響奏exchange   作:非人間

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第1話

 昨夜のテレビ番組の内容、教師への悪態に宿題の量、直近の学校行事、有名タレントに芸能人。朝の通学路を彩る話題は尽きることがない。一晩ぶりの友人との再会に顔を綻ばせるか、或いは始業への憂鬱に顔を曇らせるか、どちらにせよ和気藹々とした雰囲気がにじみ出ている通学路。

 その一角に、数人の女子生徒が群がる一本の木があった。

 

「どうした、なんかあったのか?」

 

 そんな少女たちの背後からかけられたぶっきらぼうな台詞。何だ何だと振り返る少女たちの目の中に、天羽奏の姿が飛び込んできた。天羽奏は、ちょっとばかり素行がよろしくないことで知られている、そんな少女だった。若干ビビる少女たち。

 

「木の上になんかあるのか?」

 

 そう言って枝を見上げる彼女の顔に悪意は見当たらず、普段の通学では見られない光景に首を突っ込んでみただけのように見受けられる。決して己らの行いが不良少女の怒りを買い、おら、道を開けやがれ、などの文句を言われたのではないと察っした少女たちは、あわよくば手伝ってもらえたりしないだろうか、何て期待を込めて状況を説明し始める。

 

「猫が木の上に登っちゃったみたいで……」

「降りられなくなっちまったのか?」

「そうみたい」

 

 見上げてみれば、その木の下から2、3番め程の、細く頼りない枝の上で、猫が震えているのが見える。風に煽られただけで猫の重みに負けそうな程に情けない枝は、猫の震えに共鳴して、これまた頼りなく揺れていた。

 

「しょうがねぇ奴だなぁ」

 

 大仰なため息を一つ漏らした奏は、そのまま数歩後ろに下がる。やはりこの様な些事にとらわれる様な人間ではないか、と落胆する少女たち。が、

 

「ちょっとこれ持っててくれるか?」

「いいけど、どうするの?」

「まぁまぁ良いから、任せとけって。あとちょっと危ないから下がっててくれ」

 

 突然放り投げられた鞄を慌てて抱え込む。どうするのかと尋ねれがば笑って少し下がってろと言われる。2、3回軽く跳ねて足の調子を確認している奏と木上で震えている猫を見比べる。というよりも、猫が目を潤ませながら助けを求める様に鳴きかけてくる。

 何となく、先の展開が猫にとって幸せな結末にはならないのだろうな、という予感はあるがもう遅い。降りれもしない木に登ってしまった数分前の自分を恨め、なんて無責任な思いが込もった微笑みのまま、もう一歩後ろに下がる少女。

 切なげな鳴き声が届くと同時に、奏が鋭くステップイン、

 

「お、ら、ヨォッッと!!」

 

 所謂回し蹴り。

 時計回りに半回転、木に背を向けたあたりで軸足を右から左足に切り替え、適当な掛け声を伴って放たれた右足裏は、木の幹のど真ん中に叩き込まれ、鈍い音を響かせる。その衝撃に驚いたのか、手足をバタつかせながら落ちてくる猫。着地姿勢を取ろうと身を翻したその首筋を、さらに体を捻って体制を整えた奏が引っ掴む。

 

「ほらよ、こんなバカ猫、蹴り落とすぐらいで十分だろ」

「あ、ありがとうございます……」

 

 ぐいっと猫を押し付けられながら乾いた笑いを浮かべる少女たち。なんというか、雑だった。女子高校生にしては男前過ぎる掛け声の蹴りに、それの衝撃で落ちてきたのであろう細かい枝葉を髪に引っ掛け笑っている。うら若き乙女にはあるまじき姿だった。

 

「じゃあな、そいつどうするのかしらねぇけど遅刻すんなよ」

「はい、本当にありがとうございました」

 

 これまた男前に、手を振り去っていく奏に礼を重ねる少女たち。その後ろ姿に忍び寄る少女の影。突然抱き着かれ、うひゃっ、なんて声を上げる奏を遠目に見ながら三人で、あの人可愛いいなぁと認識を改める。

 

