「あの~……話の流れからですけど、ひょっとして大侵攻そのものにも対処なされるのですか?私としては、すごくありがたいのですけど」
ハイリヒ王国の王女としても、四日後の大侵攻は無視できないことだ。使徒のスペックは勿論、彼女たちの使う分解能力は凶悪であり、王都の大結界でも長くは保たないのは明らかだ。加えて、その使徒に正面から戦えるのはソウジ達くらいであり、エヒト討伐にどれだけ時間が掛かるか不明だが、間違いなく大勢の人々が虐殺されるのは容易に想像がつく。
ゆえに、大侵攻そのものにも対処しようとしている二人のやり取りはリリアーナにとってありがたく、二人も頷いてリリアーナの問い掛けを肯定した。
「ああ。オレもハジメも、この世界の住人がどうなろうと知ったことじゃないが……一つでもクソ神の思い通りにするのは、物凄く癪なんだよ。だから最初に言った通り、ヤツの全部を叩き潰す」
「ヤツのあの表情で高笑いする姿を想像するだけでも不愉快の極みだからな。俺のアーティファクトを大開放して、一般兵や冒険者、傭兵共を超強化する。全員を兵器で武装させ、対空兵器も充実させれば、十分に対抗できるはずだ」
「後は少数の地力の強化くらいだな。香織だけに大部分を対処させるのは負担が大きいし、日数的に二人くらいが限度だが……十分な戦力になるだろ」
「お前がそう言うってことは、鍛える奴に目星がついているのか?」
ハジメの問い掛けにソウジはコクリと頷く。クラスメイト達は何となく嫌な予感を覚え、八重樫たちに顔を向ける。それに対し八重樫たちは……フッと微笑んだ。
「大丈夫よ。空山君はスパルタだけど、しっかり鍛え上げてくれるから」
「おう。何度も地面に沈められ、情け容赦なく叩きのめされるけど、確実に強くなれるぞ」
「そうだね。全方位攻撃とか、息つく間もなく攻めたりするけど、前より強くなれるよ」
どこか遠い目をした三人の姿に、クラスメイト達は本当に大丈夫なのかと不安になる。同時に、誰がその犠牲者に選ばれたのかと内心で震えていく。
そして、その犠牲者はハジメの質問によって明らかとなった。
「で、お前が目を付けたのは誰だ?」
「園部と遠藤だ」
ソウジがあっさりと答えたその瞬間、園部と遠藤からサッとクラスメイト達が離れた。仲の良かった友人である永山と野村、菅原と宮崎でさえもだ。
ソウジに指名させられた園部と遠藤はというと、見事に顔を引き攣らせていた。同時になんで自分たちなんだ、とも。そんな二人の反応にも気を止めず、ハジメは納得したように頷いていた。
「その二人なら納得だな。園部は根性があるし、遠藤は影が薄い=強キャラだしな」
ハジメのその言葉に園部は顔を赤くし、遠藤は落ち込んだように項垂れている。対極の反応をする二人に、ソウジが選んだ理由を説明する。ユエとシア、香織が探るような目でジ~ッと園部を見つめていることには無視しつつ。
「二人を選んだのは、あの状況で自ら動いたからだ。自分から動く気概があるなら、数日鍛えるだけでも段違いになる筈だ。もちろん、嫌なら嫌で構わない。やる気がない奴を鍛えるのは時間の無駄だし、ハジメの手伝いや坂上たちの調整に付き合う方が有意義だからな」
だから、受けるも断るもお前たち次第だと、視線だけでソウジは二人に伝える。ハジメがリリアーナと再度話し合う中、選択肢を突き付けられた園部と遠藤は迷いを見せながらも、ソウジに問い掛けた。
「……本当に強くなれるの?」
「それはお前たち次第だ。オレに出来るのは、今できることの突き詰めと、提案だからな」
「提案って……新しいことも仕込むのか?」
