「フィアさん!?何故檜山さんを!?」
フィアの行動にリリアーナが驚愕を露に問い質し、香織も詠唱を続けながら疑問の視線をぶつける。対して、フィアは肩を竦め、呆れたようにその理由を話した。
「良く考えて下さい。何故なんちゃって勇者でさえ抜け出せていない拘束をあの男が抜け出せたのか。加えて、此方を優先して援護に向かう理由はなんなのかを。万が一の場合も考慮して斬らずに吹き飛ばしましたが」
「……あ」
フィアの最もな指摘に、リリアーナと香織は揃って目が点となる。そして、信じられないといった表情で檜山を見つめる。その檜山は……
「ちくしょうが……ッ!邪魔しやがってぇぇ……ッ!」
狂気を宿した瞳で、憎々しげにフィアを睨み付けて立ち上がっていた。
「やっぱり、そちら側の人間でしたか。香織様とリリアーナ王女の目は誤魔化せても、私の目は誤魔化せませんよ?」
フィアは冷ややかな視線で檜山にそう告げる。もし、香織とリリアーナだけであればまんまと騙されたであろうが、実力者で先入観のないフィアにはそんな小芝居は通用しなかったのである。
そんなフィアの周囲から植物の蔓が幾つも伸び、それが瞬く間に人の姿を形取り、フィアを取り囲んでいく。その植物人間達は腕の部分を棘のように鋭くさせ、透明な液体を滴らせた後、猛然とフィアと香織達に迫っていく。
フィアは優雅に舞いながら大鎌を手元で回転させ、迫っていた棘の腕を切り落とし、同時に固有魔法“幻露”で自身の幻影を新たに作り出し、その派生“顕幻”で幻影に実体を持たせ、更に大鎌に炎を纏わせて容赦なく植物人間達を切り裂いていく。リリアーナの障壁も香織が詠唱を完了まで保ちそうである。
だが、ここでまたしても予期せぬ事態が起きる。
「っ!?」
「……え?」
「!?」
突如、フィアの作った幻影がグリャリと揺らめき、フィア本人も口を押さえてその場でよろめいて膝をついてしまう。香織とリリアーナも同様によろめいてしまい、リリアーナの障壁が波紋のように揺らめいていく。
そんなフィアに植物人間と騎士達が一斉に襲いかかるも、フィアは咄嗟に地面を転がり、迫っていた攻撃をかわす。
「毒ですか……かなりまずいですね」
フィアは体勢を整えながら自身の不調の原因をすぐに察し、眉間にシワを寄せて呟く。実はこの一帯にはミストルルの麻痺毒が散布されており、香織達もその毒を吸ってしまったからである。
勿論、それは香織達にも襲いかかる。毒のせいでリリアーナは障壁の維持に支障をきたしてしまい、障壁の破壊を許してしまう。
そして―――香織が背後から迫っていた檜山に胸を刺し貫かれるという、最悪の事態を引き起こしてしまった。
「香織ぃいいいいいーー!!!」
「お前らぁああああああああーー!!!」
雫の悲痛な絶叫が、光輝の怒号の絶叫が辺りに響き渡る。そんな二人に構わず檜山は恵里に、香織に“縛魂”を施すように急かし、恵里も肩を竦めて香織と檜山の下へと歩み始める。
そんな中、致命傷を負った香織は、それでも詠唱を続け―――再生魔法の詠唱を完成させる。
香織を中心に放たれる蛍火のような淡い光。その光が雫達を包み込み、傷と体の異常を瞬く間に癒し、服まで元の状態へと修復していく。当然、その効果は香織自身にももたらされるも、檜山が半狂乱で傷を抉るので癒されず、香織に確実な死をもたらしていく。
「あぁあああああ!!!」
体が十全に治り、光輝は絶叫と共に枷を全て破壊し、“覇潰”で能力を五倍に引き上げ、自身の拘束も振りほどいた。
「体が……それに、服まで……」
体の異常が消えただけでなく、切り裂かれた衣服も元に戻ったことに雫は思わず自身の身体を見つめるも、すぐにすべきことを思い出し、すぐ傍に落ちてあった四皇空雲を握り締める。
「すいません、少し動かないで下さい」
「え……?きゃっ!?」
すぐ傍で聞こえたフィアの声に雫は戸惑っていると、枷を付けられた腕から伝わった冷たい風の感触に思わず悲鳴を上げる。次いで、雫に付けられていた枷が真っ二つとなり、地面に落ちていった。
「すいません。ありがとうございます、フィアさん!」
「礼は後にして下さい。今は急いでこの状況を打破すべきです。またいつ毒に侵されるか、わからないのですから」
フィアはそれだけ言って、再び幻影を作りながらミストルルの本体に向かって駆け出していく。香織の再生魔法によってこの辺りの毒も消えているのだが、その元凶は未だ健在だからだ。
龍太郎達前衛組や優花達愛ちゃん親衛隊組もフィアによって魔力封じの枷を外されており、傀儡兵と植物人間達に攻撃をしかけ、震えてへたり込んでいる居残り組を守っていく。
「燃えろ――“紅蓮”!」
