淡い光が海面を揺らし、それが天井にゆらゆらと波を作る空間の中央には神殿のような巨大な建造物がある。
その神殿の中央には複雑怪奇な魔方陣が描かれており、周囲を海水で満たされた神殿からは四つの通路が伸びており、それぞれの円形の先端に魔方陣が描かれている。
その四つある魔方陣の内の二つがにわかに輝き出し、一瞬の爆発するような光が溢れた後、それぞれの魔方陣にはソウジとジークリンデ、ハジメと香織がいた。
「どうやらお互い無事?に突破できたみたいだな」
「そうみたいだな……何か、少し簡単だった気がして拍子抜けだが……」
そんなハジメとソウジのやり取りに、ハジメに背負われている香織が苦笑いしながらツッコミを入れる。
「あのね、ハジメくん。普通は潜水艇とかないし、亡霊みたいな大軍も物理攻撃は効かないからずっと魔力頼りなんだよ?あのクリネオみたいのだって有り得ないくらい強敵だから、十分、おかしな難易度だよ」
「そもそも、【グリューエン大火山】の時もあの輩の襲撃がなければ、無傷で攻略出来ていましたよ?」
「言われてみれば……」
「確かにな……それに、あの胸糞悪い光景も合わせれば……」
「余程、精神的にキツい、か……」
香織とジークリンデの指摘にハジメとソウジが確かに、と納得していると、残り二つの魔方陣が輝き出し、爆ぜる光が収まると、それぞれの魔方陣にユエとアタランテ、シアとティオの姿があった。
「本当にいいタイミングだな」
「……そうだな」
「ん……」
「あれ?香織さん、大丈夫ですかっ!?」
「む?怪我をしたのか?」
「いや、あれは甘えているだけだろ。結構いい笑顔だし」
「あはは、バレてた?」
香織がソウジの指摘に、イタズラがバレた時のようなお茶目な笑顔となる。その香織の反応にハジメハーレムのメンバーが三者三様の反応をし、ハジメが呆れながら香織を背中から降ろす。
そして、一同が神殿で合流すると、アタランテはソウジに抱きついた。
「アタランテ?」
「……すまないソウジ。少しこうさせてくれ」
それだけでソウジはアタランテの心情を察し、黙って抱擁を受け入れ、頭を撫でていく。
あの過去の光景は神の愉悦、極論で言えばアタランテ達がしたことでもあるのだ。アタランテ自身は物理的な排除しかしてこなかったようだが、決別前までは他の手下達と情報を共有していたのだ。それをはっきりと見せられて何も感じない筈がないのだ。
「……アタランテ。お前はもう違う。お前にはちゃんと“心”がある。だから、あんなクソ連中と一緒じゃないさ」
「ソウジ……」
恋人のその言葉に、アタランテは抱擁している腕の力を強め、ソウジもそれに応えるように強く抱きしめる。……周りの生暖かい視線を無視して。
香織の方も色々と吹っ切れたようで、改めてユエに宣戦布告をしている。そして、改めて全員で祭壇の方へと向かい、魔方陣へと足を踏み入れる。
いつも通り始まる記憶の読み取り。だが、今回はそれぞれが経験したことも一緒に見させられていく。
ハジメと香織は船の惨劇、シアとティオは都市の惨劇、ユエとアタランテは神殿の惨劇であり、前半こそ本質は同じだが、後半はそれぞれ違っている。船の惨劇は神の人形によって操られたであろう人間族の王が、和平を祝う船上パーティーに集った各国の重鎮達を殺害、都市の惨劇は人間族側の教会の暗躍で起きた種族戦争を、自分達の劣勢を神のご助力で解決する為に百人以上の女子供達を生贄に捧げる、神殿の惨劇は攫った子供をアーティファクト等を使って理性のない“神の兵士”に仕立て上げ、その“神の兵士”に実の親を殺させ、時には互いに殺し合わせ、終いにはその所業を異教徒のせいにして国全体を戦争に駆り立てるという、どれも正気を削りとっていく所業の数々だった。
やがて、それらも終わり、全員が攻略者と認められ―――“再生魔法”が脳内に刻み込まれる。
