夜の帳のおりた島田邸。
島田流の本家であり、家元を襲名した島田千代の座する場所である。
その家主である島田千代は、今日の仕事を終えて自室へと戻ってきていた。
大学戦車道連盟の理事長と大学選抜強化チームの役員を務める彼女の仕事は激務だ。
それに加えて家元としての仕事や勉強もある。
だが家元としてその苦労をお首にも出さずに日々こなしている。
愛する娘に、恥ずかしい姿など見せられない彼女のプライドだ。
その愛する娘は、現在大学の選抜合宿で不在。
寂しい夜を過ごしている。
「今日は特別忙しかったわね…こういう時は…」
自室に入り、肩を解しながらタンスへと近づく。
そして入念に隠してある引き出しの奥から、細長い棒状の道具を取り出す。
電池を確認し、使える事を確かめると今度はテレビ台へと近づいて戦車道関連の資料の中に隠した秘蔵のDVDを取り出してセットする。
「娘にはとても見せられないわね…」
頬を染めながら、衣類を脱ぎ捨てるとクローゼットの奥からこの後の秘め事の為に使う衣装を取り出して羽織る。
そしてセットしたDVDを起動し、ベッドの横に座ると大事に持っていた棒状の道具のスイッチを入れる。
『回れ無限軌道!響け砲音!全て踏破し突き進むんだ!』
「きゃーっ!叢真くーん!!」
テレビ画面に流れる、どこぞの青年のライブ映像。
ファンクラブ限定法被を着込み、棒状の道具…七色に光るペンライトを振り回す島田流家元。
まるで韓流スターに熱狂する中年女性のような姿。
とても愛娘には見せられない姿だった。
「はぁ~、やっぱりドーム公演の時の叢真くんは格別ね~」
テレビ画面を見つめてうっとりする島田流家元。
とても愛娘には見せられない姿だった。
どこぞの青年の中学時代、戦車道イベントの生ライブの映像を楽しむ島田流家元…いや、この姿はただのちよきちである。
「あの事件さえなければ今もアイドル活動を続けて、歌ももっと出してくれてたでしょうに…思い出すだけで腸が煮えくり返すわ…!」
ギリギリとペンライトを握り締めるちよきち、お高い七色ペンライトが悲鳴を上げている。
「事件以来訪ねて来てくれなくなって、愛里寿にも会ってくれなくて…その上戦車道から身を引いて音信不通…叢真くんの居場所を聞いて回る愛里寿が不憫でならなかったわ…」
よよよ…と涙をハンカチで拭うちよきち。
自分の娘が唯一心を許した人物が突然遠くに行ってしまい、消沈する愛娘の姿に心を痛めた。
何とか所在を調べようとしたが、青年の両親の反発、戦車道連盟の妨害で調べる事が出来なかった。
心を病んで入院している、海外で新しい生活を始めている、何処かに監禁されている、様々な憶測が流れたが、まさか大洗なんてど田舎学園艦に居たとは思わなかったちよきち。
戦車道を復活させた大洗の監督役として活動し、今も少しずつ戦車道に復帰し始めている。
「この調子なら、そのうちアイドル活動も再開してくれる筈…!復帰ライブとか開いてもらえる様に連盟本部に進言しなくちゃいけないわね…!」
職権乱用である。
愛娘にはとても見せられない姿である。
「でもその前に愛里寿に会いに来て欲しいわねぇ…」
あの事件さえなければ、自分が彼の義理母になれていたのに…と勝手な妄想を口にするちよきち。
娘は現在13歳、犯罪である。
「今頃何してるのかしら、叢真くん…」
窓の外の月を見上げながら、嘆息するちよきち。
まさか、ライバル視している西住流本家で、酔った西住流2人に絡まれているとは思うまい。
10回を超えた西住流の教えを聞かされ、内心泣きながら助けを求めているとは思うまい。
「次はエキシビジョン応援ライブにしましょう、ライブ衣装が素敵なのよね~」
いそいそと次のDVDをセットするちよきちが気付くなんて奇跡は起こらない。
島田流家元の人には言えない秘密の遊びは、夜が更けるまで続くのだった。
プラウ…何、アンツィオだと!?の場合
「二日酔いじゃないのに頭が痛い…」
飛行機の中、座席に深く座りながら頭を押さえる。
結局日付が変わるまで何度も何度も西住流の教えやらなんやらを説かれた昨日。
蝶野教官は相変わらずの擬音だらけの説明で何を言っているのか全く分からない。
そして酔いが回ったしほさんは西住流の鉄の掟を何度も俺に説いてくる。
お手伝いさんはニコニコと笑顔でお酒を追加するだけで助けてくれない。
結局俺は2人が満足するまでお茶を飲みながら耐えるしかなかった。
帰宅したみほちゃんのお父さんは、部屋の惨状を見るなり引っ込んでしまった。
一瞬で状況を判断して逃げた、流石はしほさんの旦那さんである。
「酒臭くないよな…」
スンスンと腕や胸元の匂いを嗅いでみる。
真横という至近距離でお酒臭い息を吐かれ続けたのでなんだかまだ酒の匂いがする気がする。
アルハラ怖い…。
『間もなくアンツィオ学園艦、アンツィオ学園艦です』
機内アナウンスが流れる、熊本からなので時間がかかったがやっと到着出来たか…。
既に時間は学校終了を示している、連絡はしてあるが遅くなってしまった。
飛行機は滑走路へと着陸。
こうして飛行機で着陸して訪れるのは随分久しぶりだ、いつもはパラシュート降下で訪問してたからなぁ。
減速していく飛行機の窓から外を眺める。
「――――は?」
ビキリと硬直する俺。
滑走路の横に、横断幕や巨大な旗が風に靡き、見知った顔が勢揃い。
歓迎!長野叢真!と書かれた横断幕で一発で俺の歓迎と分かる。
振り回される旗には俺の似顔絵がリアルに描かれている、それがブンブンと振り回されている。
「何かしらあれ…」
「なんだ、アイドルでも乗ってるのかこの飛行機…?」
観光客らしいカップルや俺を知らない一般人が不思議そうにしている。
いやあああああ恥ずかしいいいいい!
