真夏の夜の怪奇録   作:ビッグフロント博士

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第5章 虎と龍

木村は無機質な住宅街の白壁が、夕日によって美しい紅緋に染め上げられた幾何学的構造の世界の淵をひた走る。時々パトカーと数台すれ違い、サイレンの音が木村の気持ちをより、焦燥に駆らせた。

 

住宅街を抜ける途中、三浦と合流した。

 

「木村!木村!」

 

「三浦先輩…!」

 

三浦に気づいた木村が駆け寄る。

 

「電話で聞いたゾ。家族の方は…?」

 

「わかりません。でも、母ならきっとうまく逃げてるはずです。」

 

「…そうだな。小野もターゲット以外の人を無闇に襲ったりはしないだろう。」

 

そう言いながらも、三浦の顔はこれから起こる嫌な予感を察知しているような、曇った表情をしていた。

 

「ところで、田所先輩は?」

 

「田所は俺も見てないゾ…」

 

二人は「まさか」と言わんばかりに顔を合わせた。木村は一瞬、田所の住むマンションまで戻ろうとしたが、三浦が静止した。

 

「今戻っても、もう手遅れかもしれないゾ。俺たちはしばらく戻ることが出来ない、進むしかないんだゾ。」

 

そう説得され、木村も納得した。二人は走りながら田所の無事を祈った。

 

住宅街を抜け、郊外の道を進む。住宅の間隔は大きく広がり、日も暮れ始めた。道標になっているのは、道脇に設置してある街灯だけだ。

 

しばらく歩き、周りの景色が木の茂みと絨毯のように広がる田畑だけになった頃、目線の先に大きな木造の屋敷が見えた。そう、彼らが向かっていた『ある場所』とは、秋吉の道場だった。

 

二人は門前までやって来たが、田所の姿はない。仕方がないので、二人はそのまま田所を待つことにした。

 

「田所先輩…まだ来ませんね…」

 

「ちゃんと田所に連絡したのかゾ?」

 

「はい、たしかに連絡しました。『ん、おかのした。』って返事をしてたのを覚えてます。」

 

「もう日が暮れて周りも暗い。最悪の場合、田所のことは諦めて、俺たち二人だけでも秋吉さんに匿ってもらうことにするが、それでもいいか?」

 

「そうなってしまったら、受け入れるしかありません。できればそんなこと、あって欲しくはないんですが…」

 

そう言いながら二人は、半ば田所のことを諦めかけた。その時、

 

「お ま た せ ☆ 」

 

聞き覚えのある声が暗闇から聞こえた。二人はハッと顔を上げる。

 

街灯の下に立っていたのは、ライトの光で日焼けがゴキブリのように黒光りした田所だった。

 

「田所先輩!」

 

「遅いゾ!心配したゾ!」

 

「いや〜、ごめんごめん。向かってる途中で遠野に『しばらく用があって直接会えない』って事と、『この事を他の人に喋ってはいけない、二人だけの秘密♡』って連絡するの忘れててさぁ〜」

 

「…(相変わらず緊張感無ぇなぁ)、どんな様子だったゾ。」

 

「そりゃあ、もう寂しそうな反応でしたよぉ〜。それでね…」

 

田所が遠野とのしばしの別れを惜しむ話をしていると、

 

ガラララッ

 

「お前らァ、こんなところで何やってんだ。」

 

重厚な音を立てて開いた門から私服姿の秋吉が出てきた。三人は縋るように頼み込んだ。

 

「お願いします!担任の先生が突然やってきたんです!何の連絡もなしに!きっと僕を狙ってたんです!」

 

「俺達も、木村の呼びかけに応じて秋吉さんに助けを求めに来たんですゾ!」

 

秋吉は最初困惑したが、木村の切迫した眼差しを見て、木村に何が起きたのかを悟った。秋吉の考える、最悪の未来が現実になろうとしていたのだ。

 

「よしわかった。とにかく家に入れ。詳しい話はあとで聞く。」

 

秋吉は三人を家に招き入れた。その後、外に誰もいないか確認し、門を閉める際にボソッと呟いた。

 

()()()()()()()()()。」

 

