(FE紋章の謎の世界に転生したので)海賊王に俺はなる! 作:大目玉
山に入ったら若い赤毛の男の死体が転がっていた。
えっ? 何これ?
あと、その死体のそばには純白の法衣を着たシスターが座りこんでいる。そのシスターを、長髪の男が冷たく見下ろしていた。
長髪の男が持っている剣は血まみれで、刀身から垂れた血の雫が地面を濡らしていた。
えっ? もしかしてこの死体ジュリアン?
「紋章の謎」では、アリティア軍以外の味方ユニットをプレイヤーが動かすことができる。三章のジュリアンとレナ、四章のオレルアン軍、十章の囚われのアカネイア軍等々。
だが、こうして現実(どこかしらゲームくさいが)になると、総指揮官である俺の命令の届かないやつは動かしようがない。
それでも俺は「知っていた」ので、海賊たちを真っ先に北へ向かわせたのだが……。
いきなり修羅場に遭遇とか心の準備ができてねえよ、おい。
ジュリアンを殺しただろう男がナバールなのは、その風貌からも服装からも間違いない。シスターはレナだろう。貴重な貴重な回復役。そして二人目の肉奴隷。
ナバールはレナではなく、山の中に現れた俺たちを睨みつけた。
「サムシアンではないな……」
ナバールのその言葉に、空気が張り詰める。
俺は真っ青になって叫んだ。
「あの男を殺せ!」
アイアンサイドが動いた。だが、こいつは馬鹿だった。鉄の斧を振りあげて、ナバールに正面から突進していったのだ。
剣光煌めく、というのはこのことなんだろう。次の瞬間にはアイアンサイドが斬られて倒れた。
死んでいた。一撃で。
「くそがっ!」
俺は手斧を投げつける。ナバールの肩をかすめたが、たいしたダメージになってねえ。だが、ナバールは俺を警戒してか後ろに跳んだ。その隙に俺はレナの手をつかんでこっちへ引っ張る。
「ハンター部隊、矢を射かけろ! ありったけだ! 使いきるつもりでやれ!」
カシムやアイルトンらハンターたちが、矢の雨を降らせる。ナバールは矢を受けながらもこちらへ向かってきた。速い!
俺の全身に悪寒が走る。ここまで近づかれたら殺される。ジェイガンと戦ったとき以上の恐怖に、俺は立ちすくんだ。手斧を投げつける。かわされる。
手下たちがナバールに左右から襲いかかった。剣で肉を切るような音がしたと思ったら手下たちがばたばたと倒れた。無双ゲーかよ。暴れん○将軍のBGMが流れてきそうなスピード感。
ナバールが前進する。海賊たちとぶつかる。海賊たちが死ぬ。
そしてまたナバールが前進する。止まらねえ。俺の手持ちに傷薬はあるが(マルスの死体から奪ったやつだ。タリスの村で婦女暴行したやつは使いきった)、一撃か二撃でやられてるんで渡してやる余裕がねえ。
だが、ハンターたちの矢の雨は、確実にナバールの足を鈍らせ、そして傷を負わせていた。その間に海賊たちは実に2ユニット分死んだが。
「あの……」
そのとき、俺のそばに控えていたシーダが言った。
「私に、あの方と話をさせていただけませんか。きっと話を聞いてくれる。そんな気がするんです」
俺はぎょっとした顔でシーダを見た。曇りのない、純粋な目が俺を見上げている。
「あいつを知っているのか?」
「おそらく、剣士として高名なナバールだと思います。前に聞いたことのある風貌通りですし……。ガルダで、サムシアンが彼を雇ったという話も聞きましたから、間違いないかと」
「その話は俺も聞いたな」
ガルダを完全に制圧したときだ。ナバールと呼ばれる用心棒はかなりの腕を持っていると聞きます、だったか。容姿については、昔にオグマあたりから聞いたんだろうか。
俺の喉はからからに渇いている。考えたのは一秒間ぐらいだった。
「駄目だ」
俺は首を横に振った。
「失敗すりゃ、お前が斬られるだろうが。下がってろ」
実際、女に斬りつける剣は持ってはおらぬとかぬかすくせに、レナやシーダに普通に襲いかかるからな、こいつ。なーにが「可哀想だが死んでもらうぜ、くらえ、必殺の剣!」だ。
だが、俺がシーダの要求を聞かなかったのには他にも理由がある。
こいつが怖い。
キャラのぶれはとにかく、行動原理がよく分からねえ。
シーダの説得であっさり寝返るし、二部でも盗賊団に所属しておいて「アリティア軍に会いたいやつがいる」という理由で盗賊たちを裏切る。
どっちも女がきっかけなあたり、実は単なる女好きのスケベ野郎じゃねえかと思うのだが、もしそうだとしたら、女にそそのかされてころころ方針を変えるわけで。こんなの味方にしても、いつどこで裏切られるかわかったもんじゃない。
こいつを雇ってタリスに向かわせ、オグマと戦わせるって手もあるが、何か間違いが起きて二人がそろって俺たちに向かってきたら、たぶん死ぬ。
俺のために、こいつはここで確実に殺しておくべきだ。
どれだけ矢と手斧で傷ついても、ナバールは逃げようとはしなかった。この場にいる敵を全滅させることしか考えていないかのように、剣を振るい続ける。そして、海賊の死体の山を積みあげ、それらを乗り越えて俺の方へ向かってきた!