思わず顔を押さえて座席に蹲る。
他の乗客が降りたのを確認し、最後に搭乗口へ。
俺が姿を現すと歓声が上がった。
「よく来たな叢真!アンツィオをあげて歓迎するぞ!」
嬉しそうなアンチョビの声、戦車道履修者の大歓声と旗を振り回すペパロニ、ニッコリ微笑むカルパッチョ…。
俺は無言でタラップを降り、滑走路にちょんと足を付けたら、そのままタラップを登って機内へ。
「すみません、帰りの飛行機ってこれで良いんですよね」
「え、あのお客様…?」
「う”わ”あ”あ”あ”あ”あ”!!なんで帰るんだ叢真ぁぁぁ!?」
アンチョビが叫び声を上げながらタラップを駆け登り、俺の腰に抱きついて来た。
「あんな派手な歓迎されたら誰だって逃げるわ!一般のお客さんの視線が恥ずかしくて堪らんがな!」
「そんなことを言うなよぉぉぉ!皆お前が来るのを楽しみにしてたんだぞぉぉぉ!」
「そうですよ叢真さん、帰るなんて酷いです」
ヒェッ!
背後にいつの間にかカルパッチョが居た、そして背中に張り付いてくる。
「旦那ー!なんで逃げるんすかー!酷いっすよー!」
更にペパロニが来て俺の腰にタックルしてくる。
「お前達、絶対に叢真を逃がすんじゃないぞ!」
「はい、逃しません!…絶対に」
「了解っすよドゥーチェ!」
「何するだー!離せ!?」
そう言って俺を逃すまいと全力で抱きついてくる3人、苦しい苦しい痛気持ちいい!
すると、ポンポンと肩を叩かれた。
「お客様。……外でやれ」
青筋浮かべたスチュワーデスさんが親指をクイッとしながら立っていた。
ゴメンナサイ…。
外に追い出され、周りにアンツィオの選手達が群がってくる。
相変わらずのノリと勢いだ。
「ほら見ろ叢真、皆お前を待っていたんだぞ、帰るなんて言わないよな!?」
「分かった、分かったからその恥ずかしい横断幕や旗はしまってくれ…」
空港のお客さん達に滅茶苦茶見られてる…カップルに撮影されてる…。
「さぁ叢真さん、歓迎パーティーの準備は出来てますよ、行きましょう」
そう言って俺の腕を組んで連れて行こうとするカルパッチョ。
「ちょい待ち!会場はそっちじゃないだろカルパッチョ!」
そんなカルパッチョをガシッと掴んで止めてくれるペパロニ。
え、俺何処に連れて行かれようとしてたの…?
「チェ…あらいけない、私ったら間違えちゃいました♪」
テヘペロと笑うカルパッチョ。
あの、今舌打ちしたよね…?
その後、アンチョビを先頭に俺の歓迎会の会場へと移動する面々。
大人数での移動だったので凄い見られた…。
案内されたのは戦車道の授業でも使われるコロッセオ。
そこに試合後の宴会同様豪華な料理が並んでいる。
戦車道履修者達による手作りだ。
…この熱量を他に回したら…いや、何も言うまい…。
「さぁ!叢真の来艦を祝って!いただきまーす!」
『いただきまーす!』
乾杯じゃなくて頂きますな辺りがアンツィオらしい。
「叢真さん、どうぞ」
「ありがとうカルパッチョ……何も入ってないよな?」
冗談でそんな事を言ったら、ふいっと視線を逸らされた。
オイィィィィィ!?
「冗談ですよ、そんな事する訳ないじゃないですか」
ほんとぅ…?
「料理を作ったのも盛り付けたのもペパロニですよ」
「頂きます」
うん、美味い。
流石ペパロニだ。
「ペパロニなら良いんですね…酷いです差別です」
君は今まで俺に何をしてきたかを思い出してみようか?
「愛情表現です」
ストレートに重いよ!重戦車ばりに重いよ!
