最強冒険者コンビの大活劇~パートナー居るのに協力する必要が生まれない~   作:イリーム

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56話 鉄巨人 その4

 アーカーシャ郊外のテロス丘陵。アーカーシャの街からは数キロ以内の地点に存在する為、オルランド遺跡は最難関クラスのダンジョンながら、街までの距離は最も近い部類に位置する。

 

 現在、その入り口付近から出現した鉄巨人1体により、アーカーシャは存亡の危機へと瀕していた。レナやルナ、ジラーク、ロイド、老師と街の実力者たちは昨日の段階で遠征に出発していた為だ。

 

 また、ジャミル達「シンドローム」のメンバーもアクアエルス遺跡の最深部の奥、隠しエリア攻略に向かい探索に出かけていた。そして、春人とアメリアの二人も最難関とされるオルランド遺跡に向かっていた。

 

 そんな強者不在のアーカーシャではあるが、レナ達の召喚獣であるゴブリンロード30体と、「センチネル」により警護自体は万全であったのだ。この面子だけでグリフォン5体であれば壊滅できるほどの戦力を誇っている。

 

 だが、レベル400の鉄巨人が相手ではあまりにも無力であった。通常、実力差が離れていると相手にダメージが与えられず、いくら数を用意しても無意味になる事態が起こり得る。今回の事態もまさにそれと同じであった。

 ゴブリンロードやアルマーク達が何百という群れになろうとも、鉄巨人を倒すことはできないでいたのだ。

 

「さて、鉄巨人……どれほどのものか、試させてもらおう」

 

 そんな伝説の化け物を相手に汗1つ流すことなく立ちはだかる人物。アルトクリファ神聖国最強の人間、ミルドレア・スタンアークだ。

 

 周囲にいつも通り強力なバリアを展開している。そのバリアはドラゴンゾンビやキメラといったモンスターでは傷1つ付けることができなかった代物だ。

 

「ゴォォォォォォ!」

 

 鎧の中から聞こえる魔物特有の低い叫び声、鉄巨人はそんな声をあげながら強力かつ素早い振り下ろしをミルドレアに向けて繰り出した。鍔迫り合いの時に発せられるような音が、バリアと大刀の接合面でこだました。

 

「ミル!」

 

 背後から、心配に満ちたエスメラルダの声が響く。それとは逆にミルドレア本人は至って冷静だ。

 

「どうした? この程度か? 俺の防御は貫通出来ていないぞ」

 

 ミルドレア自身は無傷で鉄巨人を煽るように言葉を発する。その言葉に触発されたわけではないだろうが、鉄巨人はその巨体と大刀の大きさからはあり得ないような速度で連続攻撃をミルドレアのバリアに対して行った。

 

激しい轟音がミルドレアの目の前でこだまし続けている。そして、わずかながら鉄壁のバリアを鉄巨人は粉砕して行った。

 

「さすがは鉄巨人……伝説と称されるだけのことはある。まあ、親衛隊の一員とはいえ、その中では雑兵なのだろうがな」

 

 ミルドレアは壁画の真実は知らない。もちろん、親衛隊の序列などは文献などにも記載のないことだ。彼は、「親衛隊」という名称と鉄巨人のおおまかな役割とを鑑み、最強の存在ではないことを看破していたのだ。

 

 そのようにミルドレアが考えを巡らしている間にも、彼のバリアはどんどんと剥がされて行った。あと数秒で全て剥がされる勢いだ。

 

「俺のバリアを剥がすまで30秒程度か。他のモンスターとは比較にならない強さだな。お前に敬意を表するぞ鉄巨人。初めて本気で戦うに値する相手を見つけた」

 

 ミルドレアは鉄巨人にこれまでで一番の賞賛の言葉を送った。何年もの間、本気を出せず悶々とした日々を送っていたミルドレア。

 

敵の攻撃を待たずに攻撃を仕掛けていれば、鉄巨人といえども、バリアを突破されずに倒せたことは明白ではあるが、敢えて彼は待ったのだ。自らのバリアを剥がした鉄巨人への敬意の表われと言えばいいのだろうか。

 

 そして、程なくしてバリアを貫通、その直後の攻撃は無防備になったミルドレアに直撃するはずだった。しかし、ミルドレアの姿は鉄巨人の視界にはなかった。

 それとほぼ同時、鉄巨人は背後から氷の槍によって貫かれたのだ。思わぬところから食らった強烈なダメージに鉄巨人は片膝をついた。ミルドレアは一瞬の内に鉄巨人の背後へと移動していた。

 

 

「まさか……あれって、テレポート!? ミル……あなたって一体……!」

 

 同僚のエスメラルダですら、目の前の出来事を信じられないでいた。ミルドレアは確かに姿を消し、一瞬の内に鉄巨人への背後へと移動したのだ。それは目で追える限界を超えていた。春人ですらそんな動きはできない、魔法による光速を越えた瞬間移動に他ならなかった。

