殺された女。殺された女。殺された女。
目の前で、血塗れになりながらも俺を守ってくれたかつて愛した女。
70億の人を選ぶために俺が犠牲にした女。
何度も何度も繰り返されるそのシーン。
まるでビデオを巻き戻しして再度再生するように、目の前でソレは行われた。
強烈な記憶。決して忘れてはならない記憶。俺が決意した記憶。
ああ。夢だ、これは。
転生してバイバーになって、何度も見た夢。最近まで見てこなかった夢。
ああ、これだ。何度も見たコレだ。
何度も、死んだ。
何度も、死んだ。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も彼女は―――――
繰り返される。地獄をみた。
「―――ッ!」
夢を見た。とても嫌な。かつての地獄を思い出した。
「っはー。っはー。」
息は荒く、背筋には汗が流れる。酷く気持ち悪い。目の焦点が合わない。
あの時のことを思い出すと、いつもこうだ。
これは、俺の呪い。俺が永劫背負い続けなくてはいけない過去。俺が失った全て。
いつも、いつもいつも俺が得た過去。
いつだってそうだ。
俺はいつだって、何度も何度も失う。
間違いだというのか。自分が求めるもの全てを守ろうとすることが間違いだというのか。
あの時、神は言った。それは傲慢だと。
人は神にはなれない。例え最強の力を持っても、それは叶わないと。
―――そんなこと、知っている。それでも、それでも諦めることが出来なかった。
だからこそ、歩み続けた。
人が死んだ。
そうして、俺は優しさを知った。
人が消えた。
そうして、俺は悔しさを知った。
人が…
そうして、何度も何度も何度も何度も悲劇を見てきた。死体の山。文字通り地獄。
それでも次があると信じた。
そして、歩み続けて、最後には失敗した。
結局、神の言うことは正しかったのだ。全てを守ろうとして、全てを失った。
だからこそ、俺はもう全てを求めない。ただ一人だけを守ろうと決めたのだ。
妹との旅行。ソレが、前世での最後になった。
贖罪になるとは思わないけど、それでも妹だけは幸せにしなくてはならないと信じて。
妹だけは、守らなくてはいけない。世界の悪意から。人の悪意から。
もう、かつての力はなくても、それでも。
妹だけは、あの時の彼女が開けて言った心の孔を埋めてくれるから。
未来永劫、絶対に会えない彼女との別れ。ただ、憧れたその女の最後に悲劇があった。
その哀しさを埋めてくれるから。
それが代替行為だと分かっていても。それでも。
それでも俺は…彼女を、妹だけでも…そうしてきたはずなのに。
それでも、俺は――――何も、助けれなかった。
だったら、俺は今世、バイバーになっても何もしないほうがいいのか?
――――違う。ソレは違う。動かなければ、何も変わらない。
いつもより修行の量を増やそう。幸い、両親は最近は俺の行動に呆れたのか、怪我をしなければ良いというスタンスに変わっている。
もう俺は■ ■じゃない。バイバーだ。両親の期待に沿うようなことは出来なくても、悲しませないようにはしよう。それでなくとも、この体の持ち主に意思を返さなくてはならないのだから。
そう、決意した子供。
その次の日。村に魔物が襲った。
村人は、のちに勇者と呼ばれる少女は、転生者は必死に生きるために足掻いて。そうした甲斐があって奇跡的に死者は二人だけだった。
雨が降りしきる中、燃えつきた木の匂い。
黒こげになった十字架。それが、この世界の死者への供養。
いわゆる葬式と呼ばれるソレ。何度も経験したソレは、バイバーになってから初めて経験した。
「バイバー…。」
そんな、いつもの活気もなく心配するレイ。
そうだ。現実は変わらない。魔物に襲われて死んだ両親。
そう、今目の前で燃やされたのは俺の両親だった。唯一、死んだ二人。最後に、人をかばって死んだらしい。
いい人だった。とても、とてもいい人達だった。前世の記憶があり、必死に力を求めていた気味の悪い俺を本当の家族のように接してくれた。だが、守れなかった。
この世界の悪意から、何も守れなかった。俺の実力なんてこんなもんだとその焦げた十字架は言ってるようで。
「何も…結局、ダメだった…。守れなかった…。」
「…バイバー?キャッ!」
思わず、レイに抱きしめる。こんな華奢な体でも、多分俺より強い。
勇者の力って、本当に卑怯だな。と。そんな醜い嫉妬心も溢れてくる。
だが、それを哀しみが押しつぶしていく。
「俺はいつもそうだ!いつも…いつも…!」
慟哭は、哀しみは涙となって。
「誰も守れない!何も守れない!どんなに頑張っても、かつても、今も!」
「誓ったはずなのに!!頑張るって!欲張りだと分かっていても!それでも今ある全てを守るって!!」
思い切り、幼馴染を抱きしめる。それだけが、この体にあふれ出てきた力を抑える方法だから。
「何一つ出来やしないんだ!俺は…あの頃も…!今も!!!!!」
「う…!ウワァアアアアアアアアアアアア!!!」
暴風雨の中、涙は雨となって消えていく。
苦しさも、哀しさも。この雨のように溶けていく。
心は折れていく。
そうして、涙を流して。気絶するように―――――
まるで、雨が雪解けのように、心を開放して、それでも冷たいそれは俺をポロポロと壊していく。
「バイ、バー?バイバー!?バイバー!!!」
―――夢を見た。
暗い世界。自身の心の中の世界。それを形作る自分自身。
ソレしかない世界。だが、声だけは響く。
全てを守ることは出来ないのか?
―――否。お前にはある。
全てを救うことは出来ないのか?
―――否。お前は救わなくては為らない。100分の1に選ばれたのだから。
なら、どうすればいいんだ?
―――お前ではダメだ。だが、お前でなくてはならない。お前は自分を失わなければ何も救えない。
そうだ。
今までの俺ならば無理だった。今のままじゃダメなんだ。今の俺を変えなくてはいけない。
ビシリ、と世界に音が響く。
なら幸せの記憶なんて…こんな記憶いらない。こんな弱い自分はいらない。
誰かに負けるのはいい。
何度敗北したっていい。
それで、大切な人を守れるのならば、俺は俺すらも否定する。
ビシリ、ビシリと割れていく。
幸せはいらない。哀しさはいらない。感情は…いらない。そんな俺は、機械に成り果てるだろう。
でも、そんな夢に、何もかもを守れる絶対的な力があるのならば。
たとえ、自分が自分でなくなったとしても、それで守れるのならば。
それで、皆を救えるのならば――――。
ついに、世界は崩壊して―――。
それが、俺の願い。俺がバイバーに為ってから、両親を失ってから得た真の願い。その願いを叶えるために、歩き続けて、記憶を磨耗して。
ソレを願い続けるために剣を振り続ける。剣戟の極地に。剣神と呼ばれるソレにたどり着くため。
正義の味方という概念に成り果てれば、ソレは幸せなことなのだから。
そうして、最後に俺は――――。
そうして、彼は歩き続けた。
かつての過去を消し去って磨耗してでも、地獄のような修行をして。
その目的が、あの時の夢が最早誰のか理解すら出来ないほど記憶は擦り切れた。
筋肉は断絶し、体はズタズタになり、それを何度も再生させては繰り返し。
愚かだった。哀れだった。そう形容するしかない男。だが、それでも
それでも、魔物という。魔王という明確な敵がいるのならばと血反吐を吐いても、歩き続けた修羅の男。
誰にも出来ないことをやり遂げた男が、たとえ才に恵まれなくても。
そんな男が、次元すらも切断する絶対的技量を持っても、おかしな話ではない。