目を覚ましたら、向こうのベッドでハジメとユエがお楽しみに突入しているところだった。いや、厳密に言えば目覚ましのキスだ。勿論ユエからの。
「…………」
それを目にしたソウジは直ぐ様視線を逸らす。オルクスにいた頃、二人が付き合う前から何度も痴情を見たことでソウジは例外として瞬間目潰しの対象から外れている。だが、ジッと見ようものならその限りではない。現に「ガン見したら……分かってるよな?」と言わんばかりのピンポイント殺気をハジメはぶつけているのだから。
そんな訳で、起き上がってこの空気をぶち壊すことも出来ないので、ソウジは隣のリア充二人を狸寝入りで無視しつつ今いる場所を薄く目を開けた状態で確認していく。
見慣れた氷壁と自身を包むベッド、そしていくつかある家具。どうやらここは例の氷の邸宅内にある部屋のようである。どうやら倒れた後にここに運ばれたようである。向こうの会話を聞く限り、どうやら自分達三人はここで寝かされたようである。
とりあえず、無理矢理叩き込まれた知識について整理しようと……
ガチャ
「ん?……って、ハジメさん!ユエさん!なぁにおぉしてるんですかぁっ!!」
して不意に扉が開き、入って来たシアが大声を上げてウサミミを逆立てた。
「シア?どうし……何してるのかな?かな?」
シアの後ろにいた香織も現場を目撃して背後に般若さんを出現させる。一方ソウジは……
「起きたかソウジ」
「ああ。ついさっきな」
騒動を無視して部屋に入って来ていたアタランテと熱い眼差しを交わし合っていた。
「目覚めのキスは……ここでは少々喧しいな」
「なら、別の部屋で」
「ああ。―――“界穿”」
アタランテは素直に頷いて“界穿”を発動し、近くの部屋へのゲートを作り上げる。
そのままソウジはアタランテと共に部屋を後に―――
「「いやいや、待ちなさい(待ってください)」」
しようとして、背後からジークリンデと八重樫に肩をがっちりと掴まれて引き留められていた。
「何自然とお楽しみをしようとしているのよ!うらや―――ゴホンッ。不謹慎よ!」
「申し訳ありませんがそれは後にして下さい。皆様が心配しておりましたのでその説明だけでも」
八重樫とジークリンデの言い分に、ソウジとアタランテは仕方ないと言わんばかりに肩を竦め、アタランテがゲートを閉じると同時に―――互いに強く抱きしめ合い、唇を重ね合わせた。
「―――ッ」
「……はぁ……」
その光景に八重樫は顔を瞬く間に赤くして両手で顔を覆ってしまう。指の隙間からチラチラと見ているが。ジークリンデはこれが妥協点と察して困ったように溜め息を吐くだけだ。
ひとしきり満足したソウジとアタランテは、シア達に強制連行となったハジメとユエ共々、邸宅の一角にあったリビングルームへと向かう。
中央には冷たさを感じない氷のテーブル、周りには革張りのソファーが囲まれた部屋でティオとフィア、谷口と坂上はソファーに腰かけていた。
「おっ、目が覚め―――」
坂上がそちらに目を向けた瞬間、坂上がソファーから転げ落ちた。直ぐ近くには右手をチョキで突き出したハジメがいる。どうやら瞬間目潰しを敢行したようだ。
「マジでいきなりなにすんだよ南雲!?一瞬でも遅かったら目が潰れてたぞ!?」
“神鉄”で反射的に防御して両目を守った坂上は転げ落ちた状態のままハジメに問い質すも、ハジメは目潰しが失敗したことに舌打ちしながら坂上を睨んでいた。
「……ユエのあられもない姿を見ようとしたからだ」
「……ん?ヤキモチ?ハジメ、可愛い」
「理不尽すぎるっ!!」
全く悪びれないハジメと“衣服が乱れたユエ”の言葉に坂上は不満を露に叫ぶ。確かに、不可抗力が通用する理不尽である。
「ご無事に目覚めて何よりです。目覚めの紅茶は如何でしょうか?」
「ああ、貰おう」
そんなやり取りを無視したフィアの言葉にソウジは頷き、他のメンバーもソファーに座って紅茶を堪能していく。そして、十分に落ち着いた頃で八重樫が口火を開いた。
「それで、一体何が起きたの?三人があんな風に苦しそうな声を上げた後、気を失うなんて」
「そうですね。概念魔法に関することと予想し、万が一、皆様が目覚めなかったことを考え、手分けしてこの邸宅内の書物を調べ尽くしたのですが……概念魔法に関する記載は一切ありませんでした」
八重樫とフィアの言葉に、ソウジが代表して説明を始めた。
