“エクストラリング”作製で消耗した魔力の回復をしつつも、鍛練やアーティファクトの調整で過ごしているソウジとハジメ。その中で、天之河がソウジに話しかけていた。
「空山……遅くなったことも含めて……その……迷惑を、かけた……」
「一応は受け取ってやる。お前の貸しの中の取り立てに、トニで加えてな」
本当に遅くなった天之河の謝罪に、氷の刀で素振りしていたソウジは違法利息での貸し発言で返す。トニ……十日で二割の利息の追加に対し、天之河はその場で四つん這いとなって崩れ落ちた。坂上と谷口は同情の視線を送り、八重樫と香織はその程度で済んだと安心すべきなのかと複雑な表情をしていた。話を横から聞いていたハジメ達は、「当然の対応に一々落ち込むな」と言いたげに呆れていたが。
これで話は終わり……にしても良かったが、今のままではまた溜め込んで爆発する可能性が高いだろう。天之河の暴走は虚像だけでなく、今まで消化しきれなかった不平不満が積もりに積もった結果でもある。でなければ、“洗脳で力を引き上げた”などと宣いはしなかった筈だ。
それもあって、ここまで関わっておきながら放置するのも無責任な気がしたソウジは、天之河に(届くかどうかは別として)助言を送ることにした。
「天之河。お前にとって“絶対に譲りたくない一線”は何だ?」
「……絶対に譲りたくない一線?どういう意味だ?空山」
「言葉通りの意味だ。例え大勢に批難されようと、自分がいくら傷つくことになろうとも、絶対に曲げたくないもの……それが何なのかと聞いているんだ」
「それは……」
ソウジの確認するかのような問いかけに、天之河は答えられずに言葉を詰まらせる。今の天之河では当然の反応なので、ソウジは苛立ちもせずに言葉を続けていく。
「例として上げるなら、坂上の“仲間と親友を守れるよう強くなりたい”、谷口の“中村と対話する”といったものだ。見方によっては軽く捉えられるものでも、当人にとっては絶対に叶えたい、譲れない“想い”だ」
聞き耳を立てていたらしい坂上と谷口は、引き合いに出されたことで揃って顔を赤らめている。そんな恥ずかしそうにする二人に、ソウジは構うことなく天之河を見据える。
「前にも言ったが、お前に必要なのは本当の信念……周りに求めているからじゃなく、現実問題の不都合も含めて“それでも”とお前自身が掲げ、貫きたい想いだ。それが世界の救済だろうと、不殺であろうと構わない。主義主張の違いによるぶつかり合いも呑み込んだ上で選ぶのなら、とやかく言いはしない」
「……なら、お前はどうして簡単に人を殺すんだ」
「殺さなければ、逆に殺されるからだ。少しの甘さが死に直結する……その考えが深く染み込んでいるからな。その考えを変える余裕は、今のオレにはない」
「…………」
ソウジのその返答に、天之河は何も言い返せない。あの映像を見てしまった以上、“正しさ”から批難することが出来なくなっていたからだ。
影がある表情ながらも何かを深く考えようとしている天之河の態度から、これ以上の言葉は余計にしかならないと判断し、ソウジは中断していた素振りを再開していく。
「意外だな。これを機にボロクソに言うかと思ってたんだが」
「確かにボロクソに言うことはできる。だが、それをオレが言っても改善の兆しどころか逆に悪化するだけだ」
ドンナー・シュラークを手入れしていたハジメの言葉に、ソウジは仁辺もなく返す。
例えば、散々関わり自体を避けていた人物が、その人物の失態から急に批判したらどうなるか。それは誰であろうと不快に感じるし、何様のつもりだと思うだろう。そうなればいくら正論でも届きもしなければ、響くこともない。暴走して親しい者の言葉にさえ耳を傾けなかった者なら、尚更だ。
「これはオレの持論だが、気にいらないのに何も言わなかった奴が、急に正論かまして説教たれるのは……唯の無責任なクソでしかない。オレも天之河のご都合解釈の悪癖は召喚前から多少指摘していたが、偉そうに説教できるほど深いものじゃないしな」
実際、批判することは誰にでも出来る。その人物の欠点を挙げつらえばいいだけなのだから。故にソウジは根本的な価値観にああしろ、こうしろとは言わない。ハート○ン式訓練で似たような事をしている気がしなくもないが……“選択”そのものはあくまで当人に委ねていた。
