響奏exchange 作:非人間
「ガングニールだとォ!!」
ここは特異災害対策機動部二課本部、世間には公開されていない国営組織が隠されている、所謂秘密基地のような場所だった。
そんな場所で一人の男が声を張り上げていた。ド派手な赤のワイシャツで素晴らしく盛り上がった筋肉を覆い隠し、特徴的な赤髪を鬣のように逆立てている。名前を風鳴弦十郎というその男は何かに慌てたように声を張り上げていた。
「どういう事だ、何故あのギアこんなところに、いやそんな事より、何故
「分かりません!!ですが照合されたアウフヴァッヘン波形は間違いなくガングニールの物です!!というより司令、まさか知り合いですか!?」
「安心しろ、当然情報を漏洩したということもなければ彼女に聖遺物を与えた訳でもない。ただ昔に少しだけ鍛えてやったことがあるだけだ」
忙しなく走り回っている職員達の中で、弦十郎の問いかけに答えられたのは藤尭朔也だけだった。大仰な反応をとった朔也だが、聖遺物関連の技術を専門に扱っている組織の頭が件の少女と知り合いだというのだ、それは疑いたくもなる。
秘密基地特有のどでかいモニター上には、意味不明ながら寸分違わぬ二つの紋様が浮かんでいる。その上に浮かぶ二つのGUNGNIRの文字、隣のモニターに映し出された奏の姿は、ちょうど巨大ノイズに吹き飛ばされているところだった。
「……ッ!?そんな事を気にしている場合では無いな。至急、翼を現場に急行させろ!!回収班も向かわせるんだ!!」
指揮採りを再開する弦十郎。奏が身に纏っているガングニールの出所は職員の誰もが気になっているが、組織の頭がその程度の事で揺らぐ訳にはいかない。周りの職員達は皆優秀だが、頭である弦十郎が止まってしまえば、いかなる手腕も発揮しようがない。まだ全てのノイズが討伐された訳でもなければ、全市民の避難が完了した訳でもない。彼らの仕事はまだ終わっていないのだ。
「既に翼さんには現場に向かってもらっています。当然市民の目に付かないルートも算出済みです」
とはいえ、新しいガングニールの件はそう簡単に見逃せる程軽いものではない。もし奏に
「弦十郎君、ちょっと良いかしら?」
そんな弦十郎の元へ、新たに一つ声がかかる。声の持ち主の方へ視線を向けてみれば、そこには櫻井了子がいた。長い髪を頭の頂点で渦巻かせるように纏め上げ、端整な顔立ちに野暮ったい眼鏡が妙に似合っている白衣姿の女性が。
「どうした、了子君」
「ちょっと話があるんだけど」
何か不安な事でもあるのか表情を少し歪ませながら、時間は取れるかと尋ねる了子。了子の意をくんだのか、より一層に表情を引き締めつつ職員達に自体の進捗を確認する弦十郎。
「後は任せられるか?」
「件の少女達以外の全市民の避難は完了し、小型のノイズ達は自壊時間に入りました。後はこちらで対応可能です」
「分かった。後は任せるぞ」
帰ってきたのは思いの外軽い返答。職員達に了解を取り陣頭指揮を外れた弦十郎は、了子と共に後ろに下がる。
「それで?話っていうのは」
「彼女のギアについての話よ」
「あのギアがどうかしたのか?」
「流石に気づいているんでしょ?アームドギアだけでのシンフォギア の展開が異質なものだってことぐらい」
「ああ、素人だてらにあんな形に展開するシンフォギア を俺は見たことがない」
どうやら話というのは何故奏がギアを持っていたのか、ではなく奏の纏っているギアそのものについてのものらしい。無論こんな忙しいタイミングでどうでも良い話題を持ってくる了子ではない。弦十郎は話に意識を傾ける。
