金で買えないスキルはない ~『外資系投資銀行に勤める俺が、異世界転生して金の力でチートする』~ 作:上下左右(じょうげさゆう)
目を覚ました俺の視界に飛び込んできたのは驚くべき光景の数々だった。
まず老朽化したビル群に、壁にペイントされた悪戯書き、ニューヨークのスラム街を思わせる光景だ。
治安の悪さが匂ってくる町並み。俺が最も嫌いな雰囲気だ。だってそうだろ、俺のような優等生は不良やDQNが振るう暴力に弱いのだ。
そしてその暴力を思う存分振るっている者がいた。俺を拉致監禁したイーリスだ。ガラの悪そうな男を締め上げて何かを聞き出している。
周囲に視線を巡らせると、チンピラという表現が相応しい男たちが転がっていた。皆が苦悶の表情を浮かべている。気絶している者の中にはイーリスの妹、アリスの居場所を掴んだと報告しにきた男の姿もあった。
何がどうなれば、こんな状況になるんだ?
「目を覚ましたようですね」
「俺が寝ている間に何があったんだ?」
「スラム街の男たちが突然襲ってきたのです。それを私が返り討ちにしたのですよ」
「一緒に来た男も倒れているが……」
「奇襲だったもので、守り切れませんでした」
一緒に来た男が奇襲で敗れたということは、今倒れているチンピラたちをイーリス一人で倒したということだ。
チンピラたちと同じ目に遭わないためにも、イーリスに喧嘩を売るのは止めようと誓う。
「酒場までもうすぐですが……気絶して運ばれたいですか? それとも大人しく付いてきますか?」
「喜んでお供させていただきます!」
俺は犬のようにイーリスの一歩後ろを歩く。大和撫子のような気の使い方だ。暴力の矛先が俺に向かないようにしないと。
「ここが酒場ですね」
老朽化したビルの一階、入り口にはスプレーで髑髏が描かれた怪しげな店。普段の俺なら近寄りたくもない店だが、目当ての居酒屋はここだと、イーリスは話す。
「帰ってもいいかな?」
「気絶させて無理矢理連れられる方がお好みですか?」
「丁度酒場に行きたい気分だったんだ」
逃げることは難しい様だ。仕方ないと腹を括る。
「で、どうやって店の中に入る」
「当然、正面からです」
「作戦は?」
「そんなもの必要ありません。私には人質がいるのですから」
その人質の算段が過ちなんだよ!
「では突撃します」
イーリスが酒場の扉を勢いよく開く。中で酒を飲んでいた男たちの視線が一斉にこちらを向く。
皆、堅気に見えない風貌だ。カツアゲされたら財布を差し出し、自分からジャンプしてでも逃げたくなる。
「お前たちのボスは私が捕まえた! 大人しく妹ちゃんを返せ!」
イーリスが店内に響き渡るような声で叫ぶ。男たちは何事かと目を丸くしている。
「誰だ、あの男?」
「ボスと同じ黒髪だぞ、親戚か?」
「ボスは天涯孤独の身だぞ。そんな訳あるか」
「ならいったいあいつはなんなんだ」
酒場の男たちがイーリスにも聞こえるような声でざわめき始める。
「もしかして、今回の事件とあなたには何も関係ないのですか?」
「だからそう言っているだろ!」
イーリスが申し訳なさそうな表情を浮かべる。俺の無実を信じてくれたようだ。
「俺のことはいいから。はやく妹を助けに行ってこい」
「そうですね。謝罪は後からさせていただきます」
イーリスが目に付いた男に剣を振るう。油断していた男は何の抵抗もできないまま気絶させられる。
「今からあなたたちを切り伏せていきます。妹ちゃんの居場所を話せば止めてあげましょう」
「上等だ! やってみろ!」
男たちがイーリスに襲い掛かる。怒涛の攻撃を彼女は軽々と躱し、一人ずつ切り伏せていく。
「虎と猫の群れが戦っているみたいだ」
喧嘩に疎い俺でも実力差は顕著に見て取れた。酒場の男たちが壊滅するのも時間の問題だ。
「あとはあなただけですね」
十数人はいた男たちがほとんど倒され、残り一人になっていた。酒場の男たちの中でも一番気の弱そうな男だ。
「妹ちゃんはどこにいる?」
「ボ、ボスと一緒にいるはずだ。奥の部屋に行ってみると良い」
男が指さす先には一つの扉があった。
「これほど騒いでも出てこないとは随分と鈍い男なのですね」
「あの部屋は防音になっているんだ。今頃、ボスはお楽しみの最中さ」
男の言葉にイーリスは青筋を立てて怒りを露わにする。最後の一人を剣で切り伏せ気絶させると、ボスがいる部屋へと向かった。
