響奏exchange 作:非人間
目が覚めた。
目を擦りながら上体を起こした。
横を向いたら有名人がいた。
変な声が出た。
「ぬ」
「ぬ、とはなんだ、ぬ、とは」
周りを見回してみれば、見たことのない病室の真っ白なベッドの上に寝かされていた。その隣で資料片手に足を組んでいた風鳴翼見て、やっぱあれ夢じゃなかったんだな、なんてベタなこと考えながら奏は翼に話しかける。
「アンタここで何してんだ?」
その言葉を聞いた翼は、顎に手を当てふむと一息ついてから口を開く。
「天羽、お前は今自分がどんな立場にいるのか把握しているのか?」
「してるわけねーだろ」
「それもそうか……」
翼からの問いかけに即答する奏。その姿に欠片でも他国の間者を疑っていた自分が馬鹿らしくなってくる翼。幼女救出のための大立ち回りがよほど防人的琴線にふれたのか奏への警戒心がガバガバになりつつある翼は、結構色々な情報を奏に教えてくれた。
「今のお前は他国のエージェントの可能性が限りなく低確率で存在する巻き込まれた一般人という扱いを受けている」
「……やっぱりあの槍が原因なのか?」
「そういうことになる」
翼はあっさりと首を縦に振る。改めて思い返すことで槍の異常さを理解して、そしてノイズを殺した感触を思い返す。心のうちから溢れてくる高揚を抑えられそうにない。ノイズを殺した、ノイズをこの手で殺せる。その事実に頰が釣り上がるのを感じる。
「世界中の国があんなもん開発してんのか?」
「詳細は話せないが、一部先進国であれに準ずる技術開発が進められているのは事実だ」
「ふーん」
興味なさそうに返事をする奏の表情の変化を翼は見逃さない。表情を変化させずに内心奏を訝しむ翼に、奏から次の質問が投げかけられる。
「そういえばなんであんたがアタシの監視なんてしてるんだ?そんな下っ端でもないだろうに」
「それは私にも分からん」
「そういうもんなのか?」
「いやいつもならもう少し具体的に指令が下されるのだが……」
もしかして気を使われているのではないだろうかと問いかけた奏に対して、まだまだ仕事は残っているというのにと不満げな翼。実際に奏が目覚めた時に隣にいるのが同年代の女の子の方がいいだろうという大人たちの気遣いなのだが、対人スキルが割とクソ雑魚な翼にはその辺りが全く察せない。
とそんな二人の元に二人分の足音が近づいてきた。
「随分と楽しそうにやってるじゃないか」
「私たちも混ぜてもらえないかしら」
弦十郎と了子だった。それを見て二人を紹介しようと立ち上がる翼だったが、それを気にも止めずに奏は驚いたような声をあげる。
「なんでおっさんがこんなところにいるんだ?」
「なんだ天羽、司令と知り合いなのか?」
そなのですかと弦十郎に尋ねる翼に、昔ちょっとなと返す弦十郎。いざ仲を取り持ってやろうと立ち上がったにもかかわらず肩透かしを食らったどころか、挨拶を済ませてちょっとした昔話を始めた二人から若干ハブられる形に。中腰のままオロオロしている翼の姿はまさしくコミュ障のそれで、助け船も出さずに後ろから眺めていた了子は、笑いを噛み殺していた。
「俺がここにいる理由を聞く前に、自分がここにいる理由はもう説明されたのか」
「あれ、そういえばあたしはなんだって病院なんかに」
「済まない天羽、説明が遅れた」
突然血を吹き出したことに心当たりは?
ねぇ
ノイズとの戦いの後に突然血を吹き出して倒れたのを覚えているか?
