らんらんがデレる(´・ω・`)
らんデレ(´・ω・`)
v(´・ω・`)vどやぁ
「「「お疲れ様ー!」」」
ガチャリとジョッキ同士が打つかる音が響き、黄金の液体と白い泡が踊る。
お疲れ様と口にした口にそれを勢いよく持っていき、ゴクゴクと喉を鳴らして飲み干していく。
「ぷはーっ、練習の後はこれよねー!」
三分の一を飲み干した眼鏡の女性…ルミが口元に付いた泡を手で拭いながら楽しそうに声を上げる。
「それは同意だけど、ちょっと親父臭いわよルミ」
「硬いこと言いっこなしだってメグミ、この為に生きてるってもんでしょ実際」
「年頃の女とは思えない台詞ねそれ…」
苦言を呈するメグミだが、ルミはその言葉をサラリと流してケラケラと笑う。
「まぁ、大学選抜に選ばれて毎日充実してるし、練習後のお酒は美味しいし」
「これで後は出会いがあればねぇ……」
「それは言わないのが花よルミ」
最後の1人、色気を振りまくアズミの言葉に、急にテンションを下げて呟くルミ。
戦車道を長く続けていると誰もがぶつかる壁、出会いの少なさ。
何せ戦車道は女性の武道だ、選手も関係者も殆どが女性である。
高校生まではまだいい、だが大学生にもなるとそろそろ本気で出会いの無さを悩み始める。
このまま行くと、出会いが無いと嘆くどこかの審判団のようになってしまう。
合コンなどを画策するのだが、戦車道の選手というのは下手な武術の選手より力強く逞しい。
鋼鉄の獣を乗りこなす選手達を、一般男性はかなり距離を取って見てくるのだ。
そのため、出会いの少なさも合わさって異性に飢えている女性が多いのが大学以降の戦車道である。
「あ~~~、やっぱりあの時ツバ付けとくんだったぁ…長野く~ん…」
テーブルに突っ伏して恋しげにここには居ない青年の名前を呟くルミ。
「またそれ?良いわよねルミは、長野君の指揮下で戦えたんだから。私なんて敵だったのよ?」
グビリとビールを口にしながら肩を竦めるメグミ。
「全く縁のない私の前でそれ言えるの?」
こちらもビールを飲みながら嘆息するアズミ。
「いやー、今思い出しても背筋がゾクゾクするわ、怖い位に整った顔と、冷酷な瞳…いっそ残酷なまでの作戦と淡々と敵を屠り、その戦果を手放しで褒め称えてくれるカリスマ性…隊長とは違う魅力があったわー…」
「その魔王に淡々と殲滅された私に一言」
「ご愁傷さま」
思い出してうっとりとしているルミと、ジト目のメグミに、アズミがメグミの肩を叩きながら慰めの言葉を口にした。
「凄かったんだよぉ?マジノ女学院の車両を1両1両丁寧に誘い込んで、確実に仕留めていく手腕。相手が作戦を変更しても直ぐにそれに対処して淡々と獲物を狩るみたいに追い詰めていくんだから~」
「相手にしてみればとんでもない恐怖よね、仲間が1両また1両と消えていくんだから」
「しかも全部ゲリラ戦でまともに戦ってあげなかったんでしょう?マジノ女学院側の指揮官には同情はしないけど、戦わされた生徒は可哀想ね」
たった一度の試合を思い出して楽しそうにしているルミに、焼き鳥を頬張りながら肩を竦めるメグミ、枝豆を摘みながら巻き込まれた側の生徒に同情するアズミ。
「最後に一応撃ち合ったけど、ほぼ一方的だったからねぇ、しかも言われた通りの場所に榴弾を撃ち込むだけの簡単なお仕事」
「後は崖が崩れて試合終了、魔王長野の有名な戦法よね」
「被害が大規模過ぎて、連盟が禁止しちゃう位ですものねぇ…」
「恐ろしいのがそれを可能にする才覚だよ、前日に雨が降っていた事なんかを計算に入れて、地図を見ただけで崩すポイントを導き出したのよ?あとは数を擦り減らして相手をその場所に追い込んで一網打尽。一方的過ぎる戦果を見て、長野くんどうしたと思う?」
