深海棲艦提督は動かない   作:深海棲艦大好き棲姫
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第3話 元帥との戦い

 大本営は日本で最も安全な場所と言われている。

 それ何故か?

 答えは単純、元帥がいるからである。

 家柄や政府からの圧力。何かと拘束が多い海軍だが、元帥のみは単純に能力の高さだけで選ばれる。この場合の能力の高さというのは、艦娘を扱う指揮能力のことを指す。

 つまり、元帥は海軍の中で最強の存在と言えるだろう。

 

 元帥の下には大将がいる。

 大将の下には中将がいる。

 中将の下には少将が――とにかく、下を見ればキリがない。それほど多くの人間が海軍には所属している。

 

 大将以下全ての海軍と元帥が戦争をした場合元帥側が勝つ――といえば分かりやすいだろうか。

 元帥はそれほど、圧倒的な強さを持っていた。

 

 もっとも、どの時代の元帥も彼ほど強かったのか聞かれると、そうではない。

 彼は産まれた時から特別だった。

 一般に、提督としての能力が高ければ高いほど妖精さんに好かれるとされている。

 大将クラスであれば30は妖精さんを使役出来るだろう。

 使役出来る妖精さんの数が50を越えれば、元帥になれるとされている。

 

 平凡な家庭に産まれた彼だが、彼が産まれた時――100を超える妖精さんが集まり彼の誕生を祝った。

 

 また一般的に、提督の力は成長しないと言われている。

 もちろん指揮能力や艦娘との絆は上昇するが、妖精さんに関する能力は覚醒した瞬間にピークを迎えるのだ。

 だが、彼は違った。

 彼は歳を重ねるごとに、使役出来る妖精さんの数を増やしていった。

 

 成人する頃には1000を超える妖精さんが彼の元に集まっていた。

 そして現在、彼は未だに成長し続けている。

 

 艦娘が提督を見た時、提督の持つ力の大きさによってその印象は変わる。

 練度の低い艦娘が元帥を見たなら、特に何の印象を抱くこともないだろう。彼の力が大きいのか、小さいのか。何も分からない。例えるならそう、蟻が地球の大きさを感じられないように。

 だが少し練度が高い艦娘であれば――彼はきっと、太陽のように見えるだろう。

 彼が持つあまりのエネルギー量に、直視することさえ出来ないかもしれない。

 

 人々は言う。

 彼こそまさに、深海棲艦を滅ぼすために妖精さんが選んだ救世主である、と。

 

「次の議題ですが、ショートランド泊地についてです」

 

 司会の女性がそう言った。

 一斉に書類をめくる音が聞こえてくる。

 

 大本営の会議室には元帥と大将、そしてそれぞれのお付きの艦娘が集まっていた。

 彼らは週に一度こうして集まり、会議を開いているのだ。

 

 大将は元帥の独断で決められる。

 そのため、時代によって人数も性別もバラバラである。今代では、五人の大将がいた。

 五人、というのは平均より少し多い。

 しかしいずれの人物も、元帥その人が選んだ人間だ。

 元帥はもちろんのこと、大将達もまた歴代最強と称されている。

 

「先ほど受けた報告ですが……ショートランド泊地を襲っていた深海棲艦を全て迎撃した、という趣旨の物でした」

「嘘だろう?」

 

 思わず、と言った感じで大将の一人が口を出した。

 彼の名前は日高参道(ひだかさんどう)。海軍一の穏健派とされる人物である。

 参道の発言は会議を中断したが、意義を唱える者はいない。

 大将全員が同じことを思っていたのだ。

 

「報告書の偽装か、あるいは偶然深海棲艦が引いたかのどちらかだろうな」

 

