金で買えないスキルはない ~『外資系投資銀行に勤める俺が、異世界転生して金の力でチートする』~ 作:上下左右(じょうげさゆう)
イーリスの初恋は九歳の時だった。
相手は学校一の人気者だと記憶している。スポーツが得意で、勉強もできる彼は、美しい黒髪の持ち主だった。
イーリスはその男の子と話したことすらなかった。いつも遠くから眺めているだけで幸せだった。
だがある日、そんな彼から一通の手紙が届く。中にはイーリスへの愛の言葉と、放課後に校舎裏へ来てほしいと書かれていた。
淡い恋心を胸に、イーリスは校舎裏へと向かった。
男の子はそわそわとしながら、イーリスを待っていた。これから告白しようというのだ。落ち着かないのも無理はない。
「ごめんなさい、待たせましたか?」
「いや、待って――」
男の子はイーリスの顔を見ると、不機嫌そうな表情を浮かべる。そして何かに納得したようにため息をついた。
「俺としたことがミスっちまった」
「何を言って……」
「俺は妹の方に手紙を出したんだ。てめえじゃねえよ、このブス!」
イーリスは突然の事態に頭が追いつかなかった。なぜ初恋の相手に罵倒されているのか理解できなかった。
「それにしても普通来るかね。俺のようなイケメンがてめえのようなブスに惚れる訳ないことくらい容易に想像つくだろ」
「う、うぅ……」
イーリスは気づくと泣き出していた、淡い恋心は砕け散り、自分がブスだということに気づいた瞬間だった。
イーリスが一五歳になった頃、自分が世間からブス姫と呼ばれていることを知った。
美しい妹と比較されることも増えた。サイゼ王国の伝統では、長女であるイーリスとの結婚相手が次の王になるのが慣例だ。だが大臣たちの中には美姫であるアリスこそ優遇されるべきだと口にする者もいた。
そもそも自分は一生独身だろうから、王位なんて関係ない。そう思っていたイーリスに転機が訪れる。
隣国の王子がイーリスと結婚したいと申し出たのだ。三男である王子と長女であるイーリス。本来ならつり合いが取れない両者だが、イーリスは自分を愛してくれる者がいることを素直に喜んだ。
隣国の王子がイーリスと初めて会ったときだ。彼は突然嘔吐した。
イーリスにとって初対面の相手が嘔吐するのは珍しい経験ではなかった。三国一のブス姫と呼ばれる彼女を見た者の中でも、拒絶反応が強いものに現れる反応だった。
だが王子の口にした「人の価値は髪の色ではなく、心の清らかさですから」との言葉にイーリスは救われた気がした。
王子とのデートはイーリスにとって凄く幸せな日々だった。
手すら繋がない真面目な王子。イーリスは気づくと王子に恋をしていた。
だがその恋は思わぬことで砕け散った。
イーリスの方から王子と手を繋ごうとしたのだ。王子の手に指先が触れると、彼は強い拒絶反応を示し、トイレへ駆け込んだ。
聞こえてくる嘔吐する音。必死に手を洗う水の音。そして「気持ち悪い」という王子の声。
「いくら金持ちでも、あんなブスと一緒にはいられない」
そう言い残して、王子は隣国へと帰っていった。結局彼はサイゼ王国の王座が欲しかっただけなのだ。
もう二度と恋はしない。そう誓ったイーリスの手には再び男の手が握られていた。
今まで見たこともないような純度の濃い黒髪を持つ少年の手だ。少年の名前は唐沢。イーリスの婚約者だ。
イーリスは唐沢と共に、街の中を歩いていた。端正な顔立ちと美しい黒髪はすれ違う人々の目をひく。テレビでも見たことがないよな美男子なのだから、その反応も当然だ。
「この辺りは高層ビルが多いな」
「富裕層が住んでいる区画ですからね」
「金持ちが高い場所に好んで住むのは、この世界でも一緒なんだな」
唐沢が楽しそうに笑う。イーリスはその笑顔が眩しくて、まともに見れなかった。
「本当に私と結婚してよかったのですか?」
「イーリスは美人だ。それに俺を養ってくれるんだろ。こんな好条件、蹴る馬鹿はいない」
唐沢が嘘を吐いていないことがイーリスには分かった。それが嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまう。
「ここだな」
イーリスたちが訪れたのは、商業区画にある宝石店だった。
この国には結婚と同時に指輪を送る風習がある。それに倣い、唐沢がイーリスに指輪をプレゼントしようというのだ。
「好きなやつを選んでくれ」
イーリスは飾られた指輪を眺める。どれも綺麗だ。中でも龍が生まれながらに持つ宝石、龍魔宝珠の指輪は一際輝いていた。
「これが良いです」
イーリスは龍魔宝珠の隣にある指輪を選ぶ。値段は龍魔宝珠と比べて、格段に安い。
「隣の奴にしろよ。そっちの方が綺麗だろ」
「龍魔宝珠の宝石ですよ。金貨千枚はくだりません」
「どうせ買うなら欲しい奴を買った方がいい」
唐沢はイーリスが龍魔宝珠に羨望の眼差しを向けていたことに気づいていた。それ故の提案だった。
「俺がいた投資銀行には、安物買いを専門にしている奴がいた。安い株券は倒産した時のリスクが低いが、リターンも少ない。普通なら投資ファンドが手を出す案件ではない。だがそいつは社内でも一目置かれる存在だった。なぜだか分かるか?」
「いいえ」
「安い株券の中でも成長する会社だけを探し当ててくるからさ」
数年間の売り上げや利益などの情報から会社の成長率を予想して投資先を決める。グロース株投資法と呼ばれる手法について、唐沢は説明する。
イーリスには唐沢の言いたいことが何となくだが分かった。
「つまりだ。安物を買うにしても、価値ある安物でないと駄目なんだ。そうやって考えてみろ。この安物の宝石は価値ある安物か?」
宝石の輝きは弱く、一目で安物だと分かるチープな作り。
「この宝石の価値は安物のまま変わらない。だがこっちの龍魔宝珠の宝石は違う。そうだろ?」
唐沢がスマホで開いたページを見せる。龍魔宝珠の価格推移表だった。年々上昇しており、下がったことはここ数年間で一度もない。
「イーリスは俺の嫁になるんだ。どちらを買えば良いか分かるな?」
「龍魔宝珠をください」
宝石商の店員に、唐沢がお金を払う。といっても現物の金貨で払うわけではなく、端末にスマホを押し当てるだけでいい。
「おサイフケータイみたいで便利だな」
唐沢は商品を受け取ると、イーリスに手渡す。ムードなど欠片もない無造作な渡し方だったが、イーリスにとっては、彼の恥ずかしげな態度が愛しく感じられた。
「ありがとうございます。大切にしますね」
「俺の給料一週間分以下の金額だ。気にしなくていい」
イーリスは指輪を嵌め、自分が唐沢の嫁になったのだと自覚した。そして心に誓う。この武骨な少年の味方であり続けようと。そしてこの少年を愛し続けると。
「愛してますよ、旦那様」
イーリスがそう告げると、唐沢は頬を掻く。彼なりの照れ隠しだった。
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