今年最初の投稿はこちらです
てな訳でどうぞ
ブリーゼ・ハオスで倒れている人の近くにまで進み、香織が容態を確認していく。ガラベーヤと呼ばれるエジプト民族衣装に身を包んだ二十歳くらいの青年の顔は苦しそうに歪められており、汗も大量にかき、呼吸も荒く、脈も早い。血管が浮き出て、目や鼻といった粘膜から出血までしているそれは明らかに異常な症状である。
香織が“浸透看破”で男性の症状をステータスプレートに表示すると、このような表示が出てきた。
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状態:魔力の過剰活性 体外への排出不可
症状:発熱 意識混濁 全身の痙攣 毛細血管の破裂とそれに伴う出血
原因:体内の水分に異常あり
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香織の見立てでは何か良くない飲み物を摂取した為、このような症状になっていると判断し、状態異常解除の中級回復魔法“万天”を男性にかけるも……
「……そんな……ほとんど効果がないなんて……」
完全に治せず、進行を遅らせる程度であった。香織は歯噛みする思いでドレインとしても使える魔力譲渡の上級回復魔法“廻聖”で男性の魔力を圧迫しない程度に引き抜き、魔力タンクの腕輪にへと収める。ちなみに腕輪なのは過去の反省からである。魔力を抜いた後は初級の回復魔法“天恵”で男性を治癒し、ひとまずの応急処置を終える。
香織はその後、年長ゆえに知識の深いユエ達に何か知らないか聞くも、該当する知識はないようで揃って首を横に振る。
ハジメが念のために感染してないか香織に確認してもらい、特に異常がなかったことにホッとしていると、男性が呻き声を上げて目を覚まし、周囲を見わたしていく。
「女神?そうか、ここはあの世か……」
まだ思考が麻痺している男性に、いい加減暑さと砂のウザさにうんざりしていたハジメが容態なく腹を踏みつけて強制的に意識を覚醒させることにする。
「おふっ!?」
「ハジメくん!?」
踏みつけられて呻き声を上げる男性と驚く香織を無視して、ソウジは有無を言わさない感じで男性の襟首を掴み、強引にブリーゼ・ハオスの車内に連れて行く。男性は渡された水を飲みながらブリーゼ・ハオスの快適空間に目を白黒させていると、ソウジの容赦ないビンタが襲いかかった。
「ブボッ!?」
「ソウジくん!?」
「いつまでも寝ぼけるな。お前は何者だ。服を見た限り、アンカジ公国の人間だとわかるが何故彼処で倒れていた?」
ソウジのその言葉に男性は思い出したような顔となり、男性―――アンカジ公国の次期領主、ビィズ・フォウワード・ゼンゲンはお礼と自己紹介をし、香織の素性とソウジ達の冒険者ランクに驚きつつ、彼処にいた理由を説明していく。
アンカジ公国は四日前から原因不明の高熱を発して倒れる人が続出しており、初日だけで人口二十七万人のうち三千人が意識不明に陥り、同様の症状を訴える人が二万人に上っていった。
症状も香織同様に完治させられず、その上、医療関係者にまで感染し、処置を受けられなかった者は発症から二日で命を落とした。
そんな中で、一人の薬師が飲み水に“液体鑑定”をかけると、飲み水から魔力暴走を促す毒素が検出され、オアシスそのものが汚染されていることが判明した。
原因は分かったが、飲める水は二日以上前からストックしている分のみとなった上、【グリューエン大火山】で採取出来る、魔力の活性を鎮める効果のある“静因石”も今のアンカジ公国では入手が不可能なため、昨日ビィズが護衛隊とともに王国への救援要請に向かったのだが、護衛隊はサンドワームに襲われて全滅、ビィズも例の症状を発症し、倒れてしまったのだ。サンドワーム達がビィズを捕食しなかったのはこの病を察知したからであろう。
「万全を期して静因石を服用しておくべきだった……今、こうしている間にも、民の命が……!」
ビィズは力が入らないにも関わらず、拳を握り、あらん限りの力を込めて拳を自身の膝に叩きつける。そして、ソウジ達に再び視線を向ける。
「……貴方達、いや、貴殿達にアンカジ公国領主代理として正式に依頼したい。どうか、力を貸して欲しい」
そう言って深々と頭を下げるビィズ。車内に静寂が訪れかけるも、ブリーゼ・ハオスが急に出発したことで遮られる。
突然動いた事に目を白黒させるビィズに、ソウジがはっきりと告げる。