 別の大将――村上下縁(むらかみかえん)がそう言った。

 下縁は海軍の財政を一手に引き受けている。その為彼は、報告書の偽装など腐る程見てきた。

 そんな彼はいつしか、「下縁さんが報告書を見れば真偽が分かる」などと言われるようになっていた。

 その彼が、報告書を疑っている。

 益々ショートランド泊地の提督への疑念が高まった。

 もっともこの場合は彼だけでなく、大体の人間が疑っただろう。

 駆逐艦――それも大して強くない曙ただ一隻で深海棲艦達を退けたとなれば、どう考えても報告書の偽装だ。

 少なくとも、実力による戦果ではない。

 

「そうね……とりあえず、これからどうするかを話し合いましょう」

 

 話題を変えたのは、当代唯一の女性大将である遠野火憐(とおのかれん)だ。

 彼女は他国との外交を担当しており、ショートランド泊地の現状にも一番精通している。

 話術に長けている彼女が会議を回すのが常だ。

 

「前者なら他の提督――それこそ、私達の誰かを送り込むことになりそうね。それくらいショートランドの深海棲艦は厄介だわ。

 後者なら、ショートランド泊地の現提督に勲章でも渡して、栄転という形で本土に戻しましょうか。確か繋ぎ役でしょう、彼? これから先、鎮守府を運営する程の能力はないわ。だれか他の人を見繕わないと」

「もしまだそこに深海棲艦がいるというなら、俺が行こう」

 

 この場にいる最後の大将山本征四郎(やまもとせいしろう)がそう締めくくった。

 発言からも分かる通り、彼は大将きっての武闘派である。

 恐らく単純な武力だけで言えば、元帥の次が彼だろう。

 

 本来ならもう一人大将がいるが、彼は会議に出席しない。

 更に言えば、彼は常に行方不明だ。

 規律の厳しい軍において、本来はそんな自由は許されるはずがない。

 しかし海軍にとって必要不可欠な人物なため、籍だけは置かれていた。

 

「元帥、俺を行かせてくれ」

 

 征四郎がぐっと身を乗り出す。

 それを火憐がたしなめた。

 

「下がりなさい。元帥閣下に無礼よ」

「無礼なのは貴様だ。女が俺に指図するな」

「なんですって!? あんたねえ、同じ大将の癖に!」

「落ち着け、二人とも。だれの前だと思っている」

 

 大将も、決して一枚岩というわけではない。

 むしろ個々人の能力が高い分、意見が合致することは稀だ。

 だが、しかし。

 彼らは特定の条件でのみ、志を同じくする。

 

「――少し、静かにしようか」

 

 ピタリと、言い争いが止まった。

 特定の条件とはこれだ。

 元帥の命令には、彼らは絶対服従である。

 力もあるが、彼の圧倒的なカリスマが、逆らうことを許さなかった。

 ――否。

 逆らう気さえ起こさせなかった。

 

「僕から話をさせてもらってもいいかな?」

「もちろんです。愚かな私どもに、元帥閣下のお考えを是非お聞かせ下さい」

「ありがとう、下縁。それじゃあ、少しだけ。先ず、僕の艦娘からの報告がある。ショートランド泊地の深海棲艦は、本当に死んでいたみたいだ」

「誠ですか?」

「僕の言葉が信用できないかい、征四郎」

「……滅相もございません」

 

 信じがたいことだった。

 しかし元帥が言うのなら、そうなのだろう。

 

「ショートランド泊地の提督――名を宗一郎と言ったかな。彼がどうやってこれだけの戦果を挙げてくれたのか。僕はとても興味がある。是非知りたいんだ。だれか、行って来てくれるかな?」

 

 大将全員の手が上がった。

 

「うん、ありがとう。みんなやる気があって、とても好ましいよ。それじゃあ、そうだな。この役目は――うん?」

 

 最初に違和感に気がついたのは、やはり元帥であった。

 力の強い提督は、言葉を発さなくともある程度艦娘と意思疎通が出来る。

 元帥ともなれば、艦娘の体験はほとんど実体験のように感じられる。

 