覚えてねぇ
あの槍について知っていることを……
あるわけがねぇ
質疑応答完了。病院にいる理由を説明説明するのと同時に色々と聞いて見た弦十郎と翼。結果はご覧の有様。期待はしていなかったとはいえ微妙な顔をを作る二人。
「っていうか、あたしとしてはそっちから色々と説明がもらえるもんだと思ってたんだけど」
あまつさえわがまますら言いだす始末。知らないことに知らないと言っているだけだし、訳知り顔な大人に色々聞きたいのは分からなくもないが、些か礼儀を欠きすぎではなかろうか。
「そりゃぁ色々知りたいわよね。良いわ、そろそろ説明タイムといきましょ」
「待ってました」
そんな三人のやりとりを後ろから眺めていた了子が、とうとう首を突っ込んでくる。相変わらず若干無礼な奏の態度を気にも止めずに口を開く了子。
「じゃあまずシンフォギアのせつめ「ちょっと待て了子くん」……何よ弦十郎くん」
意気揚々と開いた口の出鼻をくじかれて不機嫌顔になる了子。
「機密事項の説明に手続きが必要なのはわかっているだろう、それに本人からの了承も得なければ」
「わーかってるわよ、まずは機密に触れないことから説明しろって言いたいんでしょ。でぇもぉ、本人の了承とかそのへんは大丈夫なんじゃない?」
何と怪訝そうな顔を作る弦十郎を尻目に、彼と翼の間をぬるっと抜けて奏の前を陣取った了子は、瞳を覗き込まれて若干仰け反る奏を笑顔で見ながら一言こぼした。
「だってこの子の目、やる気満々じゃない」
一瞬だけ三人が固まる。
隠しているつもりだったことをあっさりとバラされて。
敢えて避けていた部分に突っ込んで言った姿を見て。
再起動にはコンマ1秒もかからない。硬直から抜け出した奏が、いの一番に口を開く。
「やっぱりあんたは知ってるんだな、ノイズを殺す方法を」
「ええ」
「あんたについてけばあたしはノイズを殺せるんだな」
「もちろん」
鬼気迫る表情で了子に詰め寄る奏と、それに笑顔で対応する了子。その二人に、再び制止の声をかけようとする弦十郎。だが
「私からも頼みたい」
「翼!?」
それを潰すように、いや本人にそのつもりはないのだろうけれども、ちょうど弦十郎の言葉を遮るように翼も二人に続く。
「この状況、このタイミング。不誠実な頼み方をしている自覚はある。しかし、どうか力を貸して欲しい」
「頭下げんなよ?あんたにそんなことされたら風鳴翼のファンに殺されちまいそうだ」
翼が腰を折るのを止めてから、おもむろにベッドからの抜け出した奏は、直前まで重症でベッドで寝かされていた人間とは思えないしっかりとした足取りで弦十郎の元に向かう。
「あんたは止めるのか、あたしのことを」
しっかりと、睨みつけるような勢いで弦十郎の顔に問いかける。余裕のない表情で見上げてくる奏でを見て厳しい表情を作る弦十郎。
「はぁ、どうせ止まれやしないんだろう、俺も止めはしない」
だがそれも長続きはしない。体の前できつく組んでいた腕を緩め、若干大袈裟なぐらいに体を揺らし、ため息をつく。それを聞いて緊張が解けたように表情を柔らかくし、ガッツポーズを取る奏に向かって、弦十郎は一言付け加える。
「だがやるからには全力でやってもらう、ノイズに気を取られて民間人への被害を見逃す等、人類守護の要としての意識にかけるようなことがあれば前線には立たせん」
「分かってるっておっさん」
「おっさんじゃない、組織の一員となるつもりなら、俺のことは指令と呼んでもらう」
弦十郎の最後の一言にげ、と表情を歪める奏。
「そんなこともできん礼儀知らずに槍を握る資格はあるまい。試しに一回風鳴司令と呼んでみろ」
なんちゃってシリアスな雰囲気が続いたのはそこまでだった。弦十郎と、彼に続いて先輩呼びを強要し始めた翼の二人によってベッドまで追い込まれた奏は、顔を真っ赤にしながら布団の中に丸くなり、か細い声で抵抗する。
「や、やめろー、そんなんあたしのキャラじゃねー」
「窮地においても己を見失わない、その意気やよし。だが見誤ったな、天羽。その身持ちはこの風鳴翼の嗜虐を擽って余りある」
「投降しろ、奏君。もう君に退路は残されていない」
奏を守る
そんな普段の二人からは考えられないような光景を見て、大爆笑していた了子だったが、時計の針が指す時刻がなかなかのものになっていることに気づき、名残惜しそうに柏手を打つ。
「はいはい、奏ちゃんが可愛いのはもう分かったから、そろそろ解放してあげたら?もう結構遅いわよ」
「む、少し気を抜いていたか。二人とも明日も学校があるだろう今夜はここでお開きとしようか」
「ルームメイトの子を待たせすぎちゃっても可哀想だしね」