「自画自賛したとか?」
「『やはり貴女達は最高だ、卓越している』ってアタシ達の事を称賛して、笑ったのよ」
「あら、謙虚なのね」
「その時の長野くん、戦車の上で腕を組んでたんだけど、崩れた崖を見下ろしながら、こう、ニィィィ…って冷たく笑ったのよ…もう、ゾクゾクしちゃったわぁ…」
「本当に魔王ね…その魔王に磨り潰された私の気持ちが分かる?ねぇ分かる?」
「はいはい、怖かったわねぇ~よしよし」
思い出して背筋を震わせるルミに対して、やさぐれているメグミ、そんな彼女の頭を撫でて慰めるアズミ。
「隊長に同じことが出来ますかって聞いたら、時間をかけて下準備をすれば可能とだけ言われたわ」
「長野君の恐ろしさは、それを即興で思いついて実行する行動力と決定力よね…」
「変幻自在な作戦対応力と型に嵌まらない作戦立案力、加えてあのルックスとなれば、そりゃ周りが放っておかないわよねぇ…本人は迷惑だったんでしょうけど」
「ストーカーに襲われたせいで戦車道から離れて所在不明になっちゃって…アタシが側に居れば守ってあげられたのに!そしてそのままめくるめく大人の関係に…!」
「「妄想乙」」
「なによー!ちょっとくらい良いじゃない、貴重な戦車道に理解のある男子よ!?縁があったらそれを取っ掛かりに関係を進めたいと思うじゃない!」
「相手は年下よ?年齢考えなさいよ」
「年下と言ってもそんなに離れてないじゃない、今頃確か高校生の筈だし許容範囲よ許容範囲!」
「長野くん本人が年上を許容範囲にしてくれれば良いわね」
「ぐふっ…」
アズミの言葉に胸を抑えてテーブルに突っ伏すルミ。
何時の時代も、女性の年齢問題は鬼門だ。
「その長野君だけど、最近また戦車道に関わる様になったらしいわね」
「え、嘘!?初耳なんだけど!」
「あぁ、あの記事ね。どこかの無名高校の監督として戦車道に復帰して、見事優勝に導いたって書いてあったわね」
「そうなのよ、サンダースが1回戦敗退したって聞いて驚いたら、その長野君が居る学校が相手だったのよ、驚いちゃったわ」
長野君が居ることを知ったのはその学校が優勝してからだけど、と補足してキムチを頬張るメグミ。
全然知らなかったルミは、頬を膨らませてテーブルを叩いた。
「なんでそんな無名校に居るのよー、どうせなら縁があるウチの母校に来てくれればいいのに…!」
「ウチの母校も今の隊長が熱心に誘ったらしいけど来てくれなかったのよね、どうやってその無名校は長野君を戦車道に戻したのかしら」
「案外脅迫だったりして…」
「まっさかー、そんな恐ろしい真似長野くんの事知ってたら出来ないって」
どんな報復が待ってるか分かったもんじゃないと爆笑するルミとメグミ。
冗談で口にしたアズミもそうよねーと笑う。
まさか本当に脅迫されてとは誰も思うまい。
お酒とツマミの追加を注文し、運ばれてきたビールを口にする3人。
「そう言えば、その無名校の優勝記事を隊長が熱心に見ていたわね」
「高校の大会でしょう?無名校が勝った物珍しさからじゃないの」
「長野くんの事を見ていたのかもしれないわね、噂だけど、島田流家元が長野くんを手に入れる事を画策していたって話だし…」
メグミの言葉にタコの唐揚げを齧りながら答えるルミ、そこに声を潜ませてアズミが自分達のボスとも言える大学戦車道連盟の理事長の話題を出す。
島田流があの長野叢真を取り込もうとしている。
「……否定できない」
「島田流と長野君のやり方、似てるものね…長野君の方は島田流よりもっと破天荒と言うか奇抜と言うか、型のない戦い方するけど」
