像まで体内に取り込んでスペックを無理矢理引き上げていたのだ。

実際、香織の診察では、かつてハジメとソウジが魔物の肉を食って肉体崩壊を起こしかけたように、天之河も赤黒い光を受け入れたせいで全身に酷いダメージが蓄積しており、負の感情の拒絶による強化までしていたからか精神的負荷にも看過できないダメージがあるそうだ。

 

実際、下手に失敗して「HAHAHAッ!」などと陽気に笑う人物になってしまうのも、それはそれで面倒なのだが……

ソウジが面倒そうに眉を顰めていると、“幻露”が解かれたことで姿を現したハジメが嫌そうな表情で香織に文句を垂れた。

 

 

「……完全に治療すんのは面倒になりそうだから勘弁してくれよ。死なない程度まで治療して、しばらく気絶させといた方がいいだろ」

 

「え?……あぁ、うん、その方がいいかな?」

 

 

香織は一瞬首を傾げたが、直ぐハジメの考えを察して困ったように眉を下げた。

 

 

「南雲よぉ、空山に手を上げた光輝が気にくわないのはわかるけどよぉ……」

 

「南雲くん……」

 

 

坂上と谷口は、ハジメが天之河をよく思っていない故の言葉だと思ったようだ。勿論、そんな理由から回復を渋ったのではない。なので、一番天之河に迷惑を被ったソウジが面倒そうな表情でその勘違いを指摘した。

 

 

「阿呆か。今のこいつの面倒さを考えろ」

 

「面倒さ?……あ」

 

「谷口はわかったようだな。いいか?天之河はこの試練をクリア出来なかった。自分から目を逸らした結果が、ご都合解釈全開のソウジへの八つ当たりだ。それは目を覚ましても変わらない。ということはだ……」

 

「さっきみたいになっちゃうってことなんだね……」

 

 

目を伏せてハジメの言い分に理解を示す谷口。ソウジもハジメの言い分に同意しながら面倒そうな表情のまま会話に加わっていく。

 

 

「そうだ。それどころか、目覚めた瞬間に今度はハジメに襲いかかる可能性も十分にあるんだ。さっきは虚像の影響もあって悪弊に拍車がかかっていたというのもあるだろうから、目を覚ましても直ぐに暴走はしないかもしれないが、この先に何もない保証はないんだ。加えて、概念魔法の存在もある。そんな状況で、いつ再び爆発するかわからない上に後ろから襲われるのは鬱陶しいんだよ」

 

「……はぁ、命があるだけマシ、か」

 

 

その説明に坂上も理解を示し、悲しげに天之河を見つめる八重樫同様、ただひたすらに悲しそうな眼差しを天之河に向けるのであった。

 

 

「……むしろ、このまま放置すればいいのに」

 

「同感だ。そして、このまま果ててほしいものだ」

 

「いえいえ、むしろ止めを刺しましょうよ」

 

「確かに。汚物は早めに掃除すべきですね」

 

「皆さん……気持ちは理解しますが、ここは堪えて冷凍保存で諦めるべきかと」

 

「ジークよ……ユエ達もそうじゃがお主も抑えんか。気持ちはよくわかるが、勇者がピンポイントの殺気で悪夢にうなされておるぞ」

 

 

ユエは右手に黒い球を掲げ、アタランテは近接モードのヤークトを構え、シアはドリュッケンを肩でトントン始め、フィアは“幻創”でギロチン台を用意しながら、天之河にゴミを見るような眼差しを向ける。ジークリンデも宥めつつも、さらっと怖いことを抜かしており、ティオが何とも言えない表情で宥めながら呻く天之河を見やった。夢の中では、吸血姫と天使に股間を潰され、氷竜に手足を氷漬けにされた後、ウサギに粉砕されて、最後は狐によって処刑台の上に置かれているのかもしれない。

 

どうやら、彼女達は未だに天之河の愚行と暴言に腹を立てているようである。

ハジメとソウジはそんな彼女達に苦笑して、それぞれの想いを寄せる彼女達の傍に寄った。

 

 

「ティオの言う通り抑えてくれ」

 

「そうでないと、面倒な方法で止めた意味が無くなってしまうからな」

 

「むぅ……」

 

「ソウジがそう言うなら……」

 

「命拾いしましたね」

 

「悪運がよろしいですね」

 

「仕方ありませんね……」

 

 

ハジメとソウジの制止を受け、彼女達は少し不満げながらも、素直に引き下がった。そして、流れるようにそれぞれの想い人に抱きついた。

ソウジの方はアタランテが正面から抱きついて顔を頬に擦り付け、ジークリンデは右腕にギュ~と抱きつき、フィアは背中に抱きついて尻尾をフリフリと揺らして上機嫌をアピールしていた。

 

 

