真夏の夜の怪奇録   作:ビッグフロント博士

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第6章 羊と狼

真っ暗でジメジメした下水道の中を三人の青年が進む。頼りになるのはスマホのライトだけで、低い天井や壁には苔や水垢がびっしりと付き、まるでホラーアドベンチャーゲームでもやっているかのような気分にさせられる。

 

「オォン…アオン…やっぱり下水道って臭うっスね~、こんなところ早く抜けちゃいましょうよ。」

 

「お前が言うぐらいだから相当だゾ。でも、ここが安全だって、秋吉さんが言ってたんだから俺たちは信じるしかないゾ。」

 

「なんか悪意が感じられるんスけど。」

 

「あ、三浦さん、田所さん、コレ…」

 

木村の指さす壁に赤いスプレーで大きく「✕」が描かれている。その壁は半円に窪んでおり、ハシゴの側面がチラリと見える。

 

「アレですよ!間違いないです!」

 

「ンアァァ…やっと出られるよ〜、もぉ~」

 

「そこを上にあがれば、大通りか…」

 

ハシゴの前に着くと三人は順に登っていった。先頭の田所はマンホールの存在に気づかず頭をぶつけるも、片手で難なくマンホールを押し退けてた。

 

三人はマンホールの穴からひよっこり頭を出し、周りに人がいないか確認したあと体を乗り上げるようにして出てきた。側道はレンガタイルで舗装され、まだ夜だというのに車道の両脇に連なるガス灯の見た目をした街灯の白熱に照らす明かりが焼きつけるように眩しい。

 

中央の4車線の道路には、仕事帰りか、営業に向かうのか、それともこれから出勤するのか。たくさんの車が忙しそうに行き来している。車の過ぎ去った後を追うようにヘッドライトの光芒が走る。その向こうには大きな鉄筋コンクリート造のショッピングモールのような施設があった。

 

「アレが、下北沢センタービル…すごく、大きいです…」

 

「三階に秋吉師範が信頼する仲間のSMバーがあるんですよね。」

 

「早く行こうよ~」

 

「でも、もう10時ですし、中の店は殆ど閉店してると思いますよ。それに、もしかしたらビル自体がしまってる可能性もありますし…」

 

「あ、そっかァ。確かに、ビルの窓はどこも光ってないゾ。恐らくビル内ほぼ全ての店舗が営業を終えてるゾ、だからと言って赦夢の手下が徘徊する外で世が明けるのを待つわけにもいかないし…家に帰ろうにも住宅街は赦夢の手中に収められているし、そもそも木村が帰れないし…やはり何処か入れる場所を探してあの中にいる方が安全だゾ。」

 

「そうですね。まずは、建物内に入れる場所がないか探してみましょう。」

 

「早く行こうよ~(二回目)」

 

向かいの大型ビルへ向かうため、三人が右手にある横断歩道へ行こうとした時

 

「俺も仲間に入れてくれよォ。」

 

何処からか三人以外の声が聞こえる。

 

「え?」

 

「ンア?」

 

「ゾ?」

 

三人は見渡すも、自分たち以外に人の姿はない。だが、何処かからの視線は感じ取れる。木村は、自分の体が夜の寒さではなく何か別のもので鳥肌が立った。なにか、自分たちに対する威圧的なものを感じているのだ。

 

「田所さん、三浦さん、さっきから僕、変な寒気がするんです。夜の寒さじゃない、なにかに見られてるような。」

 

(もしかして…これが、殺気…)

 

「あぁ、俺も感じるゾ。その威圧的なオーラがこっちに近づいていている気がする…」

 

「え?そんな変なの感じる?」

 

田所は実感がなく周りをキョロキョロと見渡す。よく耳を澄ますと誰かの声がした方から足音が聞こえてくる。

 

「なんだゾ!?誰もいないのに!」

 

「先輩!走りましょう!」

 

「ちょっ…マジこれ…怖スギィ!」

 

三人はその場で車道へ走り出した。横から迫る車はこぞってクラクションを鳴らしながら急ブレーキをかける。車にぶつかりそうになりながらも、三人はなんとか車道を越えた。

 

「危ねーんだよ、お前らァ!」

 

運転席からの怒号が聞こえたが、一緒にボンネットから『ボンッ』と凹むような音が鳴った。

 

