【グリューエン大火山】が大噴火した日から二日経過した夜。
香織達はアンカジの宮廷の一室でとある片手で持てる小さな箱―――通信機を囲っていた。
「―――聞こえるか、ご主人様よ。聞こえたら返事してほしいのじゃ」
通信機に手を当て、ティオが呼びかけているのだが、返事は一向に返ってこない。
ティオはアンカジに帰還してから朝、昼、晩に三回ずつこちらからハジメ達に呼びかけているのだが、通信機は沈黙を保ち続け、何も返さなかった。その為、香織が患者達を治療する間、ティオは【グリューエン大火山】までのルートを何度か探索していたが、ハジメ達の痕跡は見つけられなかった。
ティオが探索に出向いている間は、ミュウがアンカジの者達と一緒に通信機を見張っていたが、その間もハジメ達の声が発せられる事はなかった。
「ハジメくん……」
香織は自身の胸に手を当て、不安そうに通信機を見つめる。ティオから伝えられたハジメの軽すぎる伝言に、気持ちを持ち直しはしたが、やはり不安を感じずにはいられない。それはティオとミュウも同じだ。
香織達の胸中に陰がかかり始めた―――その時であった。
『……ティオ、香織、ミュウ、聞こえるか?こちら南雲ハジメ。繰り返す……』
通信機から、待ち望んでいた声が響いてきたのは。
「ハジメくん!?」
「ご主人様!?」
「パパぁ!?」
通信機から聞こえてきたハジメの声に、香織とミュウは歓喜の表情でティオの持つ通信機に飛びついた。
「ハジメくん無事なの!?ちゃんと生きてるよね!?」
『落ち着け香織。完治にはもう少し時間はかかるが、ちゃんと生きているさ』
香織の詰問に、通信機越しでも若干仰け反ったのがわかる声色でハジメが答える。無論、無事なのはハジメだけではない。
『……香織、声が大きい。そんなに叫ばなくても聞こえる』
『ですが、ユエさん。気持ちは痛いほどわかりますから、大目に見てやってくださいですぅ』
『……まぁ、二日も音沙汰無しだったから当然か』
『やはり相当な心配をかけてしまっていたな』
『ティオ様、香織様、ミュウお嬢様。私達はこうして生きておられますので、一先ずは安心してください』
通信機からハジメだけでなく、ユエにシア、ソウジにアタランテ、ジークリンデの声も聞こえ、香織達は瞬く間に表情を安堵に染めていく。
そして、肝心なことを訊く。
「それで、ハジメくん。今どこにいるの?どうして、すぐに連絡出来なかったの?」
『だから落ち着けよ香織。それも含めて今から説明するから』
食い気味に質問する香織に、ハジメは諌めつつあの後の事を説明していく。
ティオが無事に脱出した後、自分達は無事に空間魔法を獲得し、潜水艇で例のショートカットから脱出を試みようとしたが、マグマの激流によって潜水艇は地下へと流され、丸一日その激流に曝されてしまい、終いにはマグマ水蒸気爆発に巻き込まれて盛大に吹き飛ばされ、海中に放り出されたこと。
海に出た後も、クラーケンモドキや鮫の魔物の群れに襲われ、その対処に手間取っていたこと。
そして、何とか撃退して逃げ切って海面に上がり、ある程度全員が回復して落ち着いたので連絡を入れたことが説明されていく。
『……という訳で、絶賛海の上で漂流中だ』
「そうなんだ……」
ハジメ達を襲った怒涛の展開に香織達は何とも言えない表情となる。もし、ハジメ達以外がこの状況に陥ったら、生き残れる可能性はなかっただろう。
『潜水艇にも特定石を組み込んでいるから、“宝物庫”にある追跡板である程度潜水艇の位置を特定出来るだろうが、お前達はアンカジで待っててくれ……と、言いたいところだが、患者達の治療にある程度の目処がついたら、お前達はエリセンに向かってくれ』
「え?」
『どうせ待ってろと言っても、お前達は俺達を迎えに来るんだろ?それなら、先にエリセンでミュウを母親に会わせてから俺達の迎えに来てくれ。俺達も東に向かって進むから、上手くいけばエリセンで合流出来る筈だ』
「成程の……それなら合理的じゃの。潜水艇の場所も追跡板である程度割れるから、ご主人様達がそれを元に移動すれば、エリセンでの合流も不可能ではないの」
「ハジメくん達が取ってきてくれた静因石のおかげで、私の治療が必要な患者さんも少なくなってきてるから……たぶん、明後日にはエリセンに向かえると思うよ」
「わかったの!」
今後の方針が決まり、ハジメは通信を切ろうとした―――が。
「そういえばハジメくん。大変だったのはわかったけど、それを抜きにしてももう少し早く連絡できた筈だよね?この通信機はミュウちゃんとアンカジの人達にずっと見てもらっていたから、通信に気付かなかった訳でもないし、どうしてなの?」