「妹ちゃん!」
イーリスが部屋の扉を蹴破ると、中には筋肉質な男と、イーリスと似た美少女、アリスの姿があった。
筋肉質な男がボスであることは黒髪、黒眼であることから明らかだ。こいつのせいで俺は酷い目にあったのだ。怒りが沸々と湧いてくる。
アリスも黒髪黒眼である。色白の肌は頬だけが赤く腫れている。泣いていたのか、涙の跡が残っている。端正な顔が台無しだ。
タータンチェックのスカートと白いブラウスが所々破れている。無理矢理剥がされようとしたのを抑えつけていたのだ。
「妹ちゃんに何をした!」
「まだ何もしてねえよ。これからするところだったのさ」
あまりに生意気なんで、自分の立場を教えてやるために何度か殴ってやったと、男は続ける。
その言葉を耳にしたイーリスは怒りで顔を赤くしていた。
「あなたは絶対に許さない!」
「許さないならどうするんだ?」
男はニヤニヤと口元に笑みを浮かべる。イーリスは飛び出して、剣を振り下ろした。その剣を男は丸太のように太い腕で受け止めた。
「威勢は良いが、俺は金貨四千枚を課金した男だぞ。その程度の攻撃では傷すらつかねえよ」
「イーリス姉さん、私のことはいいから逃げて!」
妹のアリスが心配そうな声で告げる。だがイーリスに逃げる素振りはない。
「安心してください。妹ちゃんは私が必ず助けますから」
そこから男とイーリスの戦いは勢いを増した。肉眼で捉えられないような速度で動く二人。まるで漫画やアニメの戦いだった。
「動きが落ちてきたな」
二人の動きが止まる。イーリスは膝を付いて、倒れこむ。口元からは血が流れている。男は余裕の表情を浮かべ、彼女を見下ろしていた。
このまま勝負が進めばイーリスは敗北するだろう。そうなれば妹のアリスはもちろん、俺も生きて帰れないかもしれない。
「仕方ない、助けてやるか」
俺はスマホを取り出し、課金アプリを起動する。画面に「課金したおかげで、童貞の僕にも素敵な彼女ができました」との文言が表示される。
なんだこのアプリ、超うぜぇ。どうやら起動するたびに、セリフが変わるらしいが、力の入れ方がオカシイ。
メイン画面が表示される。そこには項目がたくさん並んでいた。
そのうちの一つ、ステータスを選択する。
そこには三つの項目が並んでいた。
ステータス確認。自分のステータスを確認することができる。課金すれば他人のステータスを確認することも可能になる。
ステータス購入。課金することでスキルや魔法の取得、能力値の向上を行える。課金額が一定額を超えると、隠しステータスを向上させることも可能になる。
ステータス売却。ステータスを売ることで、金に変換することが可能。ただし購入したときの半額以下の値段になる。
「まずは俺のステータスを確認だな」
――――――――――
名前:唐沢太一
評価:G
称号:ゴミ
魔法:
・なし
スキル:
・なし
能力値:
【体力】:3
【魔力】:1
【速度】:3
【攻撃】:4
【防御】:3
――――――――――
そこには貧弱なステータスが並んでいた。ステータスの詳細を調べてみる。
評価とはステータスを総合的に表現したもので、GからSまであるそうだ。つまり俺は最低評価のGとなり、無能扱いされていた。
次に称号の説明を読んでみる。これは単純にその人の特徴を表すらしい。スキルの取得や成長などにも影響を与えると記載されている。
俺の称号ゴミなんだけど、どう成長するんだよ。
魔法は魔力を消費し発動する能力と記載されている。消費する魔力量に応じて性能が変わるそうだ。
スキルは体力を消費して発動する能力と記載されている。スキルは魔法と異なり、熟練度、つまりはランクによって性能が変わるそうだ。例えば剣術や格闘術などがスキルに該当する。
最後に能力値について確認する。
体力。この値が大きいほど長時間活動できる。またスキルを使うのにも必要なステータスで、ここには最大値が記されている。体力がゼロになると動けなくなってしまう。
魔力。魔法を使うのに必要なステータスで、最大値が記されている。使用する魔法によって消費魔力が変わる。魔法使いを目指すなら高めておくべき。
速度。この値が高いほど移動速度が速くなる。戦闘はもちろん、長距離移動にも役立つ便利なステータス。
