北の山脈地帯を背にブリーゼと翼丸が砂埃を上げながら南へと街道を疾走しフューレンへと向かっていく。シアがブリーゼの窓から顔を出して風を感じている姿を横目に、翼丸を運転するソウジはブリーゼと横並びで走らせる、そんなソウジにサイドカーに座っているジークリンデが話しかける。
「ソウジ様。どうして清水という輩を殺したのですか?」
ジークリンデのその質問に、ソウジは軽く視線をジークリンデに向け、直ぐに正面に戻す。
「……アイツが敵だからだが?」
「それなら“助けなければ”いいだけです。既に致命傷を負って、持って数分だったのですから……“殺した”のには他にも理由があるはずです」
「……ちゃんと見ているんだな」
確かにジークリンデの指摘はもっともであり、図星でもある。あの状況で問答無用で清水を殺したハジメとソウジの所業はそれだけ印象が強く、殺す必要がなかった事実は上手く隠れていたのだ。
どうせ、後ろに座っているアタランテと、ブリーゼに乗車しているユエとシアも気付いているだろうし、特にユエとアタランテはその動機にも気付いているだろうと思ったソウジは、翼丸に取り付けられている念話石による通信機能を起動させる。
『……どうしたソウジ?何か用か?』
「清水を殺した理由を話すことになりそうだから、お前も交えて説明した方がいいと思ってな」
『…………』
ソウジの言葉にハジメは無言を貫く。暫し沈黙が続くがユエによって破られる。
『……ハジメとソウジ、ツンデレ』
「『…………』」
「『『『ツンデレ?』』』」
ユエの指摘にハジメとは変わらず無言を貫き、ソウジはやっぱりかと天を仰ぎ、ユエの指摘に頷くアタランテ以外の他のメンバーはオウム返しで問いかける。
ちなみに車体に取り付けられている念話石での会話はスピーカーで話しているかのように全員に届くので内緒話には一切向いていない。元々、内緒話用ではないので気にしてはいないし、内緒話なら“念話”で話せばいいので全く問題ないが。
『……愛子へのお返し?唯の気遣い?』
『……もののついでだよ』
「……“先生”でいられるよう、義理を果たしただけだ」
「だからヤツを殺したのだな。愛子がヤツの死に責任を感じないようにするために」
「『『『……あ』』』」
ソウジの言葉とアタランテの指摘に、他のメンバーは漸く清水を殺した理由に辿り着く。
清水が致命傷を負ったのは魔人族が愛子先生を殺そうとした結果であり、生徒思いの愛子先生がそれに気づけば
先生には恩義もあり、折れてもらっても困るので、だから、放っておいても死ぬと分かっていた清水を敢えて殺したのだ。これからも“先生”でいられるようにと。
『ふふ、ツンデレですねぇ』
『そういうことですか……』
『なるほどのぉ~』
「フフッ……お優しいんですね」
それぞれの言葉にソウジは気恥ずかしさからそっぽを向く。ブリーゼを運転しているハジメも同様だろう。
『……でも、愛子は気づくと思う』
「『…………』」
「ユエの言う通りだな。愛子が“先生”ならいずれソレに気づく筈だ」
『……でも、大丈夫。愛子は強い人。だから、望まない結果には、きっとならない』
「それにハジメは“出来れば折れないでくれ”と愛子に言い残したのだから、大丈夫だろう」
『…………あ』
「あー…………確かに言っていたなぁ……」
アタランテのもっともな指摘にハジメは抜けた声を出し、ソウジは遠くを見る目となって同意する。というか何気に禁断のフラグが成立したような気がするが気のせいだろう。
「そういえばシア、遅まきながらありがとな」
『確かに今回は助かった……ありがとな』
『……………………誰?』
シアのそんな言葉にソウジは額に青筋が浮かび、ハジメも同様に額に青筋を浮かべているだろうが、自業自得なので我慢する事にする。
「……仕方のない反応だと思うが……本当に感謝してるんだぞ?」
『お前のお陰で先生が死なずに済んだんだから……マジで感謝してるんだぞ?』
『た、大した事ないと思いますよ?ただ、お二人が気にかける人を助けただけですから……』
「『……そうか』」
こちらの心情など本当にお見通しだったことにソウジは苦笑し、ハジメも苦笑しているのが手を取るように分かる。
その後、ハジメがシアにお礼に“出来る範囲で”何かして欲しい事があるかと聞き、シアが「私のはじめて―――」の時点でソウジは即効で通信を切る。
「ソウジ。流石に切る必要はないと思うぞ?」
「切らなきゃアイツは絶対こっちに援護射撃するよう言ってくる。ハジメが心から欲しがっているのはユエだけだからそんな真似をさせる手助けなんか出来るか」
「……なるほど。それなら仕方がないか」
ソウジの言い分にアタランテは納得したように頷く。
「もちろんオレもアタランテ、お前に対してハジメと同じ思いを抱いている」
「……ソウジ」
ソウジの告白に、アタランテは頬を軽く染めて、さらにしがみつく。ソウジとアタランテの間に桃色空間が漂っていく。
「……口の中が甘くなりますね。これは……」
サイドカーに座っているジークリンデが何とも微妙な顔で二人を見やる。ジークリンデが空気を読んで大人しくしていると、ハジメの方から通信が入る。
『ソウジ。荷台にいる変態をどうにかして落としてくれ』
「氷漬けにしてから捨てる、でどうだ?」
「お願いですから止めて下さい!!ティオ様の変態振りが悪化してしまいます!!」
ハジメとソウジのやり取りにジークリンデが必死な表情で抗議する。
『妾を氷漬けにしてから捨てようとは……新手の放置プレイじゃな……ハァハァ……』
「やっぱ無理だ。変態には効果無さそうだ」
「…………」
その当の本人は相変わらずの変態発言をかましたので、ソウジは即効で提案を撤回、ティオのその姿にジークリンデは悲しげな顔で俯く。目尻に光るものが見えた気がするが気のせいだろう。
「そういえばジークリンデ。一応同行は許可したが、本当に付いてくるのか?」
「……ハイ。と言っても、ティオ様に付いていくだけですが……」
少し困り顔で肯定するジークリンデにソウジはさらに切り込む。
「調査なら二手に別れた方が効率からしていいんじゃないのか?」
「いえ、あんなティオ様を一人にさせるわけにはいきません。何とかしてティオ様を元に戻さなければ……」
「……既に手遅れな気がするんだが?」
「それでも、何とかしてティオ様を元に戻『ハァハァ……んっ!んっ!』…………」
ジークリンデの決意表明は、ティオの興奮した声が届いた事で中断させられる。
「……本当に戻せるのか?」
「……………………頑張って何とかします……」
「……そうかい。後、様付けは止めてくれ。すわりが悪い」
「申し訳ありませんがそれは出来ません。私は従者の立ち位置ですので、これが私にとっては普通なのです」
「……あっそ」
ソウジはそう言って、呼称に関しては諦める事にした。
新たな仲間、ジークリンデとティオが正式に加わり、一行はフューレンへと向かって行った。
ちなみに、あの時拾ったロケットペンダントはウィルの持ち物であった事と、その中の写真は若い頃の母の写真と分かった際、全員微妙な顔になったのは言うまでもない。
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