魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


言葉の意味

その日の深夜、雫は小さなアーチを描く橋の欄干に背を預け、少し仰け反るように天を仰ぎ空に浮かぶ月を眺めていた。そんな雫の隣にいる光輝は項垂れており、水面に視線を向けたまま声をかける。

 

 

「……何も言わないのか?」

 

「何か言って欲しいの?」

 

「…………」

 

 

雫が視線を合わせずに光輝の言葉を静かに返し、光輝は黙りとなる。そんな光輝に雫は横目で見た後、仕方ないと思いながら眉を八の字に曲げて指摘する。

 

 

「……今、感じているそれは筋違いよ。光輝」

 

「……筋違い?」

 

 

光輝のオウム返しの言葉に、雫は光輝に視線を転じて言葉を続ける。

 

 

「そうよ。香織は最初からあんたのものじゃないのよ?」

 

「……じゃあ、南雲のものだったというのか?」

 

 

光輝の的外れな悪態と言うべき反論に、雫は強烈なデコピンを叩き込むことで応える。額を抑えて痛がる光輝に、雫は冷ややかな声音で叱責した。

 

 

「お馬鹿。香織は香織自身のものに決まっているでしょ。決めるのは香織自身で、選ぶのも、何処へ行くのも、誰の者になりたいのかもね」

 

「……いつからだ?雫は知っているんだろ?」

 

「中学の時ね……と言っても、香織が一方的に覚えていただけで、南雲君は出会った事自体知らないけどね」

 

「……何だよ、それ。どういうことだよ?」

 

 

香織が彼と出会ったのは、彼がチンピラに恫喝されていた老人と子供を助けるために、公衆の前でチンピラに向かって土下座をした時なのだが、それは勝手に話していいことではないので、光輝には香織自身から聞くように伝える。

 

 

「じゃあ、本当に、教室で話しかけたり、空山の店で頻繁に会っていたのは……南雲のことが……好きだったから……なのか?」

 

「ええ、そうよ。その時は香織自身、自覚してなかったけどね」

 

「……なぜ、南雲なんだ。日本にいたときのアイツは、オタクで、やる気もなく、特別なものなんてなかった……いつもヘラヘラ笑って、その場しのぎばかり……香織が話しかけた時も適当な態度だし……俺は香織をいつも大切にしていたし、香織のために出来るだけのことをしてきたのに……それに、南雲は、空山と一緒になって、女の子を何人も侍らせて、もの扱いしている最低な奴なんだぞ?それどころか、無抵抗の女性を何の躊躇いもなく殺した空山を非難せず、逆に同意していたんだぞ!!やっぱり、香織が南雲を好きになるなんて、おかしい。何かされたに―――」

 

 

勝手な事実まで捏造し始めた光輝に、雫は“無拍子”でデコピンを再び炸裂させる。そして、睨む光輝をスルーして、呆れた気分で再び話しかける。

 

 

「また悪い癖が出てるわよ?ご都合解釈は止めなさいと何度も注意してるでしょ」

 

「ご都合解釈なんて……」

 

「してるでしょ?それもおもいっきり。何も知らないだけじゃなく、彼女達の幸せそうな表情をしていた事実を無視して勝手な事を言っているそれが、ご都合解釈以外に何て言うのよ?その結果、アタランテさんとジークリンデさんに叩き潰されたでしょう?」

 

「だ、だけど……空山が人を殺したのは事実だろ!」

 

「……あの時、私は、彼女を殺すつもりだったわ。力が及ばなくて出来なかったけど、同じ事があれば、また、殺意を以て刀を振るう。実際に出来るかどうかはわからないけど………一応、殺人未遂なわけだけど……私のことも軽蔑する?」

 

 

その告白に光輝は絶句し、雫はそのまま話を続けていく。

 

 

「確かに、彼らの変化には驚いたけど………大事な部分はまだ残っていると、少なくとも私はそう思っているわ。香織も、別人のように変わってしまった南雲君に“南雲ハジメ”を感じたみたいにね……」

 

 

彼らが暴力を振るった理由が、“大切な人達を守るため”だと気づいている雫は光輝にそう伝える。だからこそ、香織もそれに気づいて迷いを断ち切り、自分も心おきなく香織の背中を押せたのだから。

 

 

「それに、二人が私達を助けるために戦い、私達の変わりに殺したことも忘れてはいけないわ……」

 

「……殺したことが正しいとでもいうのか」

 

「正しくは……ないでしょうね。正当化はできないし、してはならないでしょう……二人も正当化するつもりはなさそうだし……」

 

「……え?」

 

 

雫のその言葉に、光輝は目が点となる。雫はかまわず話を続けていく。

 

 

「光輝。空山君はあんたに対して“考えの無さと軽さ”と言ったけど、“考えの甘さ”とは一言も言わなかった。南雲君も自分達の価値観を強制する気はないとも。これがどういう意味かわかる?」

 

「それは……」

 

 

雫のその言葉に、彼らが批判したのが価値観ではなく考えの浅さであり、人殺しも考えた末の結論だと言外に言われた光輝は口を閉ざす。それでも不満な顔の光輝に、雫は諭すような口調で「自分の正しさを疑え」と忠告する。

雫のその忠告を受け、先程までの暗い雰囲気を薄め何かを深く考える光輝に、今は一人にした方がいいと判断した雫は欄干から体を起こし、ソッとその場を離れようとする。

そんな雫の背に、光輝の声がポツリとかかる。

 

 

「雫は……何処にも行かないよな?」

 

「……いきなり何?」

 

「……行かないでくれ、雫」

 

 

光輝の懇願するような響きを持った言葉に、雫はチラリと水面に浮かぶ月を見やって告げる。

 

 

「少なくとも()()その“月”ではないけれど……縋ってくるような男はお断りよ」

 

 

雫はそれだけ言い残してその場を後にした。

その言葉に光輝は苦笑いしていたが、その言葉に混じっていた、雫自身も気づいていない想いに気づくことはなかった……

 

 

 

 




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