『……あ~、それはだな……』
香織の質問に、ハジメが珍しく歯切れ悪く言い淀んでいると、ユエが妖しく微笑んでいる姿が容易に想像できる声色で答えた。
『……美味だった』
その瞬間、香織の背後に刀を肩に担いだ般若さんが出現した。
「……ハジメくん、どういうことかな?もしかして、漂流中にも関わらずユエと楽しんでいたの?皆もどうして止めなかったの?」
『……寝ていた間に、外で楽しんでいたんですぅ。その後、寂しさからハジメさんに抱きついていました』
『……オレは船内の一室でアタランテと一緒だったから気付かなかった』
『……ソウジに同じく』
『私は……ソウジ様とアタランテ様がいる部屋の隣室で聞き耳を立ててました。その後はシア様と同じく、ソウジ様に抱きついていました』
目からハイライトが消えた香織の通信越しの迫力に屈して、ソウジ達はあっさりと連絡が遅れた理由をバラした。
実は、昼頃に連絡自体は可能であったが、危機から脱したこともあって、そのままつい、ハジメとソウジは誘惑してくる恋人との
「ねぇ、皆……生還してつい気が緩んでしまったのは仕方ないと思うけど、私達は本当に心配していたんだよ?」
「香織の言う通りじゃ。妾も凄く心配しておったのじゃぞ?」
「むぅ~……」
『悪かった。マジで』
『……ごめん』
『すまん……』
『済まなかった』
『ごめんなさいですぅ』
『申し訳ありませんでした』
香織達の言葉に、ハジメ達は本当に申し訳なさそうに謝った。
「だから、再会したら互いの頬っぺにキスしようね?それで水に流してあげるよ」
「妾も所望するぞ、ご主人様よ。それが嫌なら
「ミュウも!」
……香織達は意外と逞しかった。
『……おのれ、香織。お詫びにキスを求めるとは中々やりよる……さすがムッツリスケベ』
「ち、違うもん!スケベじゃないもん!!ムッツリじゃないもん!!」
香織とユエがいつものやり取りに突入する中、ジークリンデがティオに向かって通信越しに伝え始める。
『……申し訳ありませんティオ様。私は里の掟を破りました。その謗りは如何様にもお受けいたします』
「……ジークよ。その事について、妾はお主を責めるつもりは微塵もないぞ。妾もご主人様達の為に掟を無視したのじゃからな」
『…………』
ティオの言葉にジークリンデは無言を貫く。
ジークリンデはそれも先に自分が掟を破ったからだという思いもあるが、ティオが本当にハジメに入れ込んでいる事も理解している為、それを否定しかねないから無言を貫いている。それを口にすれば、ティオの“誇り”を踏みにじるとわかっているから。
そんなジークリンデの内心が手に取るようにわかるティオは、苦笑しながら言葉を続けていく。
「むしろ、妾は嬉しく思うておる。お主が“里”の誇りではなく、“己”の誇りを迷わずに取ったことを。やはり、一部の反対を押し切って、お主を連れて里の外に出たのは正解じゃった」
『ティオ様……』
「じゃからジーク。お主は堂々としておれば良い。お主は翼はなくとも、紛れもなく立派な誇り高き“竜人”じゃ。その“誇り”を胸に、これからも己の道を進むのじゃぞ」
『……はいっ!』
「そして、そのまま妾と共に新しい扉への道も―――」
『―――ティオ様?それは全く関係ないことですよね?』
ティオが流れるように変態発言をかまそうとした瞬間、ジークリンデの絶対零度の声色が通信越しに響いて遮った。
当然、その声色に変態は興奮する。
「あぁん……ジークのその声もやっぱり疼くのじゃ……ハァハァ……もっと罵ってほしいのじゃ……」
『……クラルス様?真面目な話でふざけるのも大概にしてもらえませんか?まだ続けるようでしたら、ハジメ様にもクラルス様と呼んでもらうよう、お願い致しますが?』
「それは勘弁して欲しいのじゃ、ジーク!!ご主人様にだけは絶対に名字で呼ばれたくないのじゃ!!」
まさかの死刑同然の宣告に、通信機に見事なまでの土下座をかますティオ。姫が従者に土下座する等……他の竜人族が見たら、間違いなく卒倒するだろう。
その後、ミュウがうたた寝し始めるまで、通信は遅くまで続くのであった。
「やっぱり、本物はいいわね~……くじ引きで手に入れたたぬいぐるみやクッションも良かったけど、このモフモフが最高にゃのよね~」
猫を抱きしめて頬擦りしている雫の図。
※この後、姫様に目撃されました。
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