・石川社長は元アイドルで尾崎さんと同じ事務所に所属していた。
・その所属していた事務所は、所長のスキャンダル(所属アイドルを私物化)により潰れた。
・近藤さんは犠牲になりました。
石川「……」
石川「……うーん……」
石川「……」
石川「……纏まらないわね……」
石川「……」
石川「……あ、もう日付変わってるじゃない」
石川「まなみ、コーヒーでも淹れ……」
石川「って、もうまなみは居ないんだったわ……」
石川「まなみの淹れてくれるコーヒーは美味しかったわねぇ……」
石川「元気にやってるといいのだけれど……今度、愛に様子を聞いてみようかしら……」
石川「……」
石川「……出てくるのは、独り言ばかりなり……ふふっ」
石川「……」
石川「……はぁ……」
尾崎「はい、どうぞ。コーヒーです」
石川「えっ?」
尾崎「あっ、驚かせてすみません」
石川「お、尾崎さん……びっくりしたわ」
尾崎「珍しいですね。社長がそんなに隙を見せるのは」
石川「お蔭様で良い眠気覚ましになったわ」
尾崎「随分と遅いんですね」
石川「ええ、色々詰まっていてね」
尾崎「嬉しい悲鳴ってやつですか?」
石川「まぁ……そんなところよ。アナタの方こそ遅いじゃない?」
尾崎「絵理と日高さんを送っていった帰りです」
尾崎「遠くの現場で思ったよりも道が混んでいたので遅くなってしまいました」
石川「そう」
尾崎「それで折角だからご飯でも食べて帰ろうって話になりまして」
尾崎「もちろん仕事自体は規程時間内に終わっていますので、ご安心下さい」
石川「まぁ、あまり未成年を夜遅くまで連れまわさないことね。アナタのことだから心配はしていないけど」
尾崎「……確かにそうですね、すみません。以後、気を付けます」
石川「コーヒー、頂くわ。有難う」
尾崎「岡本さんの淹れたものには敵いませんが」
石川「あら、わざわざ淹れてくれたってだけで、それだけで美味しくなるんだから」
尾崎「相変わらずお上手ですね」
石川「……」
尾崎「岡本さんのことですか?」
石川「そういうわけじゃないんだけど……」
尾崎「……」
石川「……」
尾崎「社長、飲みに行きません?」
石川「今から?」
尾崎「ええ」
石川「……そうねぇ」
尾崎「こうして二人で飲むのも久しぶりですね」
石川「そうね、事務所でっていうのは初めてだけど」
尾崎「こんな時間に開いてる店も少ないですし」
石川「まぁねぇ」
尾崎「それにしても色々お酒置いてありますね、シェーカーまでありますよ?」
石川「備えあれば憂いなしって……尾崎さん? 何を笑っているの?」
尾崎「いえ、岡本さんの送別会の様子を思い出してしまって」
石川「ああ……止めて頂戴……」
尾崎「社長ったら完全に酔っぱらって泣きながら謝って……岡本さんの困った顔と言ったら……ふふっ……」
石川「早く飲みましょう」
尾崎「んふふっ、そうですね」
尾崎「それで……岡本さんのことですが、あれは正しい判断だったんじゃないですか?」
尾崎「あのままズルズルと続けていても誰のためにも……勿論、岡本さん自身を含めて」
石川「そう思ったから私も、ね」
石川「まなみのことは、もう区切りはついているんだけど……」
尾崎「……じゃあ他に何か?」
石川「ま、社長やってれば色々あるわよ」
尾崎「そうですか……」
石川「ねぇ尾崎さん」
尾崎「どうしたんですか、改まって」
石川「もし……もしの話なんだけど……絵理が路線を変えたいって言ったら、アナタどうする?」
尾崎「路線変更?」
石川「ええ。例えばボーイッシュなアイドルとしてやっていきたいとか……」
尾崎「……」
尾崎「そうですね……。ボーイッシュな絵理をあまり上手く想像できませんが……プロデューサーとしては反対です」
石川「……そう」
尾崎「考えられる影響を全て説明した上で、どうしてもというのなら……無くはないですが……うーん……」
石川「……そう。ま、そうよね」
尾崎「で、この質問が社長の悩みなんですか?」
石川「……そうなんだけど、そうでもないような……」
尾崎「歯切れが悪いですね」
石川「悩んでるのよ」
尾崎「……」
石川「……」
尾崎「……」
石川「……」
尾崎「……」
石川「……」
尾崎「……もうっ……まどろっこしい!」
石川「えっ?」
玲子「はい、仕事モードは終わり! 実、ここからはプレイベートモードで行かせてもらうわ」
実「ちょっ、ちょっと尾崎さん?」
玲子「尾崎さんじゃない!!」
実「……玲子、もう酔ってるの?」
玲子「ビール一本で酔うもんですか。そんなことよりさっきの続きをするわよ」
玲子「岡本さんでなければ日高さんのこと? たしか彼女、息抜きがしたいとか言ってたような記憶があるけど」
