真夏の夜の怪奇録   作:ビッグフロント博士

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第4章 壊れたブレーキ

翌日の朝、小野は目を疑った。毎日、真面目に登校する木村が学校に来なかった。それも、自分が尾行役の部下を派遣した日の翌日に。

 

(しまった…バレたのか…)

 

小野はその日、気が気では無かった。今、木村は自分の身の周りに近い人物で、且つ秋吉の事をよく知る人物。最終計画「game」の遂行には欠かすことの出来ない上に、秋吉に近い人物ならば、いずれ消さなければならない。逃げられてしまっては厄介なのだ。

 

小野は放課後、一人教室でイライラしながら尾行役の男の連絡を待った。

 

待てど暮らせど連絡が来ないので彼の怒りが頂点に達しようとした時、小野のスマホのバイブレーションが胸ポケットの中で響く。小野は素早く手に取り、

 

「遅いぞ!貴様何をしていた!」

 

教室でうるさい程に怒鳴る。小野の口調は連絡の遅さに対する怒りと遂に報告が来たという興奮で完全に変化してしまっている。それに対し、男は能天気な様子で答える。

 

「いやー、すいまへんね~。三人の向かった道場の門前で様子を伺っていたら、突然、秋吉ご本人が私の存在を勘づいてすっ飛んできたんですよぉ〜。見つかるギリギリで能力を使ったからバレなかったけど、さすが秋吉、アレはビビりましたねぇ〜。」

 

「道場?木村は道場に行っていたのか。その道場はどこだ!」

 

「焦らないで下さいよ〜。学校を出て南に降り、中心街を抜けたあと、南部の住宅地の前を東に進んで…」

 

男は小野に三人が道場へ向かった道順を、事細かに説明した。

 

「なるほど…そこに秋吉が住んでいるんだな?で、その後の三人についての居場所は?」

 

「え?三人については尾行してませんよ。」

 

「…!! なぜ尾行しなかった!」

 

「なぜって、秋吉が突然こっちに来たから、私も逃げたんですよ!当たり前でしょう?一対一では勝ち目ありませんから。」

 

「クソッ…」

 

「あ、もう尾行の報告は『ゼロ』に報告したんで、そっちからはいいですよ。あぁ、そうだ、ゼロから貴方に伝言です。君は重要な役目を果たしてくれたから、しばらくは三人に怪しまれないように普通の教師として過ごせ、との事です。」

 

「…その事なんだが、木村が学校に来ない。」

 

「…は?」

 

「それどころか、さっきから正門付近を教室から見てるんだが、連れの二人も現れない。」

 

「それって…」

 

「気づかれたかもしれない。」

 

「ちょっと、ソレって…洒落にならないですよ!ゼロにどう報告するつもりなんですか!」

 

「知るか!元はと言えばお前が調子に乗って能力を使わないまま偵察してたからだろうが!どうせそれで秋吉にバレたんじゃないのか!?」

 

「そんな言い方ないでしょ!…確かに少し余裕かましてたけど…貴方こそ木村とかいう少年に変な質問の仕方したんでしょう?貴方は、心理状態の変化ですぐに口調と態度が急変しますもんね。」

 

「…!!」

 

「とにかく、ゼロの言うことは絶対なので。くれぐれも余計な事をしないでくださいよ?あとは我々、直属の部下がなんとかしますから。貴方が何かやらかしたら、怒られるのは私なんですから。」

 

そう言って相手の方から電話が切れた。小野は正門の監視を諦めるかのように、肩を落としてうなだれた。窓から差し込む夕日が、小野の影をゆっくりと伸ばす。

 

 

さて、少し時間を戻そう。

 

 

木村、田所、三浦が道場からそれぞれの家に帰ったあと、木村は一人、部屋の中で悩んでいた。秋吉師範の言っていた事は本当なのか、自分が今どんな状況下にあるのか、これからどうすればいいのか。そして、

 

自分は何を信じればいいのか。

 

