ソウジ達は事情説明の為に、普段天之河達が食事に使う大部屋へと場所を変えていた。この場にはクラスメイト全員と、愛子先生にリリアーナ、アリアとフィアもいる。
「ある程度はわかっているけど、一から説明してちょうだい」
照れ隠しのようにそっぽを向いた八重樫の説明の要求に、ソウジが答えていく。
「まぁ、端的に言うと……神代の魔法で香織の魂をギリギリ保護して、香織の要望から修復したノイントの肉体に香織の魂を定着させて蘇生したんだ」
「……色々とツッコミたいところだけど、まず一つ目。どうしてその体に香織の魂を定着させたの?元の香織の体はどうなったの?」
「香織の元の体は完璧に直して冷凍保存してハジメの“宝物庫”の中に収納してある。ノイントの体に定着させたのはさっき言った通り、香織の要望からだ。最初は強力なゴーレムに定着させてほしいと言ってきたんだからな」
ソウジのその説明に、八重樫は頭痛を堪えるように片手を額に添える。香織は昔から突拍子もないことを仕出かすのは知っていたが、今回のは今までの行動で一番群を抜いている。
それでも、八重樫はソウジ達にすべきことをするために、真剣な眼差しでソウジ達に向き、深々と頭を下げた。
「皆さん、私の親友を救ってくれて有り難うございました。助けられてばかりだけど……この恩は一生忘れないから」
「……礼なんか不要だ。オレもハジメ達も、オレ達の仲間を助けただけだからな」
「その割りには、私のことも気遣ってくれたし、光輝のためにも秘薬をくれたりもしたのに?」
「あの時も言ったが、お前が壊れて香織が病んだら、ハジメが憤怒の形相で襲いかかって面倒だからだ」
八重樫の嫌味に対して返したソウジのその言葉に、ハジメは「面倒で悪かったな」と睨んで伝えてくるが、ソウジはスルーして言葉を続けていく。
「それと……“寂しい生き方”はするべきじゃないと先生も言っていたしな」
「俺も何でもってわけじゃないが……そのくらいならやってやるさ」
「!南雲君……」
ソウジに続くように告げたハジメの言葉に、愛子先生は感無量といった感じで潤んだ瞳をハジメに向ける。多くの生徒達は愛子先生の言葉が二人に届いていたことに感心しているが、園部を始めとした極一部は「……あれ?」と小首を傾げてしまっている。
香織はまさか!といった様子でユエ達に視線を送り、ユエ達は視線を鋭くして頷き、八重樫は視線を逸らして天を仰いだことで、その極一部は気付いてしまった。つまるところ、教師と生徒の恋愛という、禁断のフラグに。
その微妙な雰囲気から脱するためにも、八重樫は他の疑問をソウジにぶつけることにする。
「二つ目の疑問について何だけど……どうして空山君達は神代の魔法を取得しているの?ひょっとして、あの日、先生とアリアさんが攫われたことと関係があるのかしら?」
「……それについては先生も交えて話した方がいいだろ?」
どうせ、聞くまで引かないだろうし、愛子先生も居ることから、愛子先生を中心として、この世界の真実と自分達の旅の目的を話していく。愛子先生が自分達が攫われた理由と、王都侵攻時の総本山での出来事も加えてだ。ついでに、アタランテと今の香織の顔がそっくりな理由も。
「なんだよ、それ。じゃあ、俺達は、その神様の掌の上で踊っていただけというのか?なら、どうしてもっと早く教えてくれなかったんだ!オルクスで再会した時に伝えることは出来ただろう!!お前達がもっと早く教えてくれていれば!!」
予想通り、話を聞き終えた天之河が声を張り上げてハジメとソウジを非難していく。正直面倒だが、ソウジは盛大な溜め息を吐いて天之河に視線を向ける。その視線は当然、面倒一色である。
「言っても、お前は絶対に信じなかっただろ」
「なんだと?」
「どうせ、ご自慢のご都合解釈でオレ達の話を信じるどころか戯れ言と非難し、最低な嘘つき共としか解釈しなかっただろ。その光景が容易に想像できるぞ」
「だ、だけど……何度も説明してくれれば……」
