真司が半分死にかけの状態で俺の家にやってきたのは、紅坂さんとの打ち合わせから二日たった火曜日のことだった。
「……………………」
「し、真司? どうした、詩羽先輩となんか問題でも起きたか? っていうか今日平日だよな」
「……すみません、ちょっと横になってもいいですか……?」
「え?」
「プロットは……鞄の中に、ある…………の、で…………」
え……? 待って、急に堕ちないで。プロット? もう? え、……え?
まるで意味がわからなかったけど、玄関前でいつまでも真司をぐでっとさせてるわけにもいかないから、とりあえずベッドまで連れてこうそうしよう。
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「──真司が言ってたのってこれだよな……?」
とりあえず真司をベッドに横にならせた俺は、真司の鞄の中からかなりの厚さの紙束を見つけた。
表紙には、ストーリープロット第一稿とだけ印刷されていた。
……これ、真司が書いてきたんだよな……? あまりにも早すぎないか? 俺たちと同じ日に真司たちも打ち合わせたはず。俺たちが打ち合わせてからまだ二日だぞ? それはつまり、真司と詩羽先輩──霞詩子が打ち合わせをしてからも二日ってことで……。
しかも、表紙には『ストーリープロット』。『キャラプロット』じゃない。
これはちょっとおかしい。よほどの理由がなければ普通はキャラから造る。キャラが出来てないとそのキャラに依ったストーリーが創れないからだ。
……? どうなんだろう? キャラも造ってあるのか? でも真司がストーリープロット持ってきたってことは、詩羽先輩がキャラ造ってるのか? でもなあ……キャラの名前とか普通に出てきてるんだよなあ。
と、堂々巡りに陥りかけていた俺の思考は、玄関からなったチャイムの音に遮られた。
「はいはーい、どちらさまですか~っと」
扉を開けると、そこには目元に隈ができ、若干やつれた詩羽先輩の姿があった。
「う、詩羽先輩っ!? ど、どうしたんですか急に。何の連絡もなしに来るなんて珍しいですね……」
あれ、珍しいっけ? よく考えてみれば連絡貰ったことの方が少ない気が……。
「……倫理くん」
「は、はいっ?」
「…………竹宮くんはいるかしら?」
「えっと、真司ならいま俺の部屋で寝てますけど……」
あかん、この言い方語弊を呼ぶな。
「倫理くん、語弊は呼ぶのではなくて、あるのよ。……まあ、そんなことは置いておいて……。はい、私から腐倫理くんへのとっておきのプレゼントよ」
そういって詩羽先輩が差し出してきたのは、『キャラプロット』と書かれた紙束。突然出てきた大仰なものに一瞬驚いたけれど、真司には聴けなかった疑問を詩羽先輩にしてみることにした。
「……あの、詩羽先輩」
「……何かしら」
「真司がストーリープロット持ってきましたけど、ってことはキャラプロットはとっくに出来てたんですよね?」
「いいえ、違うわよ。彼は正真正銘私のキャラプロットを見ずに書いたはずよ。だって私も出来たのは今朝のことだし」
「…………」
どういうこと? 疑問が消えないんですけど。
「えと……つまり、どういうことです? 最初から説明してくれません?」
「…………打ち合わせのときにね、ちょっとした言い合いになってしまってね……。それで、こう……各自でそれぞれプロットを書いてどちらが良いかをサブディレクター……つまり倫理くんに決めてもらおうって話になったのよ」
「どんだけ滅茶苦茶な決め方してるんですか……」
「……それは私も、多分彼も自覚しているから突っ込まないでくれると嬉しいわね…………」
……えぇ……。
「じゃ、じゃあとりあえず読ませて貰いますけど……。詩羽先輩はその間どうしてます? この感じだと取り敢えず2時間くらいもらえれば読み切っていろいろ言えると思いますけど」
「じゃあ私はその間英梨…………澤村さんでも冷やかしに行ってくるわ。──そうだ、倫理くんに一つだけ言っておくけれど……多分澤村さんと羽島さんも、私たちと同じようなことをやっていると思ったほうがいいわよ」
「……えぇ……」
もういいや、この凄腕クリエイター達の変態行動に理由を求めちゃいかん。大概俺も創作してるときは変なことをしてる自覚があるし。
「……じゃ、じゃあ取り敢えず読ませて貰いますね」
そう言って、俺は目の前の紙束に没入していった。