ウルの町から少々離れている場所に愛子先生と生徒達、護衛隊の騎士達に町の重鎮達、ソウジ達とウィルがいる。この場所にいる理由は、今回の騒動の首謀者である清水と対話するためである。
戦場から直接連行した清水をソウジがサイドカーから乱暴に放り出したのを見た愛子先生達は若干引いていたが、本当に襲撃した犯人が清水であった事に愛子先生は悲しそうな顔をしながらも、白目を向いて気絶している清水の目を覚まそうと揺り動かす。
デビッド達は危険だと止めようとするも、清水と先生と生徒として対話したい愛子先生は首を振って拒否した。
やがて、愛子先生の呼びかけに清水は目を覚まし、最初はボーっとした目で周囲を見回していたが、自分の状況を理解したのか、ハッとなって上体を起こし、立ち上がりかける。だが、頭からサイドカーに放り込まれていたせいで、バウンドする度に頭を打つけられていたダメージが残っているのか、ふらついて尻餅をつき、そのままズリズリと後退りしていく。
愛子先生は警戒心と卑屈さ、苛立ちがない交ぜなった表情の清水に危害を加えるつもりはないといい、何故こんな事をしたのかと、視線を合わせて問いかけるも……
「そんな事もわかんないのかよ。無能どもが馬鹿にしやがって……俺の方がずっと上手く出来るのに……誰も気付きもしないでモブ扱いしやがって……そんな馬鹿なお前らに、俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」
清水から出てきた言葉は周囲への罵倒と不満だけで反省の色が全く見られない。そんな清水に園部達が憤りを露にして次々と反論するも、愛子先生はヒートアップする生徒達を抑え、なるべく温かみが宿るように再び質問する。皆を見返したいのなら、何故、町を襲おうとしたのかと?それでは“価値”は示せないのではないか、と。
愛子先生のそのもっともな質問に、清水はうっすらと笑みを浮かべて答えた。
「……示せるさ……魔人族になら」
その言葉に、ソウジ達を除いたその場にいる全員が驚愕を露にする。その反応に清水は満足げな表情となり、町の住人ごと愛子先生を殺せば自分は魔人族側の“勇者”として招かれる契約をしたと明かす。
「その魔人族は超強い魔物も貸してくれたし、それで想像以上の軍勢も作れて……絶対、あんたを殺せると思ったのに!!何だよ!何でだよっ!!何で六万の軍勢が負けるんだよ!!何で異世界にあんな兵器があるんだよっ!!お前は、お前らは一体何なんだよっ!!厨二キャラのくせに、何なんだよっ!!」
そう言ってハジメとソウジを見る清水の眼には、思い通りにならない現実への苛立ちと、邪魔をしたハジメとソウジへの憎しみ、そして、その力への嫉妬などがない交ぜになった狂気を宿していた。どうやら白髪眼帯と灰髪バンダナの少年がクラスメイトの南雲ハジメと空山ソウジだと清水は気付いていないようだ。
その当の本人達は厨二キャラ扱いされた事に結構深いダメージを受け、現実逃避気味に遠くを見る目をしていた。その心情を察したユエとアタランテが後ろから背中ポンポンして慰めてくれるのがまた泣けてくる。しばし現実逃避でトリップしていると。
「動くなぁ!!」
清水がいつの間にか愛子先生を後ろから羽交い締めにして、首筋に何かを突き立てていた。
二人して「あれ?いつの間に……」という顔をしていると、愛子先生を人質にとった清水は、自分に逆らえば北の山脈の魔物から採取した毒針で殺すと脅しをかける。周りが動けなくなった事に清水は笑みを浮かべ、ハジメとソウジに視線を向ける。
「おい、厨二野郎共!後ろじゃねぇ!お前らだっつってんだろっ!これ以上ふざけた態度をとる気なら、マジで殺すぞっ!!わかったら、お前達の武器を全部寄越せ!!」
清水はヒステリックにソウジ達の武器を渡せと要求するも、当の本人達は冷めた眼と共にそれを返した。
「いや、お前、殺されたくなかったら渡せって……先生殺さないと魔人族側に行けないんだろ?」
「どっちにしろ先生を殺すなら、完全な渡し損だろ」