(何者かが追ってきているッ…)

 

その音は誰かがボンネットを踏み台にして飛び越えた音だということはすぐにわかった。三人は全力で走り、下北沢センタービルの立体駐車場へ入っていった。

 

駐車場の中は暗く、ぽつりぽつりと点在するライトの下でなければお互いの顔がよく見えない。さらに、営業時間を過ぎているので停めてある車がほとんどない。

 

「どうしますか、隠れる場所ありませんよ…」

 

木村が小声で言う。

 

「どうにかして、建物の三階に入ることが出来ればいいんだが…」

 

「早く、どこかに隠れないと!」

 

三人は咄嗟に支柱の陰に隠れた。二十メートルほど離れた入口からカツン、カツンと足音がコンクリートに響く。木村たちは息を殺していた。だんだんその音は大きくなってくる。同時に、三人の心拍数も増えていった。

 

足音が、あと二メートルか三メートルに迫ろうとした時、彼らの緊張はピークに達した。瞬き一つでも相手に聞こえてしまうんじゃないかと思う程だった。

 

「…ん?」

 

隠れている支柱越しに、誰かの声がハッキリと聞こえる。男の声だ、しかも大通りで聞いた声と一緒の声。しばらくして足音は再び鳴り始め、次第に支柱から離れていった。上り坂へ向かう足音の方向から、自分達を追う何者かは上の階へ行こうとしているのだろう。

 

「これで三階に行ってから建物へ入るは無理だゾ。」

 

「一階から入るしかないですね…」

 

三人は建物への通路を探した。身の回りの音に気をつけながら、少し歩くと奥の区画に自販機が設置してあり、その光で通路の扉が照らされているのを発見した。

 

「三浦さん、ここから入れるっスよ。」

 

「開くか?田所。」

 

そっとドアノブに手をかけ、田所はゆっくりと引こうとしたが、「ガチャ」と音がなり、

 

「鍵がかかってますね。でも、三人で思いっきり引けば開きそうですけど…」

 

「でも音を出したらバレるかも知れませんよ?」

 

「どうするゾ…もう一度追われる覚悟で開けるか、このままやり過ごすのを待つか…」

 

木村は悩んだが、このままでも埒が明かないので結局開けて入ることにした。

 

「開けたら一気に走るゾ。中に入ればココよりは隠れる場所がある筈だゾ。」

 

「開けますよォ~?開けますよォ〜!」

 

田所の掛け声で三人は一気にドアを引いた。ガタンと大きな音が駐車場内に響き、ドアは開いた。

 

一階から二階の昇降坂から

 

タッタッタッタッ

 

何者かが走る音が聞こえた。三人は通路を駆け抜け、建物の中へ入った。建物内の中央は広場のように広がって、周りに多くの店舗が囲うように並んでいる。

 

その中でも一番隠れやすい、通路の出入口とは対極の位置にあるブティックの中へ入り、三人は各人、ラックに連なって掛かっている服の下に潜り込んだ。

 

息を潜めていると、出入口から走る足音が近づいた。やがて足音は中央で止まった。まだ足音の正体はわからない。

 

姿の見えない足音は出入口に向かっていき、そのまま時計回りに店舗の中を調べ始めた。一店舗ずつ三人のいるブティックに近づいてくる。

 

その場で動くこともできないまま、その足音はとうとう三人の眼前に止まった。ゆっくりと足音が店内に入っていく。

 

カタン…カタン…

 

足音は硬めの音だ。革靴でも履いているのだろうか。木村がそんなどうでも良いことを何となく思った時、

 

ガチャン

 

店の奥で何かが当たる物音がした。田所の隠れている在庫置き場だ。きっと次はここに来ると思った田所は焦って後ろを確認せずに下がったんだろう。足音もすぐに反応し、ツカツカと早歩きで在庫の服が詰め込まれているダンボールの積荷の前までやって来た。積荷の裏には田所が蹲っている。その様子が木村の隠れる位置から目視できた。

 

ほんの数秒の沈黙だったが、それはとても長いものに思えた。十秒だったか、二十秒だったか。

 