「そういえばソウジ様。私のことを名前で呼んで下さいましたね?」

 

「……あー、まぁ、な……」

 

「ふふっ、歯切れの悪いソウジ様も素敵ですよ?」

 

 

どことなく歯切れの悪いソウジに、フィアはいつもの笑みを浮かべる。尻尾はブンブンと揺れて上機嫌ぶりをアピールしているが。

アタランテとジークリンデがジト~とした目線をソウジに向けるが、直ぐに和らげてソウジ成分の補充に没頭した。

 

ハジメの方も、ユエ、シア、一応、ティオの三人に抱きつかれ、桃色状態である。

そんな砂糖に砂糖をかけたような甘ったるい桃色空気に、坂上が後ろを振り向いて口から砂糖を吐いていた。谷口は顔を被いながらも隙間からバッチリ覗いている。

 

そして、最後の方は適当な感じで天之河の治療を終わらせた香織は、ユエの妨害を自然に捌きつつハジメハーレムに加わった。

最後の方は適当にされた天之河は、顔色も呼吸も正常のものへと戻り、命に別状がなくなったのだと確信できるようになった。それを確かめた八重樫はホッと安堵の息を吐く。

 

 

「龍太郎。光輝を背負ってくれる?」

 

「おうよ。……落ち込むだろうなぁ、光輝。自分だけが、失敗しちまったからな」

 

「うん……だけど、生きていれば何度だって挑めるよ!」

 

「そうだな。随分と馬鹿をやらかしちまったが、生きてなきゃぶん殴っても意味がねぇしな。ま、光輝がもう一度挑むってんなら、いつものように付き合ってやるさ」

 

「うんうん!」

 

 

坂上が天之河を思って表情を曇らせるも、谷口がムードメーカーぶりを発揮して気持ちを持ち上げたことで、坂上も笑って同調した。

八重樫はそれを微笑ましく見つめた後、ソウジに向かってとびっきりの熱を孕んだ眼差しを向ける。それに真っ先に気づいたフィアは相変わらずの微笑を続ける。

 

 

「フフフッ、ようやくですか」

 

「ようやくって……」

 

 

フィアの囁き声に、ソウジが訝しそうに問いかけようとした途中で、視界に自身の胸元に手を置いた八重樫の姿が映る。それだけで理解した。何せ、あの告白を聞いていたのだ。理解できないはずが……わからないはずがない。

 

 

「……おいおい」

 

 

ソウジと目があった瞬間、八重樫の頬がスッと紅葉色に染まる。そして、決然とした表情で歩み寄って来た。谷口と天之河を背負った谷口が追随するが、その内心を察している筈もない。ハジメ達は八重樫の内心を察してニヤニヤと見守っていた。

 

そして、ソウジの左腕に密着できる位置で、八重樫は足を止めた。

そこでアタランテとジークリンデも八重樫に気づき、すぐに内心を察して真剣な眼差しで八重樫を見やる。

その視線を受けながら、八重樫はソウジに視線を合わせ、僅かに震える唇から言葉を紡いだ。

 

 

「ありがとう、空山君。光輝を助けてくれて」

 

「ボコっただけだが?」

 

「殺さなかったでしょ?友人である私のために、ね?」

 

「……まぁ、な」

 

「本当に、守ってくれたわね。私の心も」

 

「線引きは流石にあるぞ。何度もというわけにもいかない」

 

「わかってるわ。でも、私は、私達は幼馴染みを失わずに済んだ。本当に色々と困った奴だし、あんな醜態を晒した大馬鹿者だけど……それでも、身内も同然だから」

 

 

憂いと、感謝を綯交ぜにした瞳を晒す八重樫に、ソウジは何とも言えない表情で肩を竦める。本当に、余計な荷物を背負わずに済んだようだ。

 

坂上も谷口も、幻滅より悲しみの方が大きい辺り、それだけ天之河との関係が深いのだろう。これが他のクラスメイトや好意を寄せていた令嬢達であれば、容易に離れていった筈だ。

そんなことを考えるソウジに、八重樫は瞳にグッと力を入れ、火傷しそうな程の熱い眼差しを向けて、言葉を紡いだ。

 

 

「……あんなに寄り掛かったのは初めてだった。だけど、とても心地よかったわ。それもありがとう。……これは、そのお礼。あ、あの時言ったことは、じょ、冗談じゃないっていう意志表明よ」

 

 

八重樫はそう言って、アタランテ達に抱きつかれて身動きの取れないソウジの頬に……口付けをした。それも“無拍子”を発動させての避けるのも許さない動きで。

 

ドスンッと何かが落ちる音が響くも、誰もそれに気にかけることなく、ソウジの頬にキスをした八重樫に注目している。

そして、その当の本人は、今にも爆発しそうなほどに全て肌を真っ赤に染めて俯いていた。ソウジはどうすべきか本当に悩んでいると、八重樫が瞳に力を入れて顔を上げていた。

 

