真夏の夜の怪奇録   作:ビッグフロント博士

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第8章 遺された宿題

朝日が昇り始めた。

 

煩い喧騒が響く中心街から随分と離れた町外れに大きな門を構えた道場がある。しかし、その立派な門は、なにか大きな力で蹴破られたかのように乱暴に開いたままだ。

 

静寂に包まれた道場の中。所々、木製の壁にヒビやら割れた跡があり、床も一部捲れ上がっている箇所がある。

 

無造作に開けられた入口の引き戸から、雀の鳴き声と共に優しい温もりを帯びた早朝の日差しが内部を包み込むように照らしていた。

 

入口とは反対側の壁ぎわに、大きな血溜まりがあり、その中心に一人の男が横たわっていた。

 

 

道場の師範、秋吉だ。

 

 

薄れつつある意識の中、彼は残りの僅かな力を振り絞り、ズボンのポケットに手を入れた。そして、死の間際の走馬灯のようにあの光景が甦った。

 

それはまだ、木村たちがこの道場を脱出した頃。

 

道場では二階から降りてきた秋吉と、派手に道場破りをしてきた肉おじゃと赦夢が対峙していた。

 

ポケットに手を突っ込んだまま動かない秋吉の傍には、刀を構える鎧武者がいる。

 

「ンーー、初めて秋吉さんの呪霊を見るけど、凄いな、って思うな。俺はやっぱ。」

 

「そうっすね^ ^ フフハッ…」

 

顔以外をプロテクターのような鎧で身を包んだ肉おじゃの声に対し、赦夢が横に振り向く時には既に彼の傍におらず、その大きな体格からは想像できない速さで秋吉に襲いかかっていた。

 

肉おじゃは鎧で強化された大きな腕を、これでもかと言うほど秋吉に叩きつける。その威力はパンチが壁にかすっただけで、その部分が壊れるほどだ。しかし、秋吉の目の前に鎧武者が割って入り、その攻撃を持っている刀で見事に防ぐ。

 

だが、肉おじゃの激しいラッシュは続き、防戦一方の秋吉とその呪霊は少しづつ道場の隅に追い込まれていく。

 

秋吉が完全に角に追い込まれたことで、逃げられなくなったと心の中で呟いた肉おじゃは呪霊ごと秋吉をぶん殴ろうと、勢いよく腕を振りかぶった。その隙を秋吉が逃す筈もなく、鎧武者が彼の胴体めがけて居合斬りをした。が、彼の装甲は秋吉の想像よりも厚く、傷は付くものの本体にまで達していなかった。肉おじゃは、そのまま豪腕を上から叩き落とした。

 

ドカンという重い音と一緒に道場の床が彼の拳を中心にして捲れ上がる。秋吉は間一髪で避けていた。そして彼が体勢を立て直すと、鎧武者は肉おじゃの喉元にめがけて持っている刀を投げ飛ばした。

 

(早くもヤケになったか…)

 

そう思ってニヤついた肉おじゃは、あっさりと刀を手で払い除けた後に再び秋吉に急接近し、今度こそはと思いきり腕を振りかぶり、フルパワーでその拳を秋吉にぶつけた。

 

だが、秋吉はなんと、そのパンチを両手で受け止めた。そして、彼はゆっくりと顔を上げ、

 

「カスが効かねぇんだよ…」

 

と言い放った。カチンときた肉おじゃは更に力を込めて、なんとしてもこの一撃を喰らわせようとするが、秋吉も負けじと両腕を震わせる程に全力で止める。

 

(そういえば…)

 

秋吉の傍に鎧武者の呪霊がいないことに肉おじゃが気がつくには、あまりにも遅すぎた。

 

肉おじゃが秋吉にばかり気を取られている隙に後ろに回り込んだ鎧武者が彼の頭めがけて外廻し蹴りをした。予想外且つ強烈な衝撃に、さすがの肉おじゃも一瞬クラついた。

 

「オイ!肉おじゃ、これってYO!ヤベぇんじゃねぇのか!?」

 

赦夢が遠くから叫ぶが、助けに行くような素振りはない。

 

(あくまで赦夢はコイツを倒してからってことか)

 

そう確信した秋吉は、さっさと勝負をつけるために肉おじゃの武装をしていない腰周りや肩周り、顔面といった関節部分や非武装部分に正拳、裏拳、回し蹴りなどの連続技を次々と決めていき、秋吉の番が終わったかと思えばすぐに鎧武者が後ろから連続技を繰り出した。

 

怒涛の連携技に肉おじゃも反撃を試みるが、もはや一度流れに乗った秋吉と呪霊のコンボに、かつて肉おじゃが見せたような隙はどこにも無かった。

 

本体の強靭なフィジカルに加え、呪霊の鎧で身を包んだ『鬼に金棒』と言わんばかりの肉おじゃですら、自分の恩師を殺害され、友人も、自分の弟子の家族まで被害が及んでしまった事、この全ての元凶である赦夢を倒さんと長い間その為だけに時間と労力を費やしてきた秋吉の戦闘技術(テクニカル・ウェポン)には遠く及ばなかったのである。

 

(そうだ、秋吉は空手の達人だった…なら呪霊だって刀が無くても…)

 