その一言が、偶然木村の耳に入り、彼はなんとなくその言葉が不思議に思えた。

 

三人は秋吉に二階の応接室まで連れられた。中はとても広く、北側の壁の中央には大きな薄型テレビがあり、その前方に長方形のガラステーブルと三人がけのソファー、さらにテーブルの両端に一人用のソファーが一つずつ置いてある。

 

三人が中央のソファーに座った後、何あったのかを問われたので、木村は教師の異常な雰囲気を直感で感じ取り、ここまで逃げてきたことを話した。

 

「なるほど。じゃあまだ、お前の母親についての安否はわかってないってことだな?」

 

「はい。」

 

「それに、お前は担任の教師と目を合わせる前に逃げたってことだから、つまりお前の勘違いの可能性もあるって事だな?」

 

「…はい。」

 

木村の答えに田所と三浦は驚く。

 

「木村、お前、電話の時のあの焦り方、直接襲われたんじゃなかったのかゾ!?」

 

「待ってくれよ、お前の勘違いなら、俺はもう遠野にしばらく会えないって言っちまったぞ!?どうすればいいんだよ!」

 

「お前ら落ち着け、木村の直感が正しいか否かは、テレビをつければわかるかもしれない。」

 

木村はドキッとした。そうだ。もし、自分の勘違いならそれでいい。何も無かったのだ。しかし、直感が本当ならテレビをつけたら…もしかしたら…と。三浦と田所も、木村が何を考えていたかすぐにわかった。

 

「お前ら、どうする?テレビ、つけるか?」

 

秋吉の質問に木村が真っ先に答えた。

 

「お願いします。」

 

田所と三浦は驚いた。一番テレビをつけて欲しくないはずの木村が率先して願い出たからだ。

 

「…わかった。じゃあ、つけるぞ。」

 

そう言って秋吉は壁に取り付けてある薄型テレビの電源をつけた。しばらくの沈黙のあと、夜のニュース番組の音声が流れ始めた。

 

まず最初に速報で伝えられたのは、今自分がいる街で発生した殺人事件についてだった。

 

被害者の写真に写っているのは、紛れもない、木村の母だった。

 

三浦と田所は言葉を失い、ゆっくりと木村を横目で見た。木村はただじっとそのニュース速報を見ていた。そこに「感情」といったものは何も感じられなかった。

 

秋吉は頭を抱えるようにして俯いた。18畳の広い応接室は重苦しい空気で満たされた。

 

木村の自宅で起こったニュースが終わると、木村はそっとテレビの電源を落とした。そして、自分の事で精一杯で母に危険を知らせることが出来なかったことを悔やみ、秋吉と二人の前で懺悔した。

 

「僕が…僕がいけなかったんです。母さんを見捨てて自分だけ逃げたから、僕には罰が下されたんです。」

 

「違う!」

 

突然、秋吉が大声をあげた。

 

「俺だ…俺が全ての原因なんだ…()()()のことも、お前の母親の事も…」

 

「どういう、事ですか…」

 

いつも頼れる師範からは出るはずのない、悲しさで狼狽した声が、三人を驚かせた。

 

「俺が、お前らを巻き込んでしまった…こんなはずじゃなかったんだ…許してくれ…」

 

「巻き込むって…秋吉さん、が…?」

 

木村は理解に追いつかず、詰まりながら尋ねた。秋吉は、携帯の画面を見ながらこう答えた。

 

「あぁ。二週間前にきょうへいが殺されたのも、お前の母親が殺された事も、全てには黒幕がいる。そして、その黒幕は…」

 

「…俺の…元仲間だ…」

 

三人は驚愕した。だが、三浦は何かが引っかかり、秋吉に質問した。

 

「でも…木村の母さんが殺されたのも、その黒幕って何故わかるんですゾ?」

 

「…携帯を見ろ。ニュース記事がポップアップ表示されてるはずだ。」

 

三人は自分のスマホを見た。

 

「「あっ…」」

 

一同は思わず声を漏らした。画面には、

 

『下北沢高校生徒・失踪殺人事件について、担任の教師がコメント』という最新のニュース記事が表示されていた。記事を読むと、小野が記者からの質問に対し

 