「楽しんでいるか叢真!」
「まぁそれなりに…」
アンチョビがパスタとピザを両手にやってきた。
しかし良いのだろうか、一応戦車道の授業の一環として訪れているのだが。
まともな活動なんて聖グロの紅白戦しかやってないぞ…。
サンダースでもケイさんの家でホームパーティーして泊まっただけだし…。
「遠慮なんてするなよ、アンツィオはお前の第二の故郷でもあるんだからな!」
そう言ってバンバンと肩を叩いてくるアンチョビ。
その気持ちは嬉しいが、そんな風に言われる程来てたっけな俺…。
聖グロ、サンダース、プラウダに比べたら遥かに多く訪れてるけど。
何せ他の学校は戦車道の活動の一環で呼ばれていたが、アンツィオだけは学校全体をあげての来訪要請である。
アンツィオの奇跡で連盟からの報奨金が出た事で、少しとは言え潤ったアンツィオ。
そのために学校全体で俺を歓迎する状態だった。
学園長に戦車道の立て直しを相談され、有能な生徒をスカウトする事を提案。
その結果入学したのがアンチョビだった。
いや、俺は多数の生徒と言う意味で提案したのだが、アンツィオはお金が無かったのかアンチョビ1人しかスカウト出来なかった。
その結果、アンチョビ1人にアンツィオの戦車道立て直しの責任が伸し掛かった。
俺がストーカーに襲われて戦車道から離れても、アンツィオにだけは訪れた理由が、俺の迂闊な提案で苦労しているアンチョビを放っておけなかった、と言うのがある。
立て直しに尽力するアンチョビの姿を見て、感化されたのもあるが。
彼女の戦車道に対する真っ直ぐな姿勢に、彼女相手なら大丈夫だと安心していたのも理由の1つか。
ペパロニとカルパッチョが入学するまで、あーでもないこーでもないと2人で話し合ったのが懐かしい。
年上なのだが、お前とは対等な関係で居たいと言われて俺も敬語を止めた。
高飛車な所もあるが、明るくさばけた性格の彼女とは、異性の友人という関係を結んでいる。
ダージリンみたいな突飛なポンコツ行動や、ケイさんみたいな過剰なスキンシップ、ノンナさんみたいな盲信が無いから安心出来る。
何せ乙女の中の乙女だしアンチョビ。
彼女が恋愛小説を愛読している事を俺は知っている…。
「今日は泊まっていってくれるんだろう叢真、旅の疲れを癒やして明日戦車道の様子を見てくれ」
「あぁ、ありがとうアンチョビ」
良かった、ちゃんと連盟からの仕事が出来そうだ…。
宴会は暗くなるまで続き、ちゃんと片付けに入る面々。
この辺りはアンチョビの教育の賜物だ。
「叢真さん、こちらへどうぞ。学校の大浴場を戦車道関係者で貸し切ってありますから入って行って下さい」
「な、なんだか悪いな…」
どの学園艦も、何故か学校内に大浴場を持っている。
部活動などで流した汗を流す為なのだろうけど、豪勢な事だ。
大洗もスーパー銭湯ばりの大浴場があるしな、入った事無いけど。
あぁ…継続だけは無いんだよな大浴場、サウナはあったけど。
カルパッチョに案内されてアンツィオの大浴場へ。
既に授業は終わっているので学校に人気は無く、節電のためかあちこち明かりが落ちている。
大浴場の入り口には、戦車道関係者貸し切り・一般生徒入浴禁止と書かれていた。
わざわざ俺の為に貸し切ってくれるとは…なんだか悪いことをしている気分になる。
「それじゃ私はこれで。入浴が終わったらまたコロッセオに来て下さい」
「ありがとうカルパッチョ」
一瞬、彼女も入ろうとするのではないかと警戒したが、素直に戻るようだ。
「私は今は入りませんよ、片付けが残ってますから」
俺の考えを見透かしたのか微笑んで安心して下さいと言うカルパッチョ。
そうだよな、いくら何でもカルパッチョでもそこまで直接的な事はしてこないよな。
そんなどこぞのカンテレ使いのような真似しないよな。
安心してカルパッチョから手渡されたタオル片手に大浴場へ。
学校の生徒達が使うだけあって脱衣所も広い。
手早く制服を脱いでカゴに畳んで入れ、タオルを腰に巻いて大浴場へ。
「………何このローマ感…」
大理石柄の床に巨大な石柱が並ぶ湯船。
凄い、ローマよりローマっぽい大浴場だ。
あ、でも壁際にシャワーとか風呂桶とか置いてある、この辺は日本風だ。
「こんな大きな風呂に入るのなんて、何年ぶりだ…」
大洗学園ではシャワーか自室の狭い湯船だからな…。
祖父とのキャンプ訓練で帰りによく温泉に入るが、あそこは小さいからな…。
シャワーの前に座り、身体を洗う。
汗を流したら巨大な湯船へ。
これも初代学園長のアイディアなんだろうなぁ、きっと。
丁度いい温度の湯船に入る、タオルは頭の上、湯船につけない。
「はぁ…極楽極楽…」
手足を伸ばせる湯船って良いな…こんなお風呂を使えるんだから女子は羨ましい。
そう言えば自動車部が戦車倉庫の裏にドラム缶風呂を設置したとか言ってたな…。
どこで男子が見ているか分からないんだから使用禁止!と園さんに怒られたので使っていないらしいが。
ちょっと板か何かで囲ってやれば使えそうだよな…ナカジマさんにお願いして使わせて貰うか。
「ふ~…アンツィオが終わったらプラウダ行って、気が進まないが継続行って…黒森峰か」
プラウダはノンナさんだけ注意すれば良いが、継続はなぁ…ミカさんが居るんだよなぁ…。
丁度良く行方不明にならないかな…アキちゃんか最悪ミッコが居れば良いんだし…。
嫌いじゃないけど苦手なんだよなあのカンテレ使い…。
黒森峰に行ったらまほさんとちゃんと話し合わないとな…。
「ん…?」
何だか脱衣所のほうが騒がしい…?
「いちばーん!」
「私にばーん!」
「ちょっと、ちゃんと身体洗いなさいよね?」
「貸し切りだ―!ひゃっはー!」
げぇ!生徒が入ってきた!?
なんで…貸し切りって…!
慌てて巨大な柱の影に隠れる、湯船の奥の方に居たので幸い気付かれてない。
急いでタオルを腰に巻く、大変な事になったぞこれは…。
「全員見覚えがある…戦車道の選手全員じゃないか…」
あれはジェラート、あっちはパネトーネ…間違いない、戦車道履修者だ。
あれか、戦車道関係者だから入ってきちゃったのか…!?
カルパッチョ、俺が入ってるって伝えなかったのか?
