魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


面倒な事態

“抜いてたもぉ~、お尻のそれを抜いてたもぉ~”

 

 

黒竜からであろう、何とも情けない女性の声が辺りに響き渡る。立ち止まっていたジークリンデはハッと我に帰り、大急ぎで黒竜に近づく。

 

 

「ティオ様!正気に、正気に戻られたのですよね!?」

 

“ジークか……すまぬ。妾のせいで多大な迷惑を……すまぬがお尻のこれを抜いてくれぬか?そろそろ魔力が切れそ……アヒィン!!ツンツンはやめてたもぉ~!刺激がっ!刺激がっ~!”

 

 

ジークリンデの言葉にその黒竜―――ティオは罪悪感を含ませながらも、刺さっている杭を抜くようジークリンデに頼もうとするが、ティオに刺さっている杭をハジメが拳でガンガンと叩いて強引に中断させられる。

 

 

「そいつの要望にわざわざ答えてやってお前を殺さないでやったんだ。その見返りとして、まずは何で操られたのかを吐け。キリキリと吐け」

 

 

片手で杭をグリグリとしながら、恩着せがましくティオに詰問するハジメ。ジークリンデは慌ててハジメを止めようとするも、ソウジがにこやかな顔でジークリンデの肩を掴んで止めたので、その笑顔の意味を察したジークリンデは項垂れて動きを止める。

 

 

“グリグリはらめぇ~なのじゃ~。は、話すからぁ~”

 

 

妙に艶のある声音で懇願するティオにジークリンデは「ティオ様……?」と明らかに冷や汗を流して、別の意味で困惑している。それを尻目に、ティオの若干急ぎ気味の説明を聞く。

 

 

“妾が操られたのは、妾が寝ている間に黒いローブの男が洗脳や暗示などの闇系魔法を多用したからじゃ。恐ろしい男じゃった。闇系統の魔法に関しては天才と言っていいレベルじゃった。そんな男に丸一日かけて間断なく魔法を行使されては、いくら妾でも流石に耐えられんかった……”

 

「いや、丸一日爆睡していたお前が間抜けなだけだろ。こいつも丸一日使って食材を調達していたし」

 

 

悲痛そうな声を上げるティオに、ソウジが冷めたツッコミを入れる。全員の目が、何となくバカを見る目になり、ティオは視線を明後日の方向に向け、ジークリンデはショックを受けたようにその場に四つん這いとなり「すいません、すいません……」と小声で謝っている。

その後、ローブ男の従うままに、目撃者であるジークリンデの捜索と抹殺、魔物の洗脳の手伝いをさせられていたと話すティオ。気がつけばハジメとソウジにフルボッコにされており、ソウジの一撃を脳天にくらって意識が飛びかけ、次に、尻に名状し難い衝撃と刺激が走って一気に意識が覚醒したと言う。正気に戻れた原因がどちらの一撃かはわからない。

 

 

“操られたとはいえ、妾が罪なき人々の尊き命を奪ったのはまごうことなき事実。償えというのなら大人しく裁きをうけよう。じゃが、しばらく猶予をくれまいか?せめて、あの危険な男を止めるまで……”

 

「……どういう事ですか?」

 

 

ウィルが厳しい目付きでティオに問いかける。

 

 

“あの男は、魔物の大軍を作ろうとしておる。竜人族は大陸の運命に干渉せぬと掟を立てたが、今回は妾の責任もある。じゃから放置はできんのじゃ”

 

 

ティオからもたらされた情報に、その場の全員が驚愕を露にする。

 

 

“すぐに答えが出せぬなら、せめてお尻の杭だけでも抜いてくれんかの?このままでは妾、どっちにしろ死んでしまうのじゃ”

 

「どういうことだ?」

 

「あ!!」

 

 

ティオからの割と切羽詰まった声に、ハジメがげげんそうに質問し、ジークリンデは何かに気付いて、大慌てで向かおうとするも、ソウジに襟首を掴まれて強引に止められる。

 