「今回の非常に痛ましい事件の被害者である木村君の心中をお察しするとともに、木村君を含む三名の生徒の一刻も早い発見、保護を願っています。」

 

と、コメントしていた。これを見た木村は、声を震わせながら

 

「そんな…小野は確かにこの家に来たんだ…」

 

そう言って秋吉の方を見た。

 

「数時間前まで、確かに現場には小野がいたんだゾ。つまり、木村の母親を殺したのはほぼ小野で間違いないゾ。だが捕まってないゾ。…どういう事だゾ?木村の担任はプロの暗殺者か?」

 

「んでも、ニュース記事には木村のお母さんは数箇所の裂傷痕があったって…小野は普通の教師っすよ?そんな派手な殺害の仕方だったら、普通返り血とか浴びて、まず後処理とかにすごい時間がかかる筈っすよ。第一発見者が被害者の叫ぶ声を聞いて駆けつけた近所の住人だったから、殺したあとにすぐ家を脱出したとしか思えないワケで…」

 

「田所、お前、こういう時に限って妙に鋭い指摘をするゾ…」

 

「じゃあ、小野は母さんを遠距離で斬り殺したって事ですか?有り得ないですよ!」

 

木村は犯人がのうのうと自分達のことを心配するようなフリをして取材に応じているのが許せず、その怒りと憎悪の念から、つい語気を強めてしまった。

 

「いや、有り得る。」

 

秋吉の一言で、三人の推理論争はピタリと止んだ。

 

呪霊使(ジュレイツカ)いだ。」

 

「ジュレイ…ツカイ?」

 

木村たちは聞いたことの無い、現実離れした言葉に理解し得ない状態だ。

 

「ああ、きっと、その小野ってやつも呪霊使いなんだろう。でなければ、飛び道具も使わずに返り血も浴びず、相手を滅多斬りになんて出来ないはずだ。」

 

「な、何ですゾ?その呪霊使いって。」

 

「人間が本来持つ殺意や狂気、恨み等の憎悪の念が人によっては形になって現れるのが、呪霊だ。…そうだな、『生霊』って知ってっか?人がある特定の相手に強い想いがあると、その相手の周りで、想いの念が何らかの形として現れるって現象、アレのもっと強いやつだと思ってもらっていい。」

 

「いや、いやいやいやいや。有り得ないっすよ、秋吉先生。漫画の世界じゃあるまいし、そんなのが本当にあったら、今頃テレビで有名になってますよ!」

 

理解し難い話を秋吉が淡々と喋るので、田所は怖くなった。

 

「そもそも、そんなの在るって証明出来るんすか?」

 

「ああ、証明はできる。俺が現代の呪霊使いの生みの親だからだ。」

 

「ええ!?」

 

あまりにも唐突で現実味の無い秋吉のカミングアウトに三人は戸惑った。

 

「証明できるなら、今、呪霊を出現させることってできますか?」

 

「今からでもできる。だか、今はできない。」

 

木村の質問に、秋吉は不可解な答え方をした。

田所と木村は、その難解な答えに、とうとう頭がおかしくなったのかと疑いかける程だったが、

 

「つまり、秋吉さんも呪霊使いで呪霊を出すことはできるが、今の状況では出せない。ってことですゾ?」

 

三浦が補足する形で秋吉に質問した。

 

「あぁ。そういう事だ。」

 

そして秋吉は深く息を吸い込み一度深呼吸をした後、一連の事件の経緯について語り始めた。

 

「俺が呪霊の存在に気がついたのは迫真流を教える先代の弟子だった頃だ。高齢だった先代は師範代の継承を考えていて、俺は、継承者の候補として一番近い存在だった。だが、それを良く思ってない男がいた。浜崎って男だったんだが、そいつは弱くてな、何度試合で俺に勝負を挑んでも、その度に俺は造作もなく浜崎を叩き伏せた。その頃の浜崎は、俺にとって向上心の高い、弱いけれども健気なやつに思えたが、奴にとっては同じ時期に入門した相手なのに、その相手に全く歯が立たない、そんなスポーツでよくある事が、アイツには許せなかったんだろう。」

