広く、静寂な空間に一発の銃声が鳴り響く。
三人は思わず頭を丸め込み、その場にしゃがむ。
「うっ…ぐっ…」
スーツの男は苦悶の表情をしていた。
拳銃を持つ男の腕は巻き付いたロープに引っ張られ、弾丸は三人とは見当違いな方向へ放たれていた。
三浦は驚き、ロープの先を見た。
遠くにロープを持ち男の手を引っ張っている人影が見える。
「コラ!何、銃を持っている。最近のセールスマンは猟奇的な事しか考えないのか(偏見)」
そう言って近づいてきたのは、黒髪で浴衣を着た高身長の男。ロープを持つ腕から赤い煙が滲み出ている。
「あ、貴方は…」
木村の問いに黒髪の男は大仰な口調で答える。
「俺は警察だ。世の中の不逞な輩を見逃すわけにはいかねぇんだ。」
「警察!?」
「テメェ、『特対班』かッ…!」
驚く田所と同時にスーツ男も睨みながら言った。それに応えるように黒髪の男はスーツ男を睨み返して、
「あぁ、そうだ。そして、お前には、この正義の『
「クソッ…!『
黒髪の男が操るロープに負けじと、スーツ男は最後の手段に打ってでようと、突然スーツ男の全体を赤い煙が包み始めた。
「君たち、ここから離れて。三階にある『BAR・源』を探して、その店の中で待ってなさい。」
「え!あ、ハイ!」
三人は走ってその場を離れ、非常階段を登っていった。
腕を縄で掴まれたスーツ男は赤い煙が消えるとともに姿が見えなくなった。同時にグルグルと空中で巻きついていた縄が解けた。どうやらスーツ男は黒髪の男が操る縄を抜けたようだ。
「無駄だよ。いくら君の
そう言って彼の腕からはさらに赤い煙が強く吹き出して、二本、三本と新たなロープがニョキニョキと出現した。
木村たちはエスカレーターを駆け足で上り、三階の飲食店舗が並ぶフロアへ出た。そこから「BAR・源」を見つけるまでに時間はかからなかった。
「あれを見てください!あの看板!」
木村の指さす方向には、しっかりと「源」の字が刻まれた飲食店の看板がある。しかし、看板に電気は通っていない。三階へ着いた彼らが、どうして暗い中すぐに見つけられたのか。それは、閉店中にもかかわらず店内から明かりが溢れていたからだ。そのぼんやりとした光が電源コードの抜いてある立て看板を不気味に照らしていた。
三人は恐る恐るドアを開け中に入った。
「あら、いらっしゃい。とは言っても、まだ営業時間じゃないんだけどね。」
長い時間暗い中にいたからか、店内は一瞬、とても眩しく見えた。店に入って右手には沢山のお酒の並んだカウンターがあり、その中央には『いらっしゃい』の声の主がいた。金髪にサングラスをかけ、メッシュ素材のタンクトップを着た筋骨隆々の男だ。
「どうも、このBARの元店長で今は店員のタクヤだけど、君たちは?」
「僕達は…秋吉師範にここに逃げればいいと言われて…」
「そっか、君が、木村くんだね。ここまでよく逃げてきたなぁ。とりあえず、イスに座りなよ。下の階から源さんの他に変な殺気を感じるからさ。まぁ、あの人の事だから今頃懲らしめてるところだろうけど。ハハハ。」
さっきから妙に落ち着いた様子のこの男に少し不自然さを感じていたが、名前がタクヤだと聞いて木村は安堵した。
「源さんって、黒い髪をして、ロープを操っていたハンサム顔ゾ?」
「ん?会ったの?」
「いや、さっき一階フロアでスーツを着た変な奴に追われて、そこを助けて貰ったんだゾ。」
「じゃあ、もう安全だな。そろそろ来るんじゃねーノ?」
タクヤはそう言うと、ドアの前に向かった。