実「……」
玲子「まだ渋るつもり?」
実「とてもデリケートな問題なの」
玲子「そう」
玲子「なら飲みなさい」
実「えっ?」
玲子「誘いに応じたってことは、もう実の中で結論は出てるんでしょ?」
実「……」
玲子「でもそれを実行するには、勇気が足りないってことかしらね」
実「……玲子には全て御見通し……か」
玲子「ふふっ、何年の付き合いになると思ってんの」
実「それもそうね……えーっと……」
玲子「か、数えなくていいわ!!」
実「玲子……やっぱりアナタ酔ってるでしょ?」
玲子「で、結局のところ何に何でどんなふうに悩んでるの?」
実「……涼のことよ」
玲子「秋月さん? 意外なところね」
実「あらそう? ああ見えて結構、色々隠し持ってるのよ」
玲子「ふぅん? ……まぁ人間誰しも、何かしら隠しながら生きてるものだから、隠し事の一つや二つあってもおかしくは無いわ」
実「そうね……特にアナタの場合は……ねぇ……? 絵理には言ってあるの?」
玲子「……いえ、まだよ」
実「はぁ」
玲子「わ、私のことはいいから、秋月さんがどうかしたの?」
実「そうね、じつは……」
玲子「にわかには信じられないわ」
実「でも事実よ」
玲子「実が言うんだから、それは分かってるけど」
玲子「……それで、このことを他に知っているのは?」
実「そんなに多くは無いわ。秋月律子さんとまなみ、ぐらいかしらね」
玲子「岡本さんも? ……あ、そうか。秋月さんを見つけてきたのも彼女ですものね」
玲子「って秋月さんと秋月君……どっちで呼べばいいかしら?」
実「どっちでもいいわ」
玲子「良くないと思うけど……」
実「どっちでもいいわ」
玲子「はいはい。でもまぁそういうことなら、なるようにしかならないんじゃない?」
実「あら、玲子らしくないアドバイスね」
玲子「そう……? いえ、そうかもしれないわね。以前の私ならもっと……」
実「もしかして絵理の影響?」
玲子「ええ、きっとそうね。あの子にはいっぱい教えて貰ってるから」
実「そう、それはとても良いことね」
玲子「ええ」
実「……」
玲子「……どうかした?」
実「いえね。突然、涼が『男性アイドルになりたい』って言い出したのは何故かと思って」
玲子「何故も何もトップアイドルになったらって条件だったんでしょ?」
玲子「アイドルランクBなら十分その条件を満たしているわ」
実「……涼ならもう少し律儀というか、上手く言えないけど……ランクBで十分って思う子では無いわ」
玲子「と、なると……誰かに影響された、ってこと? 私みたいに」
実「なんとなくだけど……今、話しててそんな気がしたの」
玲子「俗に言うティンと来たってやつかしら?」
実「何よそれ」
玲子「この業界の社長の間で評判の表現らしいけど?」
実「……どこ情報よ」
実「そんなことよりも」
玲子「そうね、それで実は秋月さんをどうしたいの?」
実「どうって……別にね、涼を非難してるわけじゃないの」
実「いくら他人から影響を受けたからって、自分で考えて自分の口で言ったことなら……」
実「元々は他人の考えであっても自分の言葉で伝えたことなら、それはもう涼自身の気持ちなんだから」
玲子「そぅねぇ」
実「だから、それは良いの」
実「……ただ……ただね。涼に付いてきてるファンがどう思うか……」
玲子「アイドルランクB、名実ともに日本を代表するアイドルですからね。ファンの数も星の数ほど」
実「勿体無いのよ。折角これだけ売れているのに、男性アイドルに転身したら……それを棒に振るようなことになるかもしれない……」
玲子「勿体無いっていうよりは、アナタ……」
実「なに?」
玲子「……何でもないわ。ところで勿体無いっていうのは、経営者として?」
実「馬鹿言わないで」
玲子「へぇ? ……んっふふふっ」
実「な、なによ。気持ちの悪い笑い方ね」
玲子「なんか実って、秋月さんのお母さんみたいね」
実「なっ!!」
玲子「あら、そんなに怒ることないじゃない」
玲子「いつもみたいに数字だー、売上だーって言ってるよりはよっぽど好感持てるわよ」
実「……玲子、そんな目で私を見てたの?」
玲子「社長って本当に大変な仕事よね、ふふっ。ほら、飲んで飲んで」
玲子「……ふぅ……これで何杯目かしら……」
実「さぁ……? 18から先は数えていないわ」
玲子「お酒の話? それとも……」
実「もっともそんな数えられないって程、経ってもいないけど」
玲子「もぅ……止めてよ……」
実「ごめんごめん」
玲子「にしてもねぇ……日高舞の娘ってのにも驚いたけど……もっと凄い爆弾が埋まっていたなんて……」
実「ふふんっ」
玲子「……笑いごとじゃないわよ。絵理になんかあったらどうするのよ」
