真夏の夜の怪奇録   作:ビッグフロント博士

4 / 9
第3章 動き出す巨影

 

時間を少し遡って、木村が二人と合流するために正門へ向かっている頃、バスケットボールの弾む音と、シューズと床が激しく擦れ合う音が鳴り響く体育館裏で、一人の男が電話をしていた。

 

小野先生だ。

 

「…はい…はい、そうです。木村という男子生徒です…はい、木村と他に二人の学生が一緒に行動しています…はい、いつも窓から正門で集合しているところを見ていたので、間違いないです。ですから、今日も三人で下校するかと…」

 

相手の声はノイズが強くて小野先生本人以外には聞き取れない。

 

「あぁ、それと、聞いてくださいよ!朗報ですよ、朗報!その木村って子、『秋吉』の野郎と何か繋がりがあるみたいですよ…えぇ、あの『秋吉』です。ついに見つけましたよ。貴方が血眼になって探していたアイツに違いありません。先週、あの男を殺しておいて正解でしたね。」

 

『秋吉』。小野先生がこの言葉を口にした途端、相手の声のボリュームがノイズと共に大きくなる。どうやら電話相手は相当喜んでいるようだ。しかし、喋っている内容までは、まだわからない。

 

「アイツ、俺たちの追っ手を逃れてこっそりと道場開いてましたよ。少なくとも木村は、そこに通っているはずです。計画『クレーム』の実行日も木村は道場の帰りだったそうで…ええ、安心してください。もう尾行役の派遣はしています。今日中に奴の居場所がわかるでしょう。最終計画『game』の実行時期については、そのあと考えても良いかと…」

 

そう言って、小野先生は口角を上げた。

 

 

木村、三浦、田所の三人は道場に着いた。学校前の住宅街を抜け、町外れを歩いた先にある大きな木造の和風建築だ。三人は、その格式ある門をくぐり、屋敷の中に入る。そこには、大きな畳の稽古場が広がっていた。中は物静かで人がいる気配が感じられない。三人は恐る恐る稽古場へ入り、隅っこで道着に着替えた。

 

「アレ?もしかして、秋吉さん、来てないかもしれないっスね…」

 

田所が小声で言う。二人もそれに同感し、ホッと胸を撫で下ろそうとした瞬間、

 

「遅いぞおめェらァァァ!」

 

その怒号は奥にある事務室のドアから、反対の隅にいる三人まで届き、ビリビリと身体が痺れる感覚がするほど大きかった。

 

「やっば…」

 

田所が小声で言いながら視線を逸らした先には、事務室のドアを開けて出てきた巨漢の男が仁王立ちしていた。

 

「…遅刻だ、来い。」

 

三人は急いで集まり、怖々とその大男の前に座った。大男は三人を睨みつける。しばらくの沈黙のあと、三浦が口を開いて、

 

「稽古に遅れてしまい、すいませんでした、秋吉さん。理由を言うと…」

 

「ワケなんて、どうでもいい!時間は何があっても厳守!そう最初に教えた筈だ!」

 

秋吉はものすごい剣幕で怒鳴り声を上げた。

 

「迫真の心得に反したら、何をするべきか…わかってるよな。」

 

そうして秋吉が三人の弟子に説教をしてる間、門の前では尾行していた男がその様子を伺っていた。

 

稽古場では三人が罰として腕立て・腹筋・背筋をそれぞれ300回やらされている最中だ。

 

「ぬわぁぁぁぁん、疲れたもぉぉぉぉん…」

 

あまりの疲労に田所が哀しみの叫びを上げるが、秋吉は無慈悲に喝を入れる。

 

「何弱音吐いてんだ!あと172回も残ってんだろ!その筋肉は何のために付いてんだ。少しでも休んだら…」

 

 

そう言いかけた時、秋吉が何かを察知したかのように表門へ駆け出した。

 

「…!!」

 

しかし、そこには誰もおらず、秋吉は不可解そうに首を傾げたあと、稽古場へ戻って行った。すると、木村と三浦は地道に罰ゲームを続けているが、田所は秋吉が表へ出たことをいいことにサボっていた。

 

「オイ田所ォ!…ちょっとついてこい…」

 

自分の背後に鬼のような気迫を感じた田所は二人にアイコンタクトで助けを求めるが、木村と三浦は罰ゲームをしつつ田所を哀れんだ目で見つめるだけである。

 

田所はスゥーっと息を吸い込んだあと、

 

「駄目みたいですね。」

 

と、まるでこれから死刑を執行される囚人の如く、清々しい顔をして師範のあとについて行った。間もなく、稽古場の二人には見えない場所からドカッ・バキッと、どう考えてもシバかれている音とともに、

