魔王の剣   作:厄介な猫さん

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てな訳でどうぞ


首刈り兎さん、ご登場

雫は現在、全長二十メートルのマンタのような形をした、重力石と感応石を主材料に造り上げられた空を飛ぶ乗り物―――飛空艇“フェルニル”の後部甲板の上にいた。

 

 

「……もう、何でもありなのね」

 

 

雫は達観したような、あるいは疲れたような微妙な表情でフェルニルをお披露目された時のことを思い出す。

 

 

「旅の終盤で飛行系の移動手段を手に入れるのは常識だろ?」

 

「それはゲームの常識だろ」

 

 

ハジメがドヤ顔と共に放った自身満々な言葉に、ソウジがあっさりとツッコミを入れた。

フェルニルの内部はリビングのような広間、キッチン・バス・トイレ付きの居住区の他、“宝物庫”を参考にして実験で作った特殊な部屋まである。その特殊部屋は一部屋しかなく、そこは修練目的で作られたとびきり広い大部屋である。これはソウジの発案で建造されたものだ。

 

 

「飛行系の大型の乗り物に、そういった部屋があるのはゲームのお約束だろ?」

 

 

この時、現実とゲームを混ぜるな!と雫は内心でツッコンだのは言うまでもないだろう。

そんな雫に、甲板に上がってきていた光輝が話しかける。

 

 

「ここにいたのか……雫」

 

「光輝……みんなは今どうしてる?」

 

 

「近衛の人達は食事をしている。鈴はリリィと話している。龍太郎は……グロッキー状態で机に突っ伏しているよ」

 

 

ソウジ達に付いて来ているのは、リリアーナと護衛の近衛騎士数名、アリアとフィア、光輝達勇者パーティーだけだ。愛子先生は戦えない生徒達の為に残り、永山達前衛組と愛ちゃん親衛隊も王都の守護のために居残りを決意したのである。

 

 

「……生きてるかしら?」

 

「……死人のような顔だったけど生きてはいたよ」

 

 

修練部屋の存在を知った際、龍太郎がソウジに「頼む空山!俺を鍛えてくれ!」と頼み込んできたのだ。強くなるなら、強いやつに鍛えて貰えればいいという脳筋らしい考えに、ソウジは少し考えてから了承した。どんな特訓方法を施すのか、少々興味があった雫は一緒に修練部屋に赴いたのだが―――

 

 

「まず最初に言っておく―――今の貴様は“ピッー”以下の“ピッー”な存在だ」

 

「!?」

 

「だから、オレが直々に貴様をマシな“ピッー”にしてやる!よって、今から“ピッー”である貴様をコテンパンに叩きのめす!わかったか!?」

 

「―――」

 

「返事はどうしたぁ!?」

 

「!Sir、Yes、Sir!!」

 

 

ソウジの罵倒に何故か龍太郎は感銘を受けたように返事を返し、そのまま文字通り、コテンパンにボコられていった。

 

 

「うぅ……」

 

「誰が床に這いつくばっていいと言った!?さっさと起きろ!この“ピッー”がッ!!」

 

「ぐ、おぉ……」

 

「そんな軟弱な足腰と肉体でよく鍛えてくれとほざけたな!貴様の決意と覚悟も所詮、“ピッー”にも劣るものだったということか!!」

 

「!ち、違う……俺の、決意……は……覚悟は……」

 

「違うというのなら、口ではなく行動で証明しろ!口先だけの“ピッー”で“ピッー”の“ピッー”野郎ッ!!」

 

「う……うぉおおおおおおおおお―――ッ!!!」

 

 

そんな光景に、雫は頭痛を抑える仕草で修練部屋を後にし、甲板で風に当たっていたのである。

 

 

「……その空山は……今は南雲と同じようにブリッジでイチャついてるよ」

 

 

光輝のどこか棘のある物言いに、雫は何となく光輝の心情を察し、苦笑いしながら頬をカリカリと困ったように掻いた。

 

 

「随分と不満そうね?二人がモテているのがそんなに気にいらないの?」

 

「……そんなわけないだろ……南雲はこんな凄いもん作れて……空山も無茶苦茶強いくせに……なんであんな風に平然として……簡単に見捨てられるんだよ……」

 

 

ハジメとソウジの判断に未だに納得していない不機嫌な光輝に、雫は遠く眺めながら語り始める。

 

 

「……選んでいるのでしょうね」

 

「選ぶ?」

 

「二人は……見た目ほど余裕があるわけではないと思うわ。いつも“必死”で、大切な人達と生き抜こうとしてるんだと、私は感じているわ」

 

「…………」

 

「二人も言っていたでしょう?力は己の続きにあるもので、力を振るうのは己の意志と。何かを成したいから力を得て振るうんだと。今の“差”は二人が最初から持っていたものじゃない。“無能”、“足手まとい”、そんな風に言われながら、どん底から這い上がって得たものよ。……文字通り、決意と覚悟の果てに手に入れたもの。神を倒すためでも、世界を救うためでもなく、元の世界に帰る為に得たものよ。私達のように“出来るからしている”のとは訳が違う。だから、“出来るからやれ”と言われても頷かないわよ。それで本当に大事なものをうしなったら本末転倒もいいところだし……」

 

「……よくわからない……それに、この世界の人達の人生がかかっているのに……」

 

「困っている人がいたら放っておけないのは光輝のいいところだろうけど……それは光輝の価値観なのだから二人に押し付けちゃダメよ」

 

「……あいつらの肩を持つのか?雫」

 

「人はそれぞれってだけの話に、子供っぽいこと言ってるのよ。それに、忘れているわけじゃないでしょう?二人が何だかんだで私達を含め、多くの人達を救っていることを」

 

