逃げ出した八一君と迎えに来た銀子ちゃんの話   作:銀子ちゃん可愛い

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一緒に寝たい八一君に「ぶちころしゅじょわれぇ」

△▼△

 

 

どうしてこうなったとか、最近よく考える気がする。

いや、違う。

今までもそう考えることは多々あった。

でもそれは上手くいかない対局の事とかであって。

間違っても今のこんな状況を指して考えてはいなかった。

 

「どうしました、姉弟子?」

「……別に」

「そうですか?

 なら行きましょうか。

 対局は三時からでしたよね?

 お昼どこで食べます?」

 

そう言いつつ左手で私の手をとる。

その右手には日傘。

もちろん八一のじゃない。

私の日傘だ。

つまりその影には私も入る。

むしろ私が入る。

私が持つと背丈の関係で丁度八一の顔の辺りに傘が来る。

それは危ないってことで八一が持つことになった。

これって相合い傘って言うんだろうか?

そこまでして何で手を繋ぐ事にこだわるのか。

 

ーー手繋ぐの好きですね……

 

微かに聞こえた声を振り払う。

幻聴だ。

何でかわからないけど、最近八一は私に過保護だ。

そう、八一がサーファーになるとか言い出したのを黙らせて連れ帰ってから妙にベタベタ引っ付いてくる。

まぁ、直後に私が熱だして倒れたせいも有るのだろう。

昔はよく熱を出して寝込んでいた。

その時に看病してくれたのは桂香さんとこいつだ。

今回もお世話になった。

感謝してる。

けど。

もう治ってから一週間経つ。

いつもだったらとっくにそれぞれの生活に戻っている。

学校に行くにも手を繋ぎ、当然のように鞄も日傘も持ってくれて。

八一が日傘を持つから日陰に入るために密着するように歩いて。

棋院に行くにも手を繋ぎ。

……別に、それがイヤって言う訳じゃない。

昔みたいに八一と手を繋いで歩くのは私の願いだったし。

正直安心する。

すぐにどこかに行ってしまう八一を繋ぎ止められるみたいで。

いや、どこか行くっていうのはどんどん強くなる将棋を指してるんだけど。

物理的に繋ぎ止めても意味はないけど。

でもやっぱりこうして手を繋いでいると、八一の存在を近くかんじて安心する。

ただちょっと。

何て言うかこう。

こう、七寸盤を買うためにコツコツお金を貯めてたら懸賞で当たったような……

そんな釈然としないものを感じる。

 

「どうしました?

 何か悩んでるみたいですけど」

「どうしたって言うか……」

 

あんたがどうしたのよ?

とは聞けなかった。

一応、仮にも。

これは私が願ってたことで。

余計なこと言って手放してしまうのはちょっと惜しくて。

……だから気にしないことにした。

どうせ、そのうち元の関係に戻るのだろうから。

私は姉弟子で八一は弟弟子。

その関係に変わりはないんだから。

 

「何でもない。

 お昼は洋食にしましょう。

 ハンバーグがいいわ」

 

変わらなくていい。

だって、私の居場所はちゃんとここにあるんだから。

 

 

 

 

▲▽▲

 

 

 

 

勝った。

連勝記録更新。

良いことなんだけど。

何だろう、今日は異常に調子がよかったな。

何時もの勝てるかどうか判らないという不安もなく。

凄くあっさり勝ってしまった。

感想戦でもなにも問題点が見つからず、まさに勝つべくして勝ったような……

何時もの苦労は何だったんだと言いたくなるような。

よほど集中していたのか、しっかり読み込んだ筈なのに思ったほど時間がたっていなかったり。

体内時計には結構自信があるんだけど、十分くらい考え込んでたつもりが二、三分しかたっていなかったり。

 

「……まさかね」

 

ぐーぱーぐーぱー。

八一に繋がれていた手をにぎにぎする。

まさか八一と手を繋いでいたから調子がよかった、なんて事は。

流石にないと思うんだけど。

 

「いやでもなぁ……」

 

昔はよく手を繋いでいた。

それこそどこへ行くにも二人で一つといった感じで。

手を繋がなくなって何年もたってはいるけど、未だにそれがルーティーンとして残ってる、なんて。

むしろこれまで苦戦してきた原因は八一と手を繋がなくなっていたから、なんて。

 

「……まさかねー」

 

たまたま今回の相手が弱かっただけだろうか?