 

「ンアァァァァァァ…」

 

と、田所の断末魔のような、か弱い叫び声が道場内に木霊した。

 

こうして罰を終えた三人は秋吉師範の指導の下、休む間もなく厳しい迫真空手のトレーニングを行った。

 

日も暮れて、辺りが暗くなり、ようやく今日の練習が終わった。

 

「よし、お前ら、今日もよく頑張ったな。明日も練習あるから、早く帰って休め!」

 

そう言って秋吉は着替えに事務室へ戻っていった。三人は着替えながら今日のトレーニングについて雑談していた。

 

「いやぁー、今日はキツかったっすね。」

 

「すげーキツかったゾ。なァ、木村ァ。」

 

「すいません…」

 

「まぁいいじゃないっすか、三浦先輩。あ、そうだ、この辺にィ、うまいラーメンy」

 

「おっ、そうだな(何度も聞いてる)。」

 

「ファッ!」

 

「オイ、木村、お前が先生に相談してた悩みを聞いてなかったゾ。」

 

どうやら三浦は道場に向かう時から木村の悩み事について気になっていたらしい。木村はどう言おうか迷ったが、やはり先輩二人に余計な心配をかけさせたくないと思い、苦し紛れの嘘をついた。

 

「実は、先生とは…以前から進…路について相談していまして…今日もその事で…」

 

必死にその場を乗り切ろうと説明する木村の顔を三浦は軍の閣下のような真剣な眼差しで、じっと見つめる。そして、ある程度木村の説明が終わったあとに、こう言い放った。

 

「嘘つけ、絶対違うゾ。お前の顔を見たらわかるゾ。」

 

「なんで見るだけでわかるんですか。」

 

すかさず木村も反論。しかし、

 

「説明してる時、木村、チラチラ下を見てただろ。アレはお前が嘘ついてる時の癖なんだゾ。隠そうとしても無駄だゾ。」

 

確かに下をチラチラ見ていた気がする。ダメだ、図星だ。そう思い、もう嘘なんてつける自信がなくなった木村はとうとう本当のことを白状した。殺人事件が起こる直前を目撃したこと、被害者が見えない何かに追われていたこと、夢で自分が被害者の光景を疑似体験したこと、そして担任に夢の出来事を除く全てを話したことを。

 

「そんな大事なことを俺たちに黙って…頭にきますよ!」

 

田所も怒った。それと同時に三浦のエスパーのような能力に感心した。

 

「それにしても凄いっスね、三浦さん、木村の嘘を顔だけで見抜くなんて、智将と呼ばれるだけありますよねぇ〜」

 

「嘘だよ。」

 

「ファッ!?嘘だったんスか!?」

 

「俺はそんなスパイ映画に出てくるような技術は得てないゾ。全部ハッタリだゾ。」

 

木村は驚きと脱力感で言葉が出なかった。

 

「はぇ~すっごい、そのハッタリにまんまと木村は乗せられたワケっすね〜」

 

田所は三浦の心理戦の上手さに感心している。

 

「でも、お願いですから、この事は他の誰にも言ったらダメですよ。」

 

「当たり前だよなぁ?俺たちは親友ダルルォ?」

 

「これからも悩みがあったら、いいよ!来いよ!」

 

そうして三人は、お互いの信頼を再確認し、道場の門を出ようとした時、

 

「木村、少し話がある。」

 

そう言って秋吉が木村を呼んだ。なんだろうと思い秋吉の元へ駆け寄る木村に彼はこう言った。

 

「木村、悪いことは言わない。あの事件の事を少しでも知っているなら、忘れろ。そして、その事についてはもう二度と口にするな。」

 

どうやら秋吉は三人の会話を聴いていたらしい。という事は、ほぼ毎日練習後に田所が小さな声で秋吉のスパルタ指導についてボロカスに文句を言っていることも、全て聴かれてるのかと思った。

 

「そんでだ、お前、学校の担任に事件のこと話しちまったって本当か?」

 

「え?はい。なにか、悪いことでも?」

 

秋吉はハァ、と大きなため息をつくと、さらにこう言った。

 

「木村、お前はしばらく学校を休め。もう狙われてるかもしれない。」

 

いきなりの事で、全く意味のわからない木村は理解ができなかった。

 

「え?それは…どういうことですか。」

 

「…」

 

「…師範?」

 

「…俺と同じだ。」

 

そう言って、秋吉は道場の二階にある自宅スペースへ戻って行った。

 

突然の恩師からの警告に、木村はどうすればいいのかわからなかった。今の木村には、ただ、明日になるのを待つことしか出来なかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。