俺が入っている事を知らない生徒達は、手早く身体を洗うとどんどん湯船に入ってくる。
湯気が濃くて良かった、何故か顔以外が覆われて見えない、何者かの意思で見せられないよ!とガードしているかの様だ。
困った、今更声を掛けて出ていって貰うのは…無理だな、覗きとか痴漢と思われるだけだ。
慕ってくる選手達に痴漢と思われるとか何それ死ねる。
な、何とかこの場から逃げないと…。
「――――あ」
「……………」
巨大な柱の影から静かに離れて後ろを振り向いたら、真顔で立つアマレットの姿。
「あ、アマ――――むぐっ!」
「ん~?どーしたアマレット?」
「なんでもなーい……ふふふ」
言い訳を口にしようとする俺の口をアマレットの手が塞ぎ、その勢いで柱に押し付けられる。
その水音に気付いた、声からしてジェラートの言葉に、アマレットはシレッと答えて…笑った。
アマレットのお蔭でジェラートに気付かれなかったが…これは…。
「なぁ~にやってるんすか長野さ~ん」
小声で問い掛けながらにじり寄るアマレット。
その表情は非常に楽しそうな…三日月笑い。
口が三日月みたいにニヤァァァ…と開いている。
「あ、アマレット、これは違う、誤解なんだ…!」
「誤解も何も無いっしょ~、女湯に入るなんてもうそう言う事っしょ~?」
小声で弁明をするが、アマレットはニヤニヤと笑って顔を近づけてくる。
「騒がないで欲しいっすね~、困るのは長野さんの方なんすから~」
そう言いながら身体に巻いていたタオルを片手で脱ぎ、もう片方の手で俺の背後にある柱をドンと叩く。
「ちょ、アマレット!見える、見えてしまうから…!」
慌てて目を逸らす、年頃の女の子がなんて事を…!
「いいんすよ見て。長野さんだけ特別っすから」
そう言って俺の顎を掴んでグイッと正面を向かせてくる。
戦車道選手だけあって凄い握力と腕力。
眼前にはアマレットの顔と、彼女の瑞々しい肢体。
ど、どうすれば…!
――――そうだ、目をつぶっちゃえばいいんだっ!――――
それだ!ナイスだ脳内阪口!
桂利奈ちゃんかしこ~い!帰ったらアイスを奢ってやろう!
「いいんすか目瞑っちゃって…アタシに好き放題されちゃいますよ~」
「ヒェッ!?」
ツツツーと胸板を指でなぞられた。
目を瞑ると何をされるか分からなくて恐怖倍増なんですけど!
慌てて目を開けると、アマレットが楽しそうに笑っていた。
「そうそう、ちゃ~んとアタシの事見てくれないと寂しいじゃないっすか~」
そう言いながら俺の顎をクイッと掴んで視線を下に下げてくる。
見えてしまう!と思ったら、湯気が濃くてよく見えなかった。
グッジョブ!ベリーナイス!良くやった湯気!
思わず蝶野教官みたいに脳内で叫んでしまったが、よかったこれなら大丈夫…大丈夫じゃない依然としてピンチだ。
「あ、アマレット、反省したんじゃなかったのか…!」
ペパロニに連れられてちゃんと謝りに来たじゃないか、お前はそんな事をする悪い子じゃないだろう?
「そんな事言われても、長野さんが悪いんじゃないっすか~。女湯に侵入して、アタシ達の裸見てたんだから…」
「誤解だ…!俺は最初から入ってて…!」
「ふ~ん、つまり入ってアタシ達を待ってたと…誘ってるんすね?」
どうしてそうなる。
事故である、神に誓って事故なのである。
「まぁどっちでもいいんすよ…他の連中にバレたくないっすよね…?」
「……た、助けてくれるのか…?」
一抹の望みに賭けて聞いてみる。
するとアマレットはニィィィ…と口を釣り上げて笑い、目を見開いた。
「ちょ~っと声を我慢して大人しくしててくれたら…助けてあげるっすよ長野さん…♪」
そう言ってペロリと舌舐めずりするアマレット、その見開かれた瞳にはドロドロに燃えるハートマーク。
ヒェッ!?
喰われる、そう思った次の瞬間だった。
「はぅっ!?」
呻き声を上げて崩れ落ち、湯船に沈むアマレット。
その後ろには、笑顔を浮かべたカルパッチョの姿。
――――おそろしく速い手刀、オレでなきゃ見逃しちゃうね――――
誰だお前。
「ご無事ですか叢真さん」
「か、カルパッチョ…」
手刀の構えのままで問い掛けてくるカルパッチョ。
ちゃんとタオルを巻いている、良かった。
「全くもう…懲りない子ねアマレットも」
そう言って、お湯にぷかりと浮かぶ気絶したアマレットを仰向けにして、柱の陰から連れ出すカルパッチョ。
「ごめんねみんな、アマレットがのぼせたみたいなの、連れて行って休ませてもらえる?」
「了解っすカルパッチョ姐さん、大丈夫かアマレット」
「しょうがねぇなぁ、ほら行くぞー」
近くに居た子達にアマレットを差し出し、連れて行かせるカルパッチョ。
君達、もうちょっと優しく丁寧に連れて行ってあげなさい…そんなおっぴろげ状態で連れて行ったら可哀想でしょう…。
湯気で全く見えないが、かなり恥ずかしい格好で連れて行かれるアマレットにちょっと同情する。
「さ、今の内ですよ叢真さん、こっちへ」
「か、カルパッチョ、何処へ…?」
視線がアマレットに集まっている隙に、俺を湯船の奥へと誘導するカルパッチョ。
そっちは脱衣所とは反対側なんだが…。
だがこのままここに居ると大変な事になる、俺は見つからない様にカルパッチョの後を追う。
うぅ、なんでこんな事に…これじゃまるで週間少年跳躍のお色気漫画じゃないか…。
湯気で全然見えないからあの手の漫画よりはマシだけど…。
カルパッチョに連れられて辿り着いた先は、大浴場の外れにある洞窟風の風呂だった。
メインの湯船からは遠く、人が来る気配はない。
「ここ、外れにあるせいで殆どの生徒が知らないんですよ」
なるほど、ここならあの子達が来る事も無いか…。
「湯冷めしちゃいますよ、ちゃんとお湯に浸からないと…」
そう言いながら俺の肩を掴んでお湯に入る様に押してくる。
考えてみれば俺はほぼ全裸なのだ、身を護るのは腰のタオルだけ、あまりにも防御が薄い。
八九式の装甲よりも頼りない。
カルパッチョの言う通り湯船に入る、タオルをお湯に漬けてしまったが許されるだろう。
「お隣失礼しますね」
カルパッチョが俺の隣に静かに座る、長い髪を纏め、タオルで包んでいる。
剥き出しになったうなじが、妙に色っぽい……ハッ!俺は何を考えてるんだ…!?