「本当に意地が悪いな……」
ハジメが改めて悪態を突いていると、床から小さな祭壇がせり出て、オスカーの時と同じ手段で残したメッセージが、海人族の女性―――メイル・メルジーネから語られていく。
そして、メイル・メルジーネが語り終えて消えると、その祭壇の上に、攻略の証であろうコインが置かれていた。
「これで証も四つだな」
「ようやく樹海の迷宮に挑戦できますね。お父様達はどうしているでしょう~」
そこで「ヒャッハー!」するハウリア族を思い出し、シアと同様に思い出したハジメとソウジも頭を振ってその光景を追い出していく。
そして、ハジメが証をしまった途端、ショートカットが姿を現した。……海水による強制排出とともに。
今度は全員がお互いの服をしっかりと掴んでいたから離れ離れになるという事態は避けられたが、無茶苦茶乱暴なショートカットで海中に放り出されたことでハジメとソウジは確信する。メイル・メルジーネは絶対に過激で大雑把な性格だと。
後日、アタランテが「そういえば、ヤツは『本当に厄介なゴ○ブリさんね。まるでアザンチウム鉱石で作った平べったい壁のように、ね?』と言っていたな……ッ!」と拳を握って怒りで震えていたことで、全員がメイル・メルジーネは超ドSだと確信したのは言うまでもない。
一先ず、ハジメが取り出した潜水艇に全員が乗り込もうとするも、潜水艇が半透明の触手によって勢いよく弾き飛ばされた。
その触手の大本―――例の巨大クリネオが無数の触手を猛烈な勢いで触手をソウジ達に向かって飛ばしており、ユエがハジメの指示で周囲の海水を球形状に凍らせた氷の障壁で防ぐも、触手に吹き飛ばされて激しくシェイクされる。
“アタランテ。“界穿”を頼む!!水中じゃ圧倒的に不利だ!!”
“わかった!一分でなんとか発動させる!”
“なら、俺は潜水艇でヤツの注意を引く!ユエとソウジ、ジークリンデは氷の障壁を後付けで補強!ティオは脱出と同時に“竜化”したら、とにかく上空へ向かってくれ!!”
“ん!”
“わかった!”
“はい!”
“承知したぞ、ご主人様!”
ハジメの指示に素直に頷き、アタランテは少しでも早く発動するために魔力矢を数本放ち、魔方陣を構築していく。
ユエとソウジ、ジークリンデは氷魔法と“冷気操作”で氷の障壁を分厚くして補強し、触手の猛攻に対抗していく。
ハジメも感応石で潜水艇を操作し、無数の魚雷を巨大クリネオの猛攻をかわしながら大量に食らわしていく。
だが、巨大クリネオはあっという間に再生し、五メートルサイズとなり、頭部の口から氷の障壁を呑み込んでしまった。
呑み込まれた瞬間に、ハジメとソウジは“金剛”の“付与強化”で氷の障壁の防御力を強化し、ユエとジークリンデが巨大クリネオの溶解に必死に抵抗していると、ついにアタランテの空間魔法が発動する。
“界穿!”
翠輝く魔方陣からかつてフリードが発動させたものと同じ、楕円形の光輝く膜が出来上がる。この魔法は簡単に言えば、ワープゲートの魔法だ。
そのゲートに全員がティオが最初に飛び込み、他の者達も後に続くように次々と飛び込む。
ゲートの先は海上から百メートル先の上空。そのすぐ下には既に“竜化”したティオが浮遊して待機している。全員を乗せたティオはすぐに翼をはためかせ、上空に向かって飛んでいく。
その間、完全に魔力枯渇となって崩れ落ちかけたアタランテをユエ達が支え、急いで魔晶石から魔力を補充していく。
「……はぁはぁ、すまない。本当はもっと遠くに設定すべきだったがこれが限界だった」
「いや、本当はかなり厳しかったのによく頑張ってくれた。流石アタランテだ」
「……ん。本当に良く頑張った」
「これで何とか振り―――」
切れそうだと、ハジメが告げようとした瞬間、無情にも遮られることとなる。
ドォゴオオオオオオオオオオオ!!!
