魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


神代の魔物

一悶着の後、“嵐陣”を解除して船外に出るソウジ達。

外は大きな半球状の空間で、天井には水面がたゆたっている、大きな穴がある。どうやら、あそこから落ちてきたようだ。

ハジメは、潜水艇を“宝物庫”に戻し、移動を促そうとした……寸前でユエに呼びかけた。

 

 

「ユエ」

 

「ん」

 

 

ユエはそれだけで障壁を展開し、頭上からの水のレーザーをあっさりと防いだ。ソウジとアタランテ、シアにティオ、ジークリンデは攻撃を察していたので特に動揺はなかったが。

 

 

「きゃあ!?」

 

 

この中では一番経験の浅い香織は、その攻撃に悲鳴を上げてよろめいてしまう。傍にいたハジメが抱き止めている間に、アタランテが“緋竜槍”で水のレーザーの大元―――フジツボのような魔物の大群を駆逐していく。

ソウジも続くように“蒼牙爪”、ティオも炎系攻撃魔法“螺炎”でフジツボモドキを次々と駆逐していき、三分にも満たない時間でフジツボモドキの排除を終わらせる。

そして、膝くらいまで海水で満たされた通路を進んでいく。皆より小柄なユエは、ハジメが肩に座らせて進んでいく。道中でヒトデのような魔物が手裏剣のように襲ってきたので、ハジメはドンナーで、ソウジは氷の短剣で撃ち落とし、新たに現れた海蛇のような魔物はユエが氷の槍で串刺しにするのだが……

 

 

「……弱すぎないか?」

 

 

ハジメの呟きに、初めての大迷宮攻略の香織以外は頷く。

 

 

「私にはわからないんだけど、そんなにおかしいの?」

 

「ああ。大迷宮の魔物は基本的には強力で厄介がセオリーなんだ。魔人族が使役する魔物以上と言えば分かりやすいか?」

 

「そうなんだ……」

 

 

具体的な例を挙げられた香織は、優れない表情で納得する。ほぼ間違いなくあの時の事を思い出したのだろう。

香織の内心を察したソウジは仕方なく、八重樫の要望の為に助言を与えることにする。

 

 

「香織。オレとハジメが奈落に落ちる以前、何と呼ばれていたか覚えているか?」

 

「……え?……うん」

 

「そのオレ達が今やこれだ。後は自分で考えろ」

 

 

弱いのが嫌なら死ぬ気で強くなれ……そんな言外のメッセージに、香織は目をぱちくりさせた後、自身の両頬を叩いて気合いを入れ直した。

そんなソウジに、アタランテがジト~とした目を向け、ジークリンデは愛想笑いでソウジを見つめる。ついでにユエも敵に塩を送ったことに無表情で睨み付けている。

やがて、ソウジ達はとある大きな空間に辿り着く。

 

 

「っ……何だ、あれは?」

 

 

その空間に入った途端、半透明なゼリー状の何かが通路へ続く入口を一瞬で塞いだのだ。シアがそのゼリー状の壁にドリュッケンを振るうも……

 

 

「ひゃわ!」

 

 

表面が飛び散っただけで破壊には全く至らず、それどころか、シアの胸元に飛び散った飛沫が、シアの衣服をどんどん溶かしていっている。すぐにティオが絶妙な火加減でその飛沫だけを焼き付くすも、皮膚にも少し付着していたようで、シアの胸元が赤く腫れている。どうやら、強力な溶解作用があるようだ。

 

 

「ッ!」

 

「来るぞ!」

 

 

ハジメが警告した直後、今度は頭上から先端が槍のように鋭く尖った無数の触手が一斉に襲いかかってくる。見た目からしてあの壁のゼリーと同じと見ていいだろう。ユエがすぐに障壁を展開して触手を防ぎ、ティオとアタランテが炎を繰り出して触手を焼き払っていき、ジークリンデは極小の氷のブレスで触手を凍らせていく。

ソウジも“放炎”を使って全身に炎を纏い、同様に炎を纏った絶天空山で触手を切り裂いていくのだが―――

 

 

「……このゼリー、魔力を溶かしているのか?」

 

 

絶天空山を包む炎が触手を切り裂くごとに弱まっていくことに、ソウジは目を細めていく。見れば、ユエの障壁もじわじわと溶かされており、ティオとアタランテの炎もゼリーにぶつかってから勢いを失っているように見え、ジークリンデが凍らせた触手も音を立てて溶けており、足止め程度にしかなっていないようだ。

一旦報告のためにハジメ達の元に戻った直後、天井の僅かな亀裂から染み出すように何かが現れ、空中で形を形成していく。

 

 

「あいつは……」

 

 

その何か―――全長十メートルのクリオネのような魔物を見たアタランテは苦虫を噛み潰したような表情となる。

 

 

「?知っているのかアタランテ?」

 