天之河の“世界を救う”、“人殺しはしたくない”……問題点から逃げず向き合い、“それでも”と覚悟を決めているのなら、特に問題にもしないし勝手にしろというのがソウジのスタンスだ。持論から相手にもそうしろと言うのは……強要と押し付けだ。目標の為にああしろ、こうすべきと口に出しても、目標そのものに口出しはしない。
だから、掲げるものに対してソウジは肯定もしないし、否定もしない。それ自体が愚かなことだからだ。
「確かにそうだな。そんなことされたらイラッと来るし、鬱陶しく思いそうだ。いや、似たようなのがあったな」
「甘い対応なのは自覚はある。だが、やり過ぎると
「……そっちの方が説得力があるな。
「アレの二の舞?空山君、南雲君、また何かやらかしていたの?」
二人のその言葉に、妙に嫌な予感を覚えた八重樫が少しキツめに問いかける。問いかけられたハジメとソウジは、誤魔化すわけにもいかないので素直に話すことにした。
「ハウリア族に戦闘訓練を施した時だ。加減を間違えたことと、オレたちの感覚を基準にしてしまった結果、対人と殺人の衝動を甘く見てしまっていた」
「それでアイツらが見事に暴走してな……帝国兵を引き合いに出して正気に戻せたが、アレは完全に俺らの落ち度だった」
ハジメとソウジの失敗談に、八重樫は頭痛を堪えるかのように頭を抱える。同時にある疑問も解消された。
「……空山君のあの罵倒……『殺しは手段として扱え!目的と愉しみにした時点で、貴様らは外道だ!!』は、その時の反省からの言葉なのね……」
正確には「貴様らは“ピーッ”と比べる価値すらない、“ピーッ”で“ピーッ”以下の外道だ!!」だが。
「ああ。アレは本当に失敗だったからな。同じ失敗はしないよう、注意は払っているつもりだ」
「最後の言葉だけは疑問なんだけど……」
坂上の脳筋悪化から疑惑はあるが、倫理観にまで(まだ)影響が出ていないことから八重樫は一先ずは納得する。
「でも、案外空山君は指導者に向いているかもね。私達を短期間でここまで鍛え上げたことも含めてね」
「さすがに本職には劣るだろ。後、それはお前たちの努力の結果だ」
ソウジそう言って肩を竦めると、“氷刻”を使って目の前に太めの氷の柱を作り出す。
「フッ―――」
一閃。
間髪入れずに振るわれた氷の刀による一閃は、氷の柱を綺麗な断面を作って両断された。
「ねぇ、空山君。まさかとは思うけど……」
「今のは魔法無しの一閃だ。現に刃こぼれしているしな」
ソウジはまだまだだと言いたげに、僅かに欠けた氷の刀を八重樫に見せる。素の技量で氷で氷を斬ったソウジに、八重樫は逆に感心していた。
「これは刀で鉄を斬るレベルじゃない。本当にとんでもない技量ね」
「仮にも戦闘職だからな。それに、魔法に頼り切りで素の技量を疎かにするのは論外だしな」
「それは一理あるわね」
色々と吹っ切れたせいか、剣術に対してちょっと怪しくなり始めた八重樫。以前なら多少は引いていただろうが……今はご覧の有り様である。
「“天魔転変”!」
そんな中、坂上は変成魔法を使い、白い鱗に覆われた蛇人間のような姿になる。しかし、数十秒もしない内に元の姿に戻ってしまった。
「クソ……マジでこの魔石、制御が難しいな。どんだけ強力なんだよ」
「少なくとも、真の【オルクス大迷宮】の最奥の魔物に近いかと。その魔物も複数の固有魔法を宿していたようですし」
「その複数持ちは二人もいるけどね」
昇華魔法込みでも長時間維持できない事実に坂上は悔しがり、ジークリンデが憶測を口にする。ティオの指導の下、従えてた魔物を強化している谷口は呆れたようにハジメとソウジに視線を向けたが。
そう、坂上が“天魔転変”に使った魔石はエアノスの魔石だ。蛇の姿からして、例の状態異常を付与する方しか使えないだろうが、声を聞いた者に状態異常を付与できるのは強力だろう。今は変身だけで手一杯ではあるが。
「変成魔法の真の定義を聞いた時はもしやと思ったが……」
「これなら染料入らずだね。さすがに肉体に手を加えるのは無理だったけど」