「戦車道のセオリーも暗黙の了解も全部無視したやり方だものねぇ…けど、独学でそれが可能な程の才覚なら欲しがるでしょうね、家元なら…」
沈痛な表情になるルミ、自分達が学ぶ島田流と似た面が多い長野叢真のやり方を思い出して頷くメグミ、あの家元なら…と否定出来ないアズミ。
謎の沈黙が3人が座るテーブルに訪れる。
「そうなると、隊長が長野くんと…?」
「だ、駄目よ、隊長はまだ13歳なのよ!?そんなのお姉さん許しません!」
「なんでメグミが姉面してるのよ…」
「そうだよ、ここは1つ既に大人な私が長野くんと…!」
「長野くんが年増を選んでくれるといいわね…」
「なにをー!?アズミも年同じでしょうが!?」
ギャーギャーと騒がしいテーブル、今夜も酔っ払いの時間は過ぎて行くのだった。
――――ジョキ…ジョキ…ジョキ…――――
暗い部屋の中、月明かりに照らされた部屋で、静かにハサミの音だけが響いていた。
「………………」
部屋の主は、無言で手にした雑誌から、一枚の写真を切り抜いていく。
――――ジョキ…ジョキ…ジョキ…――――
記事から写真を切り抜き、更にその写真を切り抜いていく。
ぱさりと床に落ちた写真には、戦車の上に集合して写真に写る少女達の姿。
その中央で、本来写っている筈の青年の姿が、綺麗に切り取られていた。
「………………」
床に落ちた写真には目もくれず、切り抜かれた青年の写真。
それを窓から差し込む月明かりにかざし、部屋の主は小さく微笑んだ。
「……………お兄ちゃん…」
小さくこぼれた言葉に含まれた感情は、聞くものが居ない為に誰にも分からなかった。
ただ、ベッド脇の人形たちだけが、その光景を静かに見守っていた。
聖グロリアーナの場合2
「……………あぁ、聖グロかここ…」
寝ぼけ眼で見覚えのない天井を暫く眺め、自分が聖グロに泊まった事を思い出す。
流石のお嬢様学校、客人用の宿舎まであるのだから羨ましい限りだ。
昨日は結局最後までメイド服姿のダージリン達の歓待を受け、精神的に疲れた状態で客室に通された。
夕食に出された……何故だろう、夕食のことを思い出そうとすると頭痛がする。
魚…パイ…うっ、頭がッ!
「目が…魚と目が…目が合って…」
あぁ、パイに、パイに!
…イア…イア…
――――コンコン――――
「クトゥル…ハッ!?ど、どうぞ」
何かを口にしかけ、扉をノックする音で正気に戻る。
なんだったのだろう、名状しがたいあの感覚は…。
「失礼します。おはようございます長野様」
扉を開けて入ってきたのはルクリリだった。
良い匂いのするカートを押して部屋に入ってくる。
「朝食をお持ちしました」
「ありがとう、頂くよ」
一瞬食事という行為に拒絶反応が出るが、持ってきてくれたのはルクリリだ。
まさか、そんな、大丈夫だよなと平静を装いながら胸を抑える。
脳裏にこちらを見る大量の魚の頭が過る、胃の辺りがグルグルする謎の感覚。
「大した物は用意できませんでしたが…」
そう言って照れ臭そうに朝食を並べてくれるルクリリ。
どれもこれも丁寧に作られた、美味しそうな朝食だった。
ルクリリ、結婚してくれ。
…違う、そうじゃないだろ俺。
疲れてるのだろうか、美味しそうな手料理とそれを用意してくれたルクリリの微笑みに思わず心の中で求婚していた。
「頂きます……うん、美味い」
口にして自然と感想が出てくる、特別美味しい訳ではないが、丁寧に作られた優しい味だった。
俺の言葉にパァァ…と笑顔になるルクリリ、可愛い。
ペパロニといいルクリリといい、料理を褒めると喜んでくれる女性はとても可愛らしく見える。
……料理が出来る女性に飢えているのだろうか?
「ルクリリは良いお嫁さんになるな…」
あれ、これセクハラになるのだろうか…?