「変成魔法を刻まれた直後、オレとハジメとユエは概念魔法に関する前提知識を無理矢理叩き込まれたんだ。それで脳や精神がオーバーフローしてそのまま気を失ってしまったんだ」
「前提知識?概念魔法自体の知識じゃなくて?」
八重樫の疑問にソウジは頷いて肯定し、真剣な表情で言葉を続けていく。
「ああ。その前提知識は神代魔法の本当の定義というやつなんだ。名称は分かりやすい使い方を表したものかつ、人間の理解の限界を現したもので、真髄じゃなかったんだよ」
ソウジの説明に八重樫達は首を傾げる。対してアタランテにジークリンデ、ティオの三人は理解しようと思案顔となっている。
そこで、今まで黙っていたハジメが口を開いた。
「そうだな……今回手に入れた変成魔法について、お前達はどんな風に理解している?」
「え?え~と、刻まれた知識からして、普通の生物を魔物に作り替えてしまう魔法、かしら?自身の魔力と対象の魔力を使って体内に魔石を生成して、それを核として肉体を作り替えるという」
「うん。私も、そう理解しているよ。既にいる魔物の魔石に干渉して魔力を交えることで強化と服従が出来るみたいだし」
「後は、段階的に魔物の強化も出来る……ううん。段階的にしか強化出来ないといった感じかな?未熟だと逆に肉体崩壊する危険性があるようだし」
ハジメの質問に、八重樫、香織、谷口が思い出しながら答える。その理解は概ね間違っていない。だが、それは正確ではないのだ。
「まぁ、概ね間違っていない。だが、それは少し正確じゃないんだ」
「変成魔法を正確に捉えた真の定義は……“有機的な物質に干渉する魔法”だ。簡単に言えば動物や植物、あらゆる生物に干渉できる魔法といったところだ。ティオとジークの“竜化”の元となった魔法と言えば理解しやすいか?」
ソウジがもたらした真の定義に、八重樫達は困惑したように目を泳がせる。だが、アタランテとジークリンデ、ティオの三人は理解出来たのか、納得したような表情となって頷いた。
「なるほどのぅ、そういうことか」
「つまり、神代魔法は全ての魔法の起源ということか」
アタランテのその言葉に、困惑していた者達は完全に理解出来ずとも、その凄まじさだけは理解できたように目を見開いた。
「正解」
「概念魔法を修得する絶対条件は、全ての神代魔法を完全に理解することだったんだ」
「……ん。理解するには深淵すぎて、並みの心身じゃ耐えきれずに壊れてしまう」
つまり、大迷宮の試練は神への対策だけでなく、この概念魔法を修得するための心身を鍛える為でもあったのだ。
そして、ソウジ達は他の神代魔法の本当の定義を説明していく。
「俺達が最初に手に入れた生成魔法の本当の定義は“無機的な物質に干渉する魔法”だ。だから、ソウジがやっていた氷への付与は本当は出来て当たり前のことだったんだ」
「……私がよく使う重力魔法は“星のエネルギーに干渉する魔法”。地脈やマグマに干渉し、やろうと思えば地震や噴火を意図的に起こせる。後、ピンポイントで起こすこともできる」
「……ユエ?何で私を見ながら言うのかな?かな?」
「空間魔法は“境界に干渉する魔法”だ。あらゆる隔たりを排除したり、新たな境界を生み出せる魔法なんだ。フィアの“幻露”はこれが起源だろうな」
「……再生魔法は“時に干渉する魔法”。時間そのものに干渉して、過去や未来を垣間見え、理屈の上では香織の時間を止めることもできる。私の“再生”は勿論、シアの“未来視”もこの魔法が由来と思う」
「……ねえ、ユエ?何で私限定なの?」
「魂魄魔法は“生物の持つ非物質に干渉する魔法”だな。具体的には体内の魔力や熱、電気といったエネルギー、意識、思考、記憶、思念といったものに干渉できる魔法だな。理屈上は人工知能の創作が可能だ」
「最後に昇華魔法は“存在するものの情報に干渉する魔法”が本当の定義だ。根本に至れば、あらゆる既存の物体に対しての情報の閲覧と干渉が可能となる。アタランテの“適応力”はこの魔法が起源となっている筈だ」
「ちなみに、“導越の羅針盤”は、魂魄魔法で使用者の望むものを読み取り、空間魔法で空間的な隔たりや距離を無視して対象を探査し、昇華魔法でその対象の情報を補足するこで実現している。神代魔法をそのまま使うんじゃ実現出来ないものだ」
ハジメの締めくくりと言える説明に、八重樫が難しそうな表情で頷き、納得していた。
