深海棲艦提督は動かない   作:深海棲艦大好き棲姫
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プロローグ ②

 学園長に転勤を命じられてから僅か二日後、俺はこの街を発つことになった。

 状況はそれだけ切羽詰まってるということだろう。

 

 旅立つことに、さして後悔や緊張はない。

 両親が残してくれた家を空けるのには抵抗があるが、それだけだ。

 準備と言える様な準備もなかった。

 家具や家電なんかは最初から向こうにあるし、必要な物があったら空輸してもらうこともできる。だから自前で用意する必要があるのは、服程度しかなかった。

 

 引っ越す事を伝えると、深海棲艦達も当然のように付いて行くと言ってくれた。

 むしろ俺よりもウキウキしてたくらいだ。

 空母棲姫曰く……。

 

「提督の所に行く前、みんなでショートランドにバカンスしに行かない? って話してたんだよねー。だからちょうどいいって感じ?」

 

 その後。

 

「しかもさあー。私達がいなくなった後、バカンスの件がなぁんか間違って雑魚連中に伝わったみたいで、残った下っ端達がショートランドに集まってるぽいんだよね。久しぶりに殺し合いが出来て、ちょー上がるって感じ!」

 

 とのことだ。

 ショートランド泊地への大規模侵攻は、こいつらが原因だった。こいつらの馬鹿さが原因だった。

 それならある意味、俺がショートランド泊地に行くのは、責任を取るという意味で相応しいのかもしれない。

 空母棲姫を除いて、他の深海棲艦には個別で現地に行ってもらうことにした。現地集合である。子供の遠足とは違うのだ。

 

「おはよう、宗一郎。いい朝だな。出発日和だ」

「もっと早く出なさいよ。待ちくたびれたじゃない」

 

 家を出ると、忍と義一がいた。

 お付きの加賀と長門もいる。

 こいつらだって準備が忙しいはずなのに……。

 

「ああ、いい朝だ。こんな天候の日に戦死出来たらいいな」

 

 忍に頭を引っ叩かれた。

 

「流石にそれは笑えないぞ」

 

 義一にまでこう言われてしまう始末。

 流石にちょっと反省した。

 

「ほら、これやるわ。大事にしなさい」

「おっと! 投げるなよ。俺が運動神経抜群の男じゃなかったら落としてたぞ」

「いや、顔面に当たってるじゃない」

 

 忍が投げてよこしたのは、桐箱だった。

 あまりの豪速球に反応さえ出来ず顔面に炸裂してしまったが、落としはしなかったからセーフ。

 早速開けてみると、中には刀が入っていた。

 

「自決用よ」

「おい」

 

 さっきまでの戦死ジョークは禁止って風潮はなんだったんだよ。

 

「深海棲艦に捕まると、手足を喰い千切りながら殺されるっていうじゃない。それなら直ぐに死ねるわ」

「腹を切るのも結構痛いだろ。誰が介錯するんだよ」

「うっさいわね。ちょっとした冗談よ」

 

 色々言いたいことはあったが、忍に冗談のセンスがないことは確かだ。

 

「加賀、説明してあげなさい」

「はい。

 素材には島根県出雲町で採れた最高純度の砂鉄を、同じく出雲町の職人に依頼して製鉄していただきました。

 製法ですが、刀鍛冶の技術が最も栄えていた、と言われている鎌倉時代の製造法を真似した、たたら吹きという製法を用いたそうです。

 製作者は刀剣界の最高賞である『政宗賞』を受賞し、同時に人間国宝でもある天谷沖継様です。

 本来なら忍さんが使用する予定でしたが、深く悩んだ末に、お譲りすることをお決めになりました。どうか忍さんの代わりと思って、お使い下さい」

「余計なことまで言わなくていいのよ!」

 

 加賀が言ったことの半分も理解出来なかったが、この刀がとにかく凄い物だと言うのは分かった。

 きっとめちゃくちゃ高いに違いない。

 忍の実家は超のつくお金持ちらしいが、それでも出費は出費だ。

 とはいえ今日ばかりは、無粋なことは言うまい。

 

「銘は『宗一郎』です」

 

 えっ。

 いや確かに、自分でも「刀っぽい名前だなあ」なんて思ったことはあるが。

 しかもこれは、忍が自分用に作らせたオーダーメイドだ。それが俺の名前……いや、何も言うまい。

 これは御守りとして、有り難く受け取ろう。

 

「せっかくだから、振ってみなさいよ。一応学校で刀の扱い方くらいは習ってるでしょ」

 

 言われるがままに、刀を振ってみた。

 一太刀で分かった。

 この刀は、いい。

 斬れ味が違う。空気を切るのが、これほどまでに楽しいとは思わなかった。素振りをしただけなのに、鳥肌が立つくらいだ。

 

「うん! これなら介錯人は必要なさそうね!」

「おい止めろ。せっかくのいい気分が台無しだろ」

 

 別の意味で鳥肌が立つわ。

 

「僕からはこれだ」

 

 義一から渡されたのは、日本酒だった。

 酒のことなんか刀以上に知らないが、これも凄く高価な感じがする。

 

「死んだら墓にかけてやろうと思ってな」

「ああ、よく映画とかであるやつな――っておい。やっぱり俺死んでるじゃねえか」

「冗談だ。いつか酒が飲める歳になったら、一緒に飲もう」

 