「お、お戯れを……(///」
嬉しそうなので良いか。
イギリス料理とは思えない美味しい朝食を頂き、食後の紅茶を口にする。
「ダージリン様やオレンジペコほどの腕ではありませんが…」
「いや、十分美味しいよルクリリ」
そんな上等な舌をしている訳ではない、ルクリリが淹れてくれた紅茶も十分美味しかった。
まったりとした、昨日の騒動が嘘のような緩やかな時間を味わっていると、廊下をドドドドと走ってくる音が耳に入る。
「あの子はまた…!」
ルクリリが頭を抱える、彼女がこんな反応をすると言うことは…。
「おはようございますですわー!」
バーンと扉を開いてローズヒップが入ってきた、今日も元気そうだね君。
「ローズヒップ!お客様のお部屋に入るのにノックもせずにいきなり開くのがあるか!」
「も、申し訳ありませんですわルクリリさま!ではもう一度…!」
「いいさルクリリ、おはようローズヒップ」
「おはようございますですわ長野さま!先程は失礼しましたですの!」
うん、元気で良い子だな、もうちょっと落ち着きがあれば最高なんだけど。
まぁこれも彼女の美点なんだろう、ダージリンが重用しているんだし。
…アッサムさん辺りは頭を抱えてそうだけど。
「本日のご予定は、戦車道の紅白試合の指揮監督とお勉強会の講師となっておりますわ!」
………そう言えば昨日そんな事を言われたな。
夕食時だったので記憶ごと封印してたみたいだけど…。
うなぎ……ゼリー……うっ、頭が…!
「如何なさいました長野様?」
「お調子が悪いんですのっ?」
「いや、何か忘れていた方が良い事を思い出しそうになっただけだ…よし、着替えるから少し待っていて貰えるか」
「はい」
「お手伝いしますの!…あら、ルクリリさま、なんで私の襟を掴むんですの、お手伝いが出来ませんわ、出来ませんわー!?」
手伝う気満々のローズヒップはルクリリに引き摺られて部屋を出ていった。
元気が良いのも考えものだなぁ…。
ウチの1年生達とかアンツィオの子達とか…。
寝巻き代わりの服から制服に着替えを済ませる。
一応連盟からの依頼という形で各学園艦を巡るので、基本的に制服だ。
おかげで何処の生徒だろうと視線が集まる、前までは私服で訪れてたからなぁ。
着替え終わり、部屋を出ると廊下の壁沿いに並んで立つルクリリとローズヒップ。
「お待たせ、行こうか」
「はい」
「ちょっぱやでご案内しますわ―――ぐぇっ!」
早速走り出そうとしたローズヒップの襟をルクリリが素早く掴んで止める。
遂に実力行使に出たかルクリリ…。
その後、走り出そうとしてウズウズしているローズヒップと、襟を掴んで制御するルクリリと言う、やんちゃ犬の散歩をするような光景を見ながら聖グロの戦車道倉庫へと辿り着く。
流石聖グロ、大洗の3倍はありそうな戦車倉庫だ。
「おはようございます長野さん」
「おはようございますダージリン……良かったメイドじゃない…」
「何かしら?」
「いえ何でも」
優雅に紅茶を飲んで待っていたダージリン、その服装は聖グロのパンツァージャケット。
良かった、メイド姿のダージリンは居なかったんだね…。
「おはようございます長野さん、こちらをどうぞ」
「おはようオレンジペコ。……これは?」
挨拶と共に俺に赤い物を差し出すオレンジペコ、受け取ってみるとそれは服だった。
「我が聖グロリアーナ伝統のタンクジャケット、その男性用ですわ。デザイナーに特注した長野さん専用ですけど」
「わざわざ作ったんですか…」
パンツァージャケットって高いのに…しかも特注。
と言うかサイズとかどうやって調べたのだろうか…?
