金で買えないスキルはない ~『外資系投資銀行に勤める俺が、異世界転生して金の力でチートする』~ 作:上下左右(じょうげさゆう)
「それにしても豪華なもんだ」
イーリスとの結婚式はサイゼ王国城で行われる。赤絨毯が敷かれたパーティ会場は背広姿が埋め尽くしている。
会場の至る所にテーブルが並べられ、豪華な料理が置かれている。美味しそうな匂いが俺の鼻腔をくすぐる。
「うまい飯を食いながらの結婚式か」
サイゼ王国では教会で式を挙げるという文化はない。所謂披露宴に近いことをするのが一般的なのだそうだ。
「こんな豪華なパーティに参加していると、入社式を思い出すな」
俺が務めていた外資系投資銀行では、ニューヨークにある高級ホテルのパーティ会場を貸し切って盛大に行われた。
旨い料理に旨い酒。新卒として入社した俺は、贅の限りを尽くしたもてなしを精一杯楽しんだ。
だが後に俺は知ることになる。この時、もてなしを楽しんでいたのは俺だけだったということに。
同期の同僚たちは皆不安で一杯だった。いつ首を切られるか分からない恐怖。先輩から聞いたリストラ話。
一匹狼の俺は、先輩や同期から悲観的な話を聞くことなく、入社式を迎えたため、能天気なまま居られたのだ。
そう、一匹狼であることが幸いしたのだ。決して友達がいなかったとか、そういう訳ではない。
「あれが人生のピークだったな」
入社式が終わると、そのままニューヨークで一か月の研修がある。そこで社会人としてのマナーや会社のことを学ぶのだ。
ここまではまだ楽だった。学生の延長のような感覚だった。
だが研修が終わった後が地獄だった。
実際に職場へ放り込まれ、始発終電で会社を行き来する社畜生活のスタートである。
入社当初、六本木にある日本法人で働いていた俺は、あまりの激務に何度も体調を崩した。だが休みなんてものはない。
何人もの同期が退社していき、新人たちのキラキラと輝いていた瞳が死んだ魚のように変わっていく。俺の眼は生まれつき死んだ魚のようだったけれども、それでも荒んだ性格に磨きがかかった気がする。
それでも俺は会社を辞めなかった。夢の老後人生のため。若いうちに辛い思いをして金を稼ぎ、その金で遊んで暮らす。その夢を実現するのに、外資系投資銀行はうってつけだった。
初年度の年収一五〇〇万円。とても新人に払うような金額ではないが、外資系投資銀行の世界では当たり前だった。
一般的な企業なら部長職でないと稼げない額を会社が与えている理由はいくつかある。
まず一つ目は激務だからだ。激務で給料が安ければ人はすぐに辞める。だが高給であれば残る者も多い。
他には金を使う機会が多いこともあげられる。
ニュース番組などで投資銀行に努めるエリートサラリーマンが六本木の高級マンションに住んでいて羨ましいとの情報が流れることがある。
だが待ってほしい。彼らは六本木に住みたくて住んでいる訳ではないのだ。
入社直後なら始発終電で帰れるが、仕事に慣れてくると、仕事量が増え、家に帰る時間はより少なくなる。
そんな彼らが一秒でも早く家に帰るために、会社のある六本木に住むのだ。ちなみに外資系投資銀行の日本法人はなぜか六本木に密集している。
高額な家賃は高給がなければ払えない。俺は金を貯めるためにできる限り安いマンションを探したが、それでも月の家賃が二〇万円を超えていた。六本木価格、恐るべしだ。
「旦那様」
不意にイーリスに声をかけられ、現実に戻される。
そうだ、俺はこれから結婚するのだ。声がした方向を振り返ると、純白のドレスに身を包んだイーリスの姿があった。
「これが俺の嫁か!」
どうやら俺の人生のピークは入社式の時ではなく、今この時のようだ。
「どうでしょうか? お気に召しましたか?」
「いいね、すごく綺麗だ」
俺が褒めると、イーリスは頬を赤く染める。煽り抜きで、百年に一人の美少女だと確信していた。
「お主、相変わらず目が腐っておるのぉ」
イーリスの父親で現国王が、ワイン片手に現れる。
「実の娘にこんなこと言うのもなんじゃが、ウェディングドレスを着てもブスな女は初めて見たぞい」
「俺も娘の晴れ舞台に、こんな酷いことを口にする親父は初めて見たよ」
「嬉しさのあまりの軽口じゃよ。イーリスが落ち込んでいるときには口にせん」
国王はガハハッと笑う。娘の幸せを祝う父親の表情だった。
「時間ももったいないしのぉ。そろそろ結婚式を始めるかの」
「俺はなにをすればいいんだ?」
「イーリスと共に、台座の上に立ち、二人で愛の宣誓をするだけじゃ。誓いのキスも忘れるなよ」
国王に言われた通りに、俺はイーリスと腕を組んで、台座の上に立つ。
一生添い遂げるとか、愛を誓うとか、そんな恥ずかしい台詞を台本通りに読み上げる。イーリスの頬が徐々に赤くなっていく。
「では誓いのキスを」
国王が宣言する。パーティ会場に集まる大臣たちの視線が集まる。なんだか恥ずかしい。
イーリスは目を閉じて、俺が行動するのを待っている。色素の薄い唇が突き出されていた。
俺はその唇にそっと触れる。生暖かい感覚が俺の唇に広がった。
そしてパーティ会場から響き渡る、拍手の音。そして嘔吐する音。何人かの大臣が口から吐瀉物を吐き出していた。その中には国王の姿もある。
「ひでぇ、国王だな」
「すまん、あまりにキス顔がブザイクだったもんでのぉ」
ガハハッと大笑いする国王。いや、笑って済まされる問題じゃないだろ。
「さて、ついでに戴冠式じゃ」
国王の地位を譲ろうというのに、近所にお裾分けでもするような気軽さで、国王は王位を譲ると宣言する。
「ワシ、ルーデウス三世は、娘婿の唐沢太一に王位を譲る。どうか、新しい王を盛り立ててくれ」
国王がそう宣言すると、大臣たちが盛大な拍手を浴びせる。
「忘れるところじゃった。これも渡しとかんとのぉ」
「何かくれるのか?」
「うむ。だからスマホを出せ」
俺は言われるがままにスマホを手渡す。
王は受け取ったスマホに何かしているのか、掌がキラキラと光り始める。
「これで完了じゃ」
「何が完了したんだ?」
「スマホを見てみよ」
返されたスマホを確認すると、国王アプリなるものが追加されていた。
「このアプリを使えば、国の財務状態などが一目で分かるようになっておる。王族しか知らん情報もそこに詰まっておるし、色々と役に立つじゃろ」
「おおっ、それは助かる」
情報は武器になる。投資銀行に勤めていた俺の教訓だった。
「へぇ、国民のステータスなんかも分かるのか」
さっそく国王アプリを立ち上げた俺は、気になる情報を閲覧していく。得意な産業や他国との関係も記載されており、情報量はかなり膨大なようだ。
「あれ、これって……」
俺は国の歳入を見ていて、気になる項目を見つけた。
他の情報と照らし合わせ、その項目に関する詳細な情報を調べる。
不安が確信に変わっていく。
マズイ、マズイ。背中に冷たい汗が流れた。
「どうかしたのか?」
俺の態度が急変したことを気にしているらしい。どうやら前国王は、この危機に気づいていないらしい。
「十年だな」
「なんじゃそれは?」
「この国が亡ぶまでの時間だよ」
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