―――香織達に無事を伝えた日から二日。
ソウジ達は現在進行形でエリセンへと向かっていた。
「香織、この方向でまだ大丈夫か?」
『うん。追跡板で確認する限りだけど、そのまま進んで大丈夫の筈だよ。後、私達の方も早朝に出発したから、今日の夕方くらいにはエリセンに到着すると思うよ』
「だ、そうだソウジ。このままこの方向で進んでくれ」
「あいよ」
定期的に通信機で香織に確認を取るハジメの指示に、ソウジは潜水艇を魔力の放出で動かしてエリセンがあるであろう方向へと進ませていく。この航行方法は燃費がすこぶる悪いのだが、潜水艇のスクリューや両翼・船尾は例の脱出の際に見事に壊れて大破しており、使い物にならない為である。
「ホント、通信機と追跡板があって助かったな。遊びと実験で作ったのが、こんな形で役に立つなんてな」
「試しにスパイ道具を作ってみようで作った時、アタランテ達には見事に呆れられていたけどな」
「確かにな。次はインカムと小型カメラ、遠隔操作の爆弾、ス○ークのスーツに……後、テレビ電話も作ってみるか」
「だけど、その前にエリセンに到着したら新しい刀を造ってくれ。竜殺剣以外は駄目にしてしまったからな」
「わかってるさ」
ソウジはハジメに新しい刀の製作を依頼しながら、自身のステータスプレートを見る。
「あのエアノスという魔物を食べて得られたのは、“催眠耐性”、“治癒阻害耐性”、“嵐陣”……ステータスはあんまり上がってないが技能は三つも増えたな」
昨日の昼頃、ハジメとソウジはパワーアップの為に回収していたエアノスの肉を焼いて食べた結果、ソウジは新しい技能を手に入れた。
“嵐陣”は自身の周囲に嵐を展開する固有魔法のようであり、その威力は上級魔法の域に達している。例の竜巻はこれの派生技能だったようだ。
そして、耐性技能からして、あの倦怠感や目眩は催眠の類いのようであり、傷の治りが遅かったのも治癒を阻害されていたかだというのも判明した。
「ああいう面倒なのが、最低でも二体いるんだよな……」
「そう考えるのが自然だろ。あの野郎の口振りからしてな」
ソウジの呟きにハジメが同意する。フリードはあの鷹の魔物を『《キライマスシリーズ》No.3・エアノス』と呼んでいた。つまり、エアノスは三番目に作られた魔物という事であり、間違いなく一と二も存在するだろう。
ちなみに、ハジメはステータスプレートが今は手元になかった為、“嵐陣”を使えるかどうか試したところ、全く反応が無かった事からその技能の獲得はできなかったようである。
そんなこんなで大海原を、ユエとアタランテ、ジークリンデが時折、襲撃してくる魔物を撃退しつつ、エリセンがある筈の方向へと進んでいく。
やがて、太陽が中天を越え、ソウジ達はお昼休憩のために潜水艇を停め、外で波に揺られながら昼食を取る。
メニューは当然、海で採った魚だ。小さい魚はそのまま、大きい魚はソウジが氷の刃物で食べられる大きさに裁いてから魔法で焼く、もしくは魔法で作った水で煮るだけ。調理器具と食器はソウジの壊れた武器をハジメが作り直して用意したものだ。調味料はティオに預けた“宝物庫”の中なので一切ない。
そうして出来上がった魚料理を六人仲良く並んで食べるのだが、場所と雰囲気補正が働いて、中々、美味しかった。
醤油があったら、刺身もいけたのになぁ……とソウジが意味のない事を考えながら魚の丸焼きを食べていると、魚の切身を食べていたシアのウサミミが突如、ピコンッ!と跳ね上がり、世話しなく動き始めた。
「ん?」
「んぐ?」
「む?」
無論、シアだけでなく、ソウジと、魚のステーキと呼ぶに相応しい切身を頬張っていたハジメと魚の煮汁を啜っていたアタランテも、周囲の気配に気付き、視線を動かしていく。
直後、潜水艇を囲むように、三股の槍を突き出した複数の人が、海の中から一斉に現れた。その数は二十人ほど。誰もがエメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を付けており、その集団が海人族であることを証明していた。
その海人族の集団は、警戒心を露に、その目を剣呑に細めており、その内のハジメの正面に位置する海人族の男が槍を突き出しながら、ハジメに問い掛ける。
「お前達は何者だ?なぜ、ここにいる?お前達の乗っているそれは何だ?」
ハジメは魚のステーキを咀嚼中なので、代わりにソウジが答えようとする。
「オレ達は……」
「黙れ!貴様には聞いていない!この男に聞いているのだ!!」
明らかに殺気立ちしている海人族の男に、ソウジは苛立ちを抑えながら“試作型宝物庫”から取り出した自身のステータスプレートを、手裏剣を投げるようにして投げ渡す。
最初は武器かと身構えた海人族の男は、それがステータスプレートだとわかり一先ずは受け止め、ステータスプレートの内容を確認して目を剥いた。
「き、“金”ランク!?」
「話をちゃんと聞く気になったか?わかったらその槍を一回下げろ。手を出されたら、こっちもそれ相応の対応をしなければならなくなるからな」
若干怒気を込めたソウジの物言いに、海人族の集団は一先ず構えていた槍を降ろしていく。
「この船はこいつが作ったアーティファクト。訳あってアンカジの依頼で【グリューエン大火山】から“静因石”を採取していたところ、火山の大噴火に巻き込まれ、その流れに呑まれながら大海原に脱出して、この数日漂流状態だった。それで、エリセンを目指して進んでいたところにあんたらが現れた。オーケー?」