慌てて視線を天井に向ける、剥き出しの岩盤が一面に広がっている。
「ごめんなさい叢真さん、あの子達に叢真さんが入ってる事伝え忘れちゃって…」
忘れてただけか、それなら仕方ない…の…だろう…か…?
と言うか、何故知っている貴女は平然と入ってきているのか、そこが知りたい。
「ちゃんと言ったじゃないですか、今“は”入らないと…」
やだカルパッチョズルい。
表には大勢の選手達、隣にはカルパッチョ。
依然として俺のピンチは継続中だった。
――――風はね、いつも君の隣に居るのさ――――
その継続じゃないから、帰ってどうぞミカさん。
「心配しなくても、何もしませんよ?」
ほんとぅ…?
「だって、こんな声が響く場所でなんて…あの子達に気付かれちゃいますから」
よしこの話は終了!閉廷!解散!
追求すると危ないので黙って上を見上げる。
「叢真さん、何かありました?」
「何かって…何が?」
なんかサンダースでも同じ様なやりとりがあったぞ。
「だって、いつも以上に無警戒ですよ?こうやって寄り添っても、逃げないじゃないですか」
違います逃げ場が無いんです。
逃げられるなら逃げてます。
「悔しいですね…私達じゃ、ドゥーチェじゃ変えられなかった貴方を、大洗の人達は変えた…悔しい、凄く悔しい…!」
「カルパッチョ…?」
俯いて、肩を震わせるカルパッチョ。
珍しい、彼女のこんな姿なんて見たことがない。
「私、幼い頃から戦車道をやっていました。勿論叢真さんの事はよく知ってます、何度も貴方の試合を見ました、貴方の指揮下で戦えたら、そんな想像をして練習に励みました…」
「カルパッチョ…」
「ファンクラブに入って、試合の応援にも行って、ずっと見てきました…ずっとずっとずっと…ずぅぅっと…」
ヒェッ!?
な、何か怖いよカルパッチョ…?
「貴方が事件に巻き込まれて入院したと聞いた時は心が張り裂けそうでした…犯人を八つ裂きにしてやりたいと何度も思いました…」
胸の前で手を組んで悔やむように呟くカルパッチョ。
「戦車道から離れて、音信不通になった叢真さん……そんな貴方がアンツィオにだけはよく顔を出すと知って、私はここに来たんですよ?」
初耳だ、なんでアンツィオに来たのか訪ねた時は内緒と言われたが俺が理由だったのか…。
「アンツィオに来る叢真さんと触れ合う度に、ドゥーチェと語り合う貴方の姿を見る度に、尊い、守らないとと思いました。傷ついた貴方を、ドゥーチェなら癒せる、アンツィオなら立ち直らせられる、そう思っていました」
けれど、と言葉を切って彼女は顔を上げた。
思わず鼓動が早くなる微笑みだった。
「貴方を癒やしたのは、貴方を知る人が居ない大洗でした。たかちゃんに聞きました、大洗には、叢真さんの事を知っている人は、西住さんと会長さん達だけ、あとの人達は叢真さんの昔を知らない初心者ばかりだと」
彼女の言う通り、大洗に俺の過去を詳しく知るのはみほちゃんと秋山さんだけ。
会長達も、アンツィオ経由で知ったに過ぎない。
その会長から触りだけ聞かされただけの戦車道履修者達。
「そんな環境だから、貴方を癒やす事が出来たんでしょうね…悔しい、本当に悔しい…」
「カルパッチョ…」
「でも――――」
小さく呟くと同時に、肩を押された。
装填手らしい腕力で強引に湯船の端に押し付けられる。
「感謝してます…だって叢真さんが、こんなに無防備に、私の前に居てくれるんだから…♪」
「ヒェッ!?」
伸し掛かるように俺の肩に手を置いて、上から見下ろすカルパッチョ。
その瞳には、ドロドロと燃えるハートマーク。
ピンク色の唇を、ペロリと舐める赤い舌。
結局こうなるの!?良い話だったのにこうなるの!?
「ダメです、ダメですよ叢真さん、こんな無防備に、私の前に居るなんて…我慢なんて、出来るわけないじゃないですか…!」
「そこは我慢しよう!?」
欲望に流されるのよくない!
――――だから無防備誘い受けをどうにかしろと言ったのだ長野殿――――
うん、どうにか出来るならどうにかしたよ、でも忠告ありがとうなカエサル!
でも今は君の幼馴染をどうにかして欲しいな!
「安心して下さい叢真さん、私も経験はありませんけど、2人で手探りで頑張りましょう…?」
私“も”ってなんだ“も”って、なんで俺が経験無い事知ってるんだ!
「さぁ叢真さん…力を抜いて…ね…?」
「た…た…助けてペパロニ!」
「合点承知ぃ!」
「え――――はぅっ!?」
思わず溢れた言葉に、電光石火で応えるのは、頼りになるアホの子、ペパロニだった。
見事な回し蹴りでカルパッチョの意識を刈り取るペパロニ…ちょ、いくらなんでも乱暴過ぎないか!?
大丈夫かカルパッチョ!?
