ウルの町は現在、ハジメがシュタイフに乗りながら錬成した四メートル程の外壁によって周りを覆われている。この壁は気休め程度なので大型の魔物なら簡単によじ登れるだろうが取り付かせる気はないので問題はない。
町の住人達は、魔物の大群が迫っている事を聞き、当初はパニックになったが、“豊穣の女神”と既に名高い畑山先生の高台からの呼び掛けでパニックは沈静化。その後居残り組と避難組に別れており、人が少なくなったが、いつも以上の活気が溢れている。
そんな町を背後に即席の城壁に腰掛けるソウジ達に、畑山先生に園部達、ティオ、ジークリンデ、ウィル、デビッド達数人の護衛騎士がやって来る。
「準備はどうですか?何か、必要なものはありますか?」
「問題ねぇよ、先生」
「準備はとっくに終わっている。後は迎え撃つだけだ」
畑山先生に振り返らずに簡潔に答えるハジメとソウジ。その態度にデビッドが食ってかかる。
「おい、貴様ら。愛子が……お前達の恩師が声をかけているのにその態度は何だ。本来なら色々と聞かねばならんことを見逃しているのは、愛子が頼んだからなんだぞ?少しは……」
「デビッドさん。少し静かにしてくださいませんか?」
「うっ……承知した……」
畑山先生に怒られ、忠犬のようにシュンと口を閉じるデビッド。犬の耳と尻尾が幻視できる。畑山先生は苦悩を滲ませる顔で再び二人に話しかける。
「二人とも。黒のローブの男ですが……」
「正体を確かめたいから、見つけても殺さないでくれ、だろ?」
「……はい。無茶なことばかり言っているのは分かってますが……」
「取り敢えずは殺さず連れて来てやる」
「一応、先生の思う通りにすればいい……俺も、そうするから」
「……ありがとうございます。南雲君。空山君」
畑山先生は、ハジメとソウジの予想外に協力的な態度に少し驚くも、その厚意を有り難く受け取ることにする。
そして、畑山先生の会話が終わったのを見計らって、今度はティオと憔悴仕切ったジークリンデが前に進み出てティオが声をかけた。
「ふむ、よいかなご主……ゴホンッ!お主らに頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」
「?……ジークリンデに……………………………………ティオか」
「泣き虫と…………………………………………お前か。何のようだ?」
「ま、まさかジークを覚えていて、妾の存在を忘れておるとは……はぁはぁ、こういうのもあるの……」
「悦ばないで下さいティオ様!普通は怒るところですよ!?」
存在そのものを忘れ去られ、怒るどころか頬を染めて若干息を荒げるティオに、至極真っ当な反論をするジークリンデ。ソウジの泣き虫発言はスルーのようである。
「それは兎も角、お主らはこの戦いが終わったらウィル坊を送り届けて、また旅に出るんじゃろ?」
「そうだが?」
「うむ、頼みというのはそれでな……同行させて……」
「「断る」」
「……ハァハァ。よ、予想通りの即答。もちろんタダでとは言わん!お主を“ご主人様”と呼び、妾の全てを捧げよう!余すことなく全てじゃ!!どうzy」
「帰れ。土に還れ」
両手を広げ、恍惚とした表情でハジメの方に向かって奴隷宣言をするティオにハジメは汚物を見るような眼差しを向け、バッサリと切り捨てる。それにまたゾクゾクしたように体を震わせるティオに、絶望したような顔で崩れ落ちるジークリンデ。完全な変態と化したティオに全員がドン引きし、会話で何となく察した護衛騎士達も含めて、全員がジークリンデに同情の視線を向ける。特にユエはジークリンデに近づきよしよしと頭を撫でて慰めている。
「そんな……酷いのじゃ……妾をこんな体にしたのはご主人様とソウジ殿じゃのうに……責任とって欲しいのじゃ!!」
