狩人狩り   作:長須くん

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本懐

 その日の狩はヘンリックと組んで現場に赴いた。

 自分もヘンリックと同様、誰でも扱える鋸鉈を使い連携の実地訓練も兼ねていた。

 いつもはガスコインも居るのだが、この日は別の場所の担当となり、初めての師弟共闘というカタチとなった。

 狩人志願から大怪我を経て、すでに新米狩人と言うにはトウがたった中堅の狩人となり、準備も手順も頭で考えるより身体が先に動くようにはなってきた。

 ヘンリックの視線一つで次に何を要求されているのかも解るようになってきた。

 この日の討伐は14体。まずまずの仕上がりであった。

 

 ヘンリックの家に戻ると武器の手入れと狩衣装の血を洗い落とす為に水に漬け置く。

 湯を沸かし、自分達の身体を清めリネンの肌着を身に付ける。

 一通りの作業を終えやっと一息つく。

 ぼんやりとヘンリックが淹れてくれた蜂蜜入りの紅茶をすすりながら、窓の外を見ていた。

 街はいくらか灯がともり、淡い暖かな光が連なっているさまは、まだ人がそこで生活出来ている希望を感じさせた。

 紅茶は無くなり掛け、蜂蜜が底のほうに溶け切れぬまま残ってしまったので、くるくるとカップを回しながら溶かした。

 

 これを飲み終えたらさっさと工房へ行ってしまおう…。

 いつものように神父がいる時は彼に任せてしまえば良かったのだが、今日のように一対一だと間が持たず、ヘンリックと顔を合わす事が憚られた。

 僅かではあるがヘンリックが全てを知っているとは限らない、という希望的観測が、若者にはあったのだが…。

 

 「…ちょっと工房の作業が残っているのでいってきま…」

 「傷の具合はどうだ。まだ思うように振れないか?」

 

 窓際から移動しようと足を踏み出した時、まさに、絶妙としか言いようの無いタイミングで声を掛けてきた。

 

 「あ…いや、大丈夫です。引き攣れも無く…狩には問題ないかと…」

 「そうか」

 

 そ知らぬふりをしてヘンリックの横を通り過ぎようとしたとき、ふいに左手を掴まれた。

 

 「何故俺を避ける」

 

 ―― やはり見逃してはくれなかったか。狩人は祈るような気持ちで目を閉じた。

 

 「避けて…ません」

 「ヘタクソな嘘つくんじゃない」

 「避けてません!ヘンリックさんの思い過ごしですよ!」

 

 と言ってから、 ああ。やられた、感情を誘導された…と気が付いた。

 これはもう強行突破してしまおう…。明日になればまた普通に一日が始まるだろうから、と言葉を待たず手を振りほどこうとした。

 

 「顔、赤いぞ」

 

 ドスッと、まるで弩の太矢のような重さのある物騒な音を立てて、ヘンリックの言葉が若者に突き刺さった。

 

 「そんなことないです」

 「あの時もお前は顔を赤く染めていたのか?」

 

 思わず振り向いた目はこれ以上無いほどに見開かれ、恐怖を貼り付けたような顔をしていた。

 一瞬で分厚い盾が蒸発し、完全な丸腰になった気がした。

 いまだ、手を掴んだままのヘンリックはゆっくりと若者を振り向くと、何かを見透かしたかのようにこう言った。

 

 「お前はまだ解っていないな?ここはヤーナムだぞ」

 

 以前、生き永らえる為に、自分の欲に忠実になる事を選び、それまで信じていた神を捨てた神父の話を聞いた。

 ここがヤーナムであるがゆえにそれまでの価値観に縛られていると、この街では短命に終わると。

 だから ――

 

 「まさかとは思うが俺が知らないとでも思っていたのか?」

 

 射抜くような、夕闇の色をした目の古狩人が全能神の如く宣告した。

 

「俺たちがヤってる隣の部屋で一人遊びをしていただろう」

 

 ヘンリックの口が面白そうに歪んだ。

 自分達のしていたことは隠そうともせずに。

 カッと頬が熱くなり、乙女でもあるまいにと自分を叱咤したが動悸に視界がぐらぐらとゆがんだ。

 聞かれてしまっていたのか。

 あの狂おしい思いで自らを慰めていた夜。

 

 「『ヘンリック、ヘンリック』…って。切なそうな声だったなァ…。ところで『ヘンリック』って誰だ?ん?何をしていたんだ?あそこで?」

 

 ―― ヘンリックって誰だ、とはまた酷い嬲り方だ ―― 何も言えなかった。

 顔をそむけうつむくしかなかった。

 古狩人は少し荒く腕を引っ張るとその勢いで彼の正面に若狩人を立たせた。

 一番知られたくない人に自分の醜態を口にされ、あまりの絶望感に内臓がめちゃくちゃになりそうだった。

 

 「暗がりで俺の声を聞きながらシたのか?フフッ。もしかして昼間の工房の続きを妄想したのか?ん?言ってみろ。イッたのか?」

 