「きゅ~~……」
……気絶してるだけか。
戦車道乙女って頑丈な子多いな…。
「大丈夫っすか旦那、自分が来たからにはもう安心っすよ!」
あぁうん、安心なんだけどさ…。
「前を隠せお馬鹿!仁王立ちをするな!」
湯気が無ければ即死だった、俺が。
「あ、いっけねぇ、急いで来たからタオル外れちった…貧相な身体見せちゃって申し訳ないっす旦那」
お前の何処が貧相なんだ、色々な人に謝れ。
可愛い女の子なのにこれである、ペパロニの将来が不安になる。
「しかしどうして俺が危ないと分かったんだペパロニ」
カルパッチョが溺れない様に気を付けながら、顔を壁の方に向けて問い掛ける。
「いや~、アンチョビ姐さんが旦那を探してたのと、カルパッチョの姿が無かったんでもしやと思って来てみたら、脱衣所に旦那の服があったんで」
それだけでここに駆け付けてくれたのか、野生の勘だな…。
その後、ペパロニの号令で大浴場に居た選手たちは上がり、俺は無事に大浴場を脱出出来た。
カルパッチョはペパロニが連れて行ってくれた。
いやはや…過去最高に危なかった…。
嫌だぞ、痴漢で明日の新聞に載るのも、カルパッチョに襲われるのも。
いや、カルパッチョの気持ちは嬉しい、嬉しいんだが、やっぱりその、そういう事はお互いの事をもっとよく知り合って、お互い合意の上でちゃんとムードとかそういうのを整えてから…。
ちゃんと告白とかしてからと言うか…。
――――乙女か――――
うるさいよ冷泉さん。
仕方ないだろ、こちとら恋愛経験ゼロなんだから。
迫られてもどうしたら良いか分からんのだ、前は対人恐怖症が出るから全力で逃げてたけど。
「おぉ、叢真、どこ行ってたんだ?」
「大浴場だけど」
「え”…大浴場って、さっきまでうちの子達が入ってたぞ…?」
危なかったよ、本気で社会的な意味での命の危機と貞操の危機だったよ。
「ペパロニが来てくれて助かった」
「そ、そうか…無事だったなら良かった。それで、今日泊まる宿なんだが…」
市街地にあるホテルだろうか、観光客が多いからアンツィオにはホテルが多数ある。
大洗だと民宿しかないんだよな…。
「ペパロニがホテルの予約を忘れててな…部屋が取れなかった…」
なん…だと…?
ペパロニ…お前…上げて落とすとか…お前…。
まぁ仕方ないか…今から部屋探しか、見つかるだろうか…。
「それで学生寮として貸し出されてる一軒家になってしまったんだが…」
「なんだ、部屋があるならそう言ってくれよアンチョビ」
泊まれるなら何の問題もない。
ビックリさせて、アンチョビも人が悪いな。
「と、と言う訳で案内するぞ……ごめんな叢真…」
「なんで謝るんだアンチョビ」
妙にアンチョビがソワソワしている。
彼女の案内で辿り着いたのは、住宅街の一角にあるイタリア風の一軒家。
石造りのガッシリとした家だが、鍵を開けて入った部屋の中は一般的な家の作りだった。
アンツィオの雰囲気に合わせる為にこんな見た目になってるのか…。
「遠慮しないで上がってくれ。えぇっとスリッパはどこだ…」
「それじゃお言葉に甘えて」
部屋の中は綺麗に掃除されていて、お洒落な小物や植物が置かれていてセンスが良い。
「今飲み物を用意する、座って待っててくれ」
「あぁ……」
アンチョビに言われるがままソファに座る、サンダースみたいに生徒が暮らす為の家なのだろうか。
小物とか色々揃えられてて、まるで誰かが住んでいるかのよう……。
いや、待て、これ間違いなく誰か暮らしてるだろ!?
なんか部屋中に良い匂いがしてるし、生活感があるし!
「たっだいまーっす!」
俺が口を開こうとしたら、玄関からペパロニの元気な声が響いた。
ただいまって事は…。
「あ、旦那いらっしゃいっ!狭い家だけど自由にして欲しいっす!」
やっぱりここ、ペパロニの家か!?
「アンチョビ、どういう事だ、なんでペパロニの家に…!」
「いや、ペパロニが自分の責任だから自分の家で面倒見ると言って聞かなくて…部屋も余ってるって言うからそれなら良いかなと思って…」
「そうっすよ、気にしないで泊まっていって下さい、今から部屋探したら大変っすから!」
いや、そうだけど、でも女の子の家に泊まるなんて………。
………俺、ケイさんの家に泊まってたわ。
部屋があるなら良いか…。
ペパロニだし。
彼女なら安心だ。
「それじゃお世話になる…」
「まっかせて下さい、早速夜食作りますね!」
いや、それは良い、お腹いっぱいだから。
――――コンコン――――
「………?どうぞ」
ペパロニの家に泊まる事になり、案内された部屋で寛いでいたら、控えめなノックの音が響いた。
「お、お邪魔するぞ…」
「アンチョビ…どうした、何か用か?」
扉を開けておずおずと入ってきたのは、寝間着のパジャマに着替えたアンチョビだった。
髪型もいつものウィッグ疑惑のあるドリルツインテールではなく、一纏めにされた三つ編み。
そこそこな付き合いだが見たことがない姿だった。
ペパロニだけだと不安だと言って、彼女も今日はこの家に泊まる。
「その…だな…あの…」
言い難い事なのか顔を赤くしてモジモジしている。
なんだかみほちゃんを連想する姿だ。
しばらくモジモジモゴモゴしていたアンチョビだが、後ろ手に隠していた物を取り出した。
………耳かき?