 

「嘘……伝説のテレポートを使える人が居るなんて……!」

「あれが、テレポート!?」

 

 戦いを見ていたアルマークとイオの二人も目の前の光景を信じられないという印象で見ていた。テレポートを使える人間など、現代では聞いたことがない……そんな表情である。

 

 魔法の発祥地でもあるグリモワール王国でも完成せず、フィアゼスも完成させたとは記載のない伝説の魔法……それを、ミルドレアという人物は完璧な形で使えているのだ。

 

 周囲の反応は至極当然のことであった。

 

「この魔法は俺のオリジナルだ。もちろん、この魔法が使えたからと言って、フィアゼスより自分が上にいったということではないがな」

 

 これだけの偉業を成し遂げても先人のフォローを忘れない。彼は、自らが最強であるということを確信しながらも、このような遺跡を作り上げ、世界を手に入れたジェシカ・フィアゼスを心から尊敬していたのだ。

 

 だからこそ、アルトクリファ神聖国の理念には共感が生まれていなかった。虎の威を借る狐……日本ではそのような諺があるが、まさにそんな行為を彼は嫌っていた。これはある意味で、ジェシカ・フィアゼスに対する好意の表われなのかもしれない。

 

「鉄巨人……ジェシカの親衛隊であるお前に敬意を表し、全力で屠るとしよう。お前は間違いなく尊敬に値する好敵手だった」

 

 一撃たりとも受けていないミルドレアであるが、片膝をついている鉄巨人に深々と彼は頭を下げた。そして、彼の身体はその場から消え、別の方向から一瞬の内に氷の槍が鉄巨人を襲った。

 そして、さらに別の方向からの槍による追撃……鉄巨人はもはやどこから攻撃が来ているかも認識できない。その後はテレポートを駆使し、圧倒的な戦闘力を誇るミルドレアを前に、鉄巨人は一撃たりとも攻撃することなくそのまま地に伏すことになってしまった。

 

 時系列で言えば偶然ではあるが、ちょうど春人がもう一体の鉄巨人を倒したところであった。二人の現代を生きる英雄に伝説のモンスターの一角である鉄巨人は倒されたのだ。

 

 

 

 

「み、ミル……平気なの?」

 

 涙目になりながらミルドレアに話しかけるエスメラルダ。自分の知る彼とかけ離れている為に、その声はとても脅えている。そんな彼女に、ミルドレアは不敵に笑いかける。

 

「ジェシカ・フィアゼスの親衛隊……おそらくは、その中では一番下といったところだろう。世界を手に入れた彼女の親衛隊がこの程度の強さなわけがないからな」

 

 ミルドレアはそう言いながらも、鉄巨人の遺した結晶石を大切に手に取っていた。好敵手に対する敬意が感じられる。エスメラルダはそんな彼の態度に良い感情は持っていない。

 

「ミルってもしかして……フィアゼスに恋でもしてるの?」

 

 エスメラルダは前々から思っていたことをつい言葉にしてしまった。彼女としてもすぐに口を閉じたが、一度放った言葉は消すことはできない。先ほどから、ミルドレアの動きが止まっている……もはや、彼の言葉を待つ以外に彼女としては何もできないでいた。

 

「恋だと? この世にいない人間に対して恋をしても仕方あるまい。俺の感情はあくまでも世界を統一した彼女に対しての尊敬だ。恋と言う意味では、俺はお前のことが好きだぞ」

「んなっ!!」

 

 いきなりのカミングアウトにエスメラルダは、アルマーク達と同じか、それ以上に顔を真っ赤にして慌てふためいた。言葉を放ったミルドレアの表情は特に変化がない。22歳を迎える彼、こういった経験は以前にもあったのかもしれない。

 

「もしも、俺に対して少しでもそういう感情を持ってくれているのなら……いい返事を期待している。心配するな俺は浮気など絶対にしない、一途な性格だ。どこかの複数の女をはべらせているという噂の冒険者とは違うさ」

 

「え、ええ。それは信じてるわ……少しだけ、考えさせて……」

「ああ」

 

 表情の変えないミルドレアと、顔がトマトよりも真っ赤なエスメラルダ。21歳を迎える彼女だが、何年もミルドレアを想い続けた結果、今まで彼氏ができたことはなかった。非常に人気のある彼女にしては信じられないことだが、恋愛の誘いを全て断ってきたのだ。そういう意味では、アルマークやイオの方が先輩とさえ言える。

 

 鉄巨人という強敵を倒し、アーカーシャに平和をもたらした。だが、そんなことは彼らにとっては些細なことだ。特にエスメラルダからすれば、決して叶わないと思っていた恋が実る直前まできているのだから……。

 

 戦いが収束したことを感じ取ったアルマークとイオは、ニヤニヤとした表情で二人を遠くから眺めていたそうな。既に色々と事を済ませている16歳の余裕といったところだろうか。

 


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