「うるさいうるさいうるさい!いいから黙って全部寄越しやがれ!その奴隷も貰ってやるからそいつに持ってこさせろ!!」
冷静に返された清水は逆上し、さらに喚き散らす。清水に目をつけられたシアは、全身を震わせて嫌悪感丸出しの表情を見せる。
「お前がうるさいを三連発しても、ただキモいだけだろうに……シアも気持ち悪いからって俺の後ろに隠れるなよ」
「だって、ホントに気持ち悪くて……鳥肌も立ってますし……」
「まぁ、勇者願望を持っているのに、やっている事とセリフが完全に悪役のものと同じだからなぁ」
ソウジ達は声を潜めて会話するも、全員にバッチリと聞こえているようであり、清水も顔色を赤くなったり青くなったりとはっきりと変化していっている。
やがて、清水の顔色は白くなり、虚ろな目で何かをブツブツと呟き始め、そして、何かが振り切れたように奇声をあげて笑い出す。
「……し、清水君……どうか、話しを……」
「……うっさいよ、偽善者が。黙って、ここから脱出するための道具になってろよ」
狂態を晒す清水に愛子先生は尚も言葉を投げかけるが、当の本人は笑いを止めて、暗く澱んだ声音でそう呟き、再びハジメとソウジに視線を向ける。
“一応は素直に従っとくか。こいつを渡す際に、ワイヤー飛ばして先生ごと“纏雷”で黙らせればいいし”
“少し先生にも痛い目に合わせておいた方が良さそうだし、それが妥当だろうな”
念話でやり取りしながらハジメとソウジはゆっくりとそれぞれの腰の得物に手を伸ばし始めた瞬間、事態は急変した。
「ッ!?ダメです!避けて!」
シアがそう叫びながら、一瞬で完了した全力の身体強化で高速移動をし、愛子先生に飛びかかった。
清水は咄嗟に毒針を愛子先生に刺そうとし、シアが無理やり愛子先生を引き剥がして何かから庇うように身を捻ったのと、蒼色の水流が、清水の胸を貫通したのはほぼ同時だった。その水流はそのままレーザーの如くハジメに迫るも、ハジメはそれをあっさりと打ち払う。愛子先生を水のレーザーから守ったシアは、愛子先生を抱きしめたまま地面にダイブし地を滑る。停止しても、シアは苦しそうな呻き声を上げて横たわったままだ。
「シア!」
突然の事態に誰もが硬直する中、ユエがシアの名を叫びながら全力で駆け寄り、アタランテもヤークトを長弓状態にして迎撃態勢に入る。
ソウジも氷の剣を右手に三本同時に作りつつ“遠見”で水のレーザーの射線を辿ると、遠くで黒い服を着た耳の尖ったオールバックの男が、大型の鳥のような魔物に乗り込む姿が見えた。
その鳥型の魔物が飛び立った瞬間、アタランテは魔力矢を連射し、ソウジも氷の剣を全力で投擲するも、オールバックの男はソウジ達の方を確認しつつ鳥型の魔物をバレルロールさせながら必死に回避行動を行う。結果、男の片腕と魔物の片足を吹き飛ばせたが撃墜には至らず、町そのものを盾にするように逃亡していった。
おそらくあれが清水の言っていた魔人族であり、自分達の情報が魔人族側に渡るであろう事にソウジは苦い顔をする。オルニスで追跡しようにも今からでは難しいだろう。そう思い、ソウジはシア達の方に目を向ける。
そこでは、ハジメが愛子先生に口付けしていた。
「……は?」
思わず間抜けな声が洩れるがすぐに我に返り、事態を確認するためにハジメ達の下に近寄り、ユエに軽く事情を聞く。そこで、清水の持っていた毒針が愛子先生に掠っていたと聞き、ソウジは納得して頷く。
シアも腹部を水のレーザーで撃ち抜かれて穴が空いているが、ソウジは自身の試作型宝物庫に入っている、神水が入った試験管型の容器を取り出し、半分を傷に直接かけ、残りはシア自身に飲まさせようとするが……
「すいません……ハジメさんに……口移しぃ……ぐっ……されたいので……」
「…………」
痛みで脂汗を流しているにも関わらず、欲望駄々漏れのシアにソウジは冷めた目でシアを見詰める。ソウジが動きを止めた事に口移しを済ませたハジメが訝しんで近づき、シアの要望を知ると、ソウジから容器を引ったくり、シアの口に容器を強引に突っ込んで無理やり飲ました。
「……ぷはっ……うぅ~、先生さんが羨ましいですぅ……」