攻撃。この値が高いほど戦闘時に敵に与えるダメージが大きくなる。戦闘で活躍したいなら上げるべきステータス。
防御。この値が高いほど戦闘時に敵から受けるダメージが小さくなる。ローリスクな戦闘を目指すなら上げるべきステータス。
一通り説明を確認した俺はため息を漏らす。
「俺の異世界人生、ベリーハードじゃねえか」
評価はGで、スキルも魔法も一つもなく、能力値も低い。そして称号がゴミだ。
折角異世界転生したのに、チートスキルも与えてくれないなんて、これじゃあ俺ツエーができないじゃん。
算段が外れた俺は、悄然とする。
てっきり異世界に召喚されたのだから、敵のスキルを奪うとか、考えた武器を現実にするとか、そんなチート能力が与えられているとばかり思っていた。
何が「助けてやるか」だよ。恥ずかしい。数秒前の自分を殴りたい。
「無料で買えるスキルとかないのかな」
俺は金貨を一枚も持っていない。スキルや魔法を購入することはできないはずだ。
だがこういったアプリは無課金ユーザでもお試しで購入できるスキルなどが用意されていることも多い。
無課金でも優しい設計になっていることを運営に祈りを捧げながら、ステータス購入画面を開いた。
そこにはスキルや魔法の項目と、必要金貨が記されていた。俺は無課金でも購入できるステータスを探すため、値段の安い順に並べてみる。
一番上に表示されたスキル。早口言葉を噛まずに言えるスキルは銀貨一枚で売られていた。
どうやらこのアプリ、無課金では満足に使うことができないようだ。
「打つ手なしかああっ!」
諦めかけた俺の視界の端に、数字の羅列が映った。
そこに記されていたのは俺が現在保有している金貨の枚数だった。
ゼロの数を数えてみる。
そこには一千万枚の金貨を保有していると明記されていた。
「なんだこの金貨の量」
金貨一千万枚。この数字に俺は寒気を覚えた。もしこの金貨一枚が現実世界の一万円だとすると、俺が老後の資金として貯蓄していた資産と同額だったからである。
一千億円。ハイエナと揶揄されても必死に働き、築き上げた財産である。この金を証券や不動産に変換し、配当や家賃だけで生活するつもりだった。
「クソッタレ!」
俺の勘が正しいなら、金貨を使えば現実世界の資産が減る。だが金がいくらあっても、死後の世界にまでは持っていけない。
まだこの世界のスキルや魔法の有用性が分からない俺は、能力値を強化することにした。すべての能力値をカンストさせるべく、項目を選択していく。
課金額、金貨百万枚。現実世界なら百億円で、俺はこの世界最大の能力値を得ることができる。
ためらいつつも俺は課金ボタンをタッチした。「課金はほどほどにね」の注意文が、俺をイラつかせる。
「おい、そこの男!」
「なんだ、小僧。お前から死にたいのか」
ドスの効いた声は俺を震えあがらせる。
怖い。あんな丸太のような腕で殴られたら、どうなってしまうのか不安に思う。
だがなぜだか負ける気がしない。万能感に溢れ、敗北することなど考えられない。
「やってみろ、ゴリラ野郎」
「調子に乗りやがって!」
男が腕を振り上げ、俺に殴り掛かる。さっきまでは動きを追うことすらできなかったのに、今ではスローモーションに見える。
試しに殴られてみる。拳の風圧は周囲の机や椅子を吹き飛ばしたが、俺の体は何ともない。傷一つすら付いていない。
「なんだ、お前は! どうして俺の攻撃で吹き飛ばねえ!」
「課金が足りてないからだろ」
俺は人差し指と親指で輪っかを作り、男のデコの前で構える。
「防御力は十分あることが分かった。次は攻撃力だ」
「何を言って……」
「手加減してやる。感謝しろよ」
俺は人差し指に貯めた力を開放する。所謂デコピンが男の頭に炸裂した。
男はデコピンの衝撃で、吹き飛ばされる。酒場の壁を突き破り、遥か彼方へと飛んでいった。
死んでないといいな。
「イーリス大丈夫か?」
視線をイーリスがいる方向にやると、彼女はポカンと口を開いていた。口元から血が流れているが、大きな怪我はなさそうだ。
「あなたいったい何者なんですか?」
イーリスが訪ねる。その瞳には畏怖の感情が含まれている。
「俺は唐沢太一、外資系投資銀行に勤める、ただのハゲタカだよ」
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