「そこは状況次第だ。草案は組み上げているけどな。無論、優しく諭す気はないし、手心を加える気もない」
ソウジの返答を聞いて意を決したように、園部と遠藤は真剣な表情でソウジを見つめた。
「……わかった。空山、アンタの提案を受けるわ」
「俺もだ。同じ後悔は、したくないからな」
二人の了承にソウジは頷くと、リリアーナと話し終えたハジメに向き直る。やることがいっぱいあるからだ。
「そっちの方も纏まったか?」
「ああ。人を集める手段も、ここであったことを“再生”させ、映像記録用アーティファクトに保存する。それを各地の上役共に見せればいけるだろ。ブルックのキャサリンやフューレンのイルワ、ホルアドのロアにアンカジのランズィ、後はアルフレリックとガハルドだな」
「その面子なら、頭ごなしで疑いはしないし戦力も集めやすいしな。後、先生にも一肌脱いでもらえばいけるだろ」
「えぇ!?」
いきなり話を振られた愛子先生が体をビクンと震わせるが、ハジメがお構い無しとばかりに声を高らかに張り上げる。
「さぁ、立ち上がれ人々よ!善なるエヒト様を騙り、偽の神の使徒を操り、今、この世界を滅ぼさんとする小賢しき偽エヒトの邪悪な野望を打ち砕くのだ!真なるエヒト神の御使い“豊穣の女神”である私と共に!!って感じで扇動すれば、いけるいける。だから頑張れ、先生」
「頑張れ、じゃあないですよ!南雲君!!その演説もなんですか!よくそんな言葉が即興でスラスラと……扇動を促す南雲君の方が、余程扇動家じゃないですか」
「その辺りは別にいいじゃないか先生。オレやハジメより、先生が言った方が効果抜群なんだし」
「そうそう。それに、撒き散らした種が芽吹きそうなんだ。なら、水をやって成長させて、うまうまと刈り取ってやればいいじゃないか。作農師だけに」
「誰が上手いこと言えと……」
愛子先生が呆れた表情でハジメとソウジにジト目を向けているが、実際ソウジが口にした通り、愛子先生が宣言するのが一番効果的なのだ。
今回の戦いは文字通り総力戦。ただ数を揃えるだけでなく、一丸となって戦えなければ意味がないからだ。いくら数を揃えても、烏合の衆では蹂躙されるだけなのは明白だ。
その辺りの説得はハジメに丸投げし、ソウジはフィアに顔を向けた。
「フィア、園部と遠藤の鍛え上げに手を貸してくれ。お前の能力は、遠藤を鍛える上でこの上なく最適だからな」
ソウジのフィアへの要請に、アリアの眉がピクリと動いたが当然スルー。実際、固有魔法で搦め手常套なフィアと暗殺者が天職の遠藤は戦い方が非常に似通っている。
加えて、大侵攻の時は一人で何体も殺らなければならないのだ。フィアなら疑似的に一対多ができるので、大勢を相手にする戦闘の経験も積ませることもできるのである。
「フフ、承りました。ソウジ様」
その辺りも汲み取ったフィアは相変わらずの微笑で了承する。尻尾が嬉しそうにフリフリと揺れているが。
「け、獣耳メイドまで手込めに……」
「愛ちゃん先生も魔王の毒牙に掛かってるし……」
「カサノヴァよ……二人はカサノヴァだわ!!目が合うと妊娠しちゃう!」
クラスメイトたちがコソコソ話しているが、ソウジはもちろんハジメの耳にもバッチリ届いている。二人して頬がピクピクする中、どこか仏頂面のアリアがソウジに話しかけた。
「ソウジ。アタシのことも名前で呼べ。フィアを名前で呼んでんだから、アタシのことも名前で呼ぶのが当然だろ」
「は?」
謎理論にソウジは目が点となるが、アリアは早く名前で呼べと言わんばかりにガンを飛ばし続けてくる。最初はスルーしようかと考えたが、これからの事も考えればここで変にヘソを曲げられるのは流石に避けたい。アリアにも協力してもらう手前、要求自体も大したことではない為、ソウジは嘆息しながらも呑むことにした。
