(FE紋章の謎の世界に転生したので)海賊王に俺はなる!   作:大目玉

39 / 61
「ファイアーエムブレム」7

 その日の夜、俺はひさしぶりにシーダを抱いていた。

 戦勝祝いで寝て過ごした後はララベルの相手に忙しかったし、その後もあれやこれやとやることが多かったからな。シーダも俺を待ち望んでいたように見えたのは、さすがに錯覚だろうが。

 二戦ばかりすませると、俺たちは寄り添うようにベッドに横になった。

 窓からは星空が見える。シーダがぽつりと言った。

 

「パレスの星は、タリスの星と違いますね……」

 

 その横顔が寂しそうに見えて、俺はおもわず聞いていた。

 

「タリスが恋しいか」

 

「恋しくないと言えば、嘘になります」

 

 シーダはそう言った。寝返りを打って、俺の胸に顔を埋める。

 

「でも、ガザック様のおかげで、色々な人に会い、色々なものを見ることができました。オレルアンの星、ワーレンの星……。このパレスの星も、きっと、こんなことがなければ一生見ることはなかったと思います」

 

 だから、感謝しています。

 そう言ったシーダに、俺は小さく唸った。そんなことはなかったということを、俺だけは知っている。

 ゲームの中で、シーダはパレスの星空を見上げながら、タリスを思うことがあったのだろうか。それとも、夢や希望や愛に満たされて、前だけを見続けていただろうか。

 シーダにかぎらない。レナやニーナ、ミネルバ、マリア、リンダ、アイルトンやカシム、マチス、リカード……。

 あいつらはどんな星空を見ている?

 

 俺はシーダの頭を撫でた。考えても意味のないことだ。

 

「まだ先は長いが、いつかは終わりが来る。お前がタリスに帰れる日がな」

 

 シーダが顔を上げて、俺を見る。微笑を浮かべた。

 

「大丈夫です。二年や三年ぐらい帰れない覚悟は、とうにできていますから」

 

 そんなにはかからねえはずだがな。この戦争って、マルスが動きだしてからは一年で終わってるし。とはいえ、先が読みづらくなってるのも確かだ。

 

「ガザック様は、故郷が恋しいと思ったことはないのですか?」

 

「ねえ」

 

 聞かれて、俺は反射的に答えた。

 ガザックの故郷はもう映画のシーンのつなぎ合わせみたいなもんだ。ガルダの港町の外れ、貧しい船乗りたちのたまり場、船乗りと海賊の入り交じった混沌とした一画……。

 他人の記憶だ。転生のせいか、俺自身の記憶はもっと曖昧で、ぼやけている。親や兄弟姉妹、友人がいたことは覚えているが、名前と顔が浮かばない。しかも、そのことに恐怖も感傷も湧いてこない。

 

「俺には故郷がねえ」

 

 天井を見上げてそう言った。シーダは何を思ったのか、俺を抱きしめた。俺は体を起こして、シーダを抱きよせ、両腕で抱えこむ。唇を強く吸った。

 

 

 ララベルは、言った通りに金を用意してきた。これは期待以上にできる奴だ。

 ただ「ご褒美をくださいませ」って身体をすり寄せてきたんで、やっぱり一族から俺を骨抜きにしろとか命令されてんじゃねえのかなあ、こいつ。

 ともかく、俺はそれをニーナに渡して城下町にばらまかせた。

 ワーレンからの商人の一団が到着したのは、翌日の朝だ。連中はさっそく市場を開き、アカネイアの民衆は殺到した。マチスやリカードの話では、遠くからでも熱気が伝わってくるほどの盛況だったらしい。

 

 その光景を、俺たちは見ていない。なんでかっていうと、パレスに到着したワーレンの評議会の連中の相手をしていたからだ。

 ニーナはシーダとレナ、それに俺とミネルバ、リンダを伴って、会議に使う広い部屋で評議会の商人たちをもてなした。

 ちなみに俺はいつものラフな海賊スタイルじゃなくて、礼服を着ていた。サイズはかなり大きいものにしたが、堅苦しい。マリアとリンダは容赦なく笑いやがった。そろそろマリアに手を出すことを検討すべきだ。

 挨拶を終えて、テーブルに軽食が並べられたところで交渉がはじまった。

 

「こちらはマケドニアのミネルバ王女です。そして、大司祭ミロアの娘リンダ。リンダは若いながらに、亡き父から受けついだオーラの魔道書を使いこなす立派な魔道士です。また、ここにはいませんが、私たちには竜族も力を貸してくれています。ドルーアは、あの竜族の王国は、決してメディウスの下で一枚岩というわけではありません」