「まず簡潔に、彼女、あのままだと危険かもしれないわ」
「どういう事だ」
「彼女が意識してアームドギアだけを呼び出しているのなら、そこまで問題はないはずなんだけど……」
「どういう事だ?」
本気で理解が及ばないといった顔をしている弦十郎、というか意味がわからない。人は生身でノイズに触れれば死ぬ。これは不変の事実だ。にもかかわらず了子は生身でノイズの前に出て行く事を是としている。
「これを見てもらえる?」
そう言いながら了子が取り出したタブレットには、異なる二つのアウフヴァッヘン波形が並んでいた。その二つは等しく一定の周期で鼓動しているが、片方は常に一定の大きさで力強く安定していて、もう片方は鼓動一つ一つで大きさを変え不安定に鼓動していた。
「これは、翼の物と奏君の物を比べているのか?」
「正解。よく見なくても安定感が全然違うでしょ?それに奏ちゃん?の方はかなり弱々しい」
「違いは分かった。これがどう奏君が危険だということにつながるんだ?」
不安定で弱々しい、二つ揃えばなんとなくよろしくない事は想像できるが、専門的な知識を持ち合わせていない弦十郎には、それが具体的にどう危険に繋がるのかが分からない。
「シンフォギアを運用するときに最も重要なのは適合係数。これが高ければ高いほどシンフォギア にかけられた能力制限を解除出来るわ」
「それぐらいのことなら俺にも分かっている」
「まあそうよね。じゃあ続けるわよ、今重要なのはシンフォギアとの適合が安定していればいるほど、ギアからのバックファイアが抑えられることなの」
了子に言われた事を裏返してみるとつまり、シンフォギア との適合が安定していなければいない程ギア受けるバックファイアは大きなものになるという事。先程見せらせた不安定な波形の鼓動、了子の吐いた危険という言葉。ここまでで揃えば了子が何を言いたいのかなど馬鹿でも分かる。
「未調整のギアを適合係数の低い奏君が使用していることが危険だと言いたいのか?」
「それだけならばまだしも、アームドギアの形成なんて相当フォニックゲインの扱いに慣れていなければままならないもの、効率の悪いやり方ならギアそのものの形成よりもフォニックゲインを必要とする筈」
深刻な表情のままいくつもいくつも危険たりうる条件を挙げていく了子。その口はまだ止まらない。
「それにあれだけ膨大な量のフォニックゲインを消費するような技、翼ちゃんだってコントロールに気を使うはず」
「そんなものを全くの素人が……」
「正直言って、身体が原型をとどめているのが信じられないくらいよ。それにあれだけの巨体の攻撃が人一人庇っている所に直撃しているのよ。そっちの危険性は、弦十郎君の方がよく分かってるんじゃないの?」
「ああ確かに、だがそんな風な素振りは見えない、本当にそれだけの苦痛が「貴方が鍛えたんでしょあの子」……ッ!?」
「どれだけ本気で鍛錬したのかは知らないけど、少なくともあそこまで戦えるようになる程度には鍛えてあげたんでしょ?きっと痛みにだって強くなっている筈」
弦十郎は思い出す、初めて奏に会った日のことを。頭から血を流し、全身がボロボロで、そんな事を一切気にかけずに二十人近い男子生徒をボコボコに殴り倒していた姿を。
(もう二度とあんな事をさせないよう、力の使い方を教えるためのものだったあの鍛錬が、逆に奏君を苦しめているのか……ッ!?)