 

三人は初めて聞く秋吉の過去に、真剣な眼差しで静聴している。

 

「俺が迫真流の継承者として正式に先代から認められた日に、そいつは姿を消した。そして、継承式の前日に先代は不審死を遂げた。俺は確信した。アイツがやったに違いないと。結局、先代不在のまま、継承式を行い、俺はこうして迫真流の師範になったんだ。」

 

秋吉はただ一点を見ながら思い出すように続けた。

 

「後日、先代の奥さんが俺に読んでほしいと二枚手紙を寄越した。手紙には血糊が付いていた。恐らく先代が死ぬ直前に最後の力を振り絞り書いた手紙だろう。そこには、この手紙を読むということは自分が既に死んでいること、そして『呪霊』について書かれていた。最初読んだ時はまるで意味がわからなかった。そう、さっき呪霊について知ったお前らと同じ反応だ。」

 

そう言うと秋吉は、テレビの横に置いてある古びたタンスの中から一枚の手紙を取り出し、テーブルに広げた。手紙には褐色に変化した血の跡が付いている。先代の手紙だ。

 

「だが、その手紙から浜崎が先代を殺した事が用意に理解出来た。先代がその手紙に、浜崎に呪霊使いになる技術を伝授したことに対する後悔の念を綴っていたからだ。先代の手紙によれば、浜崎は俺が継承者に決まる数日前に、稽古の終わった夜、一人で先代のもとに駆けつけ、俺を超えるような力が欲しいと頼み込んだ。先代は最初、それは己の迫真流空手が俺よりも劣ってるからと宥めたが、それでも帰らない浜崎に、先代はとうとう愛する弟子の一人の執念に根負けし、誰にもその力を使わない事を誓約させ、あまりにも危険な力として四代前から封印されていた呪霊の会得について伝授してしまった。弱かったが弱いなりに努力していた浜崎を先代は完全に信用してしまっていたという。」

 

「その後、姿を消したと思われた浜崎が、継承式の前日の夜、先代の前に突然現れた。呪霊を使い、先代を斬り伏せた浜崎は去り際に『呪霊の出し方はわかった。あとは自分の呪霊の威力を確かめたかった』と言い残してその場を後にした。…残りの一枚の手紙には俺の為に呪霊の会得について書かれていた。俺は先代の遺志を汲み取り、浜崎を見つけ先代の仇をとるために、呪霊の力を手に入れたんだ。」

 

秋吉の非現実的で壮絶な体験談に三人はただ黙って聞くことしかできず、木村が、ゴクリと息を呑み、こう聞いた。

 

「それで、その浜崎とはもう会ってないんですか?」

 

「あぁ。一度も会っていない。だが、その名前はその後も何度か耳にした。師範になって数年が経っても、俺は心のどこかで浜崎を探していた。絶対どこかで息を潜めている、そう思ってたんだ。先代の道場が閉鎖され、門下生の仲間たちはバラバラに自分の道を歩んでいったが、その中に数名、俺と同じ疑念を持つ者がいた。その一人が恭平だ。」

 

「恭平…?」

 

「この街の第一の殺人事件の被害者だ。木村、お前があの日に見た男だ。その恭平を含む数名が浜崎の行方を探すために俺の元に集まった。そして、俺はその数名に呪霊を伝授した。もし誰か一人でも浜崎を見つけたら惜しまずその力を使って倒して欲しかったからだ。」

 

「それで…見つかったんですか?」

 

木村が尋ねる。

 

「いや、恭平以外、直接見つけることが出来なかった。」

 

「じゃあ、恭平さんって…」

 

「事件の二週間前に恭平から俺に連絡があった。警察官の知り合いがいて浜崎について聞いてみたら、ちょうど警察も暴力団等、裏社会に潜む『ある闇組織』について捜査していたようだ。その組織の中でトップに立っているのが、浜崎。裏社会の中では『赦夢(シャム)』とか『ゼロ』といった異名で知られいるらしい。恭平は情報を得るため、その組織に接触しようとしたんだ。」

 

「それで、どうなったんですか?」

 

三人は完全に秋吉の語る過去の世界に引き込まれている。

 