「ハジメ……メッ」
「ふぇ!?ち、違いますよ!?あれは救命活動です!救命活動ですから!!」
三者三様の反応にハジメとソウジは深い溜め息を吐き、アタランテは苦笑いする。そして、忘却されている哀れな存在を思い出させる。
「……清水はまだ生きているか?」
ハジメのその言葉に全員が思い出したような表情をして清水が倒れている場所を振り返り、愛子先生も顔色を変えて慌てて清水の下へと駆け寄っていく。
清水の胸にはシアが受けた傷と同様に穴が空いており、出血が激しく、大きな血溜まりが出来ているので、後数分で死ぬだろう。
「さっきの薬を!お願いします!」
愛子先生は藁にすがる視線でハジメとソウジに向かってそう叫び、ハジメとソウジはやっぱりと思いつつ、二人の下にへと近寄っていく。そして、愛子先生に質問する。
「自分を殺そうとした相手を助けたいのか、先生?」
「いくら何でも“先生”の域を越えていると思うぞ?」
「……確かにそうかも、いえ、きっとそうなのでしょう。でも、
愛子先生の予想通りの返答に、ハジメとソウジは不機嫌そうにしながらも清水の傍に歩み寄る。
「清水。お前を救う手立てはまだある」
「!」
「だが、その前に確かめたい事がある…………お前は、敵か?」
ハジメの言葉でこちらを見据え、ソウジの簡潔な質問に、清水は一瞬の躊躇いもなく首を振り、卑屈な笑みを浮かべて命乞いをする。
だが、命乞いをする清水の目は、憎しみと怒りと嫉妬と欲望とその他の様々な負の感情が飽和したように暗く濁っており、その場しのぎの嘘である事を如実に語っていた。
最早清水の心には誰の言葉も届かず、必ず自分達の敵になると確信した二人は決断を下す。一瞬だけ愛子先生に視線を送り、その一瞬で察した愛子先生の静止よりも圧倒的に早く動いた。
ドスッ!ドパンッ!
頭に刀が突き刺さり、心臓には銃弾が撃ち込まれ、清水は確実で覆しようのない死を与えられた。
その光景に誰もが息を呑み、動けないでいる中、愛子先生がポツリとこぼす。
「……どうして?」
「敵だからな」
「そんな!清水君は……」
「あれで改心したと?悪いが、あんな嘘を信じられるほどオレらはお人好しじゃない」
怒りや悲しみ、疑惑に逃避、あらゆる感情が浮かんでは消える瞳の愛子先生の疑問をハジメとソウジははっきりと返す。
もし、清水に少しでも生き方が変わる兆候があれば、首輪付きではあるが清水を愛子先生に預けてチャンスを与える事も考えてはいた。しかし、清水にはその兆しは一切なかった。
「だからって殺すなんて!」
「……どんな理由でも、先生が納得しないのは分かっている。俺達をどうしたいのかは先生が決めればいい」
「先生の言葉には色々考えさせられたが、人の命が軽いこの世界で、奈落で刻んだ考えは変えなれないし、変えようとも思わない。そんな余裕は、オレ達にはないからな」
「…………」
「これからも必要だと思ったら……いくらでも、何度でも同じことをするよ。それが間違っていると思うなら……先生も自分の思った通りにすればいい……」
「けど、これだけは覚えておいてくれ。例え先生でも、クラスメイトでも……敵対するなら、命を奪えるんだってことを……」
二人のその言葉に、愛子先生は俯いて何も言えなくなってしまう。それを尻目に、ハジメは踵を返し、ソウジは清水の頭に突き刺した炎凍空山を引き抜いてから踵を返し、ユエとシア、アタランテもそれに続く。ハジメとソウジに視線を向けられたウィルとジークリンデも黙って付いていく。
「……先生の理想は既に幻想だ。ただ、俺達の先生であろうとしてくている事は嬉しく思う……出来れば折れないでくれ」
ハジメは最後にそう言い残して周囲の輪を抜け、ブリーゼと翼丸を取り出し、全員を乗せてその場から去って行った。
「待ってたもぉ~!妾を置いていかないでたもぉ~!!」
「ああ!?すみません、ティオ様!!」
存在そのものを忘れられていたティオが、恍惚の表情で慌てて荷台に乗り込み、翼丸のサイドカーに乗り込んだジークリンデはティオを忘れていた事を謝罪していた……
感想お待ちしてます