なんて、失礼極まる事も考えてしまう。

いや、流石に有段者一歩手前なのだから弱い訳もない、筈。

いやいやでも、一応プロの八一とある程度対等に指せるのだから私も四段になれるくらいには実力がある、のか?

でも最近は負け越してるし三段位かな?

まぁ、三段になれば三段リーグ何て言う登竜門があるし、実際のところ三段には実力はプロ以上なのも居るらしいのだけど。

八一が居間でぐったりしながら愚痴ってたのを聞いただけだから実態は判らないけど。

 

「……あの化け物共めー、とか言ってたっけ」

 

自販機でお茶を買いながらそんなことを呟いていると。

 

「何がですか?」

 

と、弟弟子が来た。

って言うか、八一は今日は対局なかった筈なのにずっと待ってたのか?

 

「……何でいるのよ?」

「待ってたからですが」

「ストーカー? 頓死すればいいのに」

「酷っ!? いや、この前倒れたから心配してるんですよ」

 

まぁ、そうだろうと思った。

もう一本お茶を買って八一に渡す。

結構長く待たせたはずだから、お礼もかねて。

 

「ありがとうございます。

 どうですか、調子は?」

「良かったわ。

 無事不敗記録更新ね」

「それは良かった。

 で、何が化け物なんです?

 今日の対局相手じゃなさそうですが」

「あぁ、三段リーグ」

 

お茶を口に含んだ八一が嫌そうに顔をしかめる。

そこまで嫌か……

 

「……何でそれが今出てくるんですか」

「んー……」

 

どう説明したものか。

 

「私ってさ、強いじゃない?

 まぁ、プロほどではないにしろ」

「まぁ、自分で言うか?

 とは思いますが確かにそうですね」

「で、どの位強いかって考えると、八一より下だけど絶望的な差でも無いわけで」

「あぁ、それで三段ですか。

 んー、しかしなぁ」

 

私の予想に不満があるのか八一は考え込むしぐさをする。

暫くうんうん唸って考えがまとまったのか顔をあげ。

 

「棋力はまぁ、そのくらいかと思いますけど。

 仮に今すぐ姉弟子が三段リーグに入ったとして、絶対に勝てないでしょうね」

 

と言った。

さも確信しているといった顔で。

うん、生意気。

 

「ごめんなさい、バカにしてる訳じゃないです。

 ただ多分、いくら姉弟子でも三段リーグには飲まれると思うんですよね。

 むしろ初めからあれに対応出来たら人じゃないです」

「……えー、そこまで言うほどなの?」

「言うほどですね。実際俺も初めのうちは飲まれて負けましたから。

 根性とか気合いとかじゃないです。

 あれは怨念とか呪いとかそっち系のソレですよ。

 とにかく心を折りに来ますからね、あの化け物共」

 

また凄い顔でらしくもない毒を吐く。

そんなに嫌か。

て、言うか私も怖くなってきたんだけど。

 

「まぁ、姉弟子が三段に上がるのはまだ先でしょうし、とりあえずは有段者目指しましょう」

「それもそうね。今年中には昇段したいところだわ」

「……史上五人目の中学生プロでも目指してるんですか?」

 

少しひきつった顔でそんなことを聞いてくる。

まぁ、出来るなら狙いたいところではある。

流石に無敗でプロ入りは不可能としても、この弟弟子に負けたくない気持ちはあるのだから。

そんなことを考えながら笑顔を返す。

八一の顔がさらに引きつった、失礼な。

そんなことを話していたら将棋会館の玄関まで来た。

傘立てに仕舞ってあった日傘を取る。

……八一が。

 

「さぁ帰りましょうか、お姫様」

「あんたね……」

 

微かに笑いながらそんな冗談を言ってくる。

ほんの少しドキッとした、気がする。

いや、気のせいか。

『浪花の白雪姫』なんて異名を勝手に付けられてから、この弟弟子は度々こう言ってからかって来るのだ。

軽くローキックを食らわせて差し出された手をとる。

 

「あ、そうだ」

「何ですかいきなり」

 

ちょっと不満そうな顔。

でもからかう方が悪いので黙殺する。

 

「そもそも何で自分の強さなんてのが気になったかって言うとね」

「まだ続くんですかそれ……」

「うっさい聞け。

 最近なんか限界を感じてたのよ」

「………………はぁ!?」

 

なに言ってんだこいつ?

と言わんばかりの顔。

 

「勝てなくなるって言うか、そろそろ連勝記録も終りそうって言う意味で」

「はぁ?

