深海棲艦提督は動かない 作:深海棲艦大好き棲姫
学園長に転勤を命じられてから僅か二日後、俺はこの街を発つことになった。
状況はそれだけ切羽詰まってるということだろう。
旅立つことに、さして後悔や緊張はない。
両親が残してくれた家を空けるのには抵抗があるが、それだけだ。
準備と言える様な準備もなかった。
家具や家電なんかは最初から向こうにあるし、必要な物があったら空輸してもらうこともできる。だから自前で用意する必要があるのは、服程度しかなかった。
引っ越す事を伝えると、深海棲艦達も当然のように付いて行くと言ってくれた。
むしろ俺よりもウキウキしてたくらいだ。
空母棲姫曰く……。
「提督の所に行く前、みんなでショートランドにバカンスしに行かない? って話してたんだよねー。だからちょうどいいって感じ?」
その後。
「しかもさあー。私達がいなくなった後、バカンスの件がなぁんか間違って雑魚連中に伝わったみたいで、残った下っ端達がショートランドに集まってるぽいんだよね。久しぶりに殺し合いが出来て、ちょー上がるって感じ!」
とのことだ。
ショートランド泊地への大規模侵攻は、こいつらが原因だった。こいつらの馬鹿さが原因だった。
それならある意味、俺がショートランド泊地に行くのは、責任を取るという意味で相応しいのかもしれない。
空母棲姫を除いて、他の深海棲艦には個別で現地に行ってもらうことにした。現地集合である。子供の遠足とは違うのだ。
「おはよう、宗一郎。いい朝だな。出発日和だ」
「もっと早く出なさいよ。待ちくたびれたじゃない」
家を出ると、忍と義一がいた。
お付きの加賀と長門もいる。
こいつらだって準備が忙しいはずなのに……。
「ああ、いい朝だ。こんな天候の日に戦死出来たらいいな」
忍に頭を引っ叩かれた。
「流石にそれは笑えないぞ」
義一にまでこう言われてしまう始末。
流石にちょっと反省した。
「ほら、これやるわ。大事にしなさい」
「おっと! 投げるなよ。俺が運動神経抜群の男じゃなかったら落としてたぞ」
「いや、顔面に当たってるじゃない」
忍が投げてよこしたのは、桐箱だった。
あまりの豪速球に反応さえ出来ず顔面に炸裂してしまったが、落としはしなかったからセーフ。
早速開けてみると、中には刀が入っていた。
「自決用よ」
「おい」
さっきまでの戦死ジョークは禁止って風潮はなんだったんだよ。
「深海棲艦に捕まると、手足を喰い千切りながら殺されるっていうじゃない。それなら直ぐに死ねるわ」
「腹を切るのも結構痛いだろ。誰が介錯するんだよ」
「うっさいわね。ちょっとした冗談よ」
色々言いたいことはあったが、忍に冗談のセンスがないことは確かだ。
「加賀、説明してあげなさい」
「はい。
素材には島根県出雲町で採れた最高純度の砂鉄を、同じく出雲町の職人に依頼して製鉄していただきました。
製法ですが、刀鍛冶の技術が最も栄えていた、と言われている鎌倉時代の製造法を真似した、たたら吹きという製法を用いたそうです。
製作者は刀剣界の最高賞である『政宗賞』を受賞し、同時に人間国宝でもある天谷沖継様です。
本来なら忍さんが使用する予定でしたが、深く悩んだ末に、お譲りすることをお決めになりました。どうか忍さんの代わりと思って、お使い下さい」
「余計なことまで言わなくていいのよ!」
加賀が言ったことの半分も理解出来なかったが、この刀がとにかく凄い物だと言うのは分かった。
きっとめちゃくちゃ高いに違いない。
忍の実家は超のつくお金持ちらしいが、それでも出費は出費だ。
とはいえ今日ばかりは、無粋なことは言うまい。
「銘は『宗一郎』です」
えっ。
いや確かに、自分でも「刀っぽい名前だなあ」なんて思ったことはあるが。
しかもこれは、忍が自分用に作らせたオーダーメイドだ。それが俺の名前……いや、何も言うまい。
これは御守りとして、有り難く受け取ろう。
「せっかくだから、振ってみなさいよ。一応学校で刀の扱い方くらいは習ってるでしょ」
言われるがままに、刀を振ってみた。
一太刀で分かった。
この刀は、いい。
斬れ味が違う。空気を切るのが、これほどまでに楽しいとは思わなかった。素振りをしただけなのに、鳥肌が立つくらいだ。
「うん! これなら介錯人は必要なさそうね!」
「おい止めろ。せっかくのいい気分が台無しだろ」
別の意味で鳥肌が立つわ。
「僕からはこれだ」
義一から渡されたのは、日本酒だった。
酒のことなんか刀以上に知らないが、これも凄く高価な感じがする。
「死んだら墓にかけてやろうと思ってな」
「ああ、よく映画とかであるやつな――っておい。やっぱり俺死んでるじゃねえか」
「冗談だ。いつか酒が飲める歳になったら、一緒に飲もう」
それまで取っておけ、と言って渡された。
本当に、一々やることがかっこいいな、こいつは。
