深海棲艦提督は動かない   作:深海棲艦大好き棲姫
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第1話 初手蹂躙

 ショートランド泊地には、主力となる艦娘はほとんどいなかった。

 ――否。

 正確にはいなくなった、と言った方が正しいだろう。

 

 連日に渡る深海棲艦の大規模侵攻により、戦死したのだ。

 生き残りもいたが、高速修理剤では完治しない致命的な傷を負い、大本営へと移送された。

 現在残っているのは、遠征を主としていた駆逐艦や軽巡洋艦のみである。

 

 そんな状況にあって、提督は良く戦ったと言えるだろう。

 少ない資材で上手くやり繰りし、地形や深海棲艦の習性を利用して、僅かな戦力で持ち堪えていたのだ。

 大本営も決して無能ではない。

 むしろ合理性の塊といえる。

 彼らは大規模作戦に備えて資材を貯める一方で、ショートランド泊地がギリギリ存続できるだけの資材を渡してくれていた。

 しかしそれも、一週間前までの話。

 

 一週間前――提督が戦死した。

 

 その日、遂に戦線が突破された。

 そこで提督が打ち出した作戦は、鎮守府まで敵を引きつけ、陸上兵器を用いて迎撃。艦娘は裏手から回り込み、奇襲を仕掛ける――というものだった。

 結論から言えば、作戦は上手くいった。

 僅かな可能性を手繰り寄せ、氷上の勝利を勝ち取ったのだ。

 ――代償として、提督が死んだ。

 陸上兵器を使用していた彼は、深海棲艦の砲撃に運悪く当たってしまった。陸上兵器が誘爆し、ほぼ即死だったという。

 本来なら艦娘が護衛に付いていたはずだが、無論、最早そんな余裕はなかった。

 

 提督は戦時中とは思えないほど、艦娘達によって手厚く葬られた。

 その後艦娘達は、大本営にこのことを連絡した。

 返って来た返事は、無情にも「支援を打ち切る」というものだった。

 艦娘達は反論した。

 

 それでは生きていけない。

 今まで国の為に戦って来た自分達を見殺しにするつもりか。

 

 憤る艦娘達に、

 大本営は淡々と支援を打ち切る理由を話した。

 

 提督がいなければ艦娘は力が出せない。

 深海棲艦に負けるのは必然。

 ならば支援をするだけ資材の無駄。

 

 あまりにも合理的な判断。

 大本営の目的は、艦娘の保護ではない。

 国を守ることだ。

 その為には、艦娘を見捨てることもある。

 分かっていたはずだった。

 だがいざ自分の身に降りかかると、上手く呑み込めない。

 なんて理不尽な話だろう、と思ってしまう。

 

 大本営からの指示は、それでは終わらなかった。

 ショートランド泊地を奪還するに足りる戦力が整うまで、そこで持ち堪えろというのだ。

 無理だ。

 指示を聞いた艦娘はすぐにそう思った。

 提督がいなければ、艦娘は本来の力の一割程度しか引き出せない。

 いや、仮に提督がいたとしても無理だろう。

 資材も、戦える艦娘もいないのだから。

 

 更に大本営は言った。

 ショートランド泊地に新しい提督を送り込む。

 彼は提督養成学校でしっかりと学んだ、優秀な人材だ。彼の指示を仰げばどうにかなる、と。

 

 ショートランド泊地の艦娘達は分かっていた。

 新しく来る提督は贄だ。

 “何も手を打たず艦娘を見殺しにした”というのは体裁が悪い。それなら“新しい提督を送ったが戦死した、弔い合戦をしよう”とした方が都合がいい。

 新しく送られて来る提督は、そのストーリーを完成させるための人柱である。

 きっと大本営では既に感動的なストーリーが作られていることだろう。ショートランド泊地が堕ちた次の日には、大々的に報道されるに違いない。

 