「……分かった、アリア。これでいいか?」
「オウ!歌姫の立場を最大限に活かしてやるぜ!!」
ソウジに名前を呼んでもらえ、アリアは仏頂面から一気に満面の笑顔となる。アリアの歌姫としての立場と名声、表面上のお淑やかさなら、士気を上げるには十分だろう。どこかでボロを出しそうな気がしなくもないが。
ハジメの方も愛子先生とリリアーナとのやり取りを終え、改めて最終目標を皆に伝えた。
「俺たちの最優先目標はクソ神の抹殺だ。四日後の大侵攻の際に開くであろう【神門】を通じて【神域】に踏み込む。踏み込むメンバーは香織を除いた最近のメンバーだ」
「本来はユエも地上に回すべきかもしれないが、本来の力を発揮できるようになったヤツが、ユエを召喚しないとも限らない。不確定要素がある以上、一緒に踏み込んだ方が逆に安全だからな」
「で、残りは侵攻してくる使徒の迎撃だ。この四日間の予定だが、ユエと香織、ソウジにアタランテ、フィア、ミュウ、レミア、園部と遠藤は俺と一緒にオルクスの深奥だ。アーティファクトの大量生産をするには、オルクスの環境が最適だし、万が一の対処もしやすいからな」
採取と錬成、調整に訓練を同時に成立させるには、オルクスの最奥以上の場所はないだろう。ソウジたちが快く頷いたことで、ハジメは次にシアへと顔を向ける。
「シア、お前はライセンの大迷宮に行ってくれ」
「……なるほど。ミレディの協力を仰ぐんですね」
「そうだ。少しでもエヒトや【神域】の情報があれば儲け物だしな」
「仮に情報がなくても、ミレディなら残りの概念―――エヒト殺しの概念が宿ったアーティファクトを持っている筈だ。それを強だ……回収するだけでも恩の字だからな」
あの時はエヒトを積極的に殺しに行く気はなかったし、ミレディもそれを読み取って渡そうとせず、あの部屋の何処かに隠していたとしても、今は状況が違う。世界滅亡の瀬戸際に加え、念願の神殺しを成そうとするなら、すんなりと渡すだろう。
「ティオとジークリンデは……」
「うむ。心得ておる」
「里へ帰り、他の竜人族の皆様の協力を仰ぐのですね?」
「ああ。この状況じゃ掟も何もないだろうからな。俺のアーティファクトで強化すれば、使徒とも戦えるはずだ」
「そうじゃな。流石に、竜人族もこの事態で動かんという選択肢はない。その強さも妾が保証しようぞ」
「ですが、隠れ里は遠い場所にあります。往復も考えれば、四日以内にいくかどうか……」
「行きはクリスタルキーと羅針盤で向かわせる。帰りは自力になるが……」
「それなら大丈夫じゃ」
クリスタルキーと導越の羅針盤のおかげで四日以内の集合は可能と判断し、ティオとジークリンデは頷く。シアの方もクリスタルキーで直通すればいいかもしれないが、クリスタルキーの魔力消費は決して少なくないし、効率を考えるなら直接向かってもらった方が都合がいいのだ。
ソウジは次に、八重樫とアリアへと視線を向ける。
「アリアと八重樫は帝国に向かってくれ。お前たちならガハルドとの話がスムーズに進むだろうし、仮に言い寄ったらオレの名前を好きなだけ出せ。そして、しつこく言い寄れば漢女と裸族の仲間入りになるともな」
「それはいいな!皇帝の歯軋りして悔しがる顔が見れそうだ!」
「ちょっとだけ複雑だけど……了解したわ」
その後もハジメがメインとなってそれぞれに指示を伝え、役目を与えていく。重火器は生産でき次第、王都に順次送っていく以上、重火器の概念を知っているクラスメイトたちにレクチャーしてもらった方が効率的だからだ。
