魔王の剣   作:厄介な猫さん

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雫視点での話です
てな訳でどうぞ


窮地に現れる探し人達

雫達は現在、再び窮地に陥っていた。

八十九層の最奥付近にある隠し部屋の入り口を“土術師”の野村健太郎が周りの壁と寸分違わぬ壁を作って、入り口を塞いでカモフラージュを施してから幾ばくか時間が経過した。

 

その時点で前衛組はほとんど完治していたが、治癒に魔力を使いすぎた香織と辻綾子、一番重傷だった谷口鈴の回復を待ちたかった。だが、どういう訳か魔物達に見つかり、万全ではない状態で再び戦闘に突入した。

 

それだけではなく魔人族の女を討つ為に“限界突破”を使い外に出た光輝は、ブルタールモドキに引きずられて出された瀕死のメルドに我を失って突進し、待ち構えていた三メートルある、頭部が牙の生えた馬、上半身は筋骨隆々で極太の腕が四本あり、下半身はゴリラの魔物―――アハトドに敗北してしまったのだ。

 

敗北した光輝に動揺する雫達に、魔人族の女は再び魔人族側に勧誘する。雫達は苦渋の決断で魔人族の女の提案を呑もうとしたが意識を取り戻した光輝の言葉によって中断される。

 

そしてメルドは最後の力を振り絞って、自爆用の魔道具―――“最後の忠誠”を使って魔人族の女を道連れにしようとしたが、六本足の大亀―――アブソドの固有魔法によって“最後の忠誠”に込められていた膨大な魔力はアブソドに全て吸収されてしまい不発に終わってしまった。

 

そして、メルドが魔人族の女に致命傷を負わされるのを見た光輝は“限界突破”の最終派生技能“覇潰”に目覚め、基本ステータスの五倍の力を得た光輝はアハトドを蹴り飛ばし、魔人族の女にも傷を負わせた。そして、魔人族の女にトドメをさす時にそれは起きた。

 

 

「……先に逝く……愛してるよ……ミハイル……」

 

 

愛しそうな表情で手に持ったロケットペンダントを見つめてそう呟いた魔人族の女に、光輝はここで漸く自分が“人殺し”をしようとしている事実に気付き動きを止めてしまったのだ。

魔人族の女はそんな光輝の心を正確に悟る。しまいには聖剣を下げて話し合おうと宣う光輝に心底軽蔑した目を向け、大声で魔物達に命令をくだす。

 

 

「アハトド!剣士の女を狙え!カッツを除く全隊、攻撃せよ!カッツはキリシルを呼んで来な!!」

 

「どうして!?」

 

「私達は“戦争”をしてるんだよ!!あんたは危険過ぎるからここで死んでもらう!!ほら、お仲間を助けに行かないと全滅するよ!!」

 

 

魔人族の女の言葉に光輝が振り返ると、アハトドに吹き飛ばされ、地面に叩きつけられている雫が目に入る。光輝は顔を青ざめさせ咄嗟に雫とアハトドの間に割って入りアハトドの攻撃を防ぎ、すぐにアハトドの腕を一本斬り落とす。だが、そこで“覇潰”のタイムリミットに到達しその場で崩れ落ちて倒れてしまう。

 

雫は動けなくなった光輝を何とか仲間のもとへと放り投げ、殺意を込めて魔人族の女を睨み付ける。

 

 

「……へぇ。あんたは、人殺しの自覚があるようだね」

 

「……光輝に自覚がなかったのは私達、いえ、私の落ち度でもある。そのツケはしっかりと払わせてもらうわ!!」

 

 

光輝の直線的で思い込みの激しい性格は知っていたはずなのに。()からもしっかり伝えるように言われていたのに。()()の事があったとはいえ、それを放置してしまった雫は責任を感じて歯噛みする。

 

勿論、人殺しの経験などないし、人を殺す恐怖が奥底から沸き上がるが、ここで殺らなければ、仲間が、幼馴染みが、親友が殺されてしまう。誰かが死ぬ光景をもう二度と見たくない雫は、唇の端を噛みきりながら歯を食いしばって、その恐怖を必死に押さえつける。

 

そして、抜刀術で魔人族の女を斬ろうと“無拍子”を発動しようと構えた瞬間、凄まじい寒気が襲い咄嗟にその場を飛び退くと、ついさっきまで雫のいた場所に紅い雷が落ちた。

 

 

「こうなった以上、もう出し惜しみは無しだよ。アハトドだけじゃなく、キリシルと、他の魔物も狙わせる」

 

 

魔人族の女は四本ある通路の一つに視線を送りながらそう告げた。その言葉に、雫は魔人族の女が見つめる方向に視線を向けると、先程、魔人族の女の命令を受けて何処かに行っていた触手の生えた黒猫と、全長二メートルくらいの鹿型の魔物がいた。その鹿型の魔物の角は頭上で円を描くように生えており、体毛は紫の毛色で、纏っている雰囲気もアハトドと遜色がない。しかも、その角には先ほど雫にへと襲いかかった紅い電気が音を発てて帯びている。

 

 

「キィイイイイイイ!!」

 

 

