てな訳でどうぞ
ピンポイントで冷水を浴びせられた檜山が咳き込んでいると、冷水以上に冷ややかな声がかけられる。
「……鬱陶しいから黙ってて」
檜山は再び激昂しそうになり声のする方向に視線を向けたのだが、その視線の先には虫けらを見るような冷たい眼差しのユエとアタランテがおり、本人達の美貌も相まって檜山は言葉を呑み込んで見惚れてしまう。
それは天之河達も同様で谷口に至っては「ほわ~」などと変な声を上げている。
そんな天之河達に、魔人族の女の指示を受けた数体の魔物が襲いかかってくる。谷口は咄嗟にシールドを発動させようとするも。
ドドドンッ!!
突出していたブルタールモドキ、四つ目狼、黒猫の頭部が突然爆散しその場に倒れ込む。見ればアタランテがヤークトを構えており、既に新しい魔力矢をつがえていた。
「心配するな」
「……大丈夫」
谷口に視線を合わせてそう呟いたユエとアタランテを見て、谷口は安心したように体の力を抜く。そして、ユエが魔法のトリガーを引く。
「“蒼龍”」
その瞬間、“蒼天”と重力魔法を複合させたユエの新しいオリジナル魔法―――“蒼龍”が発動し、蒼く燃え盛る龍が天之河達を守るようにとぐろを巻き、爆ぜる咆哮と共に、次々と魔物を吸い込んで灰すら残さず焼滅させていく。そして、更なる追い打ちがかかる。
「“
アタランテがそう呟くと同時に、“蒼龍”の僅かな合間から魔力矢を放ち、放たれた魔力矢はブルタールモドキの胸に突き刺さる。
次の瞬間、ブルタールモドキに刺さった魔力矢が一メートル程の青白い球体へと形を変え、ブルタールモドキを焼滅させ、周りの魔物達も先ほどの“蒼龍”と同じように球体へと吸い込まれ、同じ末路を辿っていく。
“蒼引”は端的に言えば“蒼龍”の下位互換の魔法だ。消費魔力は“蒼龍”と比べたら少ないが、自在性で言えば圧倒的に劣っている。だが、魔力矢として放つことでその欠点をカバーしているのだ。
どちらも鍛練目的で使った事等、天之河達には知るよしもなく、悠然と佇む二人の姿に完全に呑まれ、その内の数人は早くも心を奪われてしまっている。
対する魔人族の女は、次々と駆逐されていく魔物達に焦燥感を露にして、今度はメルド団長とシア、白崎と八重樫に狙いを変更する。
だが、シアの方に向かった魔物はドリュッケンの一撃であっさりと粉砕される。八重樫達の方も、八重樫に襲いかかった黒猫は紅雪の剣戟乱舞でバラバラに切り裂かれ、白崎に襲いかかったキメラはクロスビットの銃弾の餌食となる。
「す、すごい……二人はファ○ネル使いだったんだ」
「いつの間にニュー○イプになったのよ……」
紅雪とクロスビットを改めて見て、白崎と八重樫はそんなツッコミを入れる。ハジメは内心でなぜそのネタを知っているのかとツッコミを入れ、ソウジは二人がそのネタを知っている理由を察して苦笑いする。
狙いを悉く粉砕された魔人族の女は最後の望みをかけて、逃走用に温存していた煙に触れた者を石化させる土属性の上級魔法―――“落牢”を丁度交差するように互いの背後の魔物を始末したハジメとソウジに向かって放ち、全力で出口の一つに向かっていく。
だが……
「はは……既に詰みだったわけだ」
出口の一つに辿り着いた魔人族の女を出迎えたのは、銃口を標的に向けたクロスビットと、クロスビットの後ろの通路を分厚い氷の壁で完全に塞いだ紅雪だった。最初からチェックメイトをかけられていた事に魔人族の女は乾いた笑みを浮かべる。
「その通り」
「正解」
そんな彼女の背後から“魔力放射”で石化の煙を押し流しながら包み込んでいき、“冷気操作”でその煙を氷の中に閉じ込めながら、実に平静な声でハジメとソウジが歩み寄ってくる。
「……化け物共め。上級魔法が効かないなんて、本当に人間?」
「実は、結構疑わしいんだよ」
「だが、化け物も存外悪いものじゃないぞ?」
そんな軽口を叩きながら少しの距離をおいて立ち止まり、ハジメがドンナーを魔人族の女に向けて構える。魔物達も全滅し、魔人族の女は今度こそ死期を悟る。