「み、耳掃除してやる!ありがたく思え!」
何を唐突に。
なんで耳掃除なんて…。
もしかして横から見える位汚いのだろうか、思わず小指を突っ込んでしまう。
……あんまり汚れてないと思うんだが。
「ほら、いいからここに座って横になれ」
そう言って、顔を赤くしながらベッドに座り、膝の上をぽんぽんと叩くアンチョビ。
え…耳掃除って、膝枕で…?
それは…流石に恥ずかしいんだが…。
「アンチョビ、それは流石に…」
「………嫌なのか?」
「う…」
うるうるした瞳で見つめられて言葉に詰まる。
年上の癖にこれである、卑怯だ。
「………お邪魔します…」
「うむ…」
大人しく従ってアンチョビの膝に頭を乗せる。
せめて端っこの方で…と思ってちょこんと頭を乗せたら、頭を抱えられてぐいっと真ん中まで動かされた。
顔の側面全体にアンチョビの温もりが伝わり、お風呂上がりなのかシャンプーのいい香りが胸いっぱいに広がる。
いかん、これは無性に恥ずかしい…!
やっぱり止めて…と思ったら頭をガシッと掴まれた。
「動くなよ…」
「ハイ……」
既に耳かきが穴の前でステンバーイ…動くと危ないので大人しくする。
あぁ恥ずかしい……せめて早く終わってくれ…。
耳に入ってくる耳かきの感覚、人にやってもらう経験なんて無いからちょっと緊張する…。
コリコリと穴を擦られる感覚、アンチョビの優しく丁寧な動きに少し緊張が解れる。
「痛くないか…?」
「いや…結構気持ちいい…」
いつもは綿棒で済ませてるから、耳かきの感覚は初体験だ。
膝枕の温もりと耳を綺麗にされているという実感から、なんだか力が抜けてくる。
なるほど、耳掃除や膝枕を望む男が多いのはこれが理由か…。
確かにこれは癖になる…。
「なぁ叢真…大洗での生活は楽しいか?」
「なんだ唐突に……あぁ、楽しいよ」
眼鏡をして暮らしていた時は、いつも他人に怯えて暮らしていた。
でも今は、眼鏡が無くても胸を張って暮らせる。
みほちゃん達戦車道の仲間たちが居るから。
あんこうチームと放課後遊んだり、バレー部に混ざって練習したり、歴女チームと歴史考察したり、1年生チームの面倒を見たり、生徒会に振り回されたり、風紀委員の手伝いをさせられたり、ネトゲチームの面倒を見たり、自動車部を手伝ったり…。
恥ずかしい目にも理不尽な事もあるが、毎日が楽しいと胸を張って言える。
「そうか……見つけたんだな、お前の居場所を」
「……アンチョビ?」
「ずっとな…お前に恩返しがしたいと思ってたんだ。アンツィオを立て直す為に呼ばれ、その重圧に押し潰されそうな私を、お前は無理して支えてくれただろう?」
「無理なんて別に…」
「対人恐怖症で人と関わるのが苦痛だったのにか?」
――――ッ。
なんで…。
「なんで知って…」
「私を誰だと思っている、ドゥーチェアンチョビだぞ。その程度の事、直ぐに分かった」
そう言って、耳かきを退かし、俺の頭を抱えるアンチョビ。
「あ、アンチョビ…!?」
「お前が、吐いているのを見た。震えるのを必死に抑えているのを見た。辛いのに無理して笑っているのを見た。……全部全部、見てきた」
……あの事件の直後、俺は軽度の対人恐怖症になった。
少しなら大丈夫だが、長時間知らない人と一緒に居たり、大勢に囲まれたりすると気分が悪くなってしまう。
だから戦車道から離れて、静かに暮すようにしていた。
アンツィオは学校全体で俺の事を知っている。
グッズが販売され、俺の復帰を望む声や、応援する声も多い。
だから俺が訪れると、戦車道履修者以外の生徒に囲まれる事も多かった。
戦車道履修者が増えればと思って、中学時代散々鍛えられた営業スマイルとトークで対応した。
その時に無理し過ぎて、吐き戻したりした時があった。
見られてたのか…。
「だからな、お前が大洗の戦車道に参加していると聞いた時は本当にビックリしたんだ。同時に、また無理をしているのではないかと凄く心配した…でも、大洗のチームと居る時のお前は、楽しそうだった。私達と居る時のお前と同じ…いやそれ以上…うぅん、私達と一緒の方が絶対楽しそうだが!」
お、おう…。
「全国大会優勝後に、お前が戦車道に復帰した事を記事で知って、嬉しかったのと同時に悔しかった。お前が辛い思いをしているのに気付きながら、アンツィオの都合に付き合わせて、傷を癒やす事が出来なかったからな…」
それは違うぞアンチョビ、元はと言えば俺の不用意な提案でお前に苦労を押し付けたから、せめて手助けをと思っただけで…。
俺の意思で、ここに来てたんだ。
「だから大洗には、西住達には感謝してる。そして後悔している…アンツィオの立て直しを優先して、お前を後回しにしてしまった事を…すまなかった叢真、私はお前の友失格だ…!」
そう言って瞳をギュッと閉じるアンチョビ。
……馬鹿だな、アンチョビは。
自分だって大変だったのに、俺なんかの事を気にして。
だがこんな彼女だから、ペパロニやカルパッチョは支えようとし、選手達は慕うんだろうな。
これが彼女の魅力、彼女のカリスマ。
俺には無い、彼女だけの力。
「……ありがとうアンチョビ。俺は最高の友達を持った」
「叢真…私を、まだ友と言ってくれるのか…?」
「当たり前だろう?俺の友は、統帥はアンチョビしか居ないんだからな」
身体を捻って彼女の頭を撫でる。
俺を見つめる彼女の瞳には、じわりじわりと涙が溜まっていく。
「泣くなよ、統帥だろ?」
「な、泣いてなんてない…!」
そう言ってゴシゴシと目を擦るアンチョビ、そんな乱暴にしたら傷つくぞ。
拗ねたように顔をしかめるアンチョビだが、何を思ったのか一点に俺の事を見下ろしてきた。
仰向けの状態になったので、彼女の顔が視界一杯に映る。
真っ直ぐなアンチョビの瞳、こんな風に彼女の瞳を覗き込んだ経験はない。
吸い込まれそうな感覚を感じていたら、アンチョビが静かに口を開いた。
「叢真、私は友なんだよな…」
「…?あぁ、友(総統)だぞ…」
「……そ、それ以上先の関係には……な、なれないのかな…?」
え…えぇっとそれは…どういう意味で…?