 

「何でお前がそんなに慌ててるんだ?」

 

「慌てますよ!竜化状態で受けた外的要因は、元に戻ってもそのまま反映されるのです!あれが刺さったまま元の姿に戻られたら、ティオ様が死んでしまいます!!」

 

 

ジークリンデの必死の説明に、全員が表情をひきつらせる。特に女性陣はお尻を押さえて青ざめている。

 

 

“ジークの言う通りじゃ。もう妾の魔力が尽きそうで、あと一分ももたないのじゃ……新しい世界が開けたのは悪くないのじゃが、流石にそんな方法で死ぬのは勘弁して欲しいのじゃ”

 

 

若干、気になる言葉が混ざっており、それを聞いたジークリンデは信じられない顔でティオを見ている。

一応、ジークリンデの要望は完了しきれていないので、ハジメは溜め息を吐いて、ティオに刺さっている杭に手をかけ、力ずくで引き抜きにかかる。

 

 

“はぁあん!ゆ、ゆっくりっあふぅううん。まだ慣れておああんっ!激しいのじゃ!きちゃうう、きちゃうのじゃ~”

 

「ティオ様!?どうして興奮しているのですか!?」

 

 

何故か物凄く艶のある声音で喘ぐティオに、ジークリンデは驚愕の声で疑問をぶつける。ハジメはそんな二人のやり取りを無視して、杭を上下左右にグリグリしながら容赦なく抉るよに引き抜いた。

 

 

“あひぃいーーーーー!!す、すごいのじゃ……こんなの初めてなのじゃ……”

 

 

ティオは訳のわからないことを呟きながら竜化を解除し、元の姿へと戻っていく。

黒い魔力がティオを包み込み、次第に小さくなって霧散すると、元の姿である、二十代前半で身長は百七十センチ、腰まで伸ばした艶やかなストレートの黒髪、見事なプロポーションの女性が両足を揃えて崩れ落ち、片手で体を支え、もう片方の手で尻を押さえてそこにいた。……頬が若干紅く染まってはいるが。

 

 

「ハァ、ハァ、助かったのじゃ……お尻もそうじゃが……全身があちこち痛いのじゃ……痛みというのがここまで甘美とは……」

 

「何を仰られているのですかティオ様!?痛みは甘美なものではありませんよ!?正気に戻って下さい!!」

 

 

ティオの危ない発言に、ジークリンデが堪らずに詰め寄りながら抗議する。

 

 

「ジークよ。妾は既に正気じゃ。何も問題ないぞ?」

 

「問題なら大有りですよ!ティオ様がいたぶられて悦ぶなんて……洗脳が解けた直後ですからそうなっているだけなんですよね!?そうなんですよね!?」

 

 

ティオに必死に抗議するジークリンデが何故か哀れに見えており、竜人族に敬意をはらっていたらしいユエも、彼女にしては珍しくはっきりと、ショックを受けた表情でティオを見ている。他の面々も若干引いてしまっている。

そんな一同にティオは改めて謝罪と自己紹介をし、次いで、黒ローブの男が、魔物の大軍をつくりだして町を襲う気であると伝える。しかも黒ローブの男は黒髪黒目の人間族の少年だったとも。

その少年が勇者に対して妬みがある発言も聞いたと聞いた畑山先生達は「そんな、まさか……」と呟きながら困惑と疑惑が混ざった表情をした。

それを尻目にハジメとソウジがオルニスを使ってその大軍を探していると、とある場所に集合する魔物の大軍を発見する。ティオの話では三千から四千の数だそうだが……

 

 

「三、四千ってレベルじゃないぞ?桁が一つ追加されるレベルだ」

 

「しかも既に進軍している。進んでいる方角は……間違いなくウルの町がある方向だな」

 