「なるほどね。本当に“理に干渉する魔法”なのね。根本的な事柄に干渉できる魔法。明らかに人が触れていい領域を越えているわね。……それで、帰還の為の概念魔法は生み出せそうなの?聞いた限り、相当難易度が高そうなんだけど……」
「確かにそうだ。概念魔法は術者の望んだ概念を、神代魔法で無理矢理実現するものなんだ」
「リューティリスのふわっとした説明がまさにそれなんだよな。普通じゃ成功しない」
「……ん。それに、概念魔法は基本は一回こっきり。だから生成魔法でアーティファクトとして残す必要がある」
「三人がかりで息を合わせる必要があるが……どちらにせよ一度やってみないと何とも言えないな」
「ああ。召喚防止の概念は何とも言えないが……まずは帰還の為のアーティファクトを生み出す」
ハジメとソウジは互いに瞳に熱烈な炎を宿しながら頷き合い、ソファーから腰を上げ、おもむろに立ち上がる。ユエもそんな二人に続くように立ち上がる。
「さっそく、お始めになるのですね」
「ああ。話したおかげで十分に整理できた。それに、帰還の概念はすぐにでも出来る筈だ」
「ソウジに同じく、だ。俺達の帰りたいという願望が、極限でないなんて言わせない。他者からの魔法的干渉を防ぐのは……少し微妙だな。“特別”だけなら帰還の魔法と同じくすぐに出来るだろうが……」
「……大丈夫。私とハジメなら絶対に上手くいく」
「ユエ……」
「……ハジメ」
ナチュラルにソウジを省いて二人の世界に突入するハジメとユエの二人。一方……
「すまないな、ソウジ。私も概念魔法に至っていれば手伝えたのだが……」
「大丈夫だアタランテ。その気持ちだけでも十分にオレの力になるさ」
「ソウジ……」
ソウジの方もアタランテと二人の世界を形成していた。本当に甘すぎる空間である。そんな甘い空間を耐えて、谷口は今後の方針を確認することにした。
「とりあえず、鈴は帰還の魔法が出来るまでは休憩に専念するよ。その後は変成魔法の扱いに慣れる必要もあるし……鈴は当初の予定通り魔人領に向かうけど、シズシズ達は?」
谷口の八重樫の心情を配慮し、坂上も本当に危険地帯に向かうのかと確認すると。
「私は、鈴達と一緒に行くわ」
「俺も、雫と同じだ」
八重樫と坂上は即答で同行すると答えた。八重樫はチラチラとソウジの方に視線を送っていたが。
「え?いいの?龍太郎くんはともかく、シズシズは……」
「なに言ってるのよ。それとこれとは話が別よ。それに、あの大馬鹿と脳筋に鈴は任せられないわよ。長居するわけでもないんだから、目的を果たしたら即効で逃げて合流すればいいだけだからね。後、恵里にはあの時のお返しをしないと気が済まないし」
八重樫の本心の言葉に谷口が感動し、漢前と言ってしまったことで八重樫から頭グリグリの刑を貰うこととなった。
「そういえば……あの阿呆がいないな」
八重樫の言葉で甘い空間から戻ってきていたソウジが部屋を見渡して呟く。
「光輝はまだ寝ているわ。体の方は香織のおかげで元通りだけど、精神的なダメージの方は……」
「そうか。まぁ、今はどうでもいいな。オレとハジメとユエは概念魔法が付与されたアーティファクトを作るから、もしその間に、あの阿呆が起きても邪魔はさせないよう見張っといてくれ。魔が指す可能性が十分にあるんだからな」
「……流石にそんなことはしねぇと思うんだが……」
ソウジの指示に坂上は反論するも、醜態を目にしていたこともあって言葉には力がない。
「あくまで念のためだ。作成中は集中していて他に意識を割く余裕はないだろうからな」
「分かった、ソウジ。邪魔できないようにしっかりと見張っておこう」
微笑みながら宣言したアタランテに、ソウジも信頼の意味も込めて微笑み返す。
そして、ハジメ、ソウジ、ユエの三人は、神代魔法の魔法陣がある部屋でアーティファクトを作成する為に、リビングルームを後にするのであった。
(つまり、真髄に至れば永遠にハジメくんと楽しむことが……)
(真髄に至った変成魔法であれば……)
(もしそうなら、南雲くんに頼んで対象の過去を閲覧できるアーティファクトを……)
「「「フ、フフフフ……」」」
「すごく怪しいわね」
「鈴のやつも大分染められちまってるな」
怪しく笑う香織、アタランテ、谷口の三人を見つめる雫と脳筋の図。
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