アタランテと香織は変成魔法を応用して、地毛の色を変えていた。一見すればその使い方はどうなのかと思われそうだが、彼女たちにとっては死活問題だ。特に黒いアレと同類扱いは絶対に避けたいから。
「肉体への干渉……つまり、大人の魅力でハジメを……」
「ユエさん?何をぶつぶつ言っているんですか?」
「今後のハジメ様との楽しみ方についてでしょう」
そうして一同は思い思いに過ごすのだった。
魔国ガーランドにて。
「もうすぐ会えるね……光輝くん」
「殺ス……殺シテヤル……あいつダケハ、絶対ニ……!!」
魔人族側に寝返ったクラスメイト―――中村恵里のすぐ近くから怨嗟の声が響き渡る。その怨嗟の声の主は、継ぎ接ぎされたかのような狼人間のような魔物だが、その目には人間が宿すような狂気の光が宿っている。
「クフフ……この新しい魔法は本当に便利だね。前より戦力を増やし易いし、ボクの“縛魂”とも相性がいいからね。最初はどうしようか迷ったけど……応じて正解だったね」
「今度コソ、俺ノモノニ……!」
「ハイハイ。やる気があるのはいいけど、勝手に動かないでね。ま、ボクの命令に逆らえないんだけど」
手持ちの魔晶石全てに魔力が補充され、魔力も完全に回復した一行は、いよいよ大迷宮から出発しようとしていた。
「お前達は予定通り、魔人領に行くがやり残したことはないか?」
「ええ。できる準備は終わらせているわ」
「おう」
「従えた魔物達も、南雲くんのアーティファクトで何時でも呼べるからね」
「もし危険になっても、分解砲を放ってすぐに逃げるから大丈夫だよ!」
「……ああ」
ソウジの確認に、魔人領に向かう予定の八重樫、坂上、谷口、香織、天之河は大丈夫だと返す。
ソウジ達は共に帰還する者や別れを告げたい者達の元を巡りながら、召喚防止用アーティファクトの作製に謹む予定だ。
氷の邸宅を出てすぐ、シアが【氷雪洞窟】の攻略の証であるペンダントをハジメに手渡す。受け取ったハジメは、そのペンダントを泉の直前の足場にある魔法陣の上まで歩を進める。
ピキピキッ
ハジメが魔法陣に足を踏み入れた瞬間、泉が音を立てて凍てつき、徐々に盛り上がっていく。それが卵型の氷塊となって砕け散ると、氷で出来た竜が姿を現した。
「これがこの大迷宮のショートカットか?」
「だとしたらファンタジーだな」
「……ん。ご褒美?」
「“芸術”からくる演出、もしくは対抗心ではないか?」
アタランテの憶測に、ユエのご褒美より説得力がありそうだなと密かに納得する一同。そのまま氷竜の背中に乗り込み、一行は【氷雪洞窟】を後にした。
「太陽の位置からして、北西に向かっているのか。境界に送る辺り、結構親切だな」
「……ん。ミレディとメイルは見習うべき」
ユエの零した呟きに、ソウジ達は大きく頷く。ウザさが振り切れているミレディに、大雑把かつドSのメイル、ついでにGが友達のドMのリューティリスと、女性解放者は癖が強すぎるからである。きっと、オスカーを初めとした男性陣は胃と頭を痛めていただろうと想像した。
解放者への評価が色々な意味で変化しつつも、着地地点に降り立った一行は帰っていく氷竜にお礼を告げてから雪原の境界へと歩を進めようとする。
だが……
「やはりここに出てきたか。私たちの時と同じだな」
「……聞くだけ無駄だろうが、全員大迷宮を攻略したのか?」
「ふふ、光輝くん、久しぶり~」
その境界に待ち構えるように、二回りは大きくなったウラノスとトライドスの上に騎乗するフリードとマキアス、多種多様な数多の魔物の軍勢に、灰色の魔力の翼を広げた中村。
そして……フリードとマキアス同様、頭に雪を積もらせた数百体の“神の使徒”が姿を現したのだった。
「……まだ来ませんね」
「謎の飛行物体の目撃情報から、時間的にはそろそろの筈だが……」
「まさか、最奥でゆっくり過ごしているとでも言うのか……!?」
「一度戻った方がいいんじゃない?そろそろお腹が空いてきたし」
「問題ありません。私達に食事は不要ですので」
「神の僕である我らが、神の使徒様たちを残して戻るなど論外……!」
「そんな真似をすれば、敬愛するアルヴ様に顔向けできなくなるだろう……!」
境界付近で二日の待ちぼうけをくらう一同の図。
※中村恵里は一度帰った後、魔物を介した連絡を受け、フリードの空間魔法で戻ってきました。