何もわからないまま、突然『運命のベルトコンベア』に乗せられた気分だ。木村の頭の中には、ただ漠然とした不安が海のように広がっていた。

 

とりあえず落ち着くために、木村は事件に遭遇した日から、身の回りに起きた不可解な出来事をノートにまとめた。そして、そのページのある一行をじっと見つめたあと、何かを決心したかのようにベットにおいてあったスマホを手に取り、電話をかけた。電話の相手は田所と三浦。

 

木村はノートに記載した自分の身に降りかかる不自然な現象と、秋吉師範の意味深な言葉、そして彼は秋吉の言う通りに学校をしばらく休むことを決めたことを二人に伝え、二人にも学校を休むことを勧めた。

 

二人も木村に何かおかしなことが起きているのを理解し、三人の中で何かあったら『ある場所』へ逃げることを決めた。

 

 

そうして学校を休むこと三日。母には体調不良とばかり言っていたが、三日連続で体調不良は、さすがの母も怪しむようになってきた。

 

息子の思春期のことを心配していた母が木村に問いかける。

 

「ナオキ…本当は体調不良じゃないんでしょ?息子の事だから、そんな嘘すぐにわかるわよ。お願い、学校を休んでる本当の理由を教えて?」

 

テーブルを挟んで自分と対面する母は、息子がきっと何かのトラブルに巻き込まれてるに違いない、と確信していた。木村は涙ぐむような目をして訴えかける母の顔を見て、学校を休んでいる本当の理由を言わなくては、申し訳なくてやってられない気持ちになった。

 

そして木村は、閉ざしていた重い口を開こうとした時、

 

ピンポーン

 

二人の会話を遮るようにインターホンが鳴った。母が応答に出ると、マイクから聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「木村さんのお宅ですかぁ〜?担任の小野です〜。ナオキ君の顔を最近見ておりませんので、もし宜しければお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 

「あ、小野先生ですか。うちの息子がお世話になっております。今ドアの鍵を開けますので、どうぞ上がって下さい。」

 

「貴重な時間を分けていただきありがとうございます。」

 

木村は直感し、焦った。

 

(…奴だ。殺しに来る、自分と接触できないから家庭訪問という名目で自ら乗り込んできたんだ…)

 

木村は急いで上の階へ上がり、自分の部屋に入るとドアの鍵をかけた。そして、床に耳を当て、下の階の様子を聴くことにした。

 

一階では既に小野がリビングで母からお茶をもてなされているところだ。

 

「わざわざお忙しい中、息子がご迷惑をおかけします。」

 

「いえいえ、生徒一人一人の声を聞くことが、教師としての仕事ですので、お気になさらず。そういえば、ナオキ君のお父様は…」

 

「夫は現在、単身赴任中で海外にいます。」

 

「おやおや、お母様はおひとりでナオキ君のお世話を、大変ですね。」

 

「夫は異国の地で頑張って働いているので、今の生活があるのも、全て夫のおかげです。だから私も、たとえ一人でもナオキの事を守ってあげないとって、思うんです。」

 

「貴方のような奥さんを持っているお父様が羨ましい限りです。それで、そろそろ本題に移りたいのですが…」

 

「ナオキの事ですよね?ナオキなら…あれ?さっきまでリビングに…」

 

「どうかしましたか?」

 

「多分、ナオキなら上の階にいると思うのですが…」

 

「上の階、ですね?わかりました。できれば、ナオキ君と一対一でお話したいのですが、ナオキ君のお部屋に入っても宜しいでしょうか?」

 

「はい、でも、きっとナオキも悩んでいる事があると思うので、無理強いさせるような質問とかはよして下さいね。」

 

「えぇ、勿論です。そこはご安心ください。」

 

そう言って、小野は階段を上がる。ギシッ…ギシッ…と、一段ずつ上る音がだんだん近づいてくる。

 

(このままでは見つかる。)

 

