(FE紋章の謎の世界に転生したので)海賊王に俺はなる! 作:大目玉
床に敷かれた絨毯を血で染めていくラングの首を、俺は醒めた目で見下ろしていた。
以前考えたように、俺とこいつが組めば、アカネイアを好きにできたのは間違いない。だが、長くは続かなかった気がする。遠からず、俺たちは殺し合っただろう。
俺がこいつより少し早かった。状況次第では、逆の立場になっていた。
それが分かる。
「あの……」
恐る恐るといった声で呼びかけられて、俺は顔を上げた。真っ青な顔のララベルが全身を震わせている。いきなり海賊の集団が乱入してきたかと思えば、生首が一つ転がるんだもんな。そりゃ怯えるか。
「お前は帰って……いや、客室を用意してやるから、今夜はそこで寝てくれ」
帰っていいと言いかけたが、俺は考え直してそう言った。
いかにも親切そうな台詞だが、ようするに軟禁だ。
ラングの屋敷に駆けこまれたら困るし、ララベル一族とやらに事情を説明されるのも面倒だしな。
俺はアイルトンに視線で合図を送った。
今日も財宝を運んできたラングの部下たちは、別室で待機している。あの連中には一人残らず死んでもらう。
パレスのそばにはラングの屋敷もあるんだが、そこも襲うように指示を出している。ただし、抵抗しない者は助けるようにも言ってあった。話のできる奴を残しておかないと、かえって収拾つかなくなるしな。
アイルトンたちは部屋を出ていき、ここにいるのは俺とララベルだけになった。血の臭いが濃くなってきた。
ララベルはラングの死体を一瞥した後、俺を見つめて、意を決した顔で前に進みでた。
「お願いがあります。私を、あなたの側に置いてください」
俺は顔をしかめた。なんでそうなる? ああ、軟禁をそう誤解されたのか?
「お前を殺すつもりはねえから安心しろ。ただ、ラングのことは何日か黙っておいてもらいたいが……」
ララベルは違うというふうに首を横に振った。
「私たちは商人の一族です。きっと、ガザック様のお役に立てると思います」
へえ。俺はおもわず笑っちまった。この状況で売り込みとは見上げた度胸だ。
「ラングから俺に鞍替えするってことか?」
「王女殿下とガザック様がそう望まれるのでしたら」
「俺たちの怒りを買うぐらいならラングの遺族を切り捨てるが、そうでなければ、たとえ細々とでもつきあいを続けたい。そういうことか?」
ララベルは驚いたように俺を見て、それから微笑を浮かべた。
「やはり、あなたはただの海賊ではありませんね」
「外に出るぞ」
ララベルの台詞を聞き流して、俺は言った。正直、ここにいると血の臭いがきつい。
戦場にいる時はたいして気にならねえんだが、あれって興奮してるのと感覚が麻痺してるからだよなあ。
俺たちは部屋を出て、扉を閉める。夜気が冷たいが、空気は一気にましになった。
「役に立てると言ったが、具体的には?」
「ガザック様が望まれるものを、できるかぎり用意してみせます。もちろんお金がかかる場合もありますが」
暗がりの中でララベルは控えめに、しかし自信をもって笑った。
「……お前らって、グルニアやマケドニアにも店をかまえてるよな」
俺が聞くと、ララベルは頷いた。
「じゃあ、グルニアとマケドニアとの取り引きを、一年間でいいから三割減らせ。武具の類はこれまで通りでかまわねえが、食料と日用品を大きく減らすか、値段を倍以上に釣り上げろ」
俺の言葉に、ララベルは目を大きく見開いた。
「それは……」
「お前ら商人にとっては、驚くことでもねえだろう。戦争の匂いをかぎつけて、食料や武器が市場から消えるぐらい買いこんで、いざって時に高値で売りつける。大陸中に店をかまえているような連中が、そういうことを一度もやったことがないとは言わせねえぞ」
「もちろん、やったことはありますが……」
ララベルの声がかすれて力が失われた。顔に汗が浮かんでいるのが分かる。
「冗談だ」
俺は笑ってみせた。無茶振りは楽しいが、それでドルーアの味方をされたら困る。俺が言ったことをアカネイアに対してやられたら、グルニアに着く前に俺たちが干上がっちまうからな。
「お前はララベル一族とやらの中でどれぐらい偉いんだ? 役割は?」
ラングが俺を籠絡するために連れてきた、と考えれば、かなり高い地位にいるはずだ。少なくとも、毎日俺の部屋に運んできた財宝と同等と思っていいだろう。最悪、お家断絶になるっていう瀬戸際で、あのラングが女の人選に手を抜くとは思えねえ。
「一族の女性は、商人としての技術と、女としての手練手管の両方を教え込まれます。私はそのどちらでも高い方にいます」
「お前個人が持つ決定権はどの程度だ? ただの伝言係ならいらねえ」
「私個人の判断で、アドリアにある店の三割までを動かすことができます」
ララベルはよどみなく答えた。一国の三割と考えれば、でかい。
「こういうこと言うと怒るだろうが、あまり可愛くない女も手練手管を教え込まれるのか?」
ちょっと話題を変えて、好奇心から聞いてみると、ララベルは表情をやわらげた。
「手練手管と一言でいっても、多岐にわたります。そういう者は愛敬のある笑顔や話し方を身につけるなどして、それに合わせた商売をします」
「太った女がうまそうにパンをかじって集客するようなもんか」