 

 ニーナはミネルバたちを紹介しながら、評議会の商人たちに協力を求めた。実際、ワーレンで話した時よりも、こっちは見栄えがよくなっている。実際の戦力? 黙ってれば、ばれねえよ。

 だが、商人どもは相変わらずこちらの足元を見てきやがった。

 

「だが、このような話も聞いている。グルニアは戦略を変え、パレスを放棄したと。この話が正しければ、あなたがたはさほど労せずパレスを手に入れたのではないかな?」

 

「あなたがたがパレスを取り戻したのは喜ばしい。しかし、グルニア、マケドニアにとって大きな打撃というわけではないだろう。再侵攻を計画中との話も聞く」

 

「やはり、タリス、そしてオレルアンの諸権利をいただけないかな。私たちとて、あなたがたに協力したくないわけではない。ただ、いくばくかの安心がほしいのだよ」

 

 いいねえいいねえ。こいつら、自分たちが有利なつもりでいやがる。

 ちょっと軽く反撃してみようか。

 

「ワーレンがグルニアの大軍に攻められた時、グルニア軍を撃退したのは誰だったかな」

 

 俺がすました顔で聞くと、商人どもは昔話を聞いたという顔で笑った。

 

「闘技場などでは見られない素晴らしい戦いを見せていただいた。だが、何もしなかったことと、何もできなかったことは違う。我々の力でも、グルニア軍にお帰り願うことはできた」

 

 商人の一人がそう言い、他の商人たちも頷いた。

 ふてぶてしいねえ。こいつ、たしかシーダの手を握ってきた奴だったな(会議の前に聞いた)。いいぜ、その顔をすぐに青くしてやる。

 

「ところで、あなたがたはこれまでにタリスとオレルアンを訪れたことがおありかな?」

 

 世間話を装った俺の言葉に、商人たちの何人かは首を横に振った。

 

「オレルアンには、どこまでも駆けていきたくなるような広大な草原がある。タリスは、風光明媚という言葉がよく似合う自然豊かな地だ。もし興味があれば、ぜひとも見てほしいのだが」

 

「そうですな。機会があれば」

 

 何人かが愛想笑いを浮かべて言った。

 俺は、何も言わなかった者たちに視線を向ける。

 

「あなたがたは興味がおありでないかな? 諸権利を求められるのはよろしい。ただ、それなら実際にその地へ足を運んでもらいたい、とこちらとしては思うのだが」

 

 その商人たちも「興味が湧いてきましたね」などと笑った。

 俺は笑顔で頷くと、大きく手を叩いた。

 扉が開いて、剣を手にしたいかにも傭兵(クラスの方)って連中がずかずかと入ってきた。素早く展開して、商人たちの背後に立つ。

 商人たちは突然のことに驚き、慌てふためいている。剣にびびって、とっさに立ちあがることもできずにいた。

 

「こ、これはどういうことだ……!」

 

「いやいや、これは私どもの好意でござるよ」

 

 俺は笑顔でその商人に言った。

 

「タリスやオレルアンの自然に興味があると、皆様、おっしゃったではありませんか。今日中にパレスを発って、あなたがたをご案内しよう。まずはオレルアンの国境に沿って二年ほど引きずり回し……失敬、二年ほど広大な自然に触れていただこう」

 

「二年!?」

 

 商人の一人が悲鳴をあげた。

 

「無茶苦茶だ! 二年も離れていては、私の商会ががたがたになる!」

 

「そうだ! ニーナ姫、我々にこのようなことをして、ただですむとお思いか!」

 

「ほんの数ヵ月前までは王女とはとても言えない境遇にあったこと、誰もが覚えているぞ!」

 

「おやおや、我が国の王女殿下を侮辱なさるかー」

 

 俺は立ちあがって、ニーナに怒鳴りつけた商人に歩み寄る。顔を近づけて言った。

 

「近くで見ると、あなたは十年ほどタリスの自然に接したいという顔をしておりますなあ。ご家族への手紙は、私が代わりに書いてさしあげよう。安心して旅立たれよ」

 

 それから、俺は他の商人たちを見た。

 

「このパレスに来る前に、あなたがたは城下町に立ち寄ったと思われるが……。北ノルダと呼ばれる区画はご覧になったか?」

 

 何人かの商人が顔色を変えた。それを確認して、俺は続けた。

 