 辱めの鞭は容赦なく打ち据えられ、罪状を延々と聞かされる羽目になるとは思わなかった。

 ヘンリックは立ち上がり、若者の周りを威圧するように歩き回ると一番無防備な位置で止まった。

 

 「黙ってちゃ解らんな。…俺がどういう態度でお前の前に立てばいいか知りたいのだよ」

 

 この古狩人は時々難しい言い回しをする。

 態度とは、どういう意味だろう。いや、自分はもう解っている。

 だって名前を呼んでしまったではないか。あの夜に。

 呼び捨てで呼ぶような間柄を願ったではないか。

 身体の交わりを望んでいたではないか。

 つと、髪に何かが触れたような感覚があった。

 知っている感覚だ。既視感、という言葉が浮かんだ。

 昼下がりのひんやりと薄暗い工房の情景がぱあっと目の前に広がる錯覚に襲われた。

 今度は間違いなくヘンリックの指が若者の濃い色の髪を吟味していた。

 すッ…と耳の後ろに髪を掛けて梳く指が、若者の形のよい耳をあらわにしていく。

 あの時と違うのは露骨に指が耳に触れ、そのたびに油断すると熱を持った吐息が出てしまいそうになることだ。

 耳の縁が熱い。

 たぶん鮮やかな紅い色に染まっていることだろう。

 

 「工房で…俺が質問したのを覚えているか?」

 

 背後からヘンリックが問うた。

 

 「…はい」

 「『お前は…飢えることはないのか?』と訊いた。意味、解るか?」

 「…まだ…解らない…ままです…」

 

 嘘をつけ。解っている。

 解らない振りをしているだけだ。

 髪を梳く手は止まらず、はらりと落ちる髪を拾いながらずっと触れていた。

 

 「―― そうか。俺は飢えている」

 

 少し怒ったような声に申し訳なさを感じた次の瞬間、突然むき出しの右耳にささやかれた。

 

 「…同じことをもう一度やったら解るか?」

 

 ぞろりと音を立てて鳥肌が立ち、身体がざわっと悦んだ。

 ああ、今度はもう止められる自信は無い。

 狩人は観念して目を瞑った。

 

 「解る…と思います…」

 

 一呼吸置いて、ふわりと背後から腕を回されると身体を密着してきた。

 鼻をクン、と鳴らす音がして耳の裏の匂いを嗅がれた。

 相手を誘う匂いはここから出る。

 無防備な背後を取られ、抑え気味の熱い吐息を聞かせられたら、どうかしない方がおかしい。

 ぴたりと鼻と口を付けられ、ケモノのように匂いを嗅がれながら舌で味見されるという地獄の合わせ技で、早くも腰砕けになりそうだった。

 あっ…と我知らず小さな声が漏れ、おぼつかない自らの手は何か掴まらねばと背後のヘンリックに支えを求めた。

 それを、自分に全てを委ねたと判断したヘンリックは、若狩人の首に歯を立て強く咬み、吸い付いた。

 甘い痛みに短い声を上げ、更に背後により強くしがみつく。

 だがそれは、もっと、もっとと無意識に要求してるサインでもある。

 抱きしめていた腕は解かれ、するりとリネンのシャツの中に滑り込み、滑らかな淡い褐色の肌を味わった。

 ヘンリックの肌の色とそっくりな肌は、素晴らしい感度のようで、硬い爪で軽くなぞっただけで必死になって声を漏らすまいとする。

 その肌の質感を楽しんでいるうちに胸元の突起に行き当たった。

 コリッとした小さなふくらみは、ヘンリックがゆっくりその先端を押しつぶして更に硬さを促してやる。

 すると、ついにがくんと若者の顔が反り、喘ぎなれない初々しい声がどうしてもといったように、こぼれ出る。

 

 「ハ…!たまらない声だな。どうすればもっと聞かせてくれるのだ?」

 「あの…あの…許して…下さい…どうか…」

 

 震える声をやっとの思いで口から出したのに、結局、何を許して欲しいのか若い狩人は自分でも解らなかった。

 

 「ここまで来て、もう許すわけが…ないだろう?」

 

 心臓を射抜くような低く優しい声だった。

 

 ヘンリックは若狩人の足の間に己の右足を割り込ませ、強制的に脚を開かせた。

 倒れないように左腕で支えながらもう片方の手を素早く下穿きにくぐらせ、熱源を掴んだ。

 途端に切ない叫び声と共に、腕の中で若者が身体をよじった。

 甘い鼻声をさせて善がっていた。

 

 「ああ…ダメです、立って…られない…」

 「俺に懇願する割に、ここがこうなってるのは、どういう事か説明してもらおうか」

 

 若さを体現するかのような屹立したそれは、既に用意万全だった。

 

 「俺に問い詰められながら、ここをおっ勃ててたのか。そんなに俺に欲情してるのか?…存外に好き者なんだな」

 「ちっが!…違い…ます…!ヘンリックさん…どうか…おねが…」

 「あの夜みたいにしてやろうか。同じそこのベッドで、俺の相棒にされてた事をそのままに。…お前は、そうして欲しかったのだろう?望みを叶えてやろうと言っている」

 