雫も四皇空雲を抜刀して呪文を唱え、刀身に紅蓮の炎を纏わせ、迫り来る傀儡兵と植物人間を両断していき、香織の下へ向かおうとする。だが、傀儡兵と植物人間は次々と現れて雫の行く手を阻み、中々前に進むことが出来ない。
「凍える息吹で咲き狂え“氷華”!!猛る焔と共に飛び抜け“飛天・烈火”!!」
雫は鞘を地面に打ち付けて数体の傀儡兵と植物人間達の足下を氷漬けにして動きを封じ、飛ぶ炎の斬撃で傀儡兵と植物人間を両断する。
そんな中、怒りの形相の光輝は傀儡兵と植物人間達の包囲網を突破し、光の奔流を纏って檜山達に突撃するも、傀儡兵と化したメルドの登場でその剣を止めてしまう。
「そ、そんな……」
「……光輝……何故、俺に剣を向ける……こんなこと、教えてはいないぞ……」
「メ、メルドさん……俺は」
「ダメよ光輝!メルドさんも、もうっ!」
動揺する光輝に雫の叱責が飛び、それで正気を取り戻した光輝は自身に迫っていた唐竹の一撃を、ギリギリで聖剣で受け止める。
「……すみません!」
光輝は悲痛な表情でそう告げ、メルドに斬りかかっていく。先程より剣筋が鈍っているが、それでも今の光輝はメルドを追い詰め、聖剣を横凪ぎに振るう。
「……助けてくれ」
「っ!?」
聖剣がメルドの首に吸い込まれる直前に聞こえたメルドの言葉に、光輝は再び聖剣を止めてしまう。
そんな光輝に、メルドは弾き落とされていた騎士剣を足で跳ね上げ、自身の手元へと戻してしまう。そして、そのまま光輝に斬りかかった。
「くっ!?」
光輝は咄嗟に後退してメルドの剣をかわすも、頬に一筋の傷が出来る。その瞬間、光輝の体に異変が再び訪れる。
「ッ!?ガハッ!!」
光輝の体から力が抜けて両膝が折れ、口から盛大に血を吐き出す。突然襲った自身の体の異変に光輝は混乱していると、恵里が余裕たっぷりにその理由を明かす。
「くふふ、本当にミストルルの生み出す毒は凄いなぁ。かすっただけですぐに効力を発揮するんだからね」
光輝は信じられない思いで顔を上げてメルドを見つめる。よく見れば、メルドの持つ騎士剣から透明な液体が滴り落ちている。騎士剣に毒が塗られていたことは理解できたが、恵里の話ではミストルルの毒は効力を発揮するのに時間が少々かかる筈だ。そんな疑問を察してか、恵里はにこやかにその理由を明かす。
「確かに僕は
「ま、まさか……」
「そのまさか。ミストルルの毒液の方は侵入した瞬間に効力を発揮するんだよ。それも強力だというオマケ付きでね」
恵里のもたらした情報に、雫達は更に絶望に叩き込まれる。毒液を滴らせている植物人間達の攻撃は僅かでも喰らった瞬間に敗北が確定してしまうと理解してしまったからだ。その植物人間達が傀儡兵達の剣に毒液を吹き掛けていく光景も合わさって、その絶望に拍車をかける。
「それでも、実験も兼ねて毒で殺した団長さんを用意してなかったら、僕の負けだったかもだけど。たぶん、万が一の保険だった眠りのキスも、香織の謎の魔法で潰されていただろうしね?」
恵里は光輝との接吻の際に毒を盛っていたのだが、自身のその言葉通り、香織の再生魔法によって潰されていた。もし、光輝が明確な決意と覚悟を持っていれば、結果は違ったのかもしれない。だが、光輝の半端さがもたらした結果が、仲間を絶望へと引きずり下ろしていく。
ミストルルの生み出した植物人間達はフィアが率先して相手をしているが、そのフィアの動きは徐々に鈍くなってきている。再びミストルルが散布した毒粉に侵され始めたからだ。その事を理解しているフィアも焦りの表情を浮かべるも、大量の植物人間と蔓、毒液が滴る木のバリケードによって阻まれ、ミストルルの本体に近づけないでいる。
現に雫や龍太郎達も徐々に体が痺れてきており、何人かは再び地面に倒れこんでいる。そんな彼らの脳裏に、一度描いた最悪の未来が再び過り始めていく。
そして、恵里が香織に“縛魂”を施そうとした瞬間―――とある少年達の声が明瞭に響いた。
「……一体、どうなってやがる?」
「……どういう状況だ、これは?」
その声と途方もないプレッシャーにその場にいる全員の動きが止まる。ミストルルでさえ、その雰囲気に呑まれて動きを止めてしまっている。
そのプレッシャーの大本に居たのは―――南雲ハジメと空山ソウジの二人であった。
「すぐに香織を傀儡にするから、君の好きに使うといいよ」
「おう!一緒に観光したり、お弁当であーんしてもらったり、『愛してるよ』と囁いてもらったり、夜のご奉仕をしてもらったりとかな!」
「最後以外、普通だった!?」
「あの魔物から頂いた惚れ薬で香織を俺の虜にして、そのまま俺なしでは生きていけない体にする手間が省けたからな!」
「やっぱり普通じゃなかった!!」
ピュアかと思った檜山の図。
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