 元帥の艦娘の内一隻が、その存在に気がついた。

 故に、同時に元帥もそれを感じたのだ。

 

「みんな、下がってくれ。君達では相手出来そうもない」

 

 元帥の言葉と同時に天井が崩れ――四隻の深海棲艦が飛来した。

 

 

   ◇

 

 

 乱入した四隻の深海棲艦。

 そのどれもが、未だ発見されていない個体だった。

 

「摩耶!」

「おう!」

 

 一番早く動いたのは、やはり武闘派とされる征四郎だった。

 自身の艦娘の中で最も強い摩耶改二を呼び、攻撃を命じる。

 未確認の深海棲艦とはいえ、そこに躊躇いはない。

 角が二つ生えた深海棲艦に向かい、真っ直ぐに向かって行った。

 

「神通、摩耶と征四郎を止めなさい」

「御意」

 

 次に動いたのが元帥だ。

 元帥に命令された神通はその場からかき消え――次に現れた時には、両脇に摩耶と征四郎を抱えていた。

 何故――!?

 征四郎は不思議に思ったが、それも一瞬のことだった。

 深海棲艦と目が合った瞬間、分かってしまった。

 

「(死んでいた……元帥が助けてくれなかったら、死んでいた)」

 

 全身から嫌な汗が噴き出る。

 なんだ……なんだ、こいつらは!

 本能で分かる。

 この四隻は、今まで対峙して来たどの深海棲艦とも違う。

 ――否、違いすぎる。

 同じ深海棲艦とは思えないほど、この四隻は隔絶していた。

 強いだとか厄介そうだとか以前に「戦おう」という気すら起きない。

 

「落ち着くんだ、征四郎。しっかり息をして」

 

 元帥に言われ、自分が息さえしていないことに気がついた。

 息すら上手く出来ていなかった、まるで赤子のような自分を征四郎は恥じた。

 しかし同時に、強い安心感が征四郎を包む。

 そうだ、ここには元帥がいる。

 元帥の庇護下にいれば、恐るものなど一つもない。元帥の圧倒的な存在感が、征四郎にそう思わせた。

 

「お前が元帥か?」

「うん、そうだよ。僕が元帥だ。君達はだれかな?」

 

 深海棲艦が流暢に話している。

 征四郎はそのことに驚いたが、元帥は特に動揺した様子もなく返していた。

 

「あの方の教えでは自己紹介は大事……だったな。私は戦艦水鬼。右から空母棲姫、深海海月姫、南方棲鬼だ」

「やっほー!」

 

 空母棲姫と呼ばれた深海棲艦だけが、元気に手を振っていた。それ以外は不機嫌そうにしているだけだ。

 元帥は笑って、空母棲姫に手を振り返した。

 

「さて。君達は何の用でここに来たのかな?」

「ああ、元帥。お前に用事があるのだ。私達の言うことに従え」

 

 元帥の問いに、戦艦水鬼が返す。

 

「それは出来ない。僕は人類の守り手だ。例えなんであろうと、深海棲艦の言うことは聞けないな」

「そうか。では力づくできかせてやろう」

「戦いは僕も望むところだ。これでも僕は、少し怒っていてね。ほら、それ」

 

 元帥が指差した先。

 そこには壊れた天井があった。

 

「気に入ったデザインだったんだ。弁償してもらわないと」

 

 元帥がそう言い終えたと同時に、五隻の艦娘が現れた。

 ここに神通を合わせた六隻こそ、最強と謳われる元帥の艦娘達の中でも、頂点に君臨する者達である。

 

 艦娘の強さを測る練度は、今まで99が最高だと言われていた。

 しかし、元帥の艦娘はそれを超える。

 妖精さんに愛された元帥にのみ造ることを許された『指輪』と呼ばれる艤装。それが艦娘の練度を、極限を超えて引き上げるのだ。

 

 大和。

 武蔵。

 神通。

 川内。

 赤城。

 大鳳。

 六隻の練度は、全員が165。

 他の艦娘とは、文字通り桁が違う。

 