「アホか。自分に都合のいい考えしか出来ないお前が、オレ達の話を信じるわけないだろ。今信じているのだって、先生達の身に起きた事、その先生が話したからこそだろうが」
「そもそも、何で俺達がお前らの為に骨を折ること前提なんだ?まさかとは思うが……クラスメイトだから自分達に協力して当然だと考えているのか?あんまりふざけたことばっか言うなら……檜山の二の舞にすんぞ?」
ハジメとソウジの冷めきった視線に、クラスメイト達はサッと目を逸らすが、天之河だけは納得がいかないように未だに厳しい眼差しを二人に向けている。
「だが、これから神と戦うなら……」
「おいこら、勇者(笑)。勝手に俺達が神と戦うことを決めつけるな」
「向こうから仕掛ければ当然殺すが、こっちから仕掛けるつもりは一切ないぞ。大迷宮を早く攻略して、一日でも早く家族の元に帰りたいんだからな」
向こうから喧嘩を売ってくる可能性は濃厚だけどな。と内心でハジメとソウジが考えている事など露知らず、天之河は信じられないと言わんばかりに目を大きく見開く。
「なっ……まさか、この世界の人達がどうなってもいいというのか!?これからも神に弄ばれる人々を放っておくつもりなのか!?」
「オレはそんな事のために力を振るうつもりはないな……」
「ああ。顔も知らない誰かのために振るえる力は持ち合わせちゃいない」
「なんでなんだよっ!?力があるなら正しいことの為に使うべきだろ!!俺より強いお前達なら、何だってできるだろ!!」
実に正義感に溢れる天之河の言葉だが、そんな薄っぺらい“言葉”はハジメとソウジには届かない。
「“力があるなら”……か」
「そんなだから、お前は肝心なところで地べたを這いつくばることになるんだよ」
まるで路傍の石を見るような眼差しでハジメとソウジは天之河に向け、言葉を続けていく。
「力は所詮、力……それを振るうのはあくまで己の意志だ。これはゲームの台詞だが、力は己の続きに在るものに過ぎないそうだ」
「力があるから何かを為すんじゃない。何かを為したいから力を求め、使うんだ。“力がある”から、本人の意志に関係なく力を使うのだとしたら……それはきっとただの“呪い”だろう。少なくとも、俺とソウジはそう考えている」
「自身の行動に責任を持たず、背負う覚悟も、“選ぶ”覚悟も出来ていないお前は、その意志がトイレットペーパーの紙のように薄弱過ぎるんだよ。そもそも、こんな議論を続ける気はないんだよ。これ以上しつこくするなら、鬱陶しいから本気でぶっ飛ばすぞ」
ハジメとソウジの二人がかりの言葉の弾丸に、天之河は何も言い返せずに黙る。ハジメとソウジも話は終わりだと言わんばかりに視線を元に戻す。そんな二人に、リリアーナがおずおずと語りかける。
「……できれば、残ってもらえないでしょうか?せめて、王都の防衛体制が整うまで……」
「神の使徒と本格的に事を構えた以上、悠長にしている暇はないんだ。香織の蘇生に時間がかかったし、明日には出発する予定だ」
ソウジの言葉にリリアーナは肩を落とすも、王都の安全を確保するため、王女として食い下がっていく。
「そこを何とか……せめて、あの光の柱……南雲さんのアーティファクトを目に見える形で王都の守護に回せないでしょうか?お礼はできる限りのことをしますので」
「それも無理だ。“ヒュベリオン”は少し壊れたし、“ユミル”も予想より燃費が悪かった。試作品だったからもっと改良する必要がある……代わりに、大結界のアーティファクトを修復してやるからそれで諦めろ」
ハジメのその言葉に、再び肩を落としかけたリリアーナは表情を輝かせる。
「有り難うございます、南雲さん!」
「勘違いするなよ?姫さんの為じゃない。全部ぶった切ったら、香織が「何とかしてあげて!」と視線で訴え続けて面倒になるとソウジと話し合ったからだ」
「しつこくされるくらいなら、こっちから代案を出して諦めさせるのがマシだっただけだ」
ハジメとソウジのその言葉に、リリアーナや香織、愛子先生と八重樫は少々苦笑い気味となるも嬉しそうな笑顔で二人を見つめる。