ザバァアアアアアアアアアアア!!!
そんな轟音と共に、背後から壁や空と言うべき巨大な津波が襲ってきたのは。その津波は上空五百メートルに到達しかけていたティオを余裕で超え、一気に呑み込まんと襲いかかってくる。
「ッ、嘘だろッ!?」
「あやつ、ここまで規格外だったのか!?」
「ティオ!」
“承知っ!!”
巨大クリネオのでたらめさに一同は驚愕し、ハジメの叫びにティオもとにかく津波から逃げる為に前に向かって飛行していく。
「―――“縛印”“聖絶”!」
「「“聖絶”!」」
香織は全員を繋げる光のロープを作り出し、同時に、ユエとアタランテと共に上級防御魔法を展開する。
「ティオさん!あの津波から触手が来ます!気をつけて!」
固有魔法“未来視”の派生技能“仮定未来”を使ったシアの警告に、ティオは咄嗟に身を捻る。直後、津波から無数の触手が伸び、ついさっきまでティオが居た空間を貫いていく。
上手く回避出来たが、津波との距離が縮まってしまう。そして、尚も襲いかかる触手をジークリンデの氷のブレスと、ソウジの“蒼牙爪・烈波”、ハジメの火炎放射器が迎撃するも……
「全員、固まれ!」
ついに、天災と呼ぶに相応しい巨大津波がソウジ達を呑み込んだ。三枚張られた“聖絶”も一枚は完全に砕かれ、一枚はヒビを入れられながらソウジ達を奔流に浚い、海中へと戻される。
そして、海中に逆戻りとなったソウジ達の前に、今も尚巨大化している巨大クリネオがいる。
「狙った獲物は逃がさないってか?」
「……上等だ。逃げられないならここでテメェを殺して生き残ってやる」
絶望的な状況にも関わらず、全く諦めていないハジメとソウジの姿に、諦めかけていたシア、ティオ、ジークリンデ、香織の四人は惚けた表情で硬直してしまう。ユエも全く諦めておらず、アタランテも諦める筈がないと分かっているからこそ、諦めずに考えを巡らせていく。
そして、三十メートル程になった巨大クリネオが攻撃仕掛けてくる。香織は“聖絶”を張り直し、シアは“仮定未来”で勝利可能性を探り、ティオとジークリンデはブレスを放って巨大クリネオの攻撃を捌いていく。彼女達の瞳には、もう諦めの色はない。
ユエとアタランテも生き残る為に攻撃と防御をこなし、ソウジも斬撃を飛ばしてとにかく時間を稼いでいく。
そして、何もせずに考えを巡らせていたハジメが答えを導き出したのか、“宝物庫”から次々と鉱石と魚雷を取り出し、凄まじい勢いで何かを作り始めていく。
「……ハジメ、思いついたの?」
「ああ。ヤツはおそらく火に弱い。海の中で火を使うにはこれしかない」
「火……フラム鉱石か!?」
「ああ、そうだ。だが、時間がかかる。全員、時間稼ぎ、頼んだぞ!!」
ハジメの言葉に全員が力強く頷き、巨大クリネオに相対していく。香織は障壁に全力を注ぎ、シアはドリュッケンの“凍鎧”の冷気を“魔衝波”で飛ばして触手を凍らせ、ティオはブレスで牽制し、ジークリンデは海中というアドバンテージを利用して、今まで以上の氷のブレスで触手を海水ごと凍らせていき、ユエもアタランテも同様に氷魔法を使って凍らせて牽制していく。
ソウジは“試作型宝物庫”から取り出した竜殺剣を構え、冷気を刀身に宿していく。
“冷気集束”に加え、“魔法剣術”で適性を引き上げた“重力魔法”、“空間魔法”も合わせることで、作り出される莫大な冷気を圧縮していき、“瞬光”と“限界突破”を使って引き上げられた集中力で冷気をさらに宿し、圧縮させていく。