「ハジメ様、ソウジ様!!お願いですから、ティオ様が変態になる前の、元の凛々しいお方に戻して下さい!!私では無理なんです!!」
ティオとジークリンデの発言に、デビッド達数人の護衛騎士は「えっ!?」という驚愕の視線を、畑山先生達は「ああ、やっぱり……」と非常に冷めた視線をハジメとソウジに送る。ハジメとソウジはその視線に青筋を浮かべながら、絶対零度の睨みをティオに向ける。
「あぅ、またそんな目を……ハァハァ……ごくりっ……昨日のジークの冷めきった目での説得も中々じゃったが、やはり、ご主人様達のその視線は格別じゃ……ハァハァ……」
「昨日からずっとこんな調子何です!!何度お小言を申しても全く堪えず、逆に悦ぶ始末なんです!ウワァーーーーーンッ!!!!!」
「……なんで俺がご主人様何だよ?」
息を荒げるティオにドン引きしながらも、ハジメは何故自分に白羽の矢が立ったのか、その理由を問い質す。
「勿論、妾の初めてを奪ったからじゃ!妾は自分より強い男しか伴侶として認めないと決めておっての!!じゃが、里では一、二を争う程強い妾にはそんな相手はおらんかったのじゃが……初めてご主人様とソウジ殿にボッコボッコにされた挙げ句、ご主人様にお尻からやられたのじゃ……じゃからご主人様よ、責任をとって欲しいのじゃ!!」
お尻を抑えながらのティオの発言に、騎士達はハジメを犯罪者を見る目を向けつつも戦慄の表情を浮かべる。事の真相を知っている畑山先生達ですら責めるような目でハジメとソウジを睨み、ジークリンデは蹲って泣いたまま、ユエ、シア、アタランテは視線を逸らしている。この場にハジメとソウジの味方はいなかった。
「お、お前達には色々やる事があるだろ?それはいいのかよ?」
「問題ないのじゃ。ご主人様達と一緒の方が絶対効率がいいからの。それに、イラッとしたときは妾とジークで発散しても大丈夫じゃし、まさに、一石二鳥じゃろ?」
「……ティオ様?何故私を巻き込もうとしているのですか?そんなの嫌ですし、里の誇りをないがしろにしないでもらえませんか?恥ずべき行為ですよ?」
ティオの引き込み発言に、顔を上げたジークリンデは今までの雰囲気が嘘のように、底冷えするほどの冷めきった表情に変わる。言葉にも妙な迫力があり、その激しい変化に周りは思わず硬直してしまう。
「あぁん……時折、ジークが里の誇りに泥を塗るような発言をした者に見せておったその顔。とてもゾクゾクするのじゃ……ハァハァ……」
「やっぱり悦ぶんですね!!!もう、あの頃のティオ様は死んでしまわれたのですね!ウワァアアアアアーーーーーンッ!!!」
ティオの変態発言に、ジークリンデは先程と同じ雰囲気で再び泣き始める。
その光景を見た者達は全員、責める目付きでハジメとソウジを睨む。睨む視線を一身に受けたハジメとソウジは揃って溜め息を吐いた。
「分かった。同行したきゃ勝手にしろ」
「有り難うなのじゃ!!何時でもストレス発散のために殴ってよいぞ!!何なら今からでも―――」
「やっぱ、変態は付いてくんな。一人でさっさと里へ帰れ。今すぐ還れ」
「ええ!?私は!?」
「妾はだけが除け者で、ジークだけ同行を許すとは……こんなプレイもあるんじゃな……ハァハァ······」
「だから悦ばないで下さい、ティオ様!!」
ソウジは仕方なく同行を許す発言をするも、ティオの変態振りにハジメは速攻でティオを切り捨てようとする。その事にティオは再び興奮、ジークリンデは虚しいツッコミをする。それに騎士達は憤り、女子生徒は蛆虫を見る目となり、男子生徒はハジメとソウジに嫉妬し、畑山先生は不純異性交遊について二人に説教し、ウィルは何故か尊敬の眼差しを向ける。魔物の大群が迫ってきているのにも関わらず、そんなカオスな状況が暫し続いた。
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