(FE紋章の謎の世界に転生したので)海賊王に俺はなる! 作:大目玉
夜が明けて、俺とシーダは宿を出た。昨日、カミュと会った場所に向かう。
外はまだ薄暗く、ようやく東の空が白み始めてきたぐらいだったが、ニーナはもうそこにいた。カミュの姿はない。
「カミュはどうした?」
俺が聞くと、シスター姿のニーナは首を横に振った。
「ここに来る前に、お別れをすませました。次に会うことがあるとすれば、それはグルニアでだと」
ニーナの髪はやや乱れ、顔には疲労の色がある。寂しげな笑みを浮かべていたが、その一方で余計なわだかまりが消えたというか、ずいぶんすっきりしたようにも見えた。
こいつが無事に戻ってきたから、結果としては引き分けってとこか……。
残念だとは思うが、責める気はない。俺はこいつに何も言わず、すべて任せたんだからな。だが、カミュと何を話したのかは気になった。今後の戦略に関わってくるかもしれねえ。
「話を聞かせろ」
俺たちは宿に向かった。
ニーナとカミュは夜通し語りあったそうだ。
カミュに逃がしてもらってから、一年。一晩じゃ足りないぐらい色々なことをニーナは体験している。カミュの方も、たぶん色々あっただろう。
「あなたには何か考えがあったのでしょうが……。それでも、お礼を言わせていただきます。あの人に言いたかったことが言えました。私の思いを……今でも愛していると、自分の口で、自分の言葉で、伝えることができました」
ベッドに腰を下ろして、ニーナは涙ぐみながら語った。その隣に座っているシーダも目を潤ませている。椅子に座って話を聞いていた俺は、おそるおそる尋ねた。
「……カミュは何だって?」
「カミュも、変わらず私のことを愛していると、そう言ってくれました」
俺は顔をしかめた。
「お前、あいつを説得しなかったのか? こっちにつけって」
「お願いしました。あなたと戦いたくない、グルニアのためにも、私とともにドルーアと戦ってほしい、私たちに……いえ、私に力を貸してほしいと」
妥当だな。俺が指図したとしても、同じようなことを言うだろう。
「カミュは、ひとつ条件があると言いました」
ニーナはまっすぐ俺を見つめた。
「あなたを解任し、追放する。それが、自分が同盟軍に加わる条件だと」
「……お前は何て言った?」
俺が聞くと、ニーナは毅然とした顔で答えた。
「断りました。たとえあなたのお願いでも、それだけはできないと」
俺はおもわず頭を抱えて突っ伏した。
断るなよ、という言葉が喉元まで出かかったが、何とか呑みこむ。
こいつは悪くねえ。むしろ頑張った。それは分かってる。
こいつに要求するのは酷だってのも分かってる。でも、そこを乗り越えればもしかしたらと思うと……。ああもう畜生。何てこった。
「どうしたんですか……?」
ニーナはびっくりした顔で俺を見つめている。シーダもだ。俺は頭を抱えてあーだのうーだの唸っていたが、深い深いため息をついて体を起こした。
「その条件、呑んでもよかったんだぞ。お前はわかったって言って、カミュにこの同盟軍の総指揮を任せて、俺を追いだすべきだった」
「で、ですが、そうしたら、あなたはどうするのですか?」
「決まってんだろ。手下を引き連れてアカネイアに向かう」
軍を率いて進むだけが戦いじゃねえんだ。
「まず、裏切り者のサムスーフを潰す。次にレフカンディとメニディをおさえつける。そうして後方支援を充実させる。そのあとはマケドニアに潜りこんで海賊やるのも手だな」
海賊活動。ゲリラ戦。正規の軍隊ではできないことも色々ある。
カダインにはガーネフがいるから、そっちは俺がやるとしても、アリティアとグルニアはカミュに任せることができるはずだ。そうしたら、マケドニアとドルーアに対しては二方向から攻めることができる。夢のようなプランだ。
しかし、俺の考えを聞いたニーナは、はっきりと怒りを見せた。
「それは、カミュに対する裏切りになります」
「だが、一度お前の下につけば、カミュはグルニアに戻らねえ。あいつはそういう奴だ。俺よりはるかに優秀だろうが、俺より融通がきかねえ」
「……あなたは、カミュのことをよく分かっているのですね」
ニーナは寂しそうに微笑んだ。
「でも、私のことは全然分かってくれない」
思いがけない言葉に、俺は呆然としてニーナを見つめた。
ニーナの目には涙がにじんでいる。怒りだけでなく、悲しみや悔しさが伝わってきた。
「少し休ませてください。外を歩いてきます。すぐに戻ってきますから」
ベッドから静かに立ちあがると、ニーナは俺の脇を通り抜けて部屋を出る。
「……あなたもせめて一年ぐらい、自由を失ってみればいいんだわ」
らしくない口調で言うと、ニーナは歩き去っていった。足音が遠ざかっていく。
分かってない? どういう意味だ? 俺は何か間違ったことを言ったか?