「最初は上手くいってたみたいなんだ。俺宛に度々連絡が来ていた。どうやら浜崎…いや、赦夢は暴力団とも対等に渡り合える程の規模にまで組織を大きくしていたようだ。そして、幹部級メンバー全員と一部の構成員が呪霊使いだったらしい。だが、本命の赦夢には直接会うことは出来なかった。さらに、途中で潜入が発覚し、恭平は赦夢を追う立場から追われる立場に逆転してしまった。俺は恭平に詮索を諦めて自分の元に逃げるよう呼び掛けたが、アイツの返事はノーだった。『今、赦夢を発見した。ここで奇襲を仕掛けて全てを終わらせる。』このメールを最後に恭平からの連絡は途絶えた。」

 

「そんな、それじゃあ、恭平さんは奇襲を仕掛けたけど…」

 

「おそらく負けたんだろう。恭平は最後に何度も俺に電話をかけていたが、その時は事務の処理に忙しく、気づいてやることが出来なかった。恭平がなぜ死んだのか…赦夢本人が一人になっておびき寄せたのか、赦夢本人が俺たちの想像を超える強さだったのか。だが、奴の事だから、その両方だったんだろう。そこで、俺達も仲間を募らなければいけないと思い、新しくこの街に道場を開いたってわけだ。そこに、お前達が入門してきた。」

 

「もしかして、秋吉さんはいずれ、俺たちに呪霊の力を伝授しようと…」

 

「あぁ。そのつもりだった。だが相手もよく考えてやがる。死んだ恭平の携帯に入っていた俺の連絡先から、俺の住んでる街まで絞り込んできたんだ。そしてアイツらは俺の居場所を探るために包囲網を敷いた。ある者は教師(小野)として。ある者はサラリーマンとして…そんで不幸にも俺がお前らに伝授する前に居場所がバレちまったってことだ。」

 

「僕が…秋吉さんの名前を教えたから…」

 

「いや、奴らは虱潰しに街を調べていた。お前が俺の名を言おうが言うまいが、いずれバレる運命だったんだ。」

 

そこに、田所がひとつ提案した。

 

「じゃあ、今から僕たちに伝授してくださいよ!まだ間に合いますよ!」

 

だが、秋吉は首を横に振った。

 

「ダメだ。もう間に合わない。さっきから奴らの気配を感じるんだ。呪霊使いは自身の殺気同様、相手の殺気にも敏感に反応する。俺と相手、今こうしてる間にもお互いに殺気を使って牽制しあっているんだ。人数は…二人ほどか。いつ俺たちに襲いかかろうかタイミングを伺ってやがる。」

 

「秋吉さんは、さっきからずっと赦夢の奴らに睨みを効かせながら喋ってたんですか…!」

 

三浦が驚きのあまり目を見開く。

 

「じゃあ、尚更…」

 

「それに、呪霊はそんな短時間に会得できるもんじゃねぇ。ある程度の期間が必要になる。しかも、資質のある者しかその力は手に入らない。」

 

「そんな…」

 

木村が落胆する。

 

「ポッチャマ…」

 

「クゥーン…」

 

続けて二人も頭を抱えた。

 

「安心しろ。お前らは意地でも俺がここから逃がす。いいか、俺が『走れ』と言ったら今いる応接室を出て、廊下の一番奥にある俺の寝室へ行け。そこに金メッキの縁で飾ってある本棚があるから探せ。本棚は横にずらす事ができて、本棚を退かした跡に人ひとりが入れるぐらいの小さな穴がある。その穴の中に身を投げれば、あとは滑り台のようにその中を滑るだけでいい。穴を抜けた先は、下水道に繋がっている。暗いかもしれないが、端っこを歩いておけば必ず俺がつけた赤いマークを見つけるとこができる筈だ。マークを見つけたらその近くにあるハシゴを使って上に登れ。登った先にマンホールがあるから押上ろ。その先は、昼夜車の通りが多い大通りだ。」

 

「そんな、秋吉師範はどうするつもりですか!」

 