肉おじゃが後悔する頃には、もうフラフラの状態だった。前後左右もわからなくなって思わず膝をつき、ゼーゼーと息苦しそうにしている肉おじゃに、秋吉と鎧武者はトドメを刺すべく、落ちた刀を拾い、突きの構えをとった。勿論、肉おじゃはその最後の一撃を凌げるような状態ではなく、秋吉と鎧武者は、無抵抗にしている彼の非武装部分である下腹部を貫いた。

 

しかし、赦夢は相変わらず遠くでその様子を無表情で見つめるだけで、肉おじゃもほくそ笑んでいる。

 

それとは対照的に秋吉の顔色はみるみるうちに悪くなり、鎧武者の呪霊が崩れるように消えると共に彼自身も両膝をついた。

 

秋吉がゆっくりと下を見ると、自分の着ている白のポロシャツが赤く染まっていってる。しかも、肉おじゃを貫いた下腹部からだ。

 

「なぜ…だ…」

 

そのまま倒れこむ秋吉に、無慈悲な肉おじゃの蹴りが襲った。飛ばされた彼は、壁に叩きつけられ、ぐったりと倒れた。霞む視界に肉おじゃと赦夢の二人の人影(シルエット)が映る。二人は何かを喋っているようだが、何を言っているのかまで聞き取る体力は残っていない。

 

しばらくして二人は彼の視界から遠ざかって行き、道場の外へ出たところで闇夜の中へ消えていった。

 

その後も秋吉は辛うじて息があったのだが、朝になり、とうとう途絶えようとしていた。もうこれ以上はダメだと覚悟を決めた彼は、ズボンのポケットから()()()を取り出し、力強く握りしめた。

 

(どうにかコレが、役に立てば良いが…)

 

こうして木村たちを含む、残りの仲間たちに想いを託したのち、秋吉はそっと目を閉じた。

 

 

その日、三人は昼前になるまで寝ていた。それもそのはず、昨日は夜通し赦夢の追っ手から逃げ回っていたのだ。

 

カウンターから聞こえるタクヤと源さんの会話で、一番先に目が覚めた三浦は、続けて木村と田所も揺すり起こした。

 

「あ、おはようございます…」

 

「ンニャッピ…まだ寝足りねぇよォ〜」

 

まだ寝ていたかった二人だが、なんとか体を起こした。

 

「あぁ、起きたんだね、おはよう。」

 

平野は時計を見ながら続けて

 

「君たちにとって突然で悪いけど、俺は成城警察署にまで一度戻ることにするから、しばらくお別れになる。」

 

「え!なんでだゾ!外が安全になるまでもう少し居てほしいゾ!」

 

「あァん?俺だけじゃ心もとねぇってかオォン?」

 

タクヤが野次を入れる。

 

「まぁ、君たちがここに来る前からタクヤとは話をしていたんだ。赦夢が組織する集団の手掛かりになる情報が手に入るまでこの店を貸してもらうって。」

 

「え、この店、もともと源さんのじゃなかったんスか!?」

 

「あぁ。この店はタクヤが持ってる店だ。昔の赦夢を知っている人物が経営している、いろんな客がやって来るBARって事も、このエリアで情報収集の活動をするには好都合だったんだ。そこで、捜査の間、自分が新しい店長としてこの店を営業させてもらっていた。だけど、いつ終わるかわからないこの一連の事件の為にいつまでもタクヤに迷惑をかけるわけにも行かない。タクヤにも自分の生活があるからね。だから、操作に重要な手がかりが手に入るまでっていう約束をつけたんだ。」

 

そう言いながらカウンター越しにいる平野の傍からモゴモゴとうめき声が聞こえる。

 

「じゃあ、源さんはこれからどうするんですか?」

 

「俺は警察署にコイツを持って行って、より詳しく取り調べをさせてもらう。その後で君が言っていた下北沢高校の小野って教師についても調べることにするよ。でも、殺人を犯しておきながら普通に教師の生活が出来ているってことは、徹底的に証拠を消して、相当警察にも用心してるってことだからね。一筋縄では行かないと思って、遠方にいる一人の助っ人に至急来てもらうよう頼んでみたんだ。」

 

「その助っ人も呪霊使いゾ?」

 

「御名答。小野のような冷静さを装って常に神経をピリピリさせてるような奴を驚かせるにはもってこいの奴さ。」

 

「それで僕たちは、これからどうすれば…」

 

「君たちは…」

 

「お前達が自力で外に出られるまで俺が鍛えてやろうって話だ。」

 

タクヤが割って入る。

 

「そうだね。君たちがこれからどうするべきかは、タクヤから聞くといいよ…それじゃあ、そろそろ迎えの車が来るから俺は一旦ここで。それでは。」

 

そう言うと平野は、手錠と縄でガチガチに拘束した追っ手の男をズリズリと引きずりながら店を出ていった。

 

「アイツ、オープン時間がもうそろそろだってこと知ってるのかなぁ…騒動にならなきゃいいけど。」

 

そう呟いたあと、タクヤは木村たちに目を向けた。

 

「突然の連続で悪いが、お前らには俺や平野、秋吉くんと同じように呪霊使いになってもらう!覚悟しとけ!」

 

「「えぇ!?」」

 

道場から逃げる際に、秋吉から事前の通告はされていたが、まさかこんなタイミングで言われるとは思ってもいなかった。

 

ましてや、平野が警察署へ戻り、店に残るのはタクヤという男ひとりだけ。こんなどキツイ風貌をした男。呪霊使いになる為に鍛えると言ったって、一体どんなことをしてくるのか彼らは想像がつかなかった。

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