魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


空から来る二つの光

香織達との合流のために、この場へと降り立ったのだが、目の前で広がっていた光景からハジメとソウジは周囲を観察していた。

 

クラスメイト達を襲う大量の兵士と騎士、人間の姿を形取った植物達。

メルドの前で血を吐きながら倒れ伏す天之河。

大鎌を手に、植物人間と戦っていたフィア。

広場にそびえ立つ、木のバリケードに囲まれた一本の巨大な樹木。

悲痛な顔の八重樫。

硬直する中村と檜山。

そして……檜山に抱き締められ、胸に剣を突き刺され、生き絶えている香織。

 

その瞬間、ハジメが強烈な殺気を放ち、香織に影響が出ないレベルで、一瞬で檜山を殴り飛ばした。

ソウジは香織の方はハジメ達に任せることにし、自身は魔眼石で捉えた、樹木の姿をした魔物―――ミストルルに向かって足音を立てながら、ゆっくりと歩み寄っていく。

そんなソウジの周囲に、数体の植物人間が地面から瞬く間に現れ、毒が滴る棘の腕でソウジに襲いかかる。

 

 

「そ―――」

 

 

八重樫が警告を発しようと声を上げた瞬間、ソウジに迫っていた植物人間達はその体を真っ二つにされ、その切り口から蒼い炎を上げて倒れていく。そんなソウジの右手には、蒼い炎を纏った絶天空山が既に握られている。

視認さえ出来ぬ抜刀速度。その剣速を改めて見た八重樫が息を呑んでいると、ソウジの背後からメルドが毒の騎士剣を脳天に向かって、鋭い一撃を叩き込もうとする。

 

ガキィン!

 

だが、ソウジは振り返ることなく、背後に回した絶天空山で容易く受け止めた。

 

 

「……残念だよ」

 

 

受け止めてから、ソウジは背後のメルドに視線を送り、本当に残念そうに呟く。その時、メルドの口から言葉が発せられる。

 

 

「……ぁ……頼……む……」

 

 

一見、中村がメルドを操って出させたような言葉だが、それは違う。いかなる理由かは分からないが、紛れもなくメルド自身の魂の言葉だ。そして、それが助けを求める声ではなく、介錯を求める声であることも。

 

 

「わかった」

 

 

ソウジはそれだけ言って、メルドの剣を受け止めていた絶天空山を上空に振り上げて、メルドの剣を上空へ弾き飛ばす。そのままメルドへと振り返り、一切の躊躇いなく絶天空山を振り下ろしてメルドの身体を両断した。

その時、メルドの口元が安堵するように、笑みを浮かべていたように見えたのは、気のせいではないだろう。

ソウジはそのまま振り返って絶天空山を上段に構え直し、圧倒的な熱と蒼い光を瞬時に刀身へと宿した。そのソウジが見据え先には―――ミストルルがいる。

 

 

「“蒼牙天翔”」

 

 

ソウジは小さく呟き、絶天空山を振り下ろす。途端、放たれる圧倒的な熱量を持った蒼き光の斬撃は射線上に立ち塞がっていた植物人間達と幾条もの丈夫な蔓、木のバリケードを一瞬で呑み込み、そのままミストルル本体に直撃し―――耳が張り裂けそうな程の轟音と共に巨大な蒼い光の柱へと包み込んだ。

その爆風により、ハジメのメツェライで粉砕されている最中であった傀儡兵と植物人間達は吹き飛ばされ、壁に打ち付けられていく。クラスメイト達も、フィアも伏せた体勢でメツェライの攻撃から逃れていたので、そのまま地面にしがみついて爆風に必死に耐えていく。ハジメだけは平然と佇んでメツェライの死の弾幕を張り続け、壁に打ち付けられた傀儡兵と植物人間達を粉砕していたが。

 

やがて、光が収まると、ミストルルがいた場所は焼け爛れた巨大なクレーターが残るだけで、巨大な樹木の姿は欠片もなく消え去っていた。そんなクレーターに構うことなく、ソウジは踵を返してとある方向に向かって歩き始めていく。

ソウジは何かを探すように地面に顔を向けながら進んでいると、漸く()()を見つけ、眼下で足を止める。そのソウジの視線の先には手に収まるくらいの小さな種が転がっている。