無論一概に弦十郎が悪いということでもない。そもそも弦十郎が鍛え上げていなければ奏はとっくの昔に死んでいたのだから。だが、風鳴弦十郎は責任感の強い大人だった。不用意に接触した過去が、どんな形であれ今とある少女を苦しめているとなれば、己を責めずにはいられないような大人だった。
「それにしても、驚く程に正反対よね、響ちゃんとは」
「そうだな、高い適合係数と豊富なフォニックゲインとの親和性を持ちながら、それでもなおアームドギアを握らなかった響君に」
「低い適合係数ながらも鎧を捨て去ることで槍だけは握りしめた奏ちゃん」
「槍だけは、か……」
「あの極限状況で身を守るのではなくノイズを倒す事を望む、よほどのことが過去にあったんでしょうね」
ガングニールの前奏者であった立花響と今それを纏っている天羽奏、その二人のあり方は対極でありながらも、その背の後ろには常に守るべき人がいたという共通点を、見逃すような大人二人ではなかった。
* * *
「じゃーなぁ、次はちゃんと逃げろよぉ」
「うん!!お姉ちゃんありがと、また今度ね!!」
「本当に、本当にありがとうございました……ッ」
幼女と、幼女を迎えに来た母親に手を振り、また謝罪と共に手を振り返されている奏。幼女の母親が、周辺を閉鎖している黒服達と何やらやり取りをしている横で、幼女の相手をしながら傷の手当てを受けていた奏は、全身絆創膏だらけになりつつも、一通りの処置を終えていた。
そして別れ。短い時間、少しだけ生死を共にしただけの関係では、精々別れ際に千切れそうなほどに腕をブンブン振り回す幼女に出会えるぐらいの間柄に落ち着くのだろう。黒服達に護送車に乗せられてもいいこちらが見えなくなるまで手を振り続ける幼女に合わせて手を振り続ける奏。車が角を曲がり、完全にこちらが見えなくなった瞬間に、背中を転がし寝転がる。
「疲れたぁー!!」
「お疲れ様、とだけは言っておこう。これだけの被害を出す敵にそれだけの傷を負わされながらも、守るべきものには傷一つ無かった。誇るといい、この防人が認める程の天晴れな闘いぶりだった」
「何言ってんだよ。目の前で自分より弱ぇー奴が困ってたら助けてやるのが当たり前だろ。ってかお前何かに認められてもこれっぽっちも嬉しかねぇーよ」
自分だって助けてもらった側の人間の分際で偉そうな事を宣う奏は、なんだかかなりフレンドリーになって来た風鳴翼もここまで言われれば流石にここまで言えば切れるだろうと、誰も望みやしないのに喧嘩を売っていく。そんな奏に対して、切れるどころか含むような笑いを浮かべて、何処からか奏のスマホを取り出す翼。
「そう照れるな、いくらプレイリストをいっぱいに埋めてしまうような憧れのすたーに会ったからと言って、天邪気な態度をとる必要などないのだぞ?んん?」
「へ?……あっ、えっ、ちょまっ、て、おま、お前巫山戯んなよ!?人のスマホ勝手にのぞいてんじゃねぇよ!?ってかこれあれだからな、違うからな、憧れとかそういうのじゃないからな!?」
「はっはっはっ、照れるな照れるな、どれサインの一つでも書いてやろうか。何処に書いて欲しい?何、そんなものより握手して欲しい?わがままな奴め、良いだろう右手を出すと良い、二度と洗えぬ手にしてやる」
プレイリスト画面を奏に見せつけたまま滔々とおちょくるような言葉をかけ続ける翼。スマホを取り返そうと躍起になって両手を振り回す奏を鮮やかにかわし続け、剰え握手まで挟んで見せた翼。そんな光景がしばらく続いたが、見ていられなくなったのか二人の仲裁に入る黒服が一人、風鳴翼のマネージャーと、忍者の兼業をこなし続けている男、緒川慎二である。
「翼さん、そろそろ護送の時間です、遊ぶのもほどほどにして下さいね」
「緒川さん、申し訳ありません」
「天羽奏さんでしたよね、申し訳ありませんがこちらの手錠を付けて頂く事になります、宜しいですか?」
「そもそもこっちに拒否権ないんだろ、良いよそのくらい」
やけにゴテゴテした手錠を必要以上に丁寧に奏の腕にかける慎二。憮然とした表情でそれを受け入れていた奏が突如上を向く。突然の行動に訝しげな表情を作る慎二と翼。
「どうかしましたか?」
「いや、ちょっともうやばいかなって」
瞬間に、目、鼻及び全身の傷から夥しい量の血が溢れてくる。呆気にとられる翼と慎二の前で奏は、うずくまりながら咳き込み血を吐き続ける。
「……ッ!?本部に急いで移送します、急いで!!」
「どうした天羽、しっかりしろ!?」
突然の事態に、騒然とする一同。冷静に指示を出す慎二に奏の背中をさする翼。再び救急箱を取りに走る黒服に車を出す準備を始める黒服に奏に駆け寄り数人がかりでゆっくり持ち上げる黒服達。
慌てながらも的確に動き始めた彼らの中で、慎二の携帯に弦十郎から手遅れ気味の連絡が送られてきた。
幼少期のまだ白かった頃に響と出会った為に愉快な事になってしまった防人。結果生まれた翼に弄られる奏という珍百景。
うちの防人はメンタルが強いです。