「ああ、知っている。あれは神代時代からいた魔物だ。あやつら、こいつの住処に大迷宮を作ったのか?」

 

 

どうやら、あの巨大クリオネは大迷宮以前から存在していた魔物のようである。その巨大クリオネは何の予備動作もなく全身から触手を飛び出させ、同時にシャワーのようにゼリーの飛沫を飛び散らせていく。

 

 

「防御は私がするからユエも攻撃に!“聖絶”!」

 

 

香織は“遅延発動”で事前に唱え終えていた“聖絶”を発動させて巨大クリオネの攻撃を防いでいく。ソウジは、巨大クリオネに攻撃するユエ達を尻目に、アタランテに巨大クリオネについて詳しく聞いていく。

 

 

「あの魔物の能力は?」

 

「奴には明確な魔石がない。奴の身体全てが魔石と言っていい。加えて、周囲に溶け込め、身体を再生できる上に海流も操れる。無論、再生は無限ではないだろうが、ここで奴を仕留めるのは不可能だ」

 

「……道理であいつの身体全てと、周囲の壁が赤黒い色一色なわけだ」

 

「何て厄介な……」

 

 

アタランテからもたらされた巨大クリオネの情報に、全員が苦い顔となる。そんなソウジ達に構うことなく巨大クリオネは攻撃の手をどんどん強めていく。

 

 

「くそっ!」

 

 

ソウジは二刀の絶天空山に蒼い炎を纏わせ、津波のような炎の斬撃―――“蒼牙爪・烈波(れっぱ)”を繰り出し、魔眼石で捉えた赤黒い周囲の壁を魔力のごり押しで燃やしていく。だが、半透明のゼリーは壁の隙間や破れ目からだけでなく、足元からも出現し、それに呼応するように水位も少しずつ上がってきている。

 

 

「全員、ここから離脱するぞ!地下の下に空間がある。何があるかわからない。覚悟を決めろ!!」

 

 

“宝物庫”から取り出した“火炎放射器”を振り回して告げるハジメの言葉に全員が頷き、それを確認したハジメはとある地面に向かって“錬成”を行い、水の中へと潜っていく。

その間、巨大クリオネの猛攻を捌いていると。

 

ドォゴォオオオオオオオン!!!

 

水中からくぐもった轟音と振動が伝わり、海水がその轟音の元へと勢いよく流れ始めていく。

その激流にソウジ達は逆らうことなく、地下の空間へと流されていった。ハジメが足止めの為に、穴を塞ぐ巨大な岩石と無数の焼夷手流弾を転送したが、その結果を確認するすべはなかった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「見事にはぐれたな。誰も一人きりではないのは幸いだが」

 

「ええ」

 

 

真っ白な砂浜の上で、既に濡れた服を着替え終えたソウジの言葉に、同じく着替え終えたジークリンデが同意するように頷く。

巨大クリオネから撤退を図ったソウジ達が落ちた場所は、凄まじい勢いで海水が噴き出す、もしくは流れ込む数十箇所の穴があり、嵐のような無茶苦茶な潮流となっている巨大な半球状の空間だった。

その潮流によってソウジ達は引き離されていったが、ソウジは“嵐陣”を展開して潮流を乗り切り、運よく流れて来たジークリンデを手を掴んでこちらへと引き寄せ、運よくこちらへと流れてきているアタランテも同様に引き寄せようとした。

だが、その直前で香織の元に向かうハジメと一人流されるユエを視界に収めたことで、ソウジとアタランテは視線を交わして決断し、アタランテはそのまま重力魔法を利用してユエの下へと向かっていった。

ソウジもジークリンデを連れてハジメと香織の下に行こうとしたが、一際激しい潮流がソウジ達を襲い、ソウジは“嵐陣”で耐えたが、ハジメと香織はその潮流によって一気に流されてしまい、その上、何処に流されたのかも確認出来なかった為、合流ができなくなってしまった。残されたソウジは仕方なく、ジークリンデを連れて流れ込む穴の一つに入って進んでいき、今いるこの場所へと流れついたのだ。

 

 

「それにしても良かったのですか?アタランテ様と離れ離れとなる決断をされて」

 

「流石に孤立させる訳にはいかないだろ。アタランテもユエの方を優先すると眼で言ってきたしな」

 

「そうですか……それで、このまま深部へと目指しますか?」

 

「ああ。彼処に戻っても意味がないし、アイツらもそうするだろうからな」

 

 

ソウジは遠くに見える雑木林を視界に収めながら方針を決める。

 

 

「覚悟していた方がいいだろうな、ジーク。まだこの迷宮のコンセプトがわからない以上、気をつけて進むべきだ」

 

「はい」

 

 

ソウジの言葉にジークリンデは力強く頷き、雑木林に向かって共に歩むのであった。

 

 

 

 




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