魔王の剣   作:厄介な猫さん

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場面を変えて、あの男視点の話です
てな訳でどうぞ


深淵へ誘う射手の始まり

―――ソウジ達が【氷雪洞窟】を攻略して幾ばくか時間が経過していた頃。

魔国ガーランドの城内部。とある通路にて。

 

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 

息を荒げて壁に背を預け、警戒心丸出しでキョロキョロと周りを見回す黒装束の人物がいた。

その人物は―――遠藤浩介。王都に居残りを決めた勇者パーティーの前衛組の一人である。

 

何故遠藤が此処にいるのか。その理由は昨夜、魔人族と“神の使徒”達がひっそりと王城に襲撃してきたからだ。

勿論、愛子先生や優香を含めた前衛組と愛ちゃん親衛隊は抵抗を試みた。実際、歌姫アリアも参戦したことで優位に戦えていた。

 

 

『“全員その場で土下座しろ!!この“ピー”共がッ”!!!』

 

 

……耳を疑うような口汚い言葉がアリアから飛んでいたが。しかし、襲撃者達はその一言だけで床に手と額をつけて土下座を敢行した。

 

 

『か、体が勝手に……ッ!?それに動けない……!?』

 

『ぐぅうう……ッ!……み、認めません……主以外に頭を下げる等……ッ!』

 

 

魂魄魔法による魂に刻み込む絶対命令で、綺麗な土下座をかました魔人族と“神の使徒”達は体を震わせながら抵抗を試みるも、アリアの容赦なき追撃で次々と壁や天井、地面に突き刺さり、沈黙を余儀なくされていった。

 

 

『あ、ありえない。唯の人間ごときが主の僕たる我々に勝る等―――』

 

 

“神の使徒”の一人が信じられないと言わんばかりに呟くも、途中でアリアに頭を踏み抜かれたことで、まるで果物が潰れたかの如く血を撒き散らして物言わぬ骸となった。

 

そのグロテスクな光景に愛子先生達は引きつつも、正直、歌姫だけで勝てるんじゃないかと思っていた。だが、それはとある人物達を人質にされたことで潰えることとなった。

 

その人質を前に、アリアは舌打ちを咬まして抵抗を止め、愛子先生達も素直に従うしか道が無くなってしまい、魔国ガーランドに連れ去られた後、異世界組と愛子先生とリリアーナ、アリア、そしてその人質は空間魔法による結界に閉じ込められることとなった。無論、アリアとその人質を別々の結界に閉じ込めて。特にアリアは魔力封じの枷に加えて三重結界という徹底ぶりである。

 

そんな状況で、何故遠藤が結界に閉じ込められておらず、こうして動けているのか。

その理由は……彼の影の、いや、存在感の薄さからだ。

連れてきたはいいが、その薄さから彼らは遠藤の存在を忘れて見逃してしまい、一人結界の外というある意味情けない状況を作り出してしまったのだ。

 

そんな訳で、一人難を逃れた遠藤は何とか皆を助け出そうと己を奮い立たせ、城内を詮索しているのである。

ちなみに、その影の薄さと危機的状況から愛子先生を含めた全員、遠藤の存在を忘れている。仲の良い永山と野村でさえもだ。

 

もし遠藤がその事実を知れば……廊下の隅っこに蹲り、膝を抱えて泣いていたのかもしれない。

そうとは知らない遠藤は、泣き出したい心境を堪えながら、巡回している者達に見つからないように廊下を進んでいく。

武器は城に連れてこられた際に没収されている。故に今は丸腰。見つかれば抵抗は出来ない。

 

 

「ちくしょう……」

 

 

遠藤は本当に無力だ。オルクスでは騎士達が死に、王都ではメルドを含めた大勢の人達が死んだ。中には恵里の屍兵とされて死後でさえ弄ばれている者もいる。

考えても無意味だと分かっていても、遠藤は考えずにはいられなかった。

 

―――自分に力があれば、と。

だけど、幾ら願っても力は手に入らないし現状が変わるわけでもない。

例え、彼処に残って結界の破壊を試みてもすぐに気づかれて閉じ込められるのがオチだ。それくらいは理解できる。

遠藤は隠れながら巡回の兵士達をやり過ごしながら城内を探っていくと、物々しい扉へと辿り着いた。

 

 

「…………」

 