 それまで取っておけ、と言って渡された。

 本当に、一々やることがかっこいいな、こいつは。

 しかしこの分だと、俺が用意した二人へのお祝い品が貧弱に見えそうだ。

 

「ありがとう、二人とも。それで、えっと、これは俺からのお祝い品だ。こんな高価な物を貰った後で悪いけど……喜んでくれたら嬉しい」

 

 ちょっと緊張したせいで、気持ち悪い話し方になってしまった。

 二人に渡したのは、深海棲艦に採ってきてもらった海底の鉱石を加工した御守りだ。祈祷してもらってないから、ご利益があるのかは知らないが。

 一応俺も持っているから、三人でお揃いだ。

 

「へえ、いいじゃない。あんたにしてはいいセンスだわ」

「一言余計だ」

「センスだわ」

「省略し過ぎだろ。扇子になっちゃってるじゃねえか」

「見たことない鉱石だな……どこで買ってきたんだ?」

「浜辺に落ちてたやつを、俺が削って作った」

「なるほど。帰ったら図鑑で調べてみよう」

 

 嘘をついた手前、調べてみようって言葉に少し緊張した。

 まあ大丈夫だろうとは思うが。

 例え深海にしかない石だと分かったとしても、深海棲艦に頼んで採ってきてもらった――なんて結論にはなるまい。

 

「宗一郎」

 

 最後に、長門に呼ばれた。

 長門は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、耳元に顔を寄せて囁いた。

 あんっ、ダメ。

 耳は弱いの。みんなの前でなんて……。

 

「貴殿の父と母は立派な軍人だった。宗一郎も、立派な提督になるだろう。ビッグセブンの名にかけて、約束する」

「……」

「湿っぽくなってしまったな。さあ、もう時間だろう」

 

 その言葉を最後に、俺は出発した。

 二人と二隻は最後まで見送ってくれた――忍の「いってらっしゃい」の声がデカ過ぎたせいで、また重巡棲姫が主砲を撃ったのかと勘違いしそうになった。

 いつかあいつらとは、また会えるだろう。

 地獄と評判のショートランド泊地も、地獄を作ってる連中のボス級と一緒なら、容易いもんだ。

 

 こうして俺は、ショートランド泊地に着任した。

 

 

   ◇

 

 

 直ぐに旅立った宗一郎と違い、二人が横須賀鎮守府に向かうのは一ヶ月後であった。

 宗一郎が異例であっただけで、普通はこのくらいの準備期間が用意されている。

 二人は準備を進めながらも、ショートランド泊地に関する情報を集めていた。

 

 宗一郎がショートランド泊地に着任してから僅か一週間後。

 二人は信じられないニュースを聞いた。

 

 ――ショートランド泊地に、近年稀に見るほどの深海棲艦が侵攻を開始した。

 

 死んだ、と思った。

 そんなはずがない、と現実から目をそらすには、二人は賢過ぎた。

 ショートランド泊地の艦娘は、宗一郎が着任する前に大半が戦死か、あるいは戦闘不能になっている。資材も少なく、また一週間という僅かな期間では、現状を把握するだけで手一杯だっただろう。

 そこに宗一郎のお付きの艦娘が加わったとしても、正に焼け石に水だ。

 実際大本営も、ショートランド泊地を防衛する構えから、奪還の方向にシフトしていた。つまり、増援も見込めない。

 落ちこぼれの宗一郎を助ける気など、元々大本営にはなかったかもしれないが。それでも何処かで期待していた二人を、このニュースは粉々に打ち砕いた。

 

 宗一郎が深海棲艦の群れを打ち破ったと聞いたのは、それから僅か1日後の話だ。

 

 ありえない話だった。

 深海棲艦の規模を聞く限り、日本中の艦娘を集めたとしても、一掃するまでにどう見積もっても一ヶ月はかかる。

 それを僅か1日――しかも艦娘も資材もない状況で。

 本当にありえない。

 

 報告を受けて、大本営はしっちゃかめっちゃかになっているそうだ。

 宗一郎の身元の洗い出しや、事情聴取を大慌てで始めているらしい。

 本当は深海棲艦の大群なんていなかったのでは? なんて馬鹿な話が出ているあたり、どのくらい混乱しているのかよく分かる。

 

「宗一郎、やったわね」

「ああ。流石だ」

 

 夜。

 忍と義一は電話していた。

 

「ま、私は元から信じてけどね。深海棲艦ごときに殺されるわきゃないのよ」

「嘘はつかなくていい。加賀からメールで聞いたぞ。昨日泣いてたらしいな」

「ちょ、あんたらいつのまにメールのやり取りなんてしてたわけ!? つーかあいつ、また余計なことを……」

「そう言ってやるな。お前のことを心配してるのだろう。それに僕も、昨日は少し……堪えた」

 

 二人の間に、暫し沈黙が流れた。

 

「……ま、なんにせよよかったわ」

「それは間違いない。しかし、どうやって宗一郎は深海棲艦を倒したんだろうな」

「さあ? 大本営でも分からないのに、私が分かるわけないじゃない」

 

 それから少し話した後、二人は電話を切った。

 元々忙しい身だ。

 あまり悠長に話している暇もない。

 

(……ふん。気にくわないわね。みんな宗一郎がどうやって深海棲艦を倒したのかばっかで、誰もあいつの無事だけを喜んでないじゃない)

 

 部屋で一人、忍はそう思った。



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