王都の状況は芳しいものではなかった。
中村に傀儡兵に変えられた者は総勢五百名規模に上り、国の重鎮達も傀儡兵やミストルルよって殺されていた。今はリリアーナと王妃ルルアリアが復興の陣頭指揮を取っているが、状況が落ち着けばランデル殿下が国王の座に即位するだろう。
ちなみに、フリードの大軍転移の秘密は、王都の郊外に幾つかの巨大な魔石を起点とした魔方陣が地中の浅いところに作られていたからだということが後の調査で判明した。
頭の痛いことを言えば、自分達の攻撃が“エヒト様”がもたらしたものだという噂が広まって信仰心が強化されてしまったことだ。これに関しては愛子先生の仕業にしようかと、ハジメとソウジは考えている。
ちなみに、今回の襲撃で生粋の負け犬の檜山は、香織を傷つけたことに対する復讐でハジメにフルボッコにされ、終いには魔物の群れへと放り投げられ、魔物に喰い散らかされて無惨な死を遂げた。
クラスメイト達も中村と檜山の裏切りによって心に深い傷を残し、特にムードメーカーの谷口はそれが顕著に出てきており、テンションが低く、笑顔も作り笑いに近いものであった。愛子先生と園部が率先して意気消沈しているクラスメイト達を元気付けているおかげで王都復興に取り組んでいるが、その表情はとても暗かった。
そして、誰もがとんでもない強さを示したハジメとソウジについても考えていた。ソウジは自分達に絶望をもたらしたミストルルを容易く抹殺し、ハジメにいたっては光の柱で大軍を殲滅したことから、その隔絶した力の差を改めて感じて思うところが多々あったのだ。
八重樫は香織の事を想い、再び、遠くを見つめる目をふとした時にするようになり、天之河達はそんな八重樫の事を安易な慰めも出来ずに心配していたところ、アリアが八重樫の手を引っ張って、フィアと共に数時間、部屋に閉じこもったのだ。
アリアとフィアは外様ということで、基本は大人しくしつつ、歌と料理の提供に留まっている。気休め程度でも、傷心中の彼らにはとても有り難かったのだが、突然の行動に天之河達が揃って首を傾げたのは言うまでもない。
天之河達は一体何を話しているのかと、失礼を承知で部屋の扉から聞き耳を立てようとしたところで、“幻露”で待機していた分身フィアに顔面から投げ飛ばされた為、スゴスゴと退散していった。
数時間後、八重樫は疲れた表情で部屋から出てきたのだが、それでも幾ばくかすっきりした表情だったので天之河達は多少は安堵して深くは追求しなかった。
ちなみに、フィアはあの時の自身の狐耳と尻尾については、人間モードで「目の錯覚」というごり押しで周りに押し通した。正体を明かさなかった理由は「肝心なところで役に立たないお馬鹿様への対応に割く時間がもったいない」からだそうだ。もっとも、口が堅く、事情を理解できる人物には正体とその理由を明かしており、その理由にも納得がいったのは言うまでもない。
そんな王都の状況を詳しく知る事なく、ソウジ達は一つの問題に頭を抱えていた。
「……なぁ、香織。別に元の体に戻ってもいいだろ?八重樫に会わせた時、ゴーレムに生まれ変わりました!なんて言ったら卒倒するぞ?」
ハジメが珍しく困った表情で魂魄状態の香織に話しかける。魂魄魔法“固定”も、魂魄魔法をあっさり習得したアタランテ達の協力で半端だった固定を完全なものにし、再生魔法で元の綺麗な状態に戻した香織の肉体に戻そうとしたのだが……
『駄目だよ!こんなにあっさりと殺されちゃったんだから、今のままじゃハジメくん達の足手まといだよ!だから、私の魂をハジメくんが作る強力なゴーレムに定着させて!雫ちゃん達も話せば分かってくれるから大丈夫だよ!!』
その香織が頑なに元の身体に戻ることを拒絶しているのだ。“心導”で魂魄状態の香織と意思疏通ができるのだが、殺された悔しさから、このような願いごとを言い出したのだ。