突然、足音のあった場所から虹色の脚が出現した。ジワジワと虹色の部分が増えていき、木村の前に虹色のスーツを来た男が現れた。後ろ姿しか確認出来ないが、髪はオールバックの茶髪、メガネをかけていることがわかる。そしてスーツの虹色は赤い煙に変わり徐々に消えていった。

 

(コイツが、足音の正体…)

 

木村は唾を飲んだ。幸い、こっちには気づいていない。スーツの男は、

 

「ねねねね~、逃げるのって楽しい?」

 

そう積荷に向かって語りかけると、徐に手で積荷を取っ払っていく。ガタン、ゴトンと重みのあるダンボール箱が転がり落ちる音があちこちで聞こえた。

 

「何やってんだお前…」

 

スーツの男は遂に田所を見つけた。田所もゆっくりと男と目を合わせる。

 

「…」

 

「…まずウチさぁ、屋上あんだけど、行ってみない?」

 

「…は?」

 

田所は無理やり話を逸らそうとするが

 

「ここにあと二人隠れてるんだろ~?教えてくれよ。」

 

「スゥゥゥ…三人でそれぞれ別の店選んだから、これもうわかんねぇな。」

 

「とぼけちゃって…」

 

そう言ってスーツの男は懐から拳銃を取り出し、銃口を田所の眉間に向けた。

 

「これでも思い出すのに、時間かかりそうですかねぇ~?」

 

田所はガタガタ震えながらも

 

「ま…た…多少はね?」

 

あくまでも吐かないつもりだ。そんな往生際の悪さに苛立ったスーツの男は

 

ドンッッ

 

天井に一発弾を撃ち込み、

 

「これから、お仲間が一人死ぬんだぜぇ?残りの二人も、出てきて差し上げろ(名言)。」

 

スーツの男はそう言って、田所に銃を向けながら周りを見渡した時、

 

「じゃけん、早く逃げましょうねぇ~!」

 

男の後ろから田所が飛びついた。

 

「何してんだ、お前!」

 

スーツの男が振り払おうとするが、田所のフィジカルはその程度では離れない。田所は、さらに語気を強めて

 

「暴れんなよ…暴れんなよ…」

 

と、スーツの男を羽交い締めにしようとするが、男も必死に抵抗する。田所は自分を犠牲にして、木村の三浦を逃がそうとしているのだ。

 

三浦と木村は距離が離れていたが、田所の意思は十分に汲むことができた。

 

しかし、木村たちは親友の田所を置いて逃げることなんてできなかった。どうしても見捨てる勇気を出せず、ただじっと隠れることしか出来なかった。

 

「あ〜、鬱陶しい。」

 

スーツの男が痺れを切らして銃口を田所の横腹に当てた。そして今にも引き金を引こうとした。

 

悪い予感がしたのか、体が勝手に動いたのか、木村の視界は一瞬黒く濁り、居ても立ってもいられなくなった。そして、

 

「やめてくれよォォォォォォ!!」

 

木村が飛び出した。

 

スーツの男は驚いた様子で木村を見る。そのまま木村は田所の手を引っ張り、男から離そうとした。その時なぜか、男は何も抵抗せず、田所はすんなりと男の元から離れた。店の入口近くに隠れていた三浦も合わせて飛び出す。

 

「逃げましょう!田所先輩!」

 

「行くゾ!」

 

まだスーツの男は驚きを隠せない呆然とした顔をしている。それどころか田所も、

 

「木村、さっき…お前…」

 

と、驚いた顔をしている。

 

「え?何言ってるんですか!逃げますよ!しっかりしてください!」

 

「お、おう。」

 

そう言って田所がようやく走り出そうとすると

 

「待て!」

 

その声とともに二発目の銃声を鳴らした。三人は思わず動きを止める。

 

「そこのゴリラの横にいるお前…今のは何だ。」

 

木村と三浦はキョトンとしているが、田所はしっかりと木村を見ている。

 

「え…僕の事ですか?」

 

「あぁ、そうだ。今のは()()()()()()()か聞いているんだ。」

 

「意識してって…何を…」

 

「黒いモヤだよ!黒いモヤ!」

 

身に覚えのない木村に田所が小声で囁く。スーツの男は半分呆れた様子で

 

「もういい。目覚めてないなら今、死ね。」

 

そう言って木村に銃口を向けた。

 

とっくに時計の針は12時を過ぎている。

 

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