その種―――魔眼石で捉え、“蒼牙天翔”に呑まれる寸前で逃げていたミストルルの真の本体に、逆手に構え直した絶天空山を突き刺して砕くと、緩慢な動作だった植物人間達は力を失ったように崩れ落ち、その体をボロボロと崩して消え去っていった。

その直後、ソウジ目掛けて、空から極光が襲いかかった。

 

 

「チッ……」

 

 

ソウジは舌打ちしてその場から飛び退き、“飛爪・鋭”で襲いかかった極光を切り裂く。切り裂かれた極光は地面を直撃する。チラリと見れば、ハジメの方にも極光が襲いかかっていたようである。

やがて、極光が収まると、空からウラノスに騎乗したフリードと、三つ首の黄金の翼竜―――トライドスに騎乗した茶髪の眼鏡を掛けた魔人族―――マキアスが降りてきた。

 

 

「……そこまでだ。大切な同胞達と王都の国民を、これ以上失いたくなければな」

 

 

フリードが盛大に勘違いした警告をハジメとソウジに向けて発している。周囲もいつの間にか魔物が取り囲んでおり、ティオや愛子先生にアリア、フィアや八重樫達を狙っている。

と、その時、ティオがハジメに向かって声を張り上げた。

 

 

「ご主人様!どうにか固定できたのじゃ!じゃが、これ以上は時間がかかる……出来ればユエ達の協力が欲しいところじゃ。固定も半端な状態じゃからいつまでも保たんぞ!」

 

 

どうやら、ぶっつけ本番の魂魄魔法は何とか間に合い、香織の魂を繋ぎ止められたようである。だが、予断は一切許されない状態なので、ハジメとソウジはティオに向かって強く頷き、フリード達を追い払うことにする。

 

 

「ほぉ、新たな神代魔法か……もしや【神山】のっ!?」

 

 

フリードの言葉を遮って、ソウジが“蒼牙爪”をフリードに向けて放つ。咄嗟に、トライドスが間に入って、三重の障壁を張ってその一撃を防ぐ。

 

 

「どういうつもりだ?同胞の命が惜しくないのか?お前達はそこまで愚か―――」

 

 

フリードは途中で言葉を詰まらせる。何故なら、ハジメの両手には、二つの拳大の感応石が握られており、どちらも強烈な光を発しているからだ。

その直後、二つの光の柱が大地に突き刺さり、一つは触れたものを一瞬で蒸発させ、遅れて突き刺さったもう一つは触れたものを一瞬で凍らせる。

その光―――【神山】を降りる前に上空へと飛ばしておいた“ヒュベリオン”と“ユミル”が放った直径五十メートルの光の柱は、ハジメの意思に従って滑るように移動していき、片方は焼き爛れた跡を、もう片方は凍結した魔物と魔人族を残しながら地上に傷跡を残していく。

やがて、“ユミル”の光の柱が萎むように消失し、少しして“ヒュベリオン”の光の柱はフッと霧散するように消失した。

 

 

「愚かなのはお前だ、ど阿呆」

 

「お前の物差しで勝手に決めつけるな。オレ達は王国やこいつらの味方なんかじゃない。戦争したければ勝手にやれ。ただし、オレ達が関わらないところでな」

 

「だから、俺達の邪魔をするなら、今みたいに全て吹き飛ばす。まぁ、俺達も大軍を相手にするほど暇じゃないから、今回は見逃してやる。わかったら、さっさとそいつら引き連れて失せろ」

 

 

両手の感応石をこれ見よがしに輝かせるハジメと、絶天空山に蒼い光を宿して切っ先を向けるソウジの不遜な物言いに、フリードとマキアスの瞳が憎悪と憤怒の色に染まる。だが、あの謎の光の柱の詳細が分からず、此処に向かう途中で見えた謎の蒼い光の柱と、ソウジがミストルルにトドメを差していたのを目撃していたことから、ミストルルがあの蒼い光の柱で倒されたのだとも察しているため、特殊な方法で開いているゲートで大軍をこの場に転移させても、二の舞、三の舞となるだけだ。