実「あの涼が?」
玲子「……」
実「……」
玲子「……」
実「あははははっ!!」
玲子「笑いすぎだわ、実。……秋月さんも気の毒に」
実「出会った頃はね、あの子……男としての魅力なんて、そうね……このマドラーの先ぐらいしか無かったのに」
実「いつの間にか物凄いアイドルに成長したものねって……そう思ったら可笑しくって」
玲子「岡本さんも途中から日高さんに付きっきりだったみたいだし……よく一人で成長したものだわ」
実「その点については本当に申し訳ないと思ってるのよ……」
玲子「さっさと謝ればいいのに」
実「……言うわね」
玲子「同期3人、全員が売れっ子アイドル、テレビで見ない日は無い。本当に凄いことね」
実「ええ、私達とは大違い」
玲子「み、の、りっ!!」
実「ご、ごめんなさい……これは言わない約束だったよね」
玲子「アナタも飲みすぎよ。人のこと言えないじゃない」
実「じゃあ話題変えましょうか」
玲子「そもそも実の悩みを聞くってことじゃなかったかしら」
実「それはもう解決したわ、だから気にしないで頂戴」
玲子「そうなの? こっちはまだ話をし足りないのだけど……」
実「ふふんっ」
玲子「まぁ……いいけど。で、何か他に話したいことあるの?」
実「そぅねぇ、もう随分と酔ってるから言うけど」
玲子「ええ」
実「最近ね」
玲子「最近どしたの」
実「最近ね。あの子……涼の言動にドキっとすることが増えた」
玲子「……」
玲子「ええ……ええっ!? ちちちち、ちょっと……実? アナタ、まさか……」
実「ああ、そうじゃないのよ」
玲子「だって……」
実「もう、玲子ってば失礼ね。事務所のアイドルに手を出すほど、落ちぶれちゃいないわよ」
玲子「……」
実「でもよくよく考えてみたら、涼と私なら別にそれほど年も離れてないし……それを言うならアナタと絵理の方が……って……」
玲子「……ぅ……」
実「……玲子?」
玲子「……っく……ひっく……」
実「……あ! あの、その……別に他意は無くてね」
玲子「……うぅぅ……」
実「……あー……もう……ごめんなさい、軽率だったわ。……ほら、泣かないでよ」
玲子「……うん……っ……」
実「落ち着いた?」
玲子「久しぶりに実に恥ずかしいところを見せた気がする……」
実「もう慣れっこよ」
玲子「……」
実「……」
玲子「……ねぇ、実」
実「なに?」
玲子「私……本気だったの……本気でアイドルやって、本気でトップ目指して……」
実「そうね」
玲子「でも駄目だった……自分の実力不足なら納得も行くわ」
実「……」
玲子「……でも……!!」
実「……」
玲子「今でも夢に見るの……自分とは無関係のことで、アイドルを辞めざるを得なくなった……私のこと……実のこと……」
玲子「……事務所の皆、それにあの人のことを……」
玲子「アイドル辞めた今でも、未練がましくプロデューサーなんかやって……」
玲子「本当に弱いわよね……私……。嫌になる……自分で自分が……」
実「……」
実「あのね、玲子。本当に弱い人ってのはね、弱さを他人に押し付ける人のことを言うの」
実「弱さを建前に他人を傷付ける人のことを言うの」
実「だから玲子は弱くない、大丈夫」
玲子「……」
実「……」
玲子「……ありがとう」
実「それはこちらが言う言葉」
実「ふふっ……何か、昔に戻ったみたいね」
実「それにね、未練がましいのは私も同じよ」
実「アイドル上がりで、業界のことなんて右も左も分からないくせに、社長だってんだから……」
玲子「アイドル……楽しかったわね……」
実「そうね」
玲子「本当に……そう、楽しかった」
実「私達の夢は、あの子達が引き継いでるわ」
玲子「……そうであって欲しい……わ……」
実「さて、そろそろ寝ないと明日に響く時間ね」
玲子「……」
実「寝床の用意するから少し待ってて」
玲子「……」
実「……玲子?」
実「……あら……寝ちゃったの?」
玲子「……」
実「……」
玲子「……」
実「狸寝入り」
玲子「……そういうことは分かってても口に出さないものよ」
実「ふふんっ」
玲子「……はぁ、何か色々語っちゃって顔が熱いわ」
実「ま、明日からまた頑張りましょう」
実「アイドルを支える私達が、後ろばっかり見てるわけにはいかないもの」
玲子「そうね、いっぱいおしゃべりして疲れたわ」
実「それじゃ、おやすみなさい」
玲子「ええ、おやすみなさい」
涼「出社したら社長と契約プロデューサーが手を繋いで寝ていたけど、どうすべきなんだろ」
愛「なかなか珍しい光景ですね」
絵理「早速、写真とってブログにアップ……?」
しばらくブログ上で「riola復活!?」とかいう話題でもちきりだったとか。