「さて、お前の遺言なんぞ聞く気はないから、ここで何をしていたのか……あの魔物の出所は何処なのか……吐いてもらうぞ」
「人間族に有利になるかもしれないことを話すと思うかい?バカにされたもんだね」
ソウジの質問に魔人族の女は嘲笑すように鼻を鳴らすも、ハジメは覚めた眼差しで魔人族の女の両足をドンナーで撃ち抜いた。
「あがぁあ!!」
「バカはお前だ。俺達が知りたいから聞いているのであって、お前が言ったようなことは一切関係ないんだよ。だからさっさと答えろ」
ハジメは心底呆れたように再度質問するも、崩れ落ちた魔人族の女は痛みに歯を食いしばり、睨み付けるだけで答えようとしない。なので、勝手に推測を話す事にする。
「ま、大体の予想はつく。ここに来たのは“本当の大迷宮”の攻略だろ?」
「あの魔物達は、神代魔法“変成魔法”の産物……図星のようだな。なるほど、魔人族側の変化は大迷宮攻略によって魔物の使役、イヤ、“魔物を作り出せる”ようになったからだな?」
ウルでの戦いの後、あの時の四つ目狼についてハジメとソウジは議論しており、アタランテとミレディから得ていた情報と、魔人族の手引きであった事を統合した結果、ソウジが言った可能性に至ったのである。
その推測は図星であり、何故そこまで分かるのかと魔人族の女は疑問を抱く。そして一つの可能性―――彼らが、敬愛する上司達と同じ大迷宮の攻略者である可能性に思い至る。
魔人族の女の表情を見たハジメとソウジは彼女が自分達が大迷宮の攻略者だと気付いたことに気付き、視線で「正解」と伝える。
「なるほどね。あの方達と同じなら……その強さも頷ける……もう、いいだろ?」
「あの方達……ね」
「どうやら、攻略者は複数いるみたいだな……」
最低限の欲しい情報は得られたので、ソウジは魔人族の女に近づき、炎凍空山を逆手へと構え、魔人族の女の頭部に狙いを定める。そのまま、見下ろす形で瞳に殺意を宿す。
「いつか、あたしの恋人があんた達を殺すよ」
「敵なら神でも殺す」
「この世界の神に踊らされている程度の奴じゃあ、俺達には届かない」
魔人族の女の負け惜しみのセリフに、ハジメとソウジは不敵な笑みを浮かべながらそう返し、ソウジが止めをさそうと炎凍空山を振り上げた瞬間、大声で静止がかかった。
「待て!待つんだ!彼女はもう戦えないんだぞ!殺す必要はないだろ!!」
「「…………」」
そんな天之河の大声に、ハジメとソウジは訝しげな表情で肩越しに振り返る。天之河はそんな二人に更に声を張り上げる。
「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて、絶対ダメだ。俺は勇者で、二人も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」
思いつき、論点ずらし、勝手な仲間扱い……
上げればキリがなさそうなツッコミどころ満載の言い分に、聞く価値すらないと切って捨てる。そして、ソウジは無言のまま……炎凍空山を振り下ろした。
ドスッ!!
振り下ろされた刃は寸分違わず魔人族の女の額に刺さり、彼女は一瞬の痙攣の後、瞳から光が消え、二度と動かなくなった。
目の前で起きた人殺しの光景に誰もが息を呑み戸惑ったように佇み、白崎は簡単に人を傷つけ、ソウジの行動を止めもしなかったハジメにショックを受ける。
八重樫は白崎の心情を察しつつも、彼らに対して何をすることも出来ず、ただ白崎に寄り添うだけだった。
そして、押し殺したような天之河の声が響く。
「なぜ、なぜ殺したんだ……」
そんな呟きなどお構い無しとばかりに、ソウジは炎凍空山を魔人族の女から引き抜き血をはらって納刀する。そのままハジメと一緒にシアの方へと歩みを進めていく。
鋭い眼光で自分達を睨み付ける天之河を無視して……
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