鹿型の魔物―――キリシルが咆哮を上げると、角に帯電していた電気が幾本もの雷となって飛び、雫達に襲いかかってくる。

 

 

「―――“聖絶”!」

 

 

鈴が咄嗟にシールドを張るも、一回くらっただけでヒビが入り、四、五回くらうとあっさりと砕かれてしまう。鈴は歯を食いしばって直ぐに新しいシールドを張るが、尽く破壊されていく。

 

キリシルの固有魔法は“蓄魔雷(ちくまらい)”。魔力を変換した電気を溜め込み、その溜め込んだ電気を自在に放出するという至って単純な能力。だが、その溜め込める電気の最大量は自身の魔力量の約十倍と、とんでもない許容量を有しているのだ。

 

キリシルは限界まで溜めていた電気をここぞとばかりに放出し、アハトド達と一緒に雫達を追い詰めていく。

 

雫は必死に“無拍子”による予備動作のない緩急な加速と減速を繰り返して必死に攻撃を凌ぐが、それでも完全に避けきれず、アハトドとキリシルの攻撃の余波でダメージが蓄積していく。

 

そして、キリシルの電撃が雫の進路を塞ぐように襲いかかり、その瞬間、雫は蓄積したダメージもあり足を止めてしまう。アハトドはその隙を逃さず、雫に拳を叩き込んだ。

 

 

「あぐぅう!!」

 

 

咄嗟に剣と鞘を盾にするも、アハトドの拳は雫の武器をあっさりと粉砕し、雫の肩を殴り飛ばした。右肩を粉砕され、殴り飛ばされた雫は地面に対して水平に吹き飛び、体を地面に強かに打ち付けられて滑っていく。

 

 

「ゲホッ!ゲホッ!」

 

 

雫は衝撃から咳き込み、血を吐き出していく。体もあちこちが傷み、満足に動けそうもない。

そんな雫に、香織は衝動のままに体をふらつかせながら駆け寄ろうとする。当然、他の魔物達はそんな香織に攻撃を仕掛けようとしたが、鈴が張った無数のシールドで遮られる。

だが、そのシールドの通路に、キリシルが光線とみまごう程の電撃を叩き込んだ。

 

 

「きゃぁああああああ!?」

 

 

その電撃はシールドを僅かな拮抗の後、粉々に砕いて貫通する。僅かな拮抗で直撃こそ免れたものの、着弾の衝撃を受けた香織は吹き飛ばされてしまう。だが、運が良かったのか、吹き飛ばされた方向には雫がおり、地面を滑りながら、奇しくも香織は雫の下へと辿り着いた。

 

 

「か、香織……早く……逃げて……」

 

「もう無理だよ。それに、雫ちゃんを置いていけないから」

 

「……ごめんなさい」

 

 

地面を這いずって近寄り、両手で自身の手を握りしめた香織に、雫は涙を流しながら謝る。そんな彼女達にアハトドとキリシルが目前まで迫る。

 

 

「ルゥオオオ!!」

 

「キィイイイ!!」

 

 

それぞれが咆哮を上げ、アハトドは香織に向かって極太の腕を振りかぶり、キリシルは雫を睨んで角の電気を放出し始める。

 

どちらも止めの一撃であろうその攻撃を、雫は諦めた表情で見つめる。そして、あの夜に話し合った「お前を守れるくらいには強くなる」という冗談めいた口約束をかわした彼の苦笑した顔を脳裏に浮かべそのまま瞳を閉じようとした。

その瞬間だった。

 

ドォゴオオオオンッ!!

 

そんな轟音と共にアハトドとキリシルの頭上の天井が崩落し、同時にキリシルよりも鮮やかな紅い雷を纏った巨大な漆黒の杭と蒼い光を放つ閃光が飛び出て来たのは。

 

スパークする漆黒の杭はアハトドを原型がなくなる程に貫き、蒼き光と肌で感じ取れる程の高熱を放つ閃光はキリシルの体の半分を呑み込んだ。焼け焦げた匂いが漂うと共に光が消えるとそこにいたのは体の半分を失って崩れ落ちるキリシルだった。

 

自分達を追い詰め、猛威を振るった二体の魔物が天井からの謎の攻撃で瞬殺された事に誰もが硬直する中、崩落した天井から二つの人影が飛び降りてくる。その二人は雫達に背を向ける形で降り立ち周囲を睥睨する。

そして、肩越しに振り返り背後の雫と香織を見やった。

 

 

「……相変わらず仲がいいな」

 

「……一応、生きてるみたいだな」

 

 

苦笑しながらそんな事を言う白髪眼帯の少年と灰髪バンダナの少年。雫は灰髪バンダナの少年に目を奪われていた。

髪の色も、纏う雰囲気も、目つきも違う。だが、目の前のバンダナの少年が探していた彼に強く、強く重なる。

 

 

「ハジメくん!」

 

 

傍にいる香織が歓喜に満ちた声で彼女がずっと探し続けていた彼の名前を叫ぶ。

 

 

「ハジメくん?もしかして、あの白髪の彼が南雲君なの?それじゃあ、隣の彼は…………空山くん……なの……?」

 

 

雫のその言葉に、バンダナの少年―――空山ソウジは苦笑しながら肩を竦めて返した。

 

 

 




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