「……それは」

 

「自分のため……大切な人達のためにやっただけでしょうけど……もしかしたら、“物のついで”で神様もぶっ飛ばすかもね?」

 

「物のついでとか……哀れだろ……」

 

 

ソウジとハジメならあり得そうな未来に雫はクスクスと笑い、光輝は否定しきれず力のないツッコミを返す。

少しして、フェルニルが急に進路を逸らし始めたので、雫と光輝は急いで艦内へと戻るのであった。

 

 

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 

ブリッジには、八重樫と天之河以外(坂上は香織の治癒魔法で動けるまでに回復して)全員集まっていた。一同は“遠見石”と“遠透石”を生成魔法で水晶に付加して作り上げた、ディスプレイに画像を映せる望遠鏡で帝国兵達と数人の兎人族のリアル鬼ごっこを眺めている。

八重樫と天之河もブリッジに到着し、その映像を見た天之河はすぐに助けに行くべきだと騒ぎ立てるのだが―――

 

 

「ソウジさん……あの兎人族、帝国兵を誘導してませんか?」

 

「あの兎さん達、か弱い振りをしている獰猛な兎ではありませんか?」

 

 

アリアとフィアの言葉に、天之河達は「へっ?」という間抜けな表情となる。

 

 

「なぁ、シア、こいつらはやっぱり……」

 

「……間違いなくラナさんとミナさんです」

 

「やっぱりか。それに、動きも以前より洗練されているな。追いかけている連中はそのことに微塵も気づいていないようだが」

 

「ちょっと空山君。何を知って―――」

 

 

ハジメ、シア、ソウジのやり取りに、一早く現実に復帰した八重樫が嫌な予感に駆られて問い質そうとする。

その答えは、首を落とされ、あるいは頭部を矢で正確に射抜かれて絶命する帝国兵の死体の山という形で返された。

 

 

「「「「……え?」」」」

 

 

その光景に多くの者の目が点となる中、兎人族―――ハウリア族の蹂躙劇が幕を開ける。先程帝国兵の首を落としたハウリア族の女性は本当に同一人物なのかと疑うほど弱々しい振りをして、一緒に逃げている振りをしていた女性とともに肩を寄せて震えていく。

新たに斥候に出てきた帝国兵達は、その光景を前に無警戒で詰め寄った瞬間、先程の帝国兵と同じ末路を辿る。

その光景にリリアーナと近衛騎士達は、シアに驚愕の視線を向けると―――

 

 

「いや、あれはハジメさんとソウジさんが施した地獄というのも生温い、魔改造ともいうべき訓練の賜物ですよ」

 

 

その瞬間、全員の視線が一斉にハジメとソウジに向く。「また、お前達かっ!?」という視線をハジメとソウジはスッと目を逸らして誤魔化そうとする。

 

 

「空山君。まさかとは思うけど……龍太郎にやっていたあれじゃないわよね?」

 

 

八重樫のその質問に、ソウジは顔をサッと明後日の方向へと向ける。その瞬間、八重樫がソウジの胸ぐらを掴んで吠えた。

 

 

「ちょっと空山君!?本当に龍太郎にやっていたあれを彼等に施したの!?まさか、龍太郎もああなるんじゃないでしょうね!?」

 

「安心しろ八重樫。坂上は脳筋な上、感銘を受けていたから大丈夫だ。……たぶん」

 

「一瞬、説得力があると思ったけど、最後の言葉で台無しよ!!後、ちゃんとこちらを見なさい!!」

 

「俺もあれくらい強くなれるのか……」

 

「しっかりしろ龍太郎!早く正気に戻るんだ!」

 

 

すっかりカオスと化した空間に構わず、ディスプレイ映像に映るハウリア族の蹂躙劇は続いていく。縦横無尽、変幻自在の攻撃に、帝国兵達の首が余さず飛んでいく。

 

 

「ほ、本当に兎人族なのか……?」

 

「うさぎコワイ……」

 

 

一同から戦慄の呟きが洩れる中。

 

 

「以前より練度が上がっているな。サボってはいなかったようだな」

 

「だが……詰めが少し甘いな」

 

 

ハジメはそう言ってシュラーゲンを取り出し、開閉可能な風防の一部を開けて銃口を外に出して立射の姿勢を取り、馬車に潜んでいた帝国兵の頭蓋を寸分違わずに消滅させる。

ディスプレイ映像に映る兎人族達は空高く飛ぶフェルニルの存在に気付き、喜色の表情を浮かべていく。クロスボウを担いだ少年―――パルに至っては不敵な敬礼を浮かべながらビシッ!とワイルドな敬礼を決めたのを皮切りに、他のハウリア族も惚れ惚れするような敬礼を決めていく。

ハジメはまた暴走しているのではないかというシアの不安の払拭と、自身も気になっていたことから、フェルニルを谷間に向かって進ませていった。

 

 

「ハー○マン先生はやっぱり偉大だぜ……」

 

「だからしっかりしてくれ龍太郎!軽く洗脳されているぞ!?」

 

「空山君!龍太郎を早く元に戻しなさい!」

 

「これは親近感を持っているだけだろ」

 

 

向こうの騒動を軽く無視して……

 

 

 




「どうしてそんな台本を用意してもらったのよ?」

「人に教えるのは初めてだったからな。それでハジメに相談したら、『鬼の特訓台詞集(初期版)』を渡してきて参考にしたらいいと言っていた」

「元凶は南雲君ね……」

ソウジの告白に頭を抱える雫の図。

(一晩で覚えた翌日に、速攻で使うことになるとは思わなかったけどな)

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