「………………(ニコ」
顔を上げるとニッコリ笑うアッサムさんが居た。
貴女ですね間違いない。
案内された更衣室で着替える、着慣れないが…ピッタリなのが怖い。
「まぁ、想像以上に似合ってますわね、このままウチの生徒になっても問題ない位に」
「外堀埋めにかからないで貰えます?」
油断ならない、流石ダージリン、さすダジ。
紅白戦を行う事になり、俺はルクリリ・ローズヒップを有する紅組。
ダージリンが白組の指揮をする事になった。
ズルいなダージリン、自分はちゃっかりチャーチルなんだから。
さぁて、マチルダⅡとクルセイダーでどこまでやれるか…。
あんまり奇抜な事をするとダージリンにうちの子に野蛮な事を教えないで下さいましと怒られるからなぁ。
「ルクリリ、側面に回れ。ローズヒップ、出番だ、暴れてこい!」
『了解しました!』
『了解ですわー!リミッター外しちゃいますわよー!!』
堅実な戦い方が得意なルクリリを主軸に、暴れ馬なローズヒップを好きなだけ暴れさせる。
彼女は下手に制御するより好きにさせた方が良い戦果を上げる。
まぁ、暴れ過ぎて自爆したが。
「チェックメイトだ、ダージリン」
如何に堅牢なチャーチルとはいえ、同じ場所に連続で当てられたら撃破判定が出る。
みほちゃんが練習試合で狙った手である。
『ローズヒップに気を取られ過ぎましたわね…まさか無制御で好きなだけ暴れさせるだなんて…』
『ごめんなさい長野さま、突っ込んで行動不能になっちゃいましたですの!』
「いや、良くやったローズヒップ、ルクリリも流石だ」
『ありがとうございます長野様』
ルクリリが味方で良かった、ローズヒップだけならこうはいかなかっただろうし、逆でも危なかっただろう。
『丁度いい時間ですわね、反省会ついでにお茶会にしましょう』
ダージリンの言葉に反応してお茶会の準備を素早く整える聖グロの生徒達。
この辺りの統率と熱意は見習いたい。
お茶会をしながらの反省会。
ダージリンの敗因は、ローズヒップの意外性を侮った事。
そして堅牢な戦い方を得意とするルクリリが、大胆に攻めた事に反応出来なかった事だろうか。
普段は理性的な戦い方をするルクリリだが、彼女は結構頭に血が上りやすい。
淑女という姿の内に闘志を秘めたのがルクリリという少女だ。
「ほんと、長野さんは人を使うのがお上手ね」
「ダージリンの人心掌握には敵いませんよ」
「データではこちらの方が有利でしたのに…まさかチャーチルの砲身に自ら突っ込んでくるとは、ローズヒップの行動力を甘く見てましたね…」
パソコンを膝の上に置いて頭を抱えるアッサムさん。
ローズヒップやペパロニみたいなタイプは下手に考えさせるより、好きなだけ暴れさせた方が意外な戦果を上げるものだ。
勿論、ある程度どんな動きをするか見定める必要はあるが。
失敗すると道連れ全滅の可能性があるので、慣れない人にはお勧め出来ない。
俺?俺はほら…アンツィオで慣れてるから…。
やっぱりローズヒップはアンツィオの子だろう、あそこから誘拐してきたんじゃないでしょうねダージリン…。
「こんな格言をご存知?」
また今度で良いです。
ダージリンの格言をのらりくらりと避けてオレンジペコに後処理を頼み、紅組になった生徒達を1人1人労う。
「長野さまは好きなだけ走らせてくれるから大好きですわー!」
「こらローズヒップ!失礼だろう!」
「ははは…」
ローズヒップを褒めたら飛び付かれた、本当に聖グロの生徒とは思えない。
だが行動力と突破力に優れた彼女が居れば、聖グロの戦い方の幅が増える。
これは強敵が増えたな…後でみほちゃんに教えなくては。
その後、昼食を聖グロの食堂で頂き、中庭で食後のお茶を頂く。
本当に紅茶を欠かさない生活だな聖グロ…。
「すぴー…すぴー……ですわぁ…」
「全くこの子は…申し訳ありません長野様…」
「いいさ、今日は頑張ってくれたからな」
中庭の木陰で、ローズヒップを膝枕してあげながら何度も頭を下げるルクリリに笑顔を返す。
紅茶を飲みながらうつらうつらしていたと思ったら、ぽすんと俺の膝に倒れ込んできたローズヒップ。
ルクリリが慌てて起こそうとしたが、あまりにも気持ち良さそうに寝ているのでそのまま寝かせる事にした。