 そこには艦娘達が思いつきもしない、色々な思惑があるだろうが……。

 たった一つの、明確な事実がある。

 大本営はショートランド泊地を見放した。

 本当に助ける気があるなら、例えどれだけ優秀だったとしても、学生など送り込むはずがない。

 いや、そもそも優秀な人材というのも嘘だろう。

 送られて来るのは、恐らくは最低限、提督の資格しか無い人間。誰を生贄にしても一緒なら、無能を生贄にした方がいい。

 実に合理的な判断。

 人を人と見ず、数字としてみるなら、それはきっと最適解なのだろう。

 

 それが分かっているからこそ、ショートランド泊地にいる艦娘達は逃げ出さない。

 腹は立つものの、逃げない。

 一度は国に忠誠を誓った身だ。

 自分達の死が国の為になるなら、そこにどれだけの理不尽があろうと、理屈が通ってるなら、逃げない。

 

 そうして、新しい提督がやって来た。

 彼を見る艦娘達の目は、何処か同情的だ。

 彼はまだ若かった。

 それなのにこんな死地に送られて――同情もするというものだ。

 

 彼の特徴を上げるなら、若いという他に、多くの艦娘を引き連れて来た、という点がある。

 海軍学校を卒業したならお付きの艦娘の一隻も連れていて当然だが、それにしても多い。

 どれも見たことない艦娘ばかりだが――結局は同じことだ。

 彼女達全員が大和級と同じくらいの力を持っているなら話は変わるかもしれないが、そんなわけもない。

 それ以前に資材がない以上、満足に戦うことも出来ないだろう。

 

 そしてもう一つ。

 彼には、提督としての資質を全く感じられなかった。

 艦娘と提督には不思議な繋がりのようなものがある。

 その繋がりの強さが、艦娘の能力を引き出す能力に直結する。

 それが彼には、決定的に欠けていた。

 本当に微量にしか、彼から提督の力が感じられないのだ。

 それどころか普通、提督には無条件で好意印象を抱くのだが、彼は深海棲艦を前にした時のような、得体の知れない不快感さえ感じる。

 

「ここの責任者は誰かな?」

 

 彼の言葉に、艦娘達は顔を見合わせた。

 そして一隻の艦娘が、代表して前に出て来る。

 

「曙よ。一応、第一艦隊の旗艦をしているわ。本来の旗艦が死んじゃったから、代理でやってるだけだけど」

「自己紹介ありがとう。俺は東条宗一郎。戦死していった艦娘達と提督には、心よりお悔やみの言葉を申し上げる」

「別にいいわよ、そんなの」

 

 これは本心だった。

 会ったことすら無い人の死に、心から悲しむことなど出来はしない。

 それならそんな余計なことは省いて、話を進めた方が得だ。

 

「執務室に案内するわ。付いて来て」

 

 曙は一直線に、執務室を目指した。

 鎮守府には様々な施設があるが、まともに機能しているものは一つとしてない。だから直接見て回ったとしても使えないなら意味がないし、何より今は時間がない。

 何せ見てもらわなければならない資料が、山のようにあるのだ。

 故に曙は提督を執務室に連れて行き、資料の束を渡した。

 

「……なるほど。とりあえず、やばいのは分かった」

 

 資料を一枚か二枚めくった所で、提督はそう言った。

 同時に、曙も「やばい」と思った。

 思った以上に、この男はとんでもない無能だ。

 資料を読むのをめんどくさがり、一番重要な現状把握を疎かにしている。それは指揮官として、一番やってはいけないことだ。

 

「大きな問題点は二つ。深海棲艦が攻めて来てることと、資材がないこと。そうだな?」

 

 そんなの見ればわかるでしょ!

