魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


慈悲も容赦もない

一方その頃、商業区で買い出しをしていたユエとティオ、ジークリンデはブディックに来ていた。

 

 

「それにしてもユエよ。本当に良かったのか?」

 

「……シアのこと?」

 

「うむ」

 

「余計なお節介でしょうが、もしかしたらハジメ様とシア様は想像している以上に進展してるかもしれませんよ?それでも良かったのですか?」

 

 

展示品を品定めしているユエに、ティオはからかい半分で、ジークリンデは少し心配そうに質問する。それに対し、ユエは動揺も危機感の欠片もなくさらりと答える。

 

 

「……それなら嬉しい」

 

「嬉しい……のですか?」

 

「惚れた男が他の女と親密になるというのにか?」

 

「……違う。シアだから嬉しい」

 

 

首を傾げるティオとジークリンデにユエは、話を続けていく。

最初は煩わしかったが、シアは良くも悪くも大切なもののために、好きなものために、いつも全力で真っ直ぐなのだと。

 

 

「……それが半分」

 

「半分じゃと?」

 

「ではもう半分は?」

 

「……シアは私の事も好き。ハジメと同じくらい。意味は違っても大きさは同じだから……」

 

「……なるほどの……あの子にはご主人様もユエもどちらも必要なんじゃな……」

 

「純粋な好意を邪険に扱う事は早々出来ませんからね。これもシア様の人徳なのですね」

 

「じゃが、ご主人様の方はどうじゃ?シアに心奪われるとは思わんのか?」

 

 

ティオのその言葉に、ユエは馬鹿馬鹿しいと云わんばかりに肩を竦め、妖艶な笑みを浮かべた。

 

 

「……ハジメにも“大切”を増やして欲しい。でも……“特別”は私だけ……奪おうというなら、何時でも何処でも誰でも……受けて立つ」

 

 

ユエの言外の宣戦布告に、ティオは無意識に一歩後退る。そして、苦笑いしながら両手を上げ、降参の意を示した。

 

 

「まぁ……妾はご主人様に罵ってもらえれば十分じゃから、喧嘩を売る気はないぞ」

 

「……それは兎も角ユエ様。ハジメ様“にも”と仰いましたね?ひょっとしてソウジ様にも?」

 

 

相変わらずの変態発言をかますティオをジークリンデは失礼と自覚しつつ無視してユエに質問する。ジークリンデの反応から、ハジメの“特別の座”を奪う気はないと察したユエは微笑んで答えていく。

 

 

「……ん。ソウジはハジメの友達……だからソウジにも“大切”を増やして欲しい……そして、ソウジの“特別”はアタランテのもの……」

 

「確かにそうですね。見ているだけで分かりますよ。ソウジ様とアタランテ様も互いに相当想ってらっしゃることは」

 

「……ん」

 

 

互いに微笑むユエとジークリンデ。暖かい空気が流れるが、変態はその空気を容赦なくぶち壊した。

 

 

「あぁん……妾を無視して二人だけで話を進めるとは……この疎外感も悪くないのじゃ……ハァハァ……」

 

「……ティオ様?流石に空気を読んでもらえませんか?無視した私に非はありますが、里の姫君としてどうかと思いますよ?」

 

 

変態発言をかましたティオに、ジークリンデは絶対零度の瞳で小言を告げる。それに対し、ティオは反省するどころか、ますます恍惚とした表情となり身体をくれらせていく。

 

 

「やはりジークのその瞳はゾクゾクするのじゃ……ご主人様とソウジ殿程ではないが、もっとその目を妾に向けて欲しいのじゃ……」

 

「……グスッ」

 

 

全くブレないティオの変態振りに、ジークリンデは顔を背け、身体を丸めて泣き始め、ユエは同情する眼差しでジークリンデの頭を撫でて慰める。

毎回泣く竜人族も本来なら幻滅の対象なのだろうが、変態と化した竜人族の姫君と比べたら遥かにマシ、というか、竜人族の誰からも愛される姫君の変態振りを目にした同族の反応であれば当然のものであり、ユエにとってはジークリンデの反応は幻滅の対象にはならなかった。

ちなみに、ティオが竜人族の姫君であることはフューレンに戻る途中でジークリンデが話しており、それを知ったユエは更なるショックを受けたのは言うまでもない。

そんな風に、ユエとジークリンデの距離は縮まっており、ティオともほんの少しだけ距離が縮まってブディックを出た直後。

 

ドガシャン!!

 

 

「ぐへっ!!」

 

「ぶぎゃあ!!」

 

 

すぐ近くの壁が破壊され、そこから二人の男が悲鳴を上げて地面をバウンドして転がり出てきた。更に、同じ建物の窓を割りながら数人の男が同じような悲鳴を上げながらピンボールのように吹き飛ばされてきており、建物の中からは壮絶な破壊音が響き渡る。

そして十数人の男が手足を奇怪な方向に曲げたまま痙攣して表通りに並ぶ頃、建物が度重なったダメージに耐えられなかったようで、轟音と共に崩壊した。

 

 

「やっぱりお前達の気配だったか……」

 

「あれ?どうしてこんなところに?」

 

 

粉塵の中から出てきたハジメとシア、ソウジとアタランテ、珍妙な人型ゴーレム―――感応石と遠透石を組み込んだ事で実現した人型形態に変形した翼丸にユエとティオは呆れた表情を、ジークリンデは唖然とした表情を向ける。