そう思った木村は部屋の窓を開け、一階の屋根に降り、誰にも気づかれないように表玄関に周り、静かにドアを開けね靴箱に置いてある靴を履く。ここまでの動作は、まるで一流の忍者のような素早く的確な動きだった。そして、約束していた『ある場所』へ向かいながら、小さくなってゆく家の外観を見て、

 

「母さん、ごめんなさい…」

 

と、一言呟いた後、ポケットに入れていたスマホを取り出し、三浦と田所に電話をかけた。

 

一方、部屋のドアが開かず、母にスペアの鍵を取ってきてもらい、ようやくドアを開けた小野は、母に一階で待ってもらうよう指示し、ゆっくり部屋へ入っていった。

 

「木村君〜?担任の小野ですよォ〜?…え?」

 

ドアを閉めて部屋を見た小野は驚愕した。そこに木村の姿はなく、直前まで生活していたあとだけが残されていた。

 

「クソが…どこ行きやがった。」

 

小声でボヤいた小野は、なにか手がかりになるものは無いかと部屋の物を物色し始めた。その途中、勉強机の上に開きっぱなしで置いてあった一冊のノートに目が留まった。

 

そこには木村が自分の周りで起きた不可解な出来事を記載していたのだが、その中に事件の事について話すと態度が急変した不自然な小野の事についても記載してあったのだ。

 

小野はここで初めて、数日前から木村と連れの二人が打ち合わせでもしたかのように突然学校に来なくなった理由がわかった。

 

自分のミスが原因で、みすみすターゲットの一人を逃すことになった小野は、その怒りと自分も直属の幹部になるには『ゼロ』に認められなければいけないという焦りから、

 

「木村ァ…必ず俺が見つけ出してこの手で殺してやる…」

 

と、癖で余計な一言がポロッとこぼれてしまった。そして、最後に見落としは無いか部屋の中を見渡してから部屋を出ようとしたその時、部屋のドアがガタンと開いた。

 

「うちの子に何をする気!?」

 

そう言って荒い息をあげながら、台所から持ってきたであろう包丁をこちらに向けた母が入ってきた。

 

「…聞いてしまったんですか?お母様。」

 

どうやら息子との会話が気になって、実はドア越しで耳を澄ましていたようだ。そしたらドアから教師の恐ろしい一言が聞こえたので、驚いた母は自分の息子を助けようとしたのだろう。

 

「息子を殺させはしない…!すぐに出て行って!さもないと…包丁で刺すわよ!」

 

「言われなくてもすぐに出ていきますよ。それよりお母様、息子さんは今どこにいるかわかりますか?」

 

「知らないわよ!そんのこと!仮に知ってても、息子を殺そうとするアンタなんかに教えるものですか!」

 

そう言って手を震わせながら脅す母を前にしても、全く小野は動じない。それどころか、ジリジリと母の方へ歩み寄ってくるではないか。

 

「そうですか…知らないですか…残念です。本当ならここで息子さんを殺したあと、貴方と何食わぬ顔でこの家を後にする予定だったのですがね。少し予定が変わりました。…私の真の目的を知ってしまった貴方もターゲットの一人です。」

 

「ターゲット…?どういう事よ!ナオキとアンタはどういう関係なのよ!」

 

すると、小野の足元から、黒いモヤのような煙が立ち上ってきた。

 

「何よ…これ…! は、早く出て行きなさい!」

 

母が絶叫に近い怒号をあげた。それでも小野は落ち着いた様子でこう言った。

 

「ちゃんと出て行きますよ。…あなたを殺したあとにね。」

 

その途端、足元の黒い煙が一気に立ち上り、やがて質量のある人の形をした『異形な者』に変化した。指が鋭く鋭利な刃と一体化した悪魔のような姿の化け物は、大きな口を不気味にニヤつかせ、複眼のような目には得体の知れぬ恐怖に青ざめる母の顔が映る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

木村の家から母の死体が発見され、速報のニュースで流れたのはその日の夜だ。

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