一応、アタランテ達も「ゴーレムだと食事もできないぞ?」等、「……ふっ、自分の身体に自信がないの?香織」等、「ゴーレムでは既成事実を作れませんよ?」等、何とか説得しようとしていたのだが、香織は頑なに考えを曲げようとしなかった。
「……こりゃ、説得は無理だ。何か代案を出さないと折れないぞ」
ソウジはそんな香織に早々に折れていた。日本にいた頃、香織が滝川書店にある、地下のアダルトコーナーに突撃した時もこんな感じだったからだ。その時はハジメが好む漫画とゲームの発売日を教え、それを中心にオタク文化の勉強ということで何とか事なきを得たが、今回は良い代案が思い浮かばない。
「……はぁ、マジで最強のゴーレムを作るしかねぇか…………ん?」
ハジメも遂に折れ、今作れる最強のゴーレムを用意しようかと呟いた途端、何か思いついたような顔となる。
「ハジメ、何か代案が思いついたのか?」
「……いや、思いついたというより……」
ハジメはそう言って、気まずそうな表情で視線を泳がせる。それだけで、ハジメの考えが読めてしまった。ゴーレムの代わりに、自分達がぶっ倒した“神の使徒”を香織の肉体にするという考えに。
当然、その考えはアタランテに複雑な心境を与えかねないものなので、ソウジは目付きを鋭くしてハジメを睨むのだが……
「……気を使わなくて大丈夫だ、ソウジ。あやつらの肉体を存分に利用してやれ」
アタランテはあっさりと許可を下ろしていた。それでノイント達の遺体?を回収し、再生魔法で比較的損傷が軽かったノイントの肉体を綺麗に修復し、香織の魂を定着させること五日……
「ありがとう!ハジメくん!」
見事、ノイントの肉体に魂が定着した香織は満面の笑みでハジメに抱きついていた。対してハジメは少々微妙な表情である。ちなみに、香織の元の身体は凍結保存してハジメの“宝物庫”に保管、ノインツェーンの遺体?は予備の肉体ということで、その肉体を修復してから凍結保存し、“試作型宝物庫”に一度しまってからさらに、内部に異常が察知されると爆発する箱型のアーティファクトにしまってから“宝物庫”に保管している。
「……とりあえず、調子はどうだ?何か違和感とかはないか?」
「全く問題ないよ!むしろ、力に溢れているよ!」
そうして、香織の現在の状態をステータスプレートで確認していく。そしたら、今までの技能に加え、固有魔法の“分解”や双大剣術、全属性適性に複合魔法の技能が追加されており、ノイントの能力が丸々使える状態であった。ステータスもレベル十でオール1200なので、完全にものにしたらオール12000なのでとんだぶっ飛びキャラの完成である。
「これでハジメくん達と肩を並べられる……というわけで」
「……ん。少し遊んであげる、香織」
ユエと香織はそのまま流れるように、魔法の撃ち合いを始めていく。教会の瓦礫が吹っ飛んでいくがユエと香織は構わずに魔法を放ち続けていく。
「ユエ!絶対あの腕輪を使ってるよね!?分解を載せているのに、障壁が全然分解されていないから!」
「……フッ、負け香織ほどよく吠える」
「その余裕、直ぐに消してあげるよッ!!」
香織の分解砲撃を魔力分解耐性付きの腕輪で張った“聖絶”で余裕で受け止めるユエに、香織は全力で分解を行使していく。
「元気で仲が良いのは結構だが、そろそろ下に降りるぞー?」
「早く八重樫を安心させなくていいのか?香織」
ハジメとソウジの呼び掛けに、ユエと香織はじゃれあいを止め、一同はフリーフォールで王宮の修練場に向かって行く。香織は少々躊躇ってから、ソウジ達に続くように飛び降りる。