 

遠藤は周りに人がいないことを確認し、扉に耳を当てる。音は……聞こえない。

無人であると判断した遠藤は意を決して……扉を開けた。

扉を開けた先は……何かの研究室だった。

 

資料があちこちに積み重なっており、水が入った水槽も幾つもあり、魔石も大量に置かれている。ここで魔石の研究でも行っていたのだろうか。

 

遠藤は恐る恐るといった感じで室内に入り、近くにあった資料を手に取る。

その内容は……魔物に関してのレポートだった。

 

『水蛇

固有魔法:水生

水蛇は蛇型の魔物で体全体が水で構成され、体そのものが魔石でもある。その為、水を取り込めば瞬く間に再生し、体内に潜り込んで溺死させることも出来る。当初は水の中でしか生存不可能な魔物であったが、現在は大地の上でも問題なく活動出来るまでになった』

 

『ナイトメア

固有魔法:影操

ナイトメアは黒い狐型の魔物。固有魔法の影操は影に干渉する固有魔法で、影を直接の攻撃手段に使ったり、相手の影に干渉して動きを封じたりすることが出来る。当初は微々たるものであったが現在は実戦投入できるレベルにまで仕上がった』

 

『《キライマスシリーズ》No.9・ファブニール

固有魔法:寒隷・未来予知・水操

氷で構成された小型の竜種の魔物。自身や周辺の温度を低下させる固有魔法と大気中に漂う水分さえ操る固有魔法により、我が国の外でも活動可能となった。未来予知と合わせることで敵対者の動きを読んで凍死させることも出来るだろう』

 

 

「う、嘘だろ……?」

 

 

レポートの内容に目を通した遠藤は、レポートを持つ自身の手をカタカタと震わせる。歯もガチガチと震えて鳴っている。襲撃されたあの時、このレポートに該当する魔物はその場にはいなかった。つまり、向こうは殺す気で襲撃していなかったのだ。

 

もし、最初からこの魔物達が居たら……確実に何人かは死んでいた。

そんな絶望を叩きつけられた遠藤はその場で膝を折って四つん這いとなる。いくらチートステータスを持っているとはいえ、それが意味を成さないことは【オルクス大迷宮】の一件で痛感している。王都でも手も足も出ず、一方的と言っていいほどにやられていた。

 

何より―――南雲や空山のような強力な力を遠藤は持っていない。

南雲と空山が何とかしてくれる……なんて淡い希望も望めない。今回の襲撃はどう見ても二人との激突を前提として進めている。人質の存在から助けてはくれるだろうが……無事に済むとは思えなかった。

 

 

「……ん?」

 

 

突きつけられた絶望から四つん這いとなっていた遠藤は視界の隅に何かを捉え、そちらへと目を向ける。そこにあったのは……鉢に植えられた一本の苗木だった。

その苗木は目に見えて枯れており、鉢の土もカラカラでずっと放置されていたことは明白だった。

 

 

「お前も……忘れられているのか……?」

 

 

遠藤はその枯れた苗木に自身を投影させて憐れみを感じてしまい、懐から中身が空の試験管容器を取り出す。この試験管容器はある意味メルドの遺品。そう、かつてメルドを瀕死から救ったあの神水が入っていた試験管容器だ。

 

この試験管容器はメルドのとある部位に突き刺さり、ソウジ達は回収せずに放置。一応、お守りがわりにメルドが持っていたものを遠藤が受け継いだのである。使う予定は一切なかったが。

 

遠藤は近くの水槽の水をその試験管容器に注ぎ、枯れた苗木へと注いでいく。

二杯、三杯……と、何回か苗木に水を与えてやると、その苗木は瞬く間に瑞々しい状態へと変わっていった。

 

 

「……あれ?植物って、こんなに早く回復したっけ?」

 

 

当然、その事実に遠藤は疑問を露に首を捻っていると、その苗木は独りでに動き、幹を遠藤に向かって伸ばしてきた。

 

 

「うわぁああああっ!?」

 

 

当然、苗木が勝手に動いたことに遠藤は驚いて尻餅をつく。

実はこの枯れていた苗木は魔物。あの《キライマスシリーズ》の一体、ミストルルの試作体の一体だったのである。

 