 ――と怒鳴りかけたのをぐっとこらえて、曙はうなずいた。

 その問題を解決するのが提督の仕事で、解決するには方法を見つければならず、その為には資料を読むしかない。

 だがそれを直ぐにこなすのは、新人では不可能だ。

 だから仕方ない。

 曙は言葉を呑み込んだ。

 しかし提督の次の言葉を聞いた時……流石に我慢出来なくなった。

 

「離島棲姫、近くの深海棲艦を排除して来てくれ」

「はあ!?」

 

 こいつはどこまで馬鹿なのだろうか。

 たった一隻で、しかもゴスロリ衣装を着たいかにも弱っちそうなこの艦娘に、あれ程の深海棲艦の群れを任せるなど正気の沙汰ではない。

 無能を超えて、まるで白痴だ。

 

「あら、提督様。記念すべき初陣に、わたくしを選んでくれるなんて。嬉しいわ……うふふっ。ご覧になってちょうだい、きっとあなた様の期待に応えるわ」

 

 離島棲姫と呼ばれたその子は、本当に海へと抜錨してしまった。

 

「ちょ、ちょっとあんた! 今自分が何したか、分かってるわけ!?」

「ああ、分かってるよ。後で説明するから、ちょっと待っててくれ。集積地棲姫、お前は物資の収集を頼む」

「オッケー! 夜にはパーティーを開けるくらいにしてあげるよ」

 

 そう言ってまた、その子も行ってしまった。

 物資の調達ということは、遠征に行くのだろう。

 遠征に行くのに、たった一人?

 護衛も付けずに?

 聞いたことがない。

 

「あのな、曙。実は――」

 

 提督の言葉を聞く前に、曙は外に飛び出た。

 今海に出てしまった二隻を、呼び戻さなくては。

 今ならまだ間に合う。

 そう思って、曙は海に出た。

 

(い、いない……!? なんて速力!)

 

 信じられないことに、二隻はもう水平線の彼方に消えていた。

 海には二人が進んだことを示す航跡が、白い泡となって浮かんでいる。

 航跡は右と左、二手に分かれていた。

 右か、左か――曙は右に進んだ。

 理由はない。

 直感だ。

 

 右に進むと、暫くして、ようやく人影が見えて来た。

 遠くからでも分かる、黒を基調としたゴスロリファッション。離島棲姫と呼ばれていた方だ。

 彼女は海の上で、静かに立っていた。

 曙のが近づくと気配に気づいたのか、振り向いて、薄く笑いながら話しかけて来た。

 

「あら。あなたはさっき、執務室にいた子よね。どうしてここに? 迷子?」

「なに悠長なこと言ってんの! 早く逃げるわよ!」

「どうして? まだ提督様のご命令を遂行出来てないわ」

「この――!」

 

 この馬鹿!

 この分からず屋!

 そんな事を言おうとしたのだと思う。

 しかし、曙の言葉は続かなかった。

 突如海底から現れた深海棲艦――駆逐艦『イ級』が、曙の目の前で、離島棲姫を呑み込んだのだ。

 

 これに似た光景を、曙は何度も見たことがあった。

 こうなってはまず助からない。

 イ級の顎の力は強い。

 最低でも重巡洋艦級の力がなければ、脱出は不可能である。

 しかも最悪なことに、このイ級はただのイ級ではなく、elite級だ。

 elite級のパワーともなると、駆逐艦や軽巡洋艦はもちろん、時には重巡洋艦までをも沈めることがある。

 離島棲姫も、また同じように……。

 

「嫌だわ。お洋服が汚れちゃう」

 

 ……声が聞こえた。

 次の瞬間、駆逐艦『イ級』の顎が不自然に開いた。

 ――離島棲姫だ。

 信じられないことに。

 彼女の小さな細腕が、イ級の顎を無理矢理こじ開けていた。

 

 そのまま離島棲姫は腕を広げ、イ級を引き裂いた。

 

 信じられない腕力だ。

 長門型でも、練度が高くなければここまでの力は出せない。

 彼女は一体……?

 小柄な容姿を見て駆逐艦と思っていたが、違うのだろうか?