ソウジの要点を押さえた説明に海人族の集団は困惑の表情を浮かべ、互いに顔を見合わせる。そんな彼らに構わず、ソウジは言葉を続けていく。
「こっちとしては海人族とは極力争いたくない。ミュウを悲しませたくないんだからな」
「ミュウ、だと……?何故貴様があの子の名前を知っている!?まさか貴様らが攫―――」
「そんな訳あるか。オレ達がフューレンで保護したんだよ。ミュウはアンカジまで戻ってきていて、今は先にオレ達の仲間と一緒にエリセンに向かっているところだ」
「何を根拠に―――」
冷静さをすっかり失っている海人族の男に、ソウジはその証拠を示す為に通信機を手に取り、香織達に連絡を取ることにする。海人族の集団はソウジが持つ謎の箱に警戒を強めていが、ソウジは構わずに通信機に呼びかける。
「こちら空山ソウジ、トラブルが発生した。応答願う」
『……どうしたのソウジくん?トラブルってなにがあったの?まさか、ハジメくんの身に……』
少しして通信に応じた香織の不安げな言葉を、ソウジは最後まで紡がせずにバッサリと否定する。
「違う。今、海人族の連中と遭遇して見事にミュウの誘拐犯と誤解されているんだ。それでミュウに直接説明して誤解を解いてもらおうと連絡したんだよ」
『あっ、そうなんだ』
「だからミュウに―――」
『お兄ちゃんとパパ達はゆーかいはんじゃないのっ!!』
ソウジの言葉を遮るように、一緒に聞いていたらしいミュウの大声が、通信機から聞こえてくる。
「「「「――――――」」」」
通信機から聞こえたミュウの元気な大声に、ソウジ達を囲っていた海人族の集団が見事に固まる。
そして。
「「「「お兄ちゃんに……パパッ!?」」」」
現実に復帰した海人族の集団の声が見事にハモった。
「いいいい一体どういうことだ!?」
「お前達がお兄ちゃんとパパだと!?本当にどうなっているんだ!?」
「そもそも本当にあの子なのか!?」
「だが、あの声は間違いなくあの子の……ッ!?」
「そもそも、何故あんな怪しい箱からあの子の声が……ッ!?」
すっかり阿鼻叫喚と化した海人族の集団を前に、通信機を手に持つソウジが一番近くにいる男に話しかける。
「まだ疑うなら、納得がいくまでミュウと話せばいい。このアーティファクトはオレらが手に持ってないと使えないから、この状態で話すこととなるが構わないよな?」
「あ、あぁ……」
その後、ミュウとミュウを知っている海人族の男達が話し合い、ミュウ本人だと確信した海人族の男達は申し訳なさそうな顔をソウジ達に向ける。
「その……すまなかった……てっきり……」
「別に気にしちゃいない。だが、過激過ぎる行動は可能な限り控えるんだな。もし手を出していたら、お前達は今頃、気絶して海の上に浮かんでいたんだからな」
海人族の男の謝罪に、ソウジは特に意に介した様子もなく答える。
聞けば、ミュウの母親―――レミアは誘拐犯によって家から動けない程、足の怪我が酷く、日に日に顔色が悪くなっていたそうだ。それもあって、必要以上に警戒していたそうだ。
その心情も理解出来るため、ソウジは事実を混ぜて、今後は気をつければいいと伝えた。
「そ、そうか……それで……パパは」
「あっち」
海人族の男の問いに、ソウジは間髪入れずに魚のステーキを頬張っているハジメを指差す。
「とりあえず、このままエリセンに案内してくれ。向こうも今日の夕方くらいには到着するんだからな」
「ああ、もちろんだ」
最初より幾ばくか穏やかとなった海人族の男は快く了承する。
そして、海人族達の案内の下、ソウジ達は【エリセン】へと改めて向かうのであった。
――――――――――――――――――――――――
海人族との遭遇から数時間。
「あっ、見えてきましたよ!町ですぅ!やっとですよぉ!」
「本当に海のど真ん中にあるんだな」
「こちら南雲ハジメ。もうじきエリセンに到着する。そっちはどうだ?」
『こちら白崎香織です。こっちももうすぐエリセンの上空に到着するよ。……ようやく会えるね、ハジメくん』
海上に浮かぶ大きな町が見え始めたことに、シアが眼を輝かせ、ソウジは少し苦笑気味に視線を向け、ハジメは通信機でもうすぐ到着することを伝える。
香織達の方も、もうすぐ到着するようで、丁度いいタイミングで合流できそうだと思っていると。
『ちょ、ミュウ!!待つのじゃ!!今飛び降りるのは……ッ!?』
『だ、駄目だよミュウちゃん!危ないよ!?』
通信機からティオと香織の焦った声が聞こえてきた。
「おいおい……」
「まさか……」
猛烈に嫌な予感を覚え、ハジメとソウジが顔を空に向け、“遠目”で確認すると―――
「―――パパぁー!!お兄ちゃぁーん!!」
ミュウが両手を広げ、満面の笑みでスカイダイビングしていた。後ろには慌てたように落下してくる黒龍姿のティオと、ティオの背に乗る、焦り顔の香織の姿も見える。
ハジメは大慌てで“空力”と“縮地”を使って急いで跳躍し、さらに“瞬光”も使って、ミュウを安全に抱き止めた。
「後で叱らないとな……」
気持ちはわかるが流石に心臓に悪いので、しっかりと叱ることを決めるソウジであった。
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