また正念場だ。緊張と恐怖と興奮とでテンションの上がった俺は、ガハハと笑って鉄の斧をかまえた。やるしかねえ。やってやる。
ナバールの剣が俺の肩を切り裂いて、深く食いこんだ。
生きてる。必殺だったかどうかはわからねえが、俺は死んでねえ。
俺は獣のように咆えた。左手でナバールの服の裾を掴み、右手に握りしめた斧を叩きつける。
鉄の斧は、同じようにナバールの左肩を砕いた。肉を引きちぎり、骨を叩き割る感触が俺の手に伝わる。血飛沫が俺の目に飛んで視界が真っ赤になった。
「ぐがぁぁぁぁ!」
俺はさらに踏みこんで、ナバールに頭突きをかます。ナバールの体がぐらりと傾いた。その拍子に剣が肉に食いこんで、新たな痛みが俺を襲った。
もう一発、頭突きをくらわす。ナバールの手から剣が離れた。ナバールはよろめいて倒れる。肩口の血は、胸元から腹部までを赤黒く染めていた。俺の左腕も真っ赤だった。
ぼんやりと、俺は頭の中で計算していた。ナバールの初期ステータスとキルソードの攻撃力で考えると、一撃目は必殺が出ても耐えられる。だから、反撃で倒せば助かる。そんなことを頭の片隅で思った。心臓が早鐘を打ち、肩の傷から血がどんどん流れている。
「ガザック様、手当てを……」
シーダの声で、俺は我に返った。
「下がってろと言っただろうが」
シーダにそう言い捨てて、俺は肩口に剣が刺さったままの格好でナバールに歩み寄る。ナバールは俺を見上げて吐き捨てた。
「ふっ、バカな話だ……」
その頭に、容赦なく斧を振りおろす。
傷薬を使わねえと……。
俺は斧を放り捨てて剣を引き抜こうとする。だが、駆け寄ってきたシーダに止められた。
「駄目です。出血がひどくなります」
俺はおかしなものを見る目でシーダを見た。こいつ、どうして俺を心配するんだ? 俺に散々犯され、こき使われてるってのに。
いや。俺はすぐに考え直した。こいつはこういうやつだったな。見ず知らずの奴隷剣闘士をかばうような女だ。
それに、俺が死んだら手下どもがガルダに戻ってまた暴れるかもしれないと心配しているんだろう。きっとそうだ。
シーダはレナを振り返った。
「あなたはシスターですよね。回復の杖を持っていませんか?」
レナは申し訳なさそうに首を横に振る。そういや、リライブはハイマンが持っているんだもんな。シーダは俺を見上げて、血で汚れるのもかまわず肩を支えた。
「南の砦へ行きましょう。そこで傷を癒やさないと」
俺は手下たちを見回した。ナバールと戦って生き残っているやつは、ほんの少しだった。
北から山賊やハンター、盗賊たちが向かってくる。
俺は手下どもに迎撃を命じた。
幸いなのは、こちらの方がハンターユニットの数が多いことだ。ハンターは山に入ることができる。生き残りの海賊たちに前衛を任せれば、弓矢で蹴散らすことができた。
山賊とハンターさえ倒してしまえば、盗賊に対しては道をふさいでおくだけでいい。
「一度砦に戻るぞ」
アイアンサイドが死んじまったし、立て直す必要がある。
砦で傷を癒やしながら、俺はレナから事情を聞いた。もっとも、聞けたのは俺の知っていることしかなかったが。ジュリアンは、レナをかばってナバールに斬られたらしい。あいつらしい死に方だと思う。
「あなた方は、どこの国の軍隊でしょうか」
そう尋ねるレナの目には、わずかながら怯えがあった。思えばこいつもついてない。山賊につかまって、その次は海賊につかまるんだから。
「海賊だよ」
笑って答えたときの俺の顔は、とてつもなく邪悪なものだったんだろう。レナの目に、諦めがにじんだのが見えた。