 

「ああ、やっと来てくれたのね。来るのが遅かったせいで、わたくし、心配だったわ……。索敵能力がお粗末過ぎるせいで、わたくしの事を見つけてくれないんじゃないかって……心配だったの。だってそしたら、提督様のご命令の達成が遅れちゃうじゃない? だからわたくし、とっても心配で……。でも良かったわ。これで問題なく、ご命令を遂行出来るもの」

 

 離島棲姫の言葉を聞いて、曙も漸く気がついた。

 ――囲まれている。

 いつの間にか二人は、深海棲艦に囲まれていた。

 今はまだ10隻程度しかいない様だが、その数は増え続けている。しかも中には、戦艦『タ級』や正規空母『ヲ級』も混じっている様だ。

 早く脱出しないと不味い。

 曙はそう考え、離島棲姫の手を引こうとした。

 

 その手を、離島棲姫が振り払う。

 彼女はスカートの端をちょんと摘んで、優雅にお辞儀をした。

 

「我々の提督であり、至高の御方であらせられる東条宗一郎様の命により、あなた方のお相手をさせていただきます。離島棲姫と申します。以後、よろしくお願いいたしますね」

 

 ゴスロリ調の服から、無数の艦載機が出てくる。

 一目見て「邪悪だ」と断言できる程の禍々しさを持ったそれは、瞬く間に空を覆い尽くした。

 その数もさることながら、艦載機ひとつひとつの性能があり得ないほど高い。対抗しようと飛ばしたヲ級の艦載機を容易く蹴散らす程の制空能力。そしてタ級の装甲を軽々と消し飛ばす爆撃能力。どれを取っても、性能が良すぎる。

 

「沈メ――!」

 

 重雷装巡洋艦『チ級』が、魚雷を放った。

 それだけではない。

 ヲ級の爆撃、タ級の砲撃。

 離島棲姫の存在は危険だと、深海棲艦達は判断したのだろう。深海棲艦は一切の防御をせず、離島棲姫に決死の集中砲火を浴びせた。

 空気が振動し、海が震える。近くにいただけで、曙は吹き飛びそうになった。

 

 ――無傷。

 

 攻撃が止んだ後、離島棲姫は前と少しも変わらず、そこに立っていた。

 あまりにも厚すぎる装甲。

 大和型の何倍――いや、何十倍。

 正確なところは分からないが、とにかく途方もないことだけは確かだ。

 呆気にとられていた曙だが、それは他の深海棲艦も同じだった。

 

「これで終わり? 品がないのね。リコリスならもう帰ってるところよ、まったく。でもわたくしは優しいから、手本を見せてあげる」

 

 離島棲姫が手を前にかざした。

 袖の下から砲台が出てくる。

 離島棲姫の砲台に、熱が集まる。大和型の主砲を軽々上回る熱量。威力もまた、比例して高いだろう。

 

 離島棲姫は、躊躇なく砲撃した。

 

 海が割れ、深海棲艦の群れが消える。

 曙の常識を軽々と超えた威力。

 このレベルの主砲を持っていながら、加賀を超える艦載機能力も持っているですって?

 目の前の出来事を、曙は中々受け入れられなかった。

 

 それも無理からぬ話だろう。

 離島棲姫の力は“船”という枠組みを超えているのだ。

 

 船の力を持った人型の兵器。

 それが艦娘と深海棲艦だ。

 だが“船”の常識を逸脱した存在が、深海棲艦には存在する。

 例えば駆逐艦でありながら戦艦と同じ火力や装甲を有していたり、その船の艦種では決して持てない装備を使って来たり――そういう実例があるのは、海軍とて把握している。

 だが離島棲姫は、そんなレベルではない。

 

 確かに、船が持つ力は途方もないだろう。

 例えば長門の馬力は八万二千馬力。

 最新式の戦車でさえ千五百馬力程度な事を考えれば、文字通り桁が違う。

 故に、艦娘は最強の兵器と呼ばれているのだ。

 離島棲姫は更にその上、“軍事拠点島”としての力を有している。

 

 人間が作った兵器と、自然が作り出した土地。

 どちらの方が強いかなど、考えるまでもない。

 

 そんなことがあっていいわけがない。

 そんな存在など、いないはずだ。

 そんな常識を嘲笑うかの様に、離島棲姫は己の力を振るう。

 

 離島棲姫の攻撃により、海は灼け爛れた。

 深海棲艦どころか、生物一ついない。

 ショートランド泊地をあれ程苦しめた深海棲艦は、離島棲姫の攻撃により、1時間もせずに全滅した。






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