しかしこの分だと、俺が用意した二人へのお祝い品が貧弱に見えそうだ。
「ありがとう、二人とも。それで、えっと、これは俺からのお祝い品だ。こんな高価な物を貰った後で悪いけど……喜んでくれたら嬉しい」
ちょっと緊張したせいで、気持ち悪い話し方になってしまった。
二人に渡したのは、深海棲艦に採ってきてもらった海底の鉱石を加工した御守りだ。祈祷してもらってないから、ご利益があるのかは知らないが。
一応俺も持っているから、三人でお揃いだ。
「へえ、いいじゃない。あんたにしてはいいセンスだわ」
「一言余計だ」
「センスだわ」
「省略し過ぎだろ。扇子になっちゃってるじゃねえか」
「見たことない鉱石だな……どこで買ってきたんだ?」
「浜辺に落ちてたやつを、俺が削って作った」
「なるほど。帰ったら図鑑で調べてみよう」
嘘をついた手前、調べてみようって言葉に少し緊張した。
まあ大丈夫だろうとは思うが。
例え深海にしかない石だと分かったとしても、深海棲艦に頼んで採ってきてもらった――なんて結論にはなるまい。
「宗一郎」
最後に、長門に呼ばれた。
長門は俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でると、耳元に顔を寄せて囁いた。
あんっ、ダメ。
耳は弱いの。みんなの前でなんて……。
「貴殿の父と母は立派な軍人だった。宗一郎も、立派な提督になるだろう。ビッグセブンの名にかけて、約束する」
「……」
「湿っぽくなってしまったな。さあ、もう時間だろう」
その言葉を最後に、俺は出発した。
二人と二隻は最後まで見送ってくれた――忍の「いってらっしゃい」の声がデカ過ぎたせいで、また重巡棲姫が主砲を撃ったのかと勘違いしそうになった。
いつかあいつらとは、また会えるだろう。
地獄と評判のショートランド泊地も、地獄を作ってる連中のボス級と一緒なら、容易いもんだ。
こうして俺は、ショートランド泊地に着任した。
◇
直ぐに旅立った宗一郎と違い、二人が横須賀鎮守府に向かうのは一ヶ月後であった。
宗一郎が異例であっただけで、普通はこのくらいの準備期間が用意されている。
二人は準備を進めながらも、ショートランド泊地に関する情報を集めていた。
宗一郎がショートランド泊地に着任してから僅か一週間後。
二人は信じられないニュースを聞いた。
――ショートランド泊地に、近年稀に見るほどの深海棲艦が侵攻を開始した。
死んだ、と思った。
そんなはずがない、と現実から目をそらすには、二人は賢過ぎた。
ショートランド泊地の艦娘は、宗一郎が着任する前に大半が戦死か、あるいは戦闘不能になっている。資材も少なく、また一週間という僅かな期間では、現状を把握するだけで手一杯だっただろう。
そこに宗一郎のお付きの艦娘が加わったとしても、正に焼け石に水だ。
実際大本営も、ショートランド泊地を防衛する構えから、奪還の方向にシフトしていた。つまり、増援も見込めない。
落ちこぼれの宗一郎を助ける気など、元々大本営にはなかったかもしれないが。それでも何処かで期待していた二人を、このニュースは粉々に打ち砕いた。
宗一郎が深海棲艦の群れを打ち破ったと聞いたのは、それから僅か1日後の話だ。
ありえない話だった。
深海棲艦の規模を聞く限り、日本中の艦娘を集めたとしても、一掃するまでにどう見積もっても一ヶ月はかかる。
それを僅か1日――しかも艦娘も資材もない状況で。
本当にありえない。
報告を受けて、大本営はしっちゃかめっちゃかになっているそうだ。
宗一郎の身元の洗い出しや、事情聴取を大慌てで始めているらしい。
本当は深海棲艦の大群なんていなかったのでは? なんて馬鹿な話が出ているあたり、どのくらい混乱しているのかよく分かる。
「宗一郎、やったわね」
「ああ。流石だ」
夜。
忍と義一は電話していた。
「ま、私は元から信じてたけどね。深海棲艦ごときに殺されるわきゃないのよ」
「嘘はつかなくていい。加賀からメールで聞いたぞ。昨日泣いてたらしいな」
「ちょ、あんたらいつのまにメールのやり取りなんてしてたわけ!? つーかあいつ、また余計なことを……」
「そう言ってやるな。お前のことを心配してるのだろう。それに僕も、昨日は少し……堪えた」
二人の間に、暫し沈黙が流れた。
「……ま、なんにせよよかったわ」
「それは間違いない。しかし、どうやって宗一郎は深海棲艦を倒したんだろうな」
「さあ? 大本営でも分からないのに、私が分かるわけないじゃない」
それから少し話した後、二人は電話を切った。
元々忙しい身だ。
あまり悠長に話している暇もない。
(……ふん。気にくわないわね。みんな宗一郎がどうやって深海棲艦を倒したのかばっかで、誰もあいつの無事だけを喜んでないじゃない)
部屋で一人、忍はそう思った。