 目の前の深海棲艦達は確かに強い。

 しかし元帥の艦娘達もまた、極限レベルまで鍛えられた艦娘達だ。

 どちらが強いのか、征四郎には分からない。

 ただ確かなことが、一つあった。

 ――戦いが始まる。

 恐らくは人類と深海棲艦の、頂点同士の戦いが。

 

「――武蔵」

 

 元帥が呼びかけたと同時に、武蔵が跳んだ。

 武蔵は、最強の火力を誇る大和型の二番艦である。

 艦娘において二番艦とは、後発に製造されたことを意味する。つまり武蔵の方が、大和よりも最新型であり、性能も高い。

 つまり彼女は、艦娘の中で最強の火力を誇ることになる。

 

 ――武蔵の拳が戦艦水鬼に突き刺さった。

 

 二隻を中心に、あまりにも強い余波が生まれる。

 人間である征四郎はもちろん、艦娘である摩耶までもが吹き飛びそうになった。実際元帥が妖精さんの力で守っていなければ、大破していただろう。

 これで、少なくとも戦艦水鬼は戦闘不能になった。

 その場にいた者は、全員そう確信した。

 あの元帥でさえも、戦艦水鬼を倒したと思っていた。

 

 ――ただ一人、武蔵を除いて。

 

 腕から伝わる感触が告げていた。

 戦艦水鬼はまったくの無傷!

 いや、それどころか……!

 

「(馬鹿な!? 攻撃した方である私の腕が、折れて――)」

 

 戦艦水鬼の右腕がぶれた。

 同時に、武蔵の姿がそこから消える。

 数瞬遅れて、遥か彼方で巨大な衝突音が聞こえた。

 武蔵が脱落した。

 

「この――!」

 

 大和が巨大な艤装を展開し、戦艦水鬼に主砲を撃ち込んだ。

 それだけでは終わらない。

 副砲も同時に放ち、大和が持てる全ての武装を戦艦水鬼にぶつける。

 

「弱い。なんだ、こんなものか」

 

 戦艦水鬼の背後に、巨大なモンスターが二匹現れた。

 ――否。

 モンスターではない。

 これが彼女の艤装なのだ。

 その証拠に怪物の口から、大和とは比較にならないほど巨大な砲弾が飛び出てきた。

 

「本物の砲撃とはどういうものか、教えてやろう」

 

 戦艦水鬼の主砲が火を噴く。

 大和の砲撃を消し飛ばしてなお、勢いは少しも止まることなく――大和を消し飛ばした。

 たった一発の砲撃。

 それだけで、戦艦水鬼は全てを焦土に変えた。

 

 

 

 赤城は弓を射ようとした。

 少しの無駄もない洗練された動作で弓を番え、戦艦水鬼に向けて放つ。

 しかし、その矢が戦艦水鬼に当たることはなかった。

 何故か矢が、いきなり空中で消えたのだ。

 

「残念、外れぇ〜」

 

 声のした方を見ると、そこには南方棲鬼がいた。

 手には赤城の矢が握られている。

 赤城は一瞬、南方棲鬼を睨み付けると、再び矢筒に手を伸ばした。

 

 ――ない。

 

 矢筒には、一本も矢が入っていなかった。

 

「探し物はこれかしらぁ?」

 

 南方棲鬼の手には、赤城の矢が握られていた。

 馬鹿な、あり得ない!

 南方棲鬼から目は離していなかった!

 矢を盗むことなど出来るはずがない!