「俺はこの道場で可能な限り時間を稼ぐ。相手の一番のターゲットは俺だ。この夜、確実に俺を殺すために。きっとお前らの始末はその後と考えてるだろうから、俺が戦っている内に逃げるんだ。」

 

「わかったゾ…僕達は逃げますゾ…でも、絶対に秋吉さんも逃げ延びて欲しいゾ!生きてて欲しいゾ!」

 

「わかってる。ここで死ぬつもりはねぇよ。…そんで、お前らが大通りに出たら、さすがの赦夢たちも人気の多い場所で容易に手出しはできねぇ筈だ。マンホールを出た向かいの通りに下北沢センタービルがある。そのビルの三階に『SM BAR 源』って店があるから、その店の店員の久保に、『秋吉の頼んでいた三人』って伝えるんだ。」

 

「そしたら、どうなるんですか…?」

 

「久保は俺が信頼する男。アイツも中々強い。少なくともアイツがいる限りは安全だ。久保の下で呪霊を伝承してもらい、赦夢と戦える力をつけろ。」

 

重厚な木材で造られた道場の表門に、二人の影が近づく。

 

「しばらくのお別れだ…」

 

「秋吉師範…」

 

「走れぇぇぇぇぇぇぇ!」

 

秋吉の大声と同時に道場の表門の方からドカンと大きな破壊音が聞こえた。

 

「秋吉師範…!」

 

「木村、走るゾ!」

 

「で、でも…!」

 

「早くしろよォ!」

 

木村は田所と三浦に引っ張られながら寝室へ走る。徐々に小さくなる秋吉の背中を、木村は扉が閉まる最後まで見ていた。

 

バタン

 

扉が閉まる音を確認すると、秋吉は一階へゆっくりと階段を降りていった。

 

三人は指示通りに本棚をずらし、脱出口を見つけると、三浦、田所の順でその中に入っていった。木村は一瞬躊躇ったが、勇気を出して中に入った。その瞬間、ドアの向こうから『ウィィィィィィィィッスゥゥゥ』と別人の声が微かに聞こえた。しかし、滑り出した身体はもう止まらない。何も見えない闇の中に身を任せなが、秋吉の無事を祈るしかなかった。

 

一階の稽古場には表門を派手に壊して入ってきた二人組の男が立っていた。

 

「おかしいですね、確かに気配を感じるんですがねぇ^ ^」

 

と、常に笑顔な筋骨隆々の大男が辺りを見渡していた。隣には全身を黒コートで包んだ男が立っている。

 

「そんなに大声出さなくても聞こえてるっつーの。」

 

階段から秋吉が降りてくる。天井には電気がついていないため、稽古場の中は二階の階段からの光しかなく薄暗い。

 

「あ、いましたね^ ^」

 

上半身がゴリマッチョなおじゃる丸ヘアーの男は、その体格に見合わず小さな声だ。

 

「お久しぶりの秋吉さんだァ!ワァァァオッ!」

 

横の男がフードを脱ぎながら叫ぶ。その顔はオーバーサングラスをかけ、坊主に近い短髪。

 

「変わってねぇなぁ…浜崎(シャム)。」

 

呆れたような様子で赦夢の顔を見る秋吉。だがその瞳の奥には闘志の炎が燃え滾っていた。

 

「…横のデブは何だ? 用心棒(ガードマン)か?」

 

「用心棒、と言われれば、そうですけどもォ、正確には、『肉おじゃ』って言う優ゥゥ秀ゥゥな部下なんですわぁ。」

 

「お手柔らかに、お願いしますよ^ ^ クキキキ…」

 

肉おじゃが不敵に笑う。

 

「じゃ、俺はお前ら二人をまとめてぶっ殺せばいいって事だな?」

 

秋吉の足元から黒い煙が立つ。

 

「いやァ〜、もうちょい秋吉さんと喋りたかったんですけどもォ〜、これも、運命なんですかね〜」

 

そう言って赦夢の足元から黒い煙が、肉おじゃは全身から赤い煙が彼の上半身を包む。

 

「後悔しても遅せぇからな、赦夢。」

 

「では張り切っていきましょうッッ!ヘェアウィィィィ、ゴォォォォォォ!」

 

赦夢の声が稽古場に谺響する。

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