この苗木型のミストルルは生まれた当初、恵里が拝借していたミストルルよりほとんどの能力が劣っていた。加えて、生体としてとても不安定だった為、失敗作として放置されることとなった存在だった。

 

その後、例のミストルルが生まれたことでこの苗木型のミストルルは完全に放置される結果となったが―――枯れた状態にも関わらず、このミストルルは生存していた。

 

苗木型のミストルルは自身の存在に気づいてもらおうと独自に進化を続け、能力的に言えばフリードのウラノス、マキアスのトライドスの現在のレベルに匹敵す迄となったが、生体としてとても不安定だったのが災いして誰にも気づかれなかったのである。

 

もちろん、ただ水を与えただけでこのミストルルがいきなり瑞々しくなりはしない。“かつて神水を入れていた試験管容器”でなかったら。

 

もうお分かりだろう。そう、水を注いだことで試験管容器には乾いて表面に付着していた神水と混ざってしまったのだ。勿論、この希釈状態と言える神水を人が飲んでも回復効果は見込めない。だが、変成魔法で生まれた魔物であることが幸いしたのか、不安定だった生体が安定し、思考も明確になったのである。

 

そして、意図せず苗木型のミストルルを救った遠藤は……ミストルルにとっては恩人となった。

苗木型のミストルルは伸ばした幹を遠藤の左腕に纏わりつき、鉢から離れ……籠手の形に姿を変えて遠藤の左腕にくっついた。

 

 

「お、俺をどうするつもりなんだ!?このまま殺すつもりなのか!?」

 

 

魔物だと気づいた遠藤が振り払うように左腕をブンブン振りながら焦燥を露に問い質すと、左腕に纏わりついたミストルルが生えるように棒人間を作り出し、手にあたる部分を横に振った。

 

 

「……え?違う……のか……?」

 

 

その人間らしい動作に遠藤は間抜けな顔となって腕の動きを止めて問いかけると、棒人間のミストルルは顔部分の棒をペコリと下げる。どうやら肯定のようである。

 

 

「じゃあ……なんで?」

 

 

遠藤は疑問を露にして問うと、ミストルルはパタパタと手を振ってジェスチャーで何かを伝えようとしている。

一体何を伝えようとしているのか、遠藤は首を傾げて考えようとするも、それは遮られることとなる。

 

 

「そこにいるのは誰だ!?」

 

 

突然の大声に遠藤はビクゥ!と体を強張らせ、反射的に後ろを振り向くと、そこには軍服を着た魔人族の男がいた。

 

 

「貴様……人間族だな!?何故ここに―――」

 

 

魔人族の男に見つかってしまったことに遠藤は顔を強張らせるも、急に魔人族の男が倒れたことで間抜けな顔となった。

 

 

「……へ?」

 

「あ……が……」

 

 

突然の事に遠藤が困惑していると、魔人族の男はまともに喋れず、ピクピクと体を痙攣させている。肩には何かしらの棘が刺さっている。

 

 

「ひょっとして……お前がやったのか?」

 

 

遠藤は左腕にくっついたミストルルに呟くように問うと、ミストルルはペコリと頷いて肯定の意を示す。

知っての通り、ミストルルの毒は強力な上に多種多様。加えて、このミストルルは“耐性無効”というとんでもない派生技能を身につけてしまっているのだ。そして、今回は強烈な麻痺毒を魔人族の男に叩き込んだのである。

 

どうして味方の筈の魔人族の男を攻撃したのか?遠藤はその疑問に頭を悩ませていると、ミストルルはジェスチャーで再び何かを伝えようとしている。

そこでふと、遠藤は何かに気づいた。

 

 

「……もしかして、俺に力を貸してくれるのか?」

 

 

確証もなく問いかけた遠藤の言葉に、ミストルルは再びペコリと頷いて肯定の意を示す。

これが後の深淵卿、または深淵へ誘う射手、コウスケ・E・アビスゲート・アーチャーと、深淵の盟友、アバドンと呼ばれることとなる彼らの出会いであった。

 

 

 




「……そういえば、遠藤はどこだ?」

「……そういえばいないね」

「もしかして、あいつらにも気づかれずに一人難を逃れていたのか?」

「「「「「……ありうる」」」」」

「そして、敵にも気づかれなかったことで部屋の隅で泣いているのかも」

「「「「「……ありうる」」」」」

どこまでも不憫な遠藤の図。

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