 

「アタランテさん、ジークリンデさん、フィアさん……私は、この試練で色々と自覚したわ。自分の悪感情も、今感じている気持ちも。本当に卑怯で最低だと思う。だけど……」

 

 

八重樫は言葉を詰まらせるも、アタランテの不敵な笑みと、ジークリンデの優しげな笑み、フィアの楽しげな笑みを視界に収めたことで自然と肩の力が抜けていく。

そんな彼女達の無言のハッパを受けた八重樫は、本当にまだまだ敵わないと思いつつも、溢れんばかりの決意と気持ちを込めて宣言する。

 

 

「私は……空山君が好き。だから……自分の為に頑張らせてもらうわ」

 

 

そう言って、すっきりしたというように微笑む八重樫の表情は、その場の誰をも魅了するほど可憐で可愛らしいものだった。

そんな八重樫に、親友の香織がエールを送る。

 

 

「雫ちゃん……お互いに頑張ろうね。絶対に、互いの好きな人を独占しようね!そうと決まれば私も雫ちゃんのようにペアルックから!」

 

「……残念。ハジメの服は既に私のもの」

 

「フフン、残念だったねユエ!ハジメくんの服は既に回収済みだよ!!」

 

「えっと……ごめんなさいユエさん。私も既にハジメさんの服を……」

 

「妾も……ご主人様の下着を……」

 

「……回収!」

 

 

流れる動作で変態合戦に突入するハジメハーレムの面々。本当に相変わらずの変態ぶりである。

 

 

「ペアルックか……なら私はソウジのコートを羽織って御揃いとなろう。後、呼び捨てで構わん」

 

「そうですね。同じ人を想う者同士。無理に敬称を付けずともよろしいかと。私はこれが馴染んでいますが」

 

「そこは本人のご自由ということでよろしいでしょう。ですよね?髪を白いリボンでポニーテールに纏めた雫様?」

 

「そうね。…………え?」

 

 

アタランテ達の言葉に素直に頷く八重樫だったが、フィアの最後の言葉で目が点となっている。どうやら、全く気づいていなかったようである。

 

 

「あら?気づいておられなかったのですか?とても似合っていますよ?」

 

 

フィアはニコニコとそう言って、“幻創”の大きめの手鏡を八重樫に向ける。そこで漸く、自分の髪型に気付くことが出来た八重樫は驚きに目を見開いた後、これをやったであろう人物にグルンッ!と顔を向けた。

 

 

「空山君!?」

 

「いや、髪を下ろした姿も新鮮だったが、やっぱり八重樫はポニーテールがトレードマークだろ。安心しろ。リボンに使った手拭いは未使用だ」

 

「そうじゃないわよ!そうじゃなくて……あわあわあわ……」

 

 

顔を真っ赤に染め、ポニーテールで顔を隠してしまう八重樫。好きな人からの予想外のプレゼントに、鼓動が高まってしまっている。

 

 

「中々粋なことをしますなぁ、ソウジくん?」

 

 

ハジメがニヤニヤと笑みを浮かべながらソウジの肩に手を置く。その態度に無性にいらっとしたソウジは“無拍子”で裏拳をハジメの顔面に叩きこんでやるも、“金剛”であっさりと防がれてしまう。

 

ソウジはそのことに軽く舌打ちしつつも、今は目の前の騒動を止めるのが優先と割り切って、止める方法を考えることにするのだった。

ちなみに蚊帳の外となっている三人は……

 

 

「……雫は空山かよ。マジでどうなってんだよ、ホントに」

 

「シズシズは空山くんに陥落されたね……次は誰が陥落されるのかな?もしかして、クラスの女子、全員南雲くんと空山くんに陥落……」

 

「おーい、俺を置いていくな。それと、マジで有り得そうなことを口走るなよ」

 

「鈴は誰に陥落するんだろう?南雲くん?空山くん?龍太郎くん?……あれ?なんで龍太郎くんが入っているのかな?」

 

「……マジで戻ってこい鈴。軽く混乱してるぞ」

 

 

顎に手を当ててウンウン唸って頭を傾げる谷口に、坂上は肩を揺すって正気に戻そうとするのであった。

 

 

「……ぅぅ……」

 

 

……悪夢にうなされる勇者(愚)の存在を忘れて。

 

 

 




「……“雷龍”」

「あぐぅっ!?」

「……“緋竜槍”」

「ひぐぅっ!?」

「ぶっつぶれろ、ですぅ」

「おぶふぅっ!?」

「……“震天”」

「ぐろごぉっ!?」

「……潰れてください」

「あぎゃぁああああああああああああっ!?」

夢の中で執拗にピーを潰される勇者()の図。

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