随分甘くなってきていると思いつつも、アタランテ達も微笑んでいるからまぁ、いいかと思い直す。
「それで、空山君達はどこへ向かうの?神代魔法を求めて大迷宮を目指すなら……次は樹海なのかしら?」
「ああ。当初はフューレン経由だったが、もう南下するのは二度手間だからな。このまま直接行こうと思っている」
「では、帝国領を通られるのですか?」
「王都から東に向かうなら、そうなるな……」
リリアーナの質問にハジメが答えると、リリアーナは笑み浮かべて自身の考えを口に出していく。
「でしたら、私もついていきますね。今回の件で帝国と話すことが山ほどあります。使者と大使は既に帝国に向かわせていますが、会談は早い方がいいですからね。南雲さんのアーティファクトなら帝国まですぐですし」
「それでしたら、私も便乗してよろしいでしょうか?この情勢ですから、一度、本国に帰らなければいけませんしね。もちろん、送るだけで十分ですので」
リリアーナの提案とアリアの便乗に、ハジメとソウジはそのくらいならいいかと、肩を竦める。そんな二人に、フィアが目が点となる発言をかました。
「なら、せっかくですから、ソウジ様とハジメ様の旅に便乗させていただきますね」
「「……は?」」
「話を聞く限り、
しれっとついて来る気満々のフィアに、ハジメとソウジはジト目で断りにかかる。
「……いや、場所は教えてやるから一人で行けよ」
「ついて来るとか、迷惑なんだが……」
「あら?勘違いしてらっしゃるようですね?先ほど申した通り、武者修行とお礼を兼ねた同行ですよ。ですから、わざわざフォローに回らなくて結構ですよ?それに……」
フィアが右手を肩の高さくらいに掲げ、いつの間にか持っていた布をサッと被せて払うと、手にはトレーに載ったパンケーキが鎮座していた。そのパンケーキをアタランテ達の前のテーブルに優雅に置く。
アタランテ達女性陣が首を傾げながら、そのパンケーキをそれぞれ一口食べると……
「「「「「「ッ!?」」」」」」
驚愕を露に目を大きく見開いていた。ハジメとソウジも気になって一口食べてみると……このパンケーキ、めちゃくちゃ旨い。
「同行している間はレシピやコツ等をお教え致しますが……意中の殿方に、素敵な美味しい手料理を送るのは定石と思いませんか?」
「「「「「「!」」」」」」
にこやかなフィアの提案に、アタランテ達はグルン!と首を勢いよく回してハジメとソウジに向き直った。
「……ハジメ、連れていこう」
「ソウジ、彼女の同行を許そう」
「ハジメさん!フィアさんも連れていってください!」
「ご主人様よ、どうか一考してくれんかの?」
「ソウジ様。フィア様の提案は決して悪いものではありません」
「ハジメくん!お願いだからフィアさんの同行を許して!」
一瞬でアタランテ達を籠絡してみせたフィアに、ハジメとソウジは戦慄の表情でフィアに視線を送る。そのフィアは変わらずににこやかな笑みを返し続け、ついでにアリアは自慢するように頷いている。
「……窮地になっても助けないぞ」
「……自分の身は基本、自分で守れよ」
「ええ、勿論ですよ」
ハジメとソウジの念押しにもにこやかに返し、フィアの同行が正式に決定した。
そんな一同に、否、ハジメとソウジに向かって吠える者が現れる。
その人物は当然、“勇者(笑)”―――天之河光輝であった。
「……そう言われれば、確かに今の香織とアタランテさんの顔の作りは瓜二つね」
「ですが、雰囲気が全く違いますからあまり気づきませんでしたしね」
「仮に全部瓜二つでも、アタランテを身間違えることはないがな」
「それってむ―――むがッ!?」
アタランテが絶対零度の表情で、勇者(笑)の顔面を疑似限界突破で踏み潰す図。
「光輝くん……」
「光輝……今のは全面的にあんたが悪いわ」
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