冷泉さんとか阪口とかで慣れてるのであまり気にならない。
冷泉さんは隙あらば俺の膝で寝ようとするし、阪口は突然電池切れになって寝てしまう。
最初は武部さんや山郷に渡していたが、もう最近では慣れてしまった。
男の膝なんかで寝て気持ちいいのかどうか分からないが、まぁ重くもないし。
ただ問題があるとすれば…。
「この視線だけは慣れないな…」
「長野様は目立ちますから…」
聖グロの中庭だけあって、かなりの数の生徒の視線がある。
主にダージリンのせいで、俺は妙な認知度があるからな…。
アンツィオみたいに学園艦全体で有名という訳ではないが、聖グロの憧れのお姉様であるダージリンが親しい男という事でかなり注目される。
そのダージリンは午後の準備の為に食堂から去ったが、何の準備なのか…。
勉強会とか言っていたが…作戦指揮の勉強とかだろうか。
「そろそろ時間か…起きろローズヒップ、時間だぞ」
「むにゃ……はむっ」
膝の上のローズヒップを起こそうとしたら、肩を揺らした手に噛みつかれたでござる。
「こらローズヒップ!なんて事を…!」
「甘噛だから痛くないが…凄い反応速度だな…」
「ほれはわたふひのふぇんたっひーでふわー…あむあむ…」
誰がカーネル軍曹のチキンか。
「起きないかローズヒップ!」
「あいたぁっ!?な、なんですの、頭が、頭が殴られたように痛いですの!?」
ルクリリの拳骨が落ちた。
うん、やっぱりルクリリは血が上りやすいね…。
起きたローズヒップと、ガミガミと注意するルクリリを連れて、午前中に言われた講堂を目指す。
いつものお茶会の部屋や戦車道の倉庫とかじゃなくて講堂か…初めて入るな。
「こちらが大講堂です」
ルクリリが重厚な扉を開く。
中には聖グロの戦車道の選手たち…よりも多くない?
なんか軽く数百人が居るんだけど…?
あれここサンダースだっけ?聖グロの戦車道選手ってこんなに居たっけ?
「お待ちしてましたわ長野さん」
「ダージリン……ちょ、なんで腕を組むんですか」
いきなりダージリンに腕を組まれた、しかも両手でガッシリと、まるで俺を逃さないと言わんばかりに。
「こちらへどうぞ、長野さん」
「アッサムさん!?ちょ、腕を…腕を離してくれません…!?」
左手をアッサムさんに掴まれ、こちらもガッシリと組まれた。
「すみません長野さん……えいっ」
「オレンジペコぉぉぉ…!?」
顔を真赤にしたオレンジペコに正面から抱き着かれた、あれ、君こんな事する子だったっけ…!?
澤君と同じで聖グロの安全弁だと思ってたのに…!
「楽しそうですわー!」
ぐふっ。
背中にローズヒップが突撃してきた。
なんだこの聖グロ包囲網。
あぁ、周りの生徒達の視線が痛い、めっちゃ注目されてる…!
る、ルクリリ、助けてくれ、君だけが頼りだ…!
「し、失礼します長野様…」
ローズヒップの隣にルクリリが入ってきた。
ルクリリ!?信じてたのにルクリリ!?
「長野さん、あちらを御覧なさい?」
「いやそんな事より離れて………は?」
ダージリンが示した先には、本日の授業内容と書かれた張り紙。
そこには「教材:仮面ライダー対仮面ライダー~友情のトリプルライダー~」と書かれていた。
どういうことなの…?
「先日放送されたあの特別番組、戦車道に大切な事やとても素晴らしい人生論などが子供にも分かりやすく織り込まれた素晴らしい作品でしたわ。そこで、あの番組を教材に、お勉強会を開いてますの」
ぱーどぅん?
「最初は子供向け番組だと馬鹿にしていた人も多かったけれど、視聴する内に夢中になった子が多くて、今回はこんな大人数になりましたわ。これも出演した長野さんのお力かしら?」
え、待って、え…?
あの番組を使って勉強会…?
今回は…?
それって…。
「本日で3回目ですの」
さんかい…さんかいもしちょうされてる…?
うそだろう…。
こんな大勢に…?
「さ、こちらにお座りになって?視聴後に解説や質疑応答がございますの」
そう言って、巨大プロジェクターの真ん前に座らされる。
周りには、俺を見つめる何百という目。
こんな状態で、あの番組を見ろと…?
しかも終わったら解説や質問に答えろと…?