俺の言葉に、ララベルは笑った。
「はい。それに、人の好みも様々ですから、殿方を喜ばせる技術は誰であっても一通り学びます。一応、言い添えておきますが、教師陣は女性ですよ」
ララベルの補足に、俺は大げさに肩をすくめた。
「教材は男だろう? そうでないと技術がちゃんと身についたかどうか分からねえからな」
他愛のない話をしながら、俺はどうしたもんかと考えていた。
商人。ララベル。「紋章の謎」だと道具屋でしかねえが、たしか「蒼炎」と「暁」にはユニットとして出てきたよな? ベンダーだっけ? アイクに惚れていろいろ貢いでたはずだ。あのシリーズはあまりやりこんでねえから記憶が曖昧なんだよな……。
分かるのは、こいつが完全にイレギュラーだってことだ。
つまり、俺が自分で考えて判断するしかねえ。
「お前が俺に協力するってのは、一族の総意か? 機会を見て、俺かニーナに取り入っておけと命令されていたか」
「それもありますが、今この場でお願いしたのは、私自身の判断です」
ララベルはまっすぐ俺を見つめた。
「あなたには、この身を預けるだけの価値があると、そう思いました」
俺は笑った。うーん、どこまで本気か分からねえ。
俺、人を見る目があるわけじゃねえからなあ。エイブラハムには逃げられたし。
「嬉しいことを言ってくれるな。だが、俺には今のお前の言葉が本心なのかお世辞なのかさっぱりだ。だから、一つ仕事をしてもらって、それで判断したい。どうだ?」
俺が話を持ちかけると、ララベルはぱっと顔を輝かせた。
「はい。ぜひお願いします」
「俺がこの五日間、ラングからもらったお宝があるだろう。お前も毎回同席してたから見てるよな?」
俺が言うと、ララベルは不思議そうな顔をしながら頷いた。俺は続けて言った。
「あれを一切合切買い上げろ。一つ残らずだ。何日でできる?」
ララベルは驚いたように固まった。三秒ほどで我に返り、深く呼吸をしてから答える。
「三日……いえ、二日で。明後日までに、必要な金貨を用意してこちらへお持ちします。ですが、すべて買いとらせていただいてよろしいのですか? 中には由緒正しいものなどが……」
「かまわねえ。俺はそういうものに縁がねえからな。お前が買った後は、誰にいくらで売ろうと好きにしろ。ただ……お前は、ラングがあのお宝をどんな方法で貯めこんでいたかは知ってるんだよな?」
ラングとのつきあいは浅くねえはずだ。
案の定、ララベルは硬い表情で頷いた。
「それを踏まえた上で、もう一度言うが、誰にいくらで売ってもいい。損をしろとは言わねえが、あまり面倒な揉めごとは起こすな。ニーナの代官がアドリアに向かう予定だからな」
「……ありがとうございます! 本当に、ご温情に感謝いたします」
ララベルは深々と頭を下げた。
俺がもらった数々の宝の中には、ラングが民衆から力ずくで手に入れたものもあるだろう。
それを、ララベルが取りあげられた奴らに返す。多少の手間賃だけをつけた、格安の値で。金額的には損だが、ララベルはその連中から感謝され、信用を得ることができる。
商売を長く続けるつもりなら、この機会を逃したくはねえだろう。
「ああ、それともう一つ」
俺にとって大事なことを忘れていた。俺の言葉に、ララベルは顔を上げる。
「定期的にとまでは言わねえが、俺が抱きたい時に抱かせろ。嫌なら、お前じゃなくて誰か紹介するのでもいいが」
ララベルはくすっと笑った。好意的な笑みに見えるが、こいつ商人だしなあ。
「私でよければ、今後も喜んでお相手を務めさせていただきます。一つ申しあげておきますが、毎日指名していただいたこと、女として嬉しかったんですよ?」
すげえー。「女として嬉しかった」ですって。九割九分社交辞令だろうが(それでも一分だけ期待しちゃう! だって男の子だもん!)ちょっと舞いあがりそうになったぞ、俺。
しかし、商人を味方につけるって怖いところもあるんだよなあ。
グルニアやマケドニアともつきあいがあるってことは、この一族の判断次第でこっちの情報が向こうに行くんだろ。逆もあるだろうが。
とはいえ、大陸中に店を持っているような連中を敵にまわすことはできねえ。ただでさえこっちは人手不足なんだから。何とか上手くつきあっていくしかねえか。
そんなことを考えていると、ララベルが近づいてきて俺に寄り添った。
「これは、ほんの気持ちです」
その言葉が耳に届いた時には、ララベルは俺にキスをしていた。唇をしっかり押しつけて。
俺は驚いたが、ララベルを抱きしめ、その頭に手を添えながら、舌を突っこんでやる。驚かせるつもりだった。
たしかに、ララベルは驚いたようだった。体が一瞬強張ったからな。
だが、こいつはすぐに舌を絡めて、さらに体をすり寄せてきた。
俺はララベルの唇と舌使い、体のやわらかさを堪能したあと、そっとララベルを引き剥がす。
名残惜しそうな目で見つめてくるところが、さすが女の手練手管ってやつか。俺は笑って肩を叩いてやった。
「この続きは、仕事の後でな。今夜は休め。もしも今夜から動くっていうなら、護衛をつけてやるが」
「では、護衛をお願いしますわ」
にっこりと、ララベルは笑った。
やり手だ、こいつ。気を引き締めねえとな。