「助けてくれたんだよね、一応」

「まぁ、かなり乱暴な手段でしたが」

「でもアニメみたいでかっこよくなかった?」

「そうかなぁ」

「突然木を登り始めるよりはマシではないでしょうか」

 

 奏が十分に離れたことを確認してから、猫を抱き抱えながら話し込む三人。そんな彼女たちの手から逃れて飛び降りた猫が、ニャーンと一鳴き。木に立てかけられた少女たちの鞄に飛びかかる。少女たちが慌てて止める頃には既に、弁当箱が引きずりだされていた。

 

「あれ、もしかしてお腹空いてるっぽい?」

 

 も一つニャーンと可愛らしく喉を鳴らす猫。餌付けに気を取られる少女たちの頭に予鈴が鳴り響くまで後少し。

 

 * * *

 

「急にくっつくのやめろっていつもいってるだろ」

「今日のは私を置いていったことへの罰です。ルームメイトなんだから、教科書探す手伝いぐらいしてくれてもいいんじゃない?」

「んなもん前日に準備してなかったお前の責任だろ。付き合ってられるか」

 

 朝のHR前の教室、多少のトラブルに見舞われながらも多少の余裕を持って自席に到着した奏は、ルームメイトで、ついでに席が隣な小日向未来と、楽しい楽しいお喋りタイムへと洒落込んでいた。

 

「それにしても珍しいな、未来が忘れ物するなんて。……いや、忘れ物ってほどでもないか」

 

 小日向未来は真面目な人間だ。少なくとも奏の知る限りで未来が忘れ物をした事など、片手で数え切れる程度の回数しかない。特別気になったというわけではないが、適当な雑談に使うにはちょうどいい話題だろうと話をふる奏。

 

「ちょっと調べ物してたら夜更かししちゃって」

「調べ物?なんか課題でも出てたっけ」

「ううんそうじゃなくて、覚えてない?奏、今日翼さんの新曲発売日だよ」

「ああ、そういう」

 

 未来のいう翼さん、というのは風鳴翼のことで、風鳴翼という人物を大雑把に説明すると、だいたい人気歌手というところで落ち着く。余談だが、彼女は奏とミクの通っているこの学校、私立リディアン音楽院の先輩だったりもする。

 

「奏は翼さんの歌大好きだもんね」

「いや、別にそんな事ないけど」

「でも奏、いつも翼さんの歌ばかり聴いているじゃない」

 

 未来の言う通り、奏が愛用している音楽プレーヤーのプレイリストは、風鳴翼の名前で埋められていた。確かに奏には、風鳴翼を特別に応援してしまいたくなるような事情があった。が、

 

「どうして特別好きでもない人の歌ばかり聴いているの?」

「何だよ、自分の先輩のこと特別扱いしちゃいけないか?」

 

 どうやら人に話したい様な内容ではないらしく、適当な理由をつけてはぐらかした。奏の言い訳に違和感でも感じたのか未来は、むぅーっと頬を膨らませ不満げな顔を作る。

 

「奏が翼さんの歌聴き始めたの入学前じゃ「はいはい、この話終わり。もうHR始まるぞ」むむぅー」

 

 嘘があっさりバレ何とも言えなくなった奏は無理矢理話を叩き斬る。不満で頬をさらに大きくしている未来を完全にシカト、今日の一限は何だったかな、何て白々しい事呟きながら引き出しの中をかき回し始めた。まだまだ聴きたいことはあったが、奏の言った通り本鈴が響き、また教師も教室に入ってきてしまったので、渋々事情聴取は諦めることにした。

 何だかなぁ、なんて思いながら点呼の声を聞いていたら、友人の何人かがまだ登校してきていないことに気づく。体調不良か、いや三人揃ってとは考えにくい、もしや登校中に何かトラブルでもあったのだろうか。なんて心配していると、教室の外から慌ただしげな足音が聞こえてきた。

 

「先生ッ、教室で猫を飼いませんか!!」

「きっと癒し効果やら何やらで成績も上がるはずです!!」

「私、教室で動物飼ってるアニメに憧れてたんです!!」

「元いた場所に返してきなさい」

 