「た、例えばだな!お、お互いを支え合う、理想的な関係というか…その……」
顔を真赤に染めてモジモジするアンチョビ。
えぇっと…それは、もしかしてそういう意味なんでしょうか…。
顔が赤くなるのが分かる、視線が意味もなくあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてしまう。
「もっと…お互いを解り合える関係に……」
「あ、アンチョビ…」
瞳をうるませながら、ゆっくりと頭を下げてくるアンチョビ。
やがて瞼をゆっくり閉じる。
あ、アンチョビ、俺は…俺は…
「旦那ー!姐さんー!トランプしましょう!……ん?どうしたんすか姐さんベッドの上で正座なんてして。旦那もなんで床で寝てるんすか?」
扉をバーンと開けてペパロニが入ってきた。
彼女が言う通りアンチョビはベッドの上で壁の方を向いて正座し、真っ赤な顔を見せないようにしている。
俺もベッドから落ちた状態で顔を隠している。
あ、危なかった、俺もアンチョビも人間を超えた動きをしてたな…。
「な、なんでもないぞペパロニ!」
「ちょっと腹筋をな…トランプか、いいぞ何をやる」
1年生チームに連れ込まれてトランプゲームはやりこんだからな。
「ふーん……まぁいいや、そんじゃ定番のババ抜きからやりましょう!」
首を傾げていたペパロニだが、深く考えないのが彼女の長所であり短所である。
直ぐに興味を失ってトランプを配り始める。
チラリと隣を見ると、アンチョビと目が合う。
お互い顔を赤くして目を逸してしまう。
うぅむ…何時も通りの態度になるには時間がかかるぞこれ…。
しかしペパロニには感謝しないとな…あんな流されるままにというのは…良くないしな…。
「ん……朝か…?」
窓の外から小鳥の囀りが聞こえてくる。
見覚えのない天井…あぁ、ペパロニの家かと昨日泊まったことを思い出す。
なんか妙に身体が重い…それに何か温かいし柔らかくて気持ちがいい。
身体のあちこちにムニュムニュと柔らかい何かが当たる感触が…。
「…………は?」
「すぴー…すぴー……うぅん、それはわたしのぱすただぁ…すぴー…」
顔を横に向けたらペパロニの幸せそうな寝顔がドアップであった。
思考が止まる。
なんで、ペパロニが隣に…?
瞬間的に、自分の体とペパロニの身体を確認する。
俺、寝巻き代わりの私服、ペパロニ、キャミソールに短パンという非常に視線に困る格好の寝巻き。
「良かった…」
過ちは犯してない…。
………。
「…良かった…」
布団を捲り、シーツを確認するが赤い跡は無い。
そういう事は無かった、無かったのだが…なんで俺のベッドにペパロニが居るんだ…。
「ペパロニ、起きろペパロニ…」
幸せそうに寝ているペパロニの肩を揺すると、徐々に覚醒していくペパロニ。
「ん……ん~~?なんすか旦那……へ?旦那?」
俺に気付いて目をパチパチとするペパロニ。
おはよう。
「な!なんで旦那が!?え、もしかして旦那…だ、ダメっすよ旦那!そういう事は先ず姐さんから先に…!」
「正気に戻れ」
必殺チョップ。
なんだアンチョビを先にって。
「あてっ、あれ…ここ私の部屋じゃない…?」
「俺が貸してもらった部屋だよ…なんで俺の横で寝てたんだお前」
「え…えぇっと……あ!もしかして!」
お、なんだ、理由を思い出したか?
「夜中にトイレに起きて、そんで寝ぼけてこの部屋に入った…ような…」
胸の前で人差し指同士をちょんちょんとつつきながら顔を赤くして答えるペパロニ。
「それで?」
「旦那が気持ち良さそうに寝てるのを見て……つい…」
ついじゃないが。
「お前は全くもう、俺だから良かったものの…女の子なんだからその無防備な所を直しなさい」
なんかお前が言うなと言われそうな気がする。
――――今日のお前が言うなはここかぐぅ…――――
大人しく寝てなさい冷泉さん。
「申し訳ないっす…」
「分かればいいんだ、まぁ普段ペパロニしか居ない家に俺が上がり込んだのも原因だし、この話はお互い他言無用って事で…」
ふと、視線を感じて顔を上げる。
「……………」
顔を真赤にしたアンチョビと目が合った。
「?どうしたんすか…あ」
俺の様子を見て振り返ったペパロニ、そこには驚愕の表情で顔を赤く染めるアンチョビが。
「お、お、お前達…!」
声を震わせるアンチョビ。
首を振る俺と、口をあんぐりと開けて冷や汗を流すペパロニ。
この後、誤解を解くのに数時間を要した。
アマレットはカルパッチョの手刀で記憶が飛んでいた。
そのカルパッチョは確り覚えていて「次に無防備にしていたら…ふふ」と言われた。
うん、気をつけよう…。
ちよきち!ちよきち!(´・ω・`)
なおDVDでは湯気が消えますが謎の光が活躍します(´・ω・`)
BDなら謎の光も消えますが私が見せられないよ!します(´・ω・`)
残念だったな!(´・ω・`)