 まぁ、勝負は水物ですし。

 そもそも一級まで無敗で上がってきたことの方が驚きなのでいつ負けてもおかしくないとは思いますが」

「それはそうなんだけど、何か今日はあっさり勝っちゃってね」

 

本当あっさりと。

何度も言うけどあっさりと。

 

「……何が言いたいんです?

 自慢ですか?

 どうせ俺は初戦敗退のクズ竜ですよー」

「八一って時々卑屈になるわよね?

 じゃなくて、もしかしたらルーティーンなのかなって」

「はぁ……?」

 

駅に続く道を二人で歩く。

隣り合って手を繋ぎ。

昼間であれば日傘をさして密着して。

そんな風に八一の隣にいることが私にとって最高のポテンシャルを発揮できる状況なのでは、と。

まぁ、考えてもそのまま言うのも恥ずかしいので。

 

「手を繋ぐ事が。

 ほら、昔はよく手を繋いでたし?」

「あぁ、なるほど。

 たしかにあり得ますね。

 ……俺もそうかもしれないなぁ」

 

たしかに。

私がそうだとしたら八一だって同じルーティーンを持ってる可能性が高い。

まぁ、八一が嫌々手を繋いでいたのなら違うだろうけど、この反応ならそれもないだろう。

 

「じゃあ、これからもずっと対局前は手を繋いで行きましょうか」

「…………え?」

「とりあえず検証に、次の俺の対局の時、付き合ってくださいよ」

「……本気?」

「姉弟子が言い出したんじゃないですか。

 それで勝てるならずっと手を握っていても良いくらいです」

「……八一のえっち」

「あ……いやいやトイレやお風呂は当然別ですよ!?」

 

慌てたように言い繕う。

まぁ、他意がないのは判ってる。

こいつの頭の中にあるのは将棋だけだ。

でももう少し意地悪してみようかな。

 

「へぇ、つまり寝るときは手を繋いだままと。

 私と一緒に寝てナニをするつもりなのかしら」

「……そうですね、手を繋いだまま目隠し将棋でしょうか。

 って、痛っ!?

 なんで蹴るんですか!?」

「色っぽさの欠片もないと言いたいのかわれ。

 頓死しろクズ」

 

やっぱり八一の頭にあるのは将棋だけだ。

脳筋ならぬ将棋脳だ。

……うん、ブーメランであることは認める。

 

「じゃあ姉弟子はどうしたいんですか?」

「…………え、何が?」

「だから、一緒に寝て何がしたいんですか?」

 

……

…………

………………は?

え、待っていやいや、はぁ?

 

「待っておかしい前提間違っとるよ何故に一緒に寝る事に?」

「色っぽさのある回答をお願いしますね」

「ぶ、ぶちころしゅじょ、われぇ」

 

あ、駄目だ恥ずかしくて呂律回ってない。

て言うか、はぁ?

え、本気で一緒に寝る気なの?

 

「イヤ冗談ですよ?

 第一師匠も桂香さんもいるのに一緒に寝れる訳無いでしょ」

「…………夜這いしたら殺す」

 

となりを歩く八一から一歩離れる。

すぐさま一歩の距離を詰められる。

まぁ本気で言っているとは思ってないけど。

仮に一緒に寝るとしてもやることは八一の言う通り目隠し将棋だろう。

寝るまで指し続けるのが目に見える。

実際まだ一緒の部屋で寝ていた時はそうだったし。

電気を消して暗い部屋で目をつぶって。

脳内将棋盤を見ながら対局して。

気づいたら眠っている。

そんな感じだった。

きっとそれは、今一緒に寝ても変わらないだろう。

 

「……まぁ、その辺はゆっくり行きましょう」

 

ぼそっ、と八一が呟いた。

 

 

 

 

△▼△

 

 

 

 

「……ありません」

「ありがとうございました」

「あーもう、負けたぁ!」

 

家に帰りついて。

夕飯食べてお風呂にはいった後は一家団欒の時間だ。

ソファーに座ってテレビ見る?

まさか、盤を挟んで対局だ。

今日は調子がいいから勝てるかと思ったのに無理だった。

 

「いやいや、銀子も大分強うなっとるわ。

 こりゃあ負けるんも近いかも知らん」

「ぐぬぬ、相変わらずの上から目線がムカつく……」

「ま、見おろされとうなかったら早うわしに勝てるようになるんやな」

 

じゃらじゃらと駒をかき混ぜ初期配置に戻す。

感想戦の時間だ。

と、そこで。

 

「師匠、風呂空きましたよ」

 

八一がお風呂から出てきた。

 

「おぉ? 出たか。

 じゃあ入ってくるか。

 感想戦は八一とやっとき。

 銀子、今日は調子がよかったでな、見所も多いで」

「お、そうですか?