「谷口と坂上は樹海に行け。ハウリアとフェアベルゲンの連中に話を通して、戦える連中を王都に送るんだ」
「それが終わったら連絡しろ。お前らもオルクスで強化に費やせ」
ソウジの言葉に谷口と坂上は大きく頷く。谷口が従えた魔物は全滅した上、純粋な魔物の強さならオルクスの魔物の方が上なのだ。加えて多種多様なため、樹海の魔物よりも戦力となるだろうし、坂上も変身の種類が増えれば戦い易くなる。
そして、一通りの予定を話し終え、ハジメとソウジは全員に視線を巡らせた。
「敵は神を名乗り、それに見合う強大さを誇る。軍勢は全てが一騎当千。常識外の魔物も大勢いる」
「だが、それだけだ。奴らは全能でもなければ、無敵でもない。今回だって向こうの思惑を越え、反撃の狼煙を上げられる。オレとハジメが今までそうしたように、神も使徒も殺すことができる」
そう語る二人の姿は日本にいた時と大きく違う。髪の色が変わり、身体の一部を失っている。それは、二人が歩んだ軌跡を示すもの。どちらも平凡で足手まといとされながらも、ただ一つの願いの為に突き進み、己の力で乗り越えてきた、その証だ。
だからこそ、ハジメとソウジの言葉に、自然と納得できてしまった。その思いが大切なものを守り、魔の手を伸ばす存在に立ち向かえるのだと。
「顔も知らない誰かのためとか、まして世界のためなんて思う必要はない。そんなもの、背負う必要もないし、感じる必要もない。義務とか責務なんざ、無視したって一向に構わない」
「オレたちが個人的な理由でヤツらと戦おうとするように、お前たちも自分なりの理由で戦えばいいんだ。理由に大きさも重さも必要ない。ありふれたものであっても、単なるエゴであってもいい。ただ、これだけは譲れない……それだけがあればいいんだ」
「家に帰りたい、家族に会いたい、友人と頑張りたい、恋人に良いところを見せたい、ただ生きたい、単に気に食わない、美味いものを食いたい……どんな理由だろうと、どんな願いだろうと、それが本人にとって譲れない、絶対に曲げたくないものなら、なんだっていいんだ」
その言葉で、この場の全員が己の望みを自覚していく。その望みが例え当たり前で、細やかなものだったとしても、絶対に曲げたくないものだと心に刻んで。
「もし一生に一度、奮い立つべき時があるなら……それが、今になるだろう。今、奮い立って立ち向かわなければ、その願いも理由も叶わなくなる!己に負けた敗者の烙印を、一生背負うことになる!それが嫌なら、決意を持って立ち上がれ!かつて、奈落の底で抗ったオレたちのように!!」
「己の願いを、望みを叶えたいなら、自らの心に焔を灯せ!魂を熱く燃やせ!覚悟を持って、その一歩を踏み込め!迫る理不尽を、食い破れ!そして、一人も欠けることなく全員で生き残れ!!それが出来たら、英雄となったお前たちへのご褒美に、故郷へのキップをプレゼントしてやる!!」
誰もが息を呑み、鼓動が早まり、拳を握り締め、瞳に強い意志の光を宿していく。
そして、ハジメとソウジは彼等を見据え、告げた。
「「勝つぞ」」
そのありふれた言葉に返ってきたのは、無数の雄叫びと咆哮であった。
「具体的にどれくらい強くなったの?」
「龍太郎は普通では傷一つ付かないくらい頑丈になったわ」
「シズシズは剣筋がより鋭くなりました」
「鈴は司令塔になって、前より戦い易くなったぜ」
「もしかして天之河も……?」
「アイツだけ大迷宮の試練をクリアできなかった、と言えば十分か?」
「「「「「「…………」」」」」」
勇者()だけ成長なしの事実に、反応に困るクラスメイトたちの図。