そして―――
「“
ソウジがそう呟くと同時に、凄まじい冷気を宿した竜殺剣を巨大クリネオに向かって振るう。すると、刀身から超極太レーザーと形容すべき程の冷凍斬撃が放たれ、距離を詰めてきていた巨大クリネオを氷漬けにした。氷漬けとなったことで一時的に動きが止まった巨大クリネオをユエが水流を操って引き離し、アタランテとジークリンデがさらに氷魔法を放って簡単に氷漬けから逃れられないようにする。
ソウジも再び竜殺剣に冷気を溜め込んでいると、突然、銀色の巨大な影が半分溶けていた巨大クリネオに体当たりをかまして巨大クリネオの行動を妨害した。
その全く予想していなかった事態に、ソウジ達は目を白黒させていると、“聖絶”のすぐ近くに、人面魚が泳いで此方を見ていた。
“よぉ、ハー坊。手助けしてやるぜ”
「ッ!?その声、リーさんか!?何でここに!?」
“適当にぶらついていたら、何かすげぇ光景が目に入ったんで近づいたら、ハー坊が悪食に襲われていてピンチだったからな。友の危機を助けないのは男の恥だ”
人面魚―――ハジメ曰くリーさんの助太刀に感謝しつつ、ソウジ達は巨大クリネオ改め悪食の足止めに集中していく。
そして、ハジメの悪食討伐の切り札―――フラム鉱石を悪食に送りつけるための大量の魚雷と円環が遂に完成する。
“出来た!リーさんは急いで離脱してくれ!”
“おうよ!”
ハジメの念話にリーさんは景気よく応じ、その場から魚群と共に離脱していく。同時にハジメも完成した魚雷を全て発射して、触手の弾幕をかわし、悪食に向かって迫っていく。
やがて、魚雷群は悪食に全て突き刺さって内部に侵入。ハジメは液状化したフラム鉱石を滝のように手元の円環に全て注ぎ込み、悪食を余すことなく黒一色に染め上げていく。
凍らされた身体を全て溶かしきった悪食は本気になったのか、周囲の半透明ゼリーを集合させて最大級の大きさになる。だが、それが仇となる。
「業火に焼かれて果てろ」
そんな宣告と共に、ハジメは手にある小さな火種を、流し込んでいる液状のフラム鉱石の一つに放り込む。途端、摂氏三千度の灼熱が迸り、悪食を瞬く間に真っ赤に染め上げる。そして、激しい大量の気泡が上がり―――
ゴォバァアアアアアアア!!!
壮絶な水蒸気爆発を巻き起こした。やがて、海中が静まると……悪食は痕跡を残さずに消え去っていた。
「ハハ、やったな……」
「ああ、やっと、終わったな……」
互いに“限界突破”を解除したハジメとソウジは、使用後の副作用からその場に崩れ落ちる。そんな二人に香織が治癒魔法をかけていると、おっさんの声が響き渡る。
“やるじゃねぇかハー坊。見事だったぜ”
“いや、リーさんが助けてくれたおかげもあるさ。俺達だけだったらここまで上手くいかなかった。ありがとな”
“どういたしましてだ。それじゃあ、またな。ハー坊”
“ああ、またな。リーさん”
ハジメとリーさんは互いに頷き合い、リーさんは踵を返す。そして、少し進んで振り返り……
“カミさんと家の子にも、お前さん達の勇姿は伝えさせてもらうぜ”
それだけ言い残し、リーさんは大海へと消えていった。そして……
「「「「「「「「「結婚してたのかよぉーーー!?」」」」」」」」」
まさかのダメ父親だったという事実に、ソウジ達のツッコミが響き渡るのであった……
メイル氏のドS振りは再現できてるかな……?
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