シーダがベッドから立ちあがる。ニーナを追うつもりなのだろう、部屋の外へ出たが、そこで足を止めて俺を振り返った。
「ガザック様、一つだけよろしいですか」
俺はぎこちない動作で頷いた。なにしろニーナが何を言いたいのか、さっぱり分からない。途方に暮れていた。
「以前、ニーナ様が話してくださったことがあります。せめて大切な人たちには、不自由な思いをせず、自分の意思で生きてほしいと」
「自分の意思……?」
「ニーナ様が帰ってきたら、お二人でよく話し合ってください。お願いします」
そう言うと、シーダは走っていった。
足音が聞こえなくなったころ、俺はため息をついてベッドに腰を下ろした。
「全然分かってない、ねえ……」
その言葉が俺の頭の中で何度も繰り返されている。
正直ショックだった。俺は「紋章の謎」をやりこんで、それだけで戦い、勝ってきた。登場人物の性格も、それなりにつかんでいるつもりだった。
だが、ニーナのことは分かっていないらしい。
あいつについて、あらためて考えてみる。
二年間、あいつは捕虜としての生活を送っていた。
王家の者はすべて城門に首をさらされて見せしめにされ、幼かった自分は父や母の変わり果てた姿を見てひどいショックを受けた。第九章でニーナはそう言っている。
その後の捕虜生活だ。カミュも手を尽くしはしただろうが、限界はあっただろう。いつ殺されるか分からない、不自由きわまりない状況で、二年。
不自由か。
思えば、俺がノルダで奴隷を買って戻ったときも、あいつは過剰に反応していた。自分の体をためらわずに差しだすぐらいに。
もう一つ思いだす。第二部でボアの口から明かされた、ニーナの婿選び。
マルスを選んだらシーダが悲しむからという理由で、ニーナはハーディンを選んだ。
言い換えると、ハーディンを選べば悲しむ者はいないはずという考えが、ニーナにはあった。
マルスが知っていたぐらいだし、ハーディンが自分を好きなことに、ニーナは気づいていたんだろう。
それなら、すぐに愛するとまではいかなくても、心の癒やしぐらいはハーディンに求めてもよさそうなもんだが……。
あ、もしかしてあれか。アルテミスの定めとかいう馬鹿馬鹿しい迷信。
所詮封印の盾の台座でしかねえファイアーエムブレムに、鍵を開ける力ぐらいならともかく、傾いた王家を回復させたり、代償を要求する力なんてねえと思うんだが、ニーナはそれを知らねえからな……。
愛する者を失うのなら、自分は誰かを愛してはいけないと思ってもおかしくはねえか。実際にカミュを失った(と思った)わけだし。
「たとえ自分と敵対することになっても、カミュに不自由な人生は送ってほしくねえと……」
ニーナを逃がしてからのこの一年、カミュが不自由な状況にあったのは間違いねえ。カミュがそのことを詳しく語らなかったとしても、話の端々から、ニーナは察したんだろう。
カミュがグルニアに殉じたいというなら、自分の思いを殺してでも、叶えさせてやりたい。そうニーナは思ったんだろうか。
昼近くになって、ニーナはシーダに連れられて戻ってきた。出ていったときよりは落ち着いているように見える。
二人がベッドに座るのを待って、俺は聞いた。
「好きに生きても、死んじまったら何の意味もねえと俺は思うんだが、お前は違うのか?」
そう思うのは、あまり実感がないとはいえ、一度俺が死んだからかもしれない。
「好きに生きているあなたが言うことですか」
ニーナは苦笑したが、すぐに真面目な顔になる。
「自分が死ぬときを、考えたことはありますか?」
俺は頷いた。ニーナは続けた。
「私も、何度もあります。頭の中に浮かんでいたのは死ぬことの恐怖と、たくさんの後悔でした。言っておけばよかった、やっておけばよかった、どうして言わなかったのだろう、やっておかなかったのだろう……。自分はやれることをやったのだと、これだけは成し遂げたのだと、そう考えることができなかった」
だから、せめて大切な人たちには自分の意思で生きてほしい、か。死を迎えるとき、少しでも後悔することのないように。
「俺はカミュを殺すぞ」
突き放すように言うと、静寂が部屋を包んだ。静寂を破って、俺は続けた。
「ここまで来たんだから分かってるだろうが、戦場で都合よく加減なんてできねえ」
ニーナはしっかり頷いた。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
俺は特大のため息をついた。
いや、これはこれで悪くない結果だと思うよ? とにもかくにもニーナがカミュと戦う決意を固めたんだから。グルニアに着いてから未練がましくあれこれ言われるよりはずっといい。
でも、俺はニーナに対して正面からこう言わずにはおれなかった。
「おまえって、ほんっっっと、くっそめんどくさい女だなぁ」
ほんっっっと、という強調しまくった一単語から、俺の心情をわかってほしい。ニーナは不満そうに頬をふくらませたが、シーダは忍び笑いを漏らしている。
「さて、それじゃあ本隊に戻るか」
そこで、俺はあることを思いだした。
「そういやお前、カミュから何か預かってねえか? 魔道書とか……」
ところが、ニーナは不思議そうに首をかしげた。
「いえ、何も」
俺は愕然としてその場に立ちつくす。
カミュの野郎、俺のトロンをガメやがった!(ボアのです)