見え始めた修練場の中央では八重樫達が大慌てで退避していたが、ソウジ達は構わずに落下を続け、八重樫達の退避同時に、地響きを立て、砂埃を起こしながら修練場の中央へと降り立った。
「空山君!」
砂埃が収まり、ソウジ達を確認した八重樫が真っ先に飛び出すも、そこに香織の姿がないことに徐々にその表情を不安な影が被い始めていく。
「ちゃんと生きてるか?八重樫」
「空山君……香織は?」
八重樫の震える声の質問に、ソウジは困ったような表情で答えていく。
「香織は直ぐに来るんだが……見た目、というか、体に関しては文句を言うなよ?説得はしたんだが、香織が頑なに聞かなくて……それで仕方なく、要望通り、強力な肉体に魂を定着させてだな……」
「え?どういうことよ?まさか、本当にアリアさんとフィアさんの推察通り、香織をゴーレムにしたの?答えなさい、空山君!」
どうやら、八重樫はアリアとフィアから香織の蘇生方法の予想を聞かされていたようであり、四皇空雲をいつでも抜刀出来るように構えながらソウジに詰め寄っていく。ついでに天之河も聖剣の柄に手をかけて怒りを露に詰め寄ろうとしている。
その直後、ノイントの肉体に魂を定着させた香織の声が響いてくる。
「きゃああああああああ!!ハジメく~ん!受け止めてぇ~!!」
香織は情けない表情で涙を浮かべながら、手足を無様にワタワタ動かしてハジメに突っ込んでいく。対してハジメは、衝突直前でその場から飛び退き、香織を受け止める事はしなかった。
当然、香織は無様に地面へとダイブし、再び盛大な砂埃を上げる。少しして砂埃が収まると、今の香織姿を見た愛子先生とリリアーナが悲鳴じみた警告の声を張り上げる。
「なっ、なぜ……」
「皆さん!離れてください!彼女は、愛子さんとアリアさんを誘拐し、恵里に手を貸していた―――」
「「落ち着いてください」」
そんな愛子先生とリリアーナが悲鳴じみた警告を、アリアとフィアが肩に手を乗せながら諌めた。
「アリアさん!?どうしてそんなに落ち着いているのですか!?」
「フィアさんもどうして―――」
「だから落ち着いてください。彼女は確かに外見はあの時の女性ですが、おそらくは別人ですよ」
「ええ。彼女の放つ雰囲気が全く違いますから……ですよね、香織様?」
「「「「え?」」」」
フィアのノイントボディの香織に告げたその言葉に、警戒していた天之河達は揃って間抜けな声を洩らし、次いで信じられない思いで香織に一斉に視線を送る。
「そうだよ。見た目はこんなだけど、正真正銘、白崎香織だよ。それにしても、よくわかったね?フィアさん」
「アリアお嬢様から聞いたとある魔法のお話と、あの情けなく、無様な姿を見れば容易に気付きますよ、香織様。あの「え?」という表情はまさに香織様でしたし♪」
「ひどいよ!?」
相変わらずのフィアの毒舌に、香織は涙目でツッコミを入れるも、そんな香織に構うことなく、八重樫が涙を零しながら香織に思いっきり抱きついた。
「香織……香織ぃ……!よかった、本当によがったよぉ~!」
「心配させちゃってゴメンね、雫ちゃん。私はこうしてちゃんと生きているから」
天之河達が唖然呆然とする中、香織と八重樫は互いの存在を確かめるように抱きしめ合うのだった。
「神代の魔法で魂の固定……そんなことが本当に……」
「ええ。ですが、入れ物がなければ……」
「無機物にも定着できるのでしたら、次会う時はゴーレムかもしれませんね。新しい身体でパワーアップ!といった感じで」
「それでしたら、美少女戦闘ゴーレムとして現れるかもしれませんわね」
(あり得そうで否定できない!)
日本での出来事と、ハジメ達のアーティファクトの存在からその可能性を否定できず頭を抱える雫の図。
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