「賊の拠点があるようだったので焼き払ったのだがな。焼いたのは、この私だ。私が、責任をもって、あなたがたをオレルアンへお連れしよう。そうそう、パレスからオレルアンへ向かうには、アドリア侯爵家の領地を通ることになるが……」

 

 アドリア侯爵の単語をゆっくりと言いながら、俺は連中の反応を見る。二人ばかり、顔を強張らせた奴がいた。

 知ってやがるな。まあ、ラングが死んでから二、三日たったし、ワーレンの評議会に属する大物の商人なら、つきあいもあっただろう。

 

「そのアドリア侯爵ラングは、王家を裏切った罪によって、私が処刑した。アドリアは一時的に王家の直轄地となった。だから安心安全でござるよ」

 

 俺は視線で傭兵たちに合図を送る。心得たもので、傭兵たちは一斉に剣と鎧をわざとらしくガシャッと鳴らした。エステベスの奴、いい人選をしてくれたな。俺はあらためて商人たちを見回す。

 

「ワーレンには、ニーナ王女が次のようにお伝えくださる。あなたがたは私たちの話を聞いて、タリスとオレルアンの自然をぜひともその目で見たくなり、旅立ったと。なに、あなたがたの商会はいずれも立派なものだ。主が何年か不在でも、残った者たちがその穴を埋めてくださるだろう」

 

「ガザック殿。そのぐらいにしておきなさい」

 

 ニーナがたしなめるように言った。俺は大げさに肩をすくめて自分の席に戻る。それを待って、ニーナは商人たちを見回した。

 

「ワーレンでも言いましたが、私はタリスとオレルアンに多大な恩義を感じています。この二国の持つ様々な権利を、自分のもののように扱うつもりはありません。おたがいに残念な結論になりましたが、次に会う時は、建設的な話をできればと思います。リンダ、この方たちを送ってさしあげなさい」

 

「はい、ニーナ様」

 

 リンダは明るく答えて扉に駆け寄り、大きく開ける。リンダと、傭兵たちが先導するように会議室を出た。商人たちは顔を見合わせながら、席を立った。奴らの背中に、俺は声をかけた。

 

「そういえば、我が軍の女性に一夜を共にするよう求めたり、手を握ってきたりした不埒な商人がいたとか」

 

 商人たちは一斉に足を止めて俺を見た。

 

「ガザック殿」

 

 ニーナが叱るように言った。俺が椅子に座ったままなのを確認すると、商人たちは急ぎ足で去っていく。

 連中の足音が完全に聞こえなくなり、シーダが扉を閉めた。ニーナが疲れたように息を吐く。ミネルバが俺に聞いてきた。

 

「何もせずに帰してよかったのか? ずいぶんと尊大な態度だったが」

 

「俺としては、本当にオレルアンに放りこんでやってもよかったんだがな」

 

 あまりに連中の態度が腹の立つものだったら、そうするつもりだった。部屋に入れた傭兵たちに命じて。

 奴らはワイアットという初老の傭兵に率いられた傭兵隊だ。

 エステベスが闘技場でさがしだしてきた連中で、俺はディールで手に入れたゆうしゃあかしをおまけにつけることで、割と安い値段で雇うことに成功した。あまり強くねえが、自分たちの判断で動ける連中だ。

 

「ただ、これはこれで効果はある。こちらは何も脅し取らなかったし、何の約束も強制しなかった。奴らの顔を立ててやった上で、警告したんだ。これでちったぁ反省するだろう」

 

「しなかったら?」

 

「今度こそ焼く」

 

 ミネルバの質問に、俺はあっさり答えた。

 

「ずいぶんはっきり言い切るものだな」

 

「日用品を売りに来た商人たちやカーツたちには悪いと思うがな。あれこれ理由をつけちまうと、土壇場で迷っちまう。最悪、今回の警告をてめえの手で無駄にしちまう。そういうことは避ける」

 

 念のために、ララベルを使って監視だけはしておくか。

 俺は話題を変えて、軍備が整っているかどうかをニーナたちに聞いた。兵については、さっきのワイアットの他にもさがしているところだ。できれば、もう2ユニットはほしい。

 武器や軍資金については、おおむね問題ないようだ。俺は満足した。

 

 

 もう、パレスでやることはやった。後は論功行賞を済ませてグラに出発だ。

 と、俺は思っていたんだが、そうはならなかった。

 その日の夕方、俺はニーナに呼びだされて、パレスの玉座のある広間に行った。

 そこにはニーナの他に、ボアとミディアがいた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。