突然、徐ろにドアが開く。中に入って来たのは先程木村たちを助けた『源さん』と呼ばれる男と、彼が引っ張るロープでグルグルに巻かれ身動きが取れないスーツ男だった。もごもごと何かを言いたそうにして藻掻くが、口も猿轡のように縛られており、完全なミノムシ状態である。
「タクヤ、お前の言う通りだ。ほら、赦夢の手先。俺はこの子たちに事の事情を聞くから、尋問は任せた。」
「かしこまり!」
そう言ってタクヤと源さんは大きな荷物を運ぶかのように頭と足をそれぞれ持ち、奥の部屋へ運んでいった。
しばらくして、源さんだけが降りてきた。
「まぁ、座りなよ。」
三人は源さんの座るテーブルの向かいに座った。
「とりあえず、怪我がなくて良かった。よくここまで逃げて来れたと思うよ。で、僕がタクヤから聞いてるのは木村っていう子一人なんだけど…」
「木村は、僕です。」
「君か。じゃあ、他のふたりは、どういう集まりなんだ?」
「俺たちは、木村の友達ッスね。なんだかんだ巻き込まれて、木村と一緒に行動してたんス。」
三浦は『急に被害者ぶった言い方すんなゾ…!?』と言わんばかりの表情で田所をギョッと見た。木村も『えぇ…』と言うような表情でドン引きしている。
「…まぁ、ふたりは木村の友達ということか。俺は平野源五郎。あの時、自己紹介できなくてすまなかった。思いがけない獲物が君たちの前いたんでね。すっかり忘れてしまったよ。君のことに関しては、タクヤから聞いている。彼曰く、君がここに来るってことは、秋吉に『何かあった』ってことらしいからな。」
「そうなんです!それが…」
食いつくように木村は立ち上がり、今までの事の経緯を話した。
「そうか…君のお母さんが…。我々の力不足で、君に苦しい思いをさせてしまった。警察を代表して、心から謝罪する。申し訳なかった…!」
そう言って頭を下げる平野に三浦が質問した。
「そう言えば、あのスーツの男が『特対班』とか言ってたけど、それは何ゾ?聞いたことないゾ?」
「特対班、正式名称を『特殊犯罪者対策班』。刑事局の組織犯罪対策部に属する、公には公表されていない組織。人数は俺を含めて三人だけ。しかも他の二人は全く違う遠い場所にいる。だから、実質的に俺一人でこの街を調査している状態なんだ。」
「あの時に見てた通り、俺たちは呪霊使いが犯す犯罪に対応して、警察内の呪霊使いで構成された組織だ。まぁ要は、『バケモノにはバケモノで対抗』ってことだ。」
「でも、どうして公には知られない組織なんですか?」
「君たちが見た呪霊は恐らく虹色のスーツとロープのみだろうが、世の中にはもっとバケモノじみた外見の呪霊を繰り出す者もいる。もっと言えば、仲間のもう一人が持つ呪霊もそうだ。呪霊を使った凶悪犯罪を取り締まる為とはいえ、そんな一般人にも見えるバケモノを扱う組織がありますって世間に言えるはずもない。そんな事を言ってしまえば、ますます世の中が混乱してしまう。だから、俺たちは影になって活動するしかないんだ。」
「そうなんですか…なんか、大変ですね。」
「あ、そうだ、平野さん。秋吉さんが言ってたんスけど、こ↑こ↓ってSMバーなんですか?」
「SM…?」
平野は辺りを見回し、
「あぁ、タクヤの事か。アイツはいつもSMクラブで務めてそうな服装をしてるからな。多分、秋吉もその方が君たちにわかりやすいとも思って言ったんだろう…まぁ、あながち間違ってはないけどな。」
そう言って平野は椅子の背もたれに仰け反るように後ろを振り向く。
奥の部屋からは
「ぎゃあああ、熱い!熱い!」
と叫び声が。
「うるせえなァ!熱いのは知ってんだよ、オォン?俺が聞きてぇのは…」
と、タクヤの声も聞こえてくる。
「「あっ⋯⋯」」
三人は察した。