 

「赤城さん!」

 

 赤城の反対側で、大鳳がボウガンを構えていた。

 大鳳の指がボウガンのトリガーを弾こうとする。

 指先を動かすほんの小さな時間の中で――南方棲鬼はまたしても、大鳳の手からボウガンを奪い去った。

 そこにはタネも仕掛けもない。

 南方棲鬼は赤城と大鳳に近づき、武器を奪い取った。ただその動きが早すぎるあまり、二人には見えなかっただけだ。

 

「遅いわねえ。あくびが出ちゃうわ」

 

 南方棲鬼は本当に、その場であくびをした。

 隙だらけだが、赤城と大鳳には攻撃する手段がない。南方棲鬼は完全に、二人を舐めきっていた。

 

「ほらまた。あんまり遅いからそ・こ、撃ち抜いちゃった。いやん!」

 

 南方棲鬼が指差したのは、赤城と大鳳の足だ。

 そこには何本もの矢が刺さり――赤城と大鳳を地面に縫いつけていた。

 それに気がついた途端、焼けるような痛みが足を襲う。

 

「痛い? ねえ痛い? ククク……痛いわよねえ? でもほら、言うじゃない。撃っていいのは、撃たれる覚悟がある奴だけって」

 

 南方棲鬼はその気になれば、赤城では視認出来ない速度で動ける。

 しかし今度はわざと、ゆっくりと赤城に歩み寄った。

 動けない赤城の髪を、南方棲鬼が人外の力で掴む。

 

「ね〜え、次は何して遊ぶ?」

 

 南方棲鬼の口が、とろけたチーズのように裂けた。

 

 

 

 神通と川内が動く。

 二隻は最速の船だ。

 他の艦娘では、戦うどころか見ることすら出来ない。

 

 狙うは空母棲姫。

 静かに、そして疾く――二隻は小刀を空母棲姫の首目掛けて振るった。

 

「危なっ!」

 

 甲高い金属音が響き、二人の刀が弾かれる。

 弾かれること自体は、二人は予測していた。

 即座に次の攻撃をする。

 

「わっ、とと」

 

 弾かれる。

 

「ひゃあ!」

 

 弾かれる。

 

「うわっ!」

 

 弾かれる。

 

 二人は筋肉の繊維が切れかけるほど疾く動いていた。

 それなのに、全ての攻撃が弾かれる。

 ――否。

 ただ弾かれるだけではい。

 二人は両手に小刀を持って切りかかっている。

 つまり、一度の攻撃で手数は四つだ。

 一方空母棲姫は片手――それも小指の爪のみで全ての攻撃を防いでいた。

 

「(そんな、嘘――!)」

 

 そんなことがあっていいはずがない。

 血の滲むような鍛錬に、人類最強の提督からの支援。

 そこまでしてなお、深海棲艦の性能に及ばない時もあった。艦娘と深海棲艦では、どうしても元々のスペックに才能がある。軽巡である二人では、戦艦や重巡洋艦の火力にはどうしても及ばない。

 それでも――ここまで遠くはなかった。

 こんなことがあっていいはずがない。

 二人は必死に、最早その場に足を止めて、刀を振るい続けた。

 

 それでも空母棲姫は、全ての攻撃を容易に弾き返す。

 

「へっくしょい!」

「!?」

 

 それは、千載一遇のチャンスだった。

 この極限レベルの戦いの中で、空母棲姫はくしゃみをしたのだ。

 最初の攻撃を弾いた時、空母棲姫は「危なっ!」と言っていた。

 つまり、攻撃が当たりさえすれば、ダメージは通るのだ。

 二人は渾身の力を込めて、空母棲姫の首に刀を叩きつけた。

 

 ――二人の刀は、空母棲姫の首に弾かれた。

 

 髪の毛を数本斬り落としたが、それだけだ。

 ――最初から、勝負になっていなかった。

 装甲の厚さが違い過ぎる。

 空母棲姫はただ髪を斬られるのを嫌がっていただけ。それ以下でもそれ以上でもない。

 それなのに自分達は、あんなに必死になって切りかかって……。

 なんて滑稽なことだろう。

 

「もう! 遊ぶのはいいけど、髪を切るのはダメだよ! 髪は! それで、えっと……次は何する?」

 