「どっちにしろ、公国には一度寄る必要があるんだ。その問題はついでに解決してやるよ」
「お兄ちゃん!!」
ソウジの言葉にミュウが顔を綻ばせ、ハジメは呆れたように苦笑する。道程で処理しきれる問題を切り捨てるのはおそらく“寂しい生き方”に繋がるだろうし、ミュウに暗い表情をさせたくないという兄心満々なソウジは言葉を続けていく。
「という訳でこのままアンカジ公国に向かわせてもらう。悪いがハジメ、説明は任せるぞ」
「俺に押し付けるなよ……」
より早く到着するために運転席に向かうソウジに、ハジメは本当に呆れた目で返し、ブリーゼ・ハオスはさらに速度を速めてアンカジ公国へと向かって行った。
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アンカジ公国はフューレンを超える外壁に囲まれた乳白色の都で、公国周辺に設置されているアーティファクトのおかげで砂嵐の被害は微塵もなく、快適に暮らしていけるそうだ。また、アンカジ公国はエリセンから送られる海産物を運ぶ要所であり、アンカジ公国自体も果物を生産しており、活気に溢れているそうだが、今は例の病のせいで街中は暗く陰湿な雰囲気に覆われていた。
そんなアンカジ公国の宮殿にビィズの顔パスで入り、執務室に入ったのだが……
「父上!」
「ビィズ!お前、どうしっ……いや、それは何だ!?」
そのビィズはクロスビットの上にうつ伏せとなって運ばれており、宙に浮く謎の物体に乗せられているビィズにアンカジ公国の領主であるランズィ・フォウワード・ゼンゲンは目を剥いて驚く。クロスビットでビィズを運んだ理由は、単純にハジメがビィズの香織に対する反応から第二、第三の天之河や檜山になりそうだと思い、未然に防ぐためである。
ビィズが事情を説明し、服用した静因石と香織の治癒魔法で普通に動ける程度にビィズは回復し、それを確認したソウジ達は問題解決の行動へと動き始める。
香織は“廻聖”で患者達の魔力を圧迫しない程度に抜き、その魔力を魔晶石にストックした後、“万天”で応急処置をする。シアは魔力が溜まった魔晶石の配達で、ハジメは貯水池の作成、ユエとアタランテは魔法で飲み水を作り、ソウジは“吸熱”と“変換回復”で魔力を魔晶石に溜めて渡すという役割で行動を起こす。役目のないティオとジークリンデ、ミュウはソウジ達と一緒である。
半信半疑のランズィは貯水池を作るには最適な場所として、農業地帯の休耕地になっている場所にソウジ達を連れていく。
謀ったと分かれば即座に処刑すると言わんばかりの眼光で睨むランズィの前で、アタランテは魔力矢を飛ばして瞬時に魔法陣を形成、魔法を行使する。
「“壊劫”」
魔法陣から黒く渦巻く球体を出現させ、その球体を農地の上で二百メートル四方の薄い膜に形を変える。一瞬の停滞の後、音も無く地面へと落下し、大地は地響きを上げながら二百メートル四方、深さ五メートルの穴を作り上げる。
ランズィ達がカクンと口を開けて驚愕しているのを尻目に、ソウジは自身の技能を使って魔力を溜め込んだ魔晶石をアタランテに渡し、アタランテも微笑みながらソウジの手ごと魔晶石を握って魔力を回復していく。
アタランテが回復している間に、ハジメが貯水池に降りてブリーゼを走らせながら、“鉱物分離”で貯水池の土中の鉱物を取り出して貯水池の表面に金属コーティングを施し、ハジメがコーティングを終えるとユエが“虚波”という、大波を作り出して相手にぶつけるという水系上級魔法で貯水池に水を溜めていく。
ユエが吸血で魔力回復する間はアタランテが“虚波”を使い、交代で貯水池に水を溜め込んでいく。途中、シアが持ってきた魔晶石での回復に切り替え、ほどなくして、貯水池には汚染されていない新鮮な水がなみなみと満たされる事となった。
「……こんなことが……」
ランズィは呆然とそんなことを呟く。未だ目の前で起きた事が信じられないようで、ランズィの護衛や付き人達も同様に呆然としている。
「取り敢えず、これでしばらくは保つだろ」
「オアシスの方はこれから調べるが……何も分からなければ、稼いだ時間で救援要請すれば何とかなるだろ」
「あ、ああ。聞きたい事色々あるが……ありがとう。心から感謝する。オアシスの方も私が案内しよう」
ランズィは誠意を込めて礼を言い、そのままソウジ達を汚染されたオアシスへと案内した。
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