「ああ。このまま行けば、半日もせずに山を下り、一日で町に到達するぞ」

 

「!なら早く知らせないと!避難させて、救援を呼んで……それから、それから……」

 

 

ハジメとソウジの報告で事態の深刻さを理解した畑山先生は混乱しながらも必死に状況を整理しようとする。

 

 

「あの、ハジメ殿とソウジ殿なら何とか出来るのでは……」

 

 

呟くように尋ねたウィルの言葉に、全員が一斉にハジメとソウジの方を見る。全員の期待に染まった瞳を、ハジメとソウジは鬱陶しそうに手で視線を振り払う素振りをしながら、投げやり気味に返答する。

 

 

「俺達の仕事は、ウィルをフューレンまで連れて行く事なんだ」

 

「保護対象連れて戦争なんざ出来るか。さっさと町に戻って報告しとけよな」

 

 

そのやる気なさげな態度に生徒達とウィルは反感を覚えたような表情をするが、対する二人はどこふく風で全く気にしていない。そんな二人に畑山先生が黒ローブの男が見つかったのかと問いかける。

さっきからチェックしているが、それらしき人影はないという旨を畑山先生に伝えると、畑山先生は再び俯き、そして、ポツリと、ここに残って黒ローブの男が行方不明になっている清水幸利なのかどうかを確かめたいと言い出した。

その畑山先生を園部達が必死に説得するも、畑山先生は逡巡したままだ。その内、じゃあ南雲と空山のどちらかが同行すれば……何て意見も出始めた。ハジメとソウジは冷めた眼差しではっきりと告げる。

 

 

「残りたいなら勝手にしろ」

 

「オレ達はウィルを連れて町に戻る。何時までもここに留まる気はないからな」

 

 

そう言って、ウィルの肩口を掴み、引きずるようにして下山し始める。それに慌てて畑山先生達が異議を唱えるので、若干苛々しながら再びはっきりと告げる。

 

 

「俺達の仕事はウィルの保護だ。保護対象を連れて、大軍と戦闘なんざやってられるか。仮に殺るにしても、こんな場所じゃ殲滅戦なんてやりにくくてしょうがないんだよ」

 

「仮に戦うにしても町への報告はどうするんだ?あの移動手段はオレ達にしか動かせないからお前達だけ戻るのは不可能だし、二手に別れて行動なんてしたら確実性が欠けるから真っ平ごめんだ」

 

 

ハジメとソウジの言い分に畑山先生達は何も言えなくなってしまう。

 

 

「まぁ、ご主じ……ゴホンッ、彼らの言う通りじゃな。妾も魔力が枯渇してるし、ジークも傷が癒えていない以上、何とかしたくても何もできん。一日あれば、妾もジークもだいぶ回復するはずじゃから、まずは町に危機を知らせるのが最優先じゃな」

 

「確かにティオ様の言う通りですが……何故ハジメ様をご主人といいかけたのですか!?」

 

 

ジークリンデの問い掛けにティオはスッと視線を逸らす。それがジークリンデの不安を助長させる。

 

 

「ティオ様!?どうして目を逸らすのですか!?あの、凛々しくて素敵な貴女はどこにいったのです!?お願いですから元に戻って下さい!誇り高き竜人族である貴女が、いたぶられて悦ぶ変態になるだなんて……貴女のお祖父様になんと説明すればよいのですか!?」

 

 

涙目で必死に説得しようと、ティオにしがみつくジークリンデの後ろ姿があまりにも哀れすぎて、全員が同情する目をジークリンデに送った。

その後、ハジメがゴム弾で二人を撃ち抜き、やり取りを強引に中断。そのままハジメがティオを、ソウジがジークリンデを引き摺って下山していく。

引き摺られている間、ティオは恍惚の表情を浮かべ、そんなティオを見たジークリンデは顔を覆って泣いており、周囲には何とも言えない、微妙な空気が流れていた……

 

 

 




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