 空母棲姫の言葉を聞いて、二人は崩折れた。

 

 

 

「馬鹿な奴らだ。愚かなことさ……あの方に逆らうからこうなる」

 

 最後に、深海海月姫が浮かび上がった。

 その姿はまるで月の様に美しい。

 彼女は両腕を広げ、無数の艦載機を解き放った。

 

 大本営中に広がったそれは、破壊を撒き散らした。

 

 最高練度を誇る六隻に劣るとはいえ、元帥の艦娘はまだまだ多数いる。

 大本営で待機していた彼女達は、深海海月姫の艦載機を迎撃しようと動いた。

 同じく艦載機を飛ばしたり、単純に対空射撃をしたり。中には高い対空能力を持った秋月型もいた。

 だが彼女達は艦載機の一つも落とすことなく、無力化されていった。

 一つの艦載機が、一隻の艦娘の性能を凌駕している。

 信じられないことだった。

 しかし艦娘から伝わってくる情報が――元帥に真実を突きつけていた。

 

「なんだよ、これ。なんだよこれ! 馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な――こんな馬鹿なことがあるか! なんなんだよお前達! 僕は――」

 

 咆哮する元帥の首を戦艦水鬼が掴む。

 

「私の言うことを聞く気になったか?」

「――ッ!?」

「まだ答えなくていい。その前に、いいことを教えてやろう」

 

 その“いいこと”は、間違いなく元帥にとって“いいこと”ではないだろう。

 

「艦娘は『練度』で強さを測っているだろう? 実を言うと、深海棲艦にも似たような基準がある。

 さて、そこで質問だ。

 普段貴様らが必死に倒している下位型深海棲艦、奴らの練度は幾つだと思う?」

 

 戦艦水鬼は人差し指を立てた。

 その意味するところは――

 

「――1だ。

 貴様らが必死に倒している奴らは、たった1しか練度がない雑魚なのだよ。

 そんな雑魚相手に貴様らは、勝った負けたと一喜一憂している。マヌケなことだ。

 私達が本気を出せば、直ぐにこの戦争も終わるというのに。

 私達は産まれた瞬間から、下位型深海棲艦とは隔絶された力を持っている。

 加えて今は練度も高い。

 私の言ってる意味、分かるな?」

 

 分からない。

 意味が分からない。

 元帥は本当に分からなかった。

 脳が理解することを拒否していたのだ。

 

「私達がお前達を殺すことはない。殺傷許可が降りてないからな。

 だが、苦しめることは禁止されていない。

 しかしアリを踏みつぶさないように踏むのは難しいだろう? 万が一ということもある」

 

 戦艦水鬼は一息置いた。

 

「さて、答えを聞こう。私達の言うことを聞くか?」

 

 元帥は何度も首を縦に振った。

 戦艦水鬼は頷き、元帥を放す。

 

「それでいい。まったく、最初からそうしてればいいものを――人間というのは愚かな生き物だ」

 

 ――あの方を除いて。

 ふっ、これでまた褒めてもらえるかもしれないな。

 戦艦水鬼は満足気な顔をした。

 

「……ん?」

 

 そういえば、受けた任務はなんだったか……。

 途中からすっかり忘れてしまっていた。

 確か『曙に手柄を譲る』とかなんとか。

 

 戦艦水鬼はその場にうずくまった。

 このままでは任務が達成できない。

 それでは褒めてもらえない。

 いや褒めるどころか、怒られてしまう可能性すらある。

 提督に怒られる自分を想像して、戦艦水鬼は震えた。

 

「(い、いや……まだ修正は効く! 曙? とかいうやつに手柄を譲ればいいのだ!)」

 

 戦艦水鬼は再び、元帥を持ち上げた。

 

「それでは、会ってもらうぞ。私達の主人――曙様にな!」

 

 これで良し!

 戦艦水鬼は己の機転の良さに自分を褒めたくなった。






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