ハジメとソウジも、本当はこの場でフリードと、その隣にいる、攻略者であろう魔人族の男を逃がすのは業腹だが、今は香織の処置が最優先だ。加えて、“ヒュベリオン”は今の一発で不調をきたし、二発目には壊れる可能性が高い。“ユミル”も想定より照射時間が短く、再発動までには時間が掛かってしまう。そんな状況で大軍と殺り合っている時間はなく、フリード達を殺すのは得策ではなかった。

 

 

「……この借りは必ず返す……ッ!」

 

「……君達は、僕達の神の名にかけて、必ず滅ぼしてやる!!」

 

 

フリードとマキアスは怨嗟の籠った捨て台詞を残して踵を返し、中村と共にゲートの奥へと消えていった。同時に撤退信号らしき光の魔弾が三発上がって派手に爆ぜる。さらに同時に、ユエとシア、アタランテとジークリンデが上空から物凄い勢いで飛び降りてきた。

 

 

「……ハジメ。あのブ男とガリ男は?」

 

「あの野郎共はどこですか?ハジメさん!」

 

「ソウジ。あやつらはどうした?」

 

「見た限りこの場に居ないようですが、どうなりましたか?ソウジ様」

 

 

明らかにフリード達をボコる気満々の彼女達だが、今はそれどころではない。ハジメとソウジは手早く状況を伝える。ユエ達は驚愕に目を見開くも、すぐに精神を立て直し、全員でティオの元へと駆けつける。そして、ハジメがお姫様抱っこで香織を抱き上げ、毒で体が痺れ始めたティオはジークリンデが支えて、そのまま広場を出ていこうとする。そこへ、八重樫がよろめきながら近づき、ソウジに呼びかけた。

 

 

「空山君!香織が……私は……どうすれば……」

 

 

見れば八重樫の表情は今までにないほど憔悴しきっており、そのまま精神が病みそうなほど悲痛な表情をしていた。戦闘中は張り詰めていた心が八重樫を支えていたのだろうが、今は脅威が去って、香織の死に心が苛まれているのだろう。

ソウジは首だけを動かしてハジメ達に移動を促す。ハジメ達も素直に頷いてそのまま広場から足早に出ていった。

ソウジは女の子座りで項垂れる八重樫の前に膝を付き、両手で八重樫の頬を挟み、強制的に顔を上げさせ、真正面から視線を合わせる。

 

 

「折れるな、八重樫。信じて待ってろ。絶対に、もう一度会わせる」

 

「空山君……」

 

 

虚ろとなっていた八重樫の瞳に、僅かだが力が戻る。ソウジは、そこで口元を緩めて言葉を続けていく。

 

 

「八重樫が折れて壊れたら、香織は一体どうなる?そしたら、ハジメが香織を泣かせたと、憤怒の形相でオレに襲いかかってくるだろうが。そんな面倒事、流石に勘弁だからな?お前のような苦労ホイホイ人間になるのは御免だぞ」

 

「……誰が苦労ホイホイ人間よ、馬鹿。……信じて……いいのよね?」

 

「ああ。香織はハジメの“大切”だからな」

 

 

ソウジの真剣な表情と言葉に、八重樫は光が戻った瞳でソウジを見つめ返す。それを見たソウジは“宝物庫”から神水が入った試験管容器を取り出し、八重樫の手に握らせる。

 

 

「これは……」

 

「アイツに飲ませてやれ」

 

 

ソウジはそう言いながら倒れ伏している天之河を一瞥する。ソウジとしては、単に天之河が死んで八重樫の心が折れられては困るくらいの認識だが、八重樫は天之河の状態に気付いて視線を送り、再びソウジに向き合って、少し瞳を潤ませる。

 

 

「……ありがとう、空山君」

 

 

八重樫の予想以上の感謝のお礼をソウジは受け取ると、すぐに立ち上がって踵を返す。そして、アリアの隣で一礼するフィアに手をヒラヒラと軽く振って返した後、風のようにその場を去って、ハジメ達を追いかけるのであった。

 

 

 

 




「これで全員の毒は消えたと思うよ……」

「……ねぇ、リリィと遠藤君は?」

「「「「…………あ」」」」

「忘れられてる……王女なのに……」

「頼むから、俺に気付いてくれよぉ……」

素で忘れられていた王女と、同じく忘れられていた、将来深淵卿となる男が泣く図。

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