人型形態の翼丸の見た目は、顔部分はバイザー状、背中にはタイヤを背負い、両腕にはブレード、腰の部分には二分割されたサイドカーが取り付けられている。サイドカーは元々オプション装備としての役割が八割で、熱線、冷凍光線、感電攻撃を放つ為のものである。しかも手持ち装備としても使える。

 

 

「……それはこっちのセリフ」

 

「全くじゃのぉ~、で?今度はどんなトラブルに巻き込まれたのじゃ?」

 

「簡単に説明すると、成り行きで人身売買している組織の関連施設をぶっ潰して回っている最中だ」

 

「……成り行きでどうしてそうなるのですか?詳しい説明をお願いいたします」

 

「ああ。実はな……」

 

 

事情説明を求めるジークリンデにアタランテがこれまでの経緯を説明していく。

 

 

「……それで指定された場所に行けば案の定、武装したチンピラ共がいてミュウの姿はなかった。数名残して皆殺しにした後、ミュウの居場所を聞いたが知らないの一点張りでな。だから、拷問して他のアジトを聞き出してを繰り返しているところなのだ」

 

「しかも、私とアタランテさんだけじゃなく、ユエさん達にも誘拐計画があったようでして……それで、見せしめとして徹底的に叩き潰してしまおうということになりまして……」

 

 

その説明にユエとティオ、ジークリンデは呆れた表情となる。

 

 

「……それで、その子を探せばいいの?」

 

「ああ。聞き出した限りだと、結構大きな組織みたいだからな……」

 

「関連施設の場所も半端ないし、正直手が足りないんだ。悪いが手伝ってくれないか?」

 

「ん……任せて」

 

「ふむ。是非もないの」

 

「勿論協力致します」

 

 

三人は迷う事なく了承し、顔見知りがいいという考えと効率からハジメとユエ、シアとティオ、アタランテとジークリンデ、ソウジは人型形態の翼丸を携えた四手に分かれて行動を開始した。

 

 

 

―――――――――――――――――――

 

 

 

職人区の中で外壁に近い四階建ての建物、表向きは商品の卸売りを商いとしているが、裏では人身売買の総元締をしている裏組織“フリートホーフ”の拠点の一つである。

普段は不気味な静かさを放っているこの建物は、今は騒然とした雰囲気となって人が激しく出入りしていた。

 

 

「またアジトが潰されたのか!?これで何件目だ!?」

 

「現在把握している時点では既に半数を超えています。襲撃者は二人組が三組と謎のゴーレムを連れた男の計七人です!」

 

「急いで本部に連絡しろ!!このままだと―――」

 

 

この建物の責任者である男は急いで本部に伝えるよう、伝令役の男に伝えようとした直後、周囲の温度が急激に下がり始める。

 

 

「な、なんだ!?一体何が―――」

 

 

突然の冷え込みに男が困惑した次の瞬間、部屋が瞬く間に氷で覆われ、室内にいた人達も、責任者である男を除き、全身を氷の中に閉じ込められる。

突然出来上がった幻想的だが恐ろしい世界に男は身体を震わせていると、氷漬けとなった扉から爆発が起こり、粉砕される。

 

 

「アタランテ様。そこの輩以外は氷漬けで本当によろしかったのですか?」

 

「ああ。感知した限り、彼処にいる奴はその場から動かず、奴の周りの人の行き来が激しかったのだからな。アイツがこの建物の責任者で間違いない筈だ」

 

 

そんな会話と共に部屋に侵入して来たのはアタランテとジークリンデだ。現れた彼女達の会話から目的は自分だと察した男は震える声で問い質す。

 

 

「……お、お前達、例の襲撃者の一味だな!?一体何が「“凍柩”」ぎゃぁあああああああああッ!?」

 

 

男の質問等お構い無しとばかりにジークリンデが“凍柩”で男を顔以外を氷の中に閉じ込める。

 

 

「貴方達の質問に答えるつもりはありません。貴方に出来るのはこちらの質問に答える事だけです」

 

「ミュウという海人族の少女は今何処にいる?知っているなら話せ」

 

「し、知らない!その海人族が今何処にいるのか全く知らない!変わりに本部の場所を教えるから見逃してくれ!!」

 

 

男は命惜しさから本拠地の場所を教えると必死に伝え、勝手に本部の場所を教えていく。

本部は商業区にあると分かり、アタランテは念話石でシアと連絡をとる。

 

 

“シア、聞こえるか?アタランテだ”

 

“……アタランテさん?どうかしましたか?”

 

“連中の本拠地が分かった。場所は商業区だからお前達の方が近い筈だ”

 

“了解ですぅ!”

 

 

アタランテは、シアに詳しい場所を伝えて念話石を切る。最早、此処には用が無くなったので早々に立ち去ろうとする。だが、その前に……

 

 

「た、頼む!教えたから見逃し―――」

 

「誰も見逃すとは一言も仰っておられません。貴方達のような人間にかける慈悲もありませんので、ここで永遠にさよならです」

 

「や、やめ―――」

 

 

パキンッ!

 

男の叫びも虚しく、絶対零度の雰囲気を纏ったジークリンデは容赦なくその男の顔も氷漬けにし、永遠の眠りを与えた。

 

 

「随分と容赦がないな。まるで別人だな」

 

「自らの意思で道理に反した者に慈悲を与える程優しくはないだけですよ。それにこういう手合いは見逃しても同じことを繰り返すだけでしょうし」

 

 

アタランテの苦笑混じりの言葉にジークリンデは冷めきった言葉で返す。

その数分後、建物は氷の瓦礫となって崩壊し、さらに数分後、フリートホーフの本拠地はシアとティオの手によって壊滅した。

 

 

 




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