了子の声にピタリと動きを止めた二人は、何事もなかったかのようにベッドから遠ざかる。そんな二人を恨めしそうに睨みつけながらも、ルームメイトという言葉を聞いてツッコミを堪える奏。
考えてみれば当然だが、放課後にノイズと戦いその後数時間眠っていたものなので、外が暗いことにもうなずける。
「着替えはここに用意してある。鞄の中身も全て返却しておいた」
奏がそんなことを考えている間に、翼が色々と準備をしてくれた。奏の学習鞄は、ノイズに襲われた時のCDショップに投げ捨ててきたはずなのだが、あの瓦礫の山の中から探してきてくれたのだろうか。
「夜道は危ない。寮までは俺が送ろう」
「ダーメよ弦十郎君。指揮官がこれ以上現場を離れるわけにはいかないわ。仕事はまだたっぷり残っているのよ」
「ならば別の人間をつけようか」
「いいよ別に。その人も忙しいんだろ?寮なんてすぐそこだし、一人で大丈夫だよ」
奏に護衛をつけようと提案した弦十郎だったが、奏で自身に拒否されてしまう。実際にこの病院は、リディアンの校舎から病室が見えるぐらいに近く、つまりほとんど敷地内にあり、そこから寮までの距離も推して知るべしだった。
新しい奏者を守るための護衛はかなり重要な仕事だと弦十郎も反論しようとしたが、多感な時期の子供にベタベタと張り付くのもどうかと自分を納得させ、渋々奏が一人で帰る許可を出す。
「それじゃぁ詳しい話はまた明日にしましょうか。夜更かししたからって、居眠りしちゃダメよ?」
「さらばだ天羽。また明日、学園で会おう」
「気をつけて帰れよ、奏君」
そのあとは特に語ることもなく、三人はそれぞれの別れの言葉を残して病室を出て行った。その怒涛の勢いに押されて、数瞬あっけにとられていた奏は、再起動と共に一言零す。
「結構あっさり帰るんだな……」
その一言が、自分がもっと構って欲しかったと言っているように思えて恥ずかしくなった奏は、素早く着替えてさっさと病院を後にした。
* * *
「本当に結構遅くなっちまったな」
病室から寮までの短い距離をちょっと急ぎ気味に歩く。すぐに見えてきた玄関に立っていた寮監に、病院のロビーでもらった書類を提出する。夜中に教師と二人っきりという状況にちょっとビビりながらも、寮監が書類に目を通すのを待つ。何事もなくすぐに解放された奏は、余り心配をかけるな、という言葉に小さく返事をしてからエレベーターに足を向ける。
エレベーターの中で、何も考えずにボーっとつっ立ちながら、数字が流れていくのを見ているとなんだか途端に自分がノイズを殺したのだということを実感できた。
“そっか、あたしがノイズを殺したのか”
特別何かが変わった訳じゃない。翼と話していた時のように興奮してきたわけでもなく、ノイズへの復讐心が立ち上ってきたのでもなく、当然ノイズと戦ったことが怖くなったのでもなく。
腑に落ちたというべきなのだろうか。すごく静かに、自分がノイズを殺せるという実感があった。
思えば目を覚ましてからも結構余裕がなかった。知らない場所で知らない人達と話していたのだ、それもそうだろう。一人静かな場所で余裕を持つ事により、漸く思考が現実に追いついてきたのかもしれない。
「まぁ、だからなんだって訳なんだけどな」
自分の部屋がある階に到着し停止したエレベーターが、その扉を開く。この扉を通り抜けたら異世界につながっていただとか、性別が変わっていただとか、そんな劇的な変化があるものだと思っていた。
それがあっさりと突然、貴方には実はノイズを殺せる力があったのです、さぁ勇者風鳴と協力してノイズを滅亡させなさい、等と言われて、自分で思っていた以上にびっくりしていたんだろうか。
「自分で思ってるよりもよっぽど人間だったのかね、あたしも」
呟きながらエレベーターの扉を抜けて廊下に出る。部屋の方へ曲がり歩き出す。自分の部屋の前に着き、ドアノブに手をかけたところで、ちょっと引っかかっていたことを思い出した。
そういえば了子さんの顔もどっかで見たことあったような気がするな。
そんな考えは、扉の向こうにあった笑顔に吹き飛ばされた。
「ただいまさんっと」
「お帰りなさい、奏」
ガチャリと、開いた扉の先で小日向未来が笑っている。
奏の初めての夜は、もうちょっとだけ続きそうだった。
二課加入時の会話が微妙に殺伐としているような気がするけれど、実際は翼さんが全然拒否らないし、弦十郎も立場上協力を要請しないわけにはいかないし、櫻井女史は言わずもがなで結構原作よりイージーモードだったり。
奏さん、貴方自分が所属する組織の名前も把握してないけど大丈夫なんですか?