 ……何をやっているのだろうか、あの級友たちは。

 絶対に通らないであろう要求を「アニメッ」熱意と勢いだけで「アニメッ」無理矢理通そうとする「アニメッ」級友たち。そんな級友たちの「アニメッ」発言すべてに冷静に「アニメッ」「元いた場所に返してきなさい」と返す強情な教師。そんな戦いが十数秒程続き、教師の額に青筋が浮かんできた辺りで級友たちは顔を見合わせ合う。おそらく本命の一撃なのだろう、深く頷きあった級友たちは泰然と構えている教師に向かって一斉に口を開く。

 

「「だってこの子、天羽さんに助けられたんですよ!?」」

「この子今、すっごいお腹すかせてるんですよ!?」

「「「えっ」」」

「はぁ……、せめて意見は一つにまとめてから来なさい」

 

 教壇上の惨状に意識を奪われ、ブッフォゥ!!なんて勢いのいい吹き出しの後にゲホゲホと咽だした隣のオレンジニワトリさんに触れる人は一人もいなかった。

 因みに、教師に引ったくられ窓の外にリリースされた猫は、むしろ目を輝かせ意気揚々に走って行ったそうな。

 

(あ、突っ伏してる奏も可愛い)

 

 * * *

 

 擦った揉んだありつつ時刻は放課後になっていた。リディアンは音楽学校だが、当然音楽以外の授業も存在するし、それに則ったテストも存在する。ともなれば成績が足りない人の為、又はもっと勉強して成績を上げたい人たちのために補習講座があってもおかしくはないだろう。

 CD購入の為に全力ダッシュを決めなければならない未来を補習あるからと巻いた奏は、講座終了後即街に繰り出し、行きつけのCDショップまで足を運んでいた。

 

「いらっしゃいませ」

 

 自動ドアの開閉に連動して挨拶を送るだけの機械、店長。この人がレジから動いたところを見た人はいないらしい。服装は常にエプロンの下にワイシャツで、眼鏡をかけている日といない日の2パターンがある。奏は、店長が眼鏡をかけている日は良曲との出会いがある、なんてジンクスを勝手に作っていた。本日は眼鏡ブーストありのラッキーデイの様だ。

 

「とはいえ、流石にもう残ってないか」

 

 店長眼鏡補正の力を持ってしても風鳴翼の新曲を残しておくことはできなかったようだ。新曲コーナーには風鳴翼のポスターと完売御礼の文字が揃って飾ってあった。補講で学業などにうつつを抜かす若者に、音楽の神様が微笑むことなどないのだ。

 とはいえ想定内だったため、特に気にした風でもなく奏は新曲コーナーを後にする。そのまま視聴コーナーに足を運んだ奏。このコーナーでは店長が毎日気分で変更する楽曲を無料で聴くことができるのだ。奏は、いくつか壁に引っ掛けてあるヘッドホンの内のひとつを適当に選び、頭に引っ掛ける。

 

(やっぱ今回も聴いたことない奴か)

 

 奏が今までここで視聴した曲で、事前に名前を知っていた曲は一つもない。勝負しているわけでもないのだが、なぜかいつも悔しくなる奏。

 

(まぁべつに良いか、そんなこと)

 

 雑念をかき消し歌に集中しようとする奏。既に数曲聞き終わり、次に入ろうとしている曲に意識を向けなおす。雑念に気を取られ曲を適当に聞き流してしまった。これはいけない、自分にそう言い聞かせながら奏は、ヘッドホンを投げ捨て、後ろに向かって全力で跳んだ。

 瞬間、何かが天井を貫いて落下してきた。

 それは鳥のようなフォルムをしていた。

 それは確かにそこに存在しているのに、まるでそこにいないかのような存在感の薄さだった。

 それは巷でノイズと呼ばれている存在で、人類の天敵(・・・・・)だった。

 

 




 話にはあまり関係ありませんが、奏さんの補習はもっと成績を上げたい人グループのものです。
 今作品の奏さんは基本的に響より少し頼りになる人間をイメージして書いているので、学業面でも隙は見せません。
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