 若者の逸物をヘンリックの五本指がしっかりと絡めとリ、抗うことも逝くことも許さず、さながら拘束具のようだった。

 その先端からは、許しを請う涙のような体液がほとほとと垂れ、ヘンリックの指も一緒に濡らしていた。

 

 「…そういえば。誰か男の名前を呼んでいたようだったが。なんという名前だったかな…?ん?」

 

 可哀想に、若い狩人の自尊心はズタズタにされ、大の大人だというのに、顔を真っ赤にして泣きそうな顔をしていた。

 なおもヘンリックはいたぶり続ける。

 

 「その男の名前は?なんというのだ?…ンん??…聞こえないな…?どうした?」

 「……」

 「言え」

 「…へ…ヘンリ…」

 「聞こえないぞ」

 「ヘンリック…!」

 「ほう!ヘンリック!それは俺の名前かね?」

 「……」

 「お、れ、の、名前かね?」

 「…そう…です…!」

 「フッ…!いい子だ。…俺の名前を呼びながら自分のをシゴいていたんだな。このオス犬め…」

 

 褒美とばかりに、首筋にキスを降らせながら、握った手の中のモノをゆるりとしごいてやる。

 とたんに電流が流されたように狩人の身体が反応する。

 ゼェゼェと苦しそうに肩で息をするも、股間の逸物は悦びに打ち震えている。

 

 「ああ…ああ…お前は本当に可愛いな…」

 

 ヘンリックは愛弟子の痴態を見ると、思わずぞくぞくしながら呟いた。

 そうして一番の弱点を戒め逃げられぬようにされながら、容赦なく耳元に注ぎ込まれる辱めの言葉は確実に理性を破壊して行き、欲望を露わにさせることに成功しつつあった。

 

 ベッドになだれ込むと、ヘンリックは愛おしく想うこの若者にたまらず唇を重ねた。

 舌は相手の口内に迷い無く侵入し、若く戸惑うそれに絡みつく。

 唾液は混じり、蜂蜜の甘い味がした。

 ヘンリックは若者の中を隅々までなぞった。

 上顎のくぼみ、歯並びを確かめ、時折、唇を甘噛みしながらイタズラするように軽く引っ張る。

 動物がやっと手に入れた大好きなオモチャにするように、じっくりと調べつくしているかのようだ。

 唇がお互いの熱いため息と共に僅かに離れた時、若い狩人は目を開けた。

 アメジストのような謎めいた光を宿らせたヘンリックの瞳が、間近に見えた。

 

 美しい瞳だった。

 

 若い狩人は自分がどう振る舞えば良いのか全く判らず、手も中途半端な位置で浮いていた。

 それに気が付いたヘンリックは、

 

 「どうして良いかわからないのなら、俺の首にしがみ付いていろ」

 

 恐る恐る相手の首に腕を巻きつけると、がら空きになった脇をヘンリックが抱きしめた。

 

 ―― ああ…!

 

 がっちりと動けぬほどに身体を締められれば、思わず甘い吐息が出た。

 自分でもびっくりする位に色っぽい声だった。

 

 「…そう不安がるな。されるままにしていろ。―― 俺が教えてやる」

 

 首筋を下り、鎖骨をなぞり、胸元に辿り着く頃には若い狩人が願ったとおりになった。

 柔らかくしなやかな唇が艶やかな肌の上を這い回り、舌が敏感なところを撫でていくのだ。

 もう、周りを憚らず快感を素直に声に出した。

 与えられる刺激を声で逃がさないとおかしくなりそうだった。

 無我夢中でヘンリックを求めていた。

 若い狩人は、それまで自分がジレンマに陥っていた事など、もうどうでも良くなった。

 ここはヤーナム。

 信じてきた故郷の神はこの地では救いの手を差し伸べてくれなかった…。

 ゆえにその神に対する戒律を畏れ守るよりも、今や狩人の掟による狩人同士の結びつきこそが重要であると理解し、これを選んだ。

 俺は覚悟を以ってこの人を選んだのだ。俺はこの人を求めて良い…はず…。

少し迷いがあった。本当にヘンリックが自分を受け入れてくれるのかどうか。

 

 「あッ…あの…ヘンリックさん…」

 

 紅潮した頬に潤む瞳でヘンリックに問いかけた。

 

 「俺は…貴方を、求めても…求めてしまっても、良いのですか…?」

 

 その言葉に古狩人は眉間に皺寄せて、静かに怒った。怒って一つ唇にキスを落すと、

 

 「馬鹿かお前は…。お前に求めて欲しいのだよ、俺を…。いまさら言わせるな」

 

 もう一度、少し長い柔らかなキスをした。そして、

 

 「今後俺を呼ぶときは、名前だけを呼べ。普段の時も、…お前とこうする時も…わかったな…?」

 

 ヘンリックは少し笑うと、荒波のような狩人の夜に若者を連れて行った。

 

 

―― END ――

 




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