なんだその拷問。
「逃げようだなんて思わないで下さいまし?まだまだ長野さんには我が聖グロリアーナでめくるめく夢の時間を過ごして頂きますから」
夢は夢でも悪夢ですぞダジ殿。
両手はそれぞれ隣に座るダージリンとアッサムさんに掴まれ、前には巨大なテーブル。
周りにはオレンジペコ、ローズヒップ、ルクリリ。
…………うん、逃げよう。
「ダージリン…」
「はい?」
「俺、旅に出ようと思うんだ」
「……逃しませんわよ?」
そう言ってギュッと手を握るダージリンとアッサムさん。
これだけはやりたくなかったが仕方がない…。
コチョコチョ
「ひゃんっ!」
「やんっ!?」
腰の横辺りを擽られた2人が一瞬ビクンと反応し、手の力が緩む。
その隙きに一気に腕を引き抜くと、椅子ごと後ろに倒れる。
頭を上げながら受け身を取りつつそのまま後転、お茶会包囲網から脱出。
「お邪魔しましたッ!」
「っ、ローズヒップ!」
「合点承知ですわーっ!」
ダージリンの言葉に反応したローズヒップが飛び付いてくる。
「さようならッ!」
「ちょ、あららららららららっ!?」
腰にしがみついたローズヒップをそのままに全速力で騒然とする講堂を駆け抜け、扉から飛び出す。
こんな羞恥拷問に耐えられるか、俺は聖グロを出るぞジョジョ!
……ジョジョって誰だ?
「逃げられてしまいましたわね…流石長野さん、ローズヒップがくっついたままであのスピードだなんて」
「まさかあんな悪戯をしてくるなんて…以前の長野さんなら恥ずかしがって絶対に自分からは女性に触るなんて事しなかったのに…」
「大洗で、何か気持ちの変化でもあったのでしょう……意外とテクニシャンですのね…」
「やはり、勝手に番組を教材にするのは良くなかったのでは…長野さん死んだ目をしてましたよ…」
「だって、折角長野さんが出演なさった番組なのよ?より多くの人に見て知ってもらいたいと思うのは自然な事でしょうペコ?」
「はぁ…自慢したかったんですね…」
「ダージリンさま~、逃げられてしまったですのー」
「あらお帰りなさいローズヒップ、長野さんは何処へ?」
「たぶん空港ですわ、私が追いつけない速度で走って行ってしまったんですの」
「そう…イケズな御方、手に入れようとすると風のようにするりするりと逃げてしまいますわ」
「こんな事をしなければ逃げないと思うんですけど…」
「………こんな言葉を知っていて?「誤魔化さないで下さい」―――ペコのイケズ…」
「ちょ、ちょっと君、この飛行機は陸地行きの貨物機だよ!?」
「金なら払う、頼むから乗せてくれ!俺がどうなっても良いのか!?」
「えぇ…」
一日だけの主が学園艦を飛び出した客室。
その部屋の扉が静かに開き、1人の少女が足音も立てずに部屋に入り、扉を締める。
ガチャリと後ろ手で鍵を閉めると、静かに扉に背中を付けて深呼吸。
「……………」
主の居ない部屋を細めた目で見つめ、ベッド脇のテーブルに置かれた脱いで畳まれた衣服。
仮初の部屋の主が置いて行ってしまった、寝間着代わりの私服。
それを見つめ、そしてゆっくりとした足取りでその前まで進むと、優しく衣服を持ち上げ…。
「ふふ……っ」
微笑みを浮かべて、その衣服に顔を突っ込んだ。
何度も何度も深呼吸をし、衣服に残された今はもう空の上の人の残り香を肺に行き渡らせる。
脳髄が蕩け、神経が痺れる麻薬にも似た中毒性と快感。
少女は衣服を胸に抱いたままベッドへと身体を投げ出し、存分にその香りを楽しむ。
ヘタレで恥ずかしがり屋の青年に恋に恋する乙女は、誰も知らない秘密の儀式を、心ゆくまで堪能するのだった。
「長野様……」
好きな子ほどいじわるしたくなるダージリン様(´・ω・`)
なお相手は全力で逃げるヘタレな模様(´・ω・`)
ドン☆マイ!(´・ω・`)