 では失礼して」

 

師匠と入れ替わりに八一が対面に座る。

じゃあ初めから並べようか。

 

「って、姉弟子髪の毛濡れたままじゃないですか」

「めんどくさい。

 そのうち乾くわよ」

「駄目ですよ。

 只でさえ体弱いんだから、また風邪引きますよ?」

 

そう言って居間を出ていき、戻って来たときにはドライヤーを持っていた。

 

「あ、並べてください、後ろで見てるんで」

「わかった」

 

ぶおおぉ、とドライヤーがヒートブレスを吐き出す。

温かいを通り越してちょっと熱い温風が髪を撫でる。

パチンパチンと駒を動かし、先程の対局を再現する。

 

「あ、今のとこ」

「ん、ここ?」

 

髪を乾かしながらもちゃんと見ているらしく。

八一が気になったところで口を出す。

そんなことを繰り返してだいたい髪が乾いた所でドライヤーを止めた。

 

「はい終わり」

「ありがと」

 

髪を乾かし終わった八一が今度こそ対面に座る。

そこで初めて八一を目に入れた。

 

「八一、あなたも髪濡れてるじゃない」

「あー、まぁすぐに乾きますよ」

 

百八十度意見を翻した八一をよそに、私はドライヤーをもって立ち上がる。

 

「ちょ、どうしたんですか姉弟子?」

「いいから座ってなさい」

 

ぶおおぉ、と再び唸りをあげるドライヤー。

八一の後ろにまわって髪を乾かす。

がしがしと指で髪をかき混ぜながら温風を当てる。

 

「どう?」

「なんか、あー……」

 

何かを言おうとして口ごもる八一。

なんだ、どうした?

別に変なことはしてない筈だけど。

 

「いや、なんか頭撫でられてるみたいで変な気分です」

「……いいこいいこ」

「ちょ、ま」

 

やめてやめて言う八一を気にせず髪を乾かす。

短い八一の髪はすぐに乾いた。

 

「あーもう」

 

八一は少し赤くなっている。

ドライヤーが熱かったのだろうか。

顔だけでなく首の方まで赤くなっていた。

 

「どう、気持ちよかった?」

「…………勘弁してくださいよ。

 それより感想戦の続きやりましょう」

 

そう言って盤に視線を移す。

私も対面に座って盤を見る。

 

「本当、今日は調子が良いみたいですね」

「そうね。アレ……の、おかげかしらね?」

「まさか本当にここまで効果があるんですかね」

 

手を繋ぐ、それだけの事が私を一回りも強くしたんだろうか?

でも最近の私は少し焦っていた気がする。

八一のプロ入りと言うのは明確な差となって現れた。

置いていかれたと言う気持ちでいっぱいになっていた。

それが焦りとなりを、焦りが私の将棋を、読みを妨げていたのなら。

手を繋ぐと感じる安心感が焦燥を和らげ実力を伸ばしてくれたのかもしれない。

誰でも知っていることだ。

焦っても上手く行くことは無いって。

八一が先に行っちゃうのは仕方がない。

なんて、諦められるほどこの想いは軽くはないけど。

同時に焦っても仕方がない。

焦って躓く位なら、自分のペースで歩いた方がいい。

置いていかれるのも挫けるのも、もう何度も経験した。

 

ーー百折不撓

 

何度折れて曲がっても、その度に打ち直してまた進もう。

私には才能も実力も足りて居ないかもしれないけど、八一を目指して進む。

その意思だけをずっと持ち続けよう。

……諦めなければきっと、夢は叶うものなのだから。

 

「八一、ありがと。

 私はまた、強くなれる気がする。

 きっと追い付くから、もう少し待ってて」

「……おっかないこと言いますね。

 でも嫌です」

「え……ひどい」

 

えがおでことわられた……

 

「待ったりなんてしません。

 俺ももっと上を目指します。

 だから」

「そうだった。

 足踏みしてる八一なんてらしくないもんね。

 いいよ、どこまでも昇っていけばいい。

 でも、例え別